和風であっても日本ではない。登場人物が全く違う、そもそも物語が展開される国すら違う2つの恋物語。プレイしていて思わず机をぶっ叩いてしまうような、私が非常に好きな物語でした。私はスイリン派です。
自身のブログからの転載です。
https://miyato102.blog.fc2.com/blog-entry-91.html
◆選択の物語
自分は「選択」の物語であることを知った上で始めたこともあって、この作品がスイリン・サハナのどちらを選ぶのかということに序盤で気がついてしまいました(最初の物語選択のこだわりもヒントとなった)。気がついてしまったからこそ、二人への思い入れが深まることに頭を抱えながらプレイするという、他人から見れば面白い状況のはず。
ノベルゲームという媒体がループものと相性が良いように、答えのない選択をプレイヤーに委ねるという要素とも相性が良い。歴史をたどれば『君が望む永遠』もそうでしょうか。ある意味伝統的な要素を持った一作。
この作品のベストシーンを3つ選ぶならば
・オープニングムービーへの入り
・選択肢
・スイリンED
の3つ。この3つの場面に直面したプレイヤーの反応がめちゃくちゃ見たい。
自分は選択肢の場面では机を殴っていました(本当に殴った)。選択肢で手を止めて悩みだした人はみんな友達。
実況配信してどちらを選ぶのか散々悩んで選んだ理由をずっとベラベラ喋ってるところとか見たくない?
他2つの部分に関しては後ほど語るとして、選択について。
お前がしようとしている選択は選ぶことだけではなく、選ばないことなんだと突きつけてくるのいいですよね……。残酷だけど、それが事実。重みを乗せて殴ってくる。ここに力を入れてきたのは大正解だと思います。
このタイプの物語に必要なのは、どちらの選択をするのか悩ませるほどに重みを同じくすること。得られるものは一つだけ。この感想記事ではやはり時化編の感想を中心にしているけれど、言わずもがな凪編が良かったからこその時化編です。
2つの章がどちらも良く、2人のヒロインがどちらも好き。それでいて時化編へと繋がる要素(託されるもの・背負っていくと決めたもの)が散りばめられている。それぞれの要素を並べていくと若干サハナ側が有利なんですけど、それでもプレイヤーを悩み苦しませるレベルにはなっていたので問題無。
彼岸花ノ章で操り人形として役割だから選択した気になるのではなく、自身で背負って選択することを描いているのがいい例ですね。これで多くの人に期待され国を治める立場=役割でサハナを選ぶという選択肢を潰してくるのも上手い。
時化編で戻って来るブーメランをひたすら投げ続けていたのが凪編ですよ……。
「倉敷マサヒデとして立派に生き抜いていきます」という誓い。
何をどう言おうが、マサヒデが母親や家というものに影響を受けて育ったことは事実。悪意を持って言葉を選ぶならば今でも縛られている。その縛りがなかった可能性=記憶を失ったカイと捉えることも出来る。
何者でもなかっった自分に名前をくれた、居場所をくれた。けれど「どう生きるのか」は縛ることなく、カイのやりたいようにさせてくれた。それがカイとしての人生。
選択肢で悩ませてくる作品が好き。
当時プレイしていた時のメモが出てきたので、若干調整しつつ貼ります。初回、リアルタイムでしか得られない感情の動きは人生の宝物だと思っているので、思考の過程はちゃんとメモしておくようにしています。
やってきた選択の時。私はこの選択肢で10分ほど悶々と悩んでいたように思えます。スイリンを選んでしまえば、その先に待つ未来は2人揃って暗いものにしかならない。物語の流れや、置かれた状況などからしたらサハナを選ぶのが常道。
けれど、今置かれた環境やこれからを考えるのではなく、2人は今ここで「気持ち」を問うているだけなのだと。そこから目を逸して選んだのならば、それは選ばなかった相手も選んだ相手も侮辱しているようなものだと。作中におけるマサヒデがサハナの気持ちに向き合うふりをして選ぶことから逃げていたそのものではないかと思い直したりしながら、自分が選びたいと思った、どちらに気持ちが向いているのかという一点のみでスイリンを選びました。
睡蓮ノ章で見せてくれた素敵な笑顔を捨てることなんて出来ませんでした。
ということで、私はスイリン派です。サハナを選んでも、スイリンはきっと納得してくれる。納得して引いてしまう。笑顔で応援してくれる。そして一人になった時に悲しみで押し潰されてしまうということを、睡蓮ノ章でスイリンを見てきた私達は知っているんですよ。悲しみを隠した仮面のような笑顔なんてさせたくなかったんですよ。
再再再プレイしていて、彼岸花ノ章の方が二人の関係を深く描けていると思いますし、互いの感情に対してより深く踏み込んでいる。サハナが魅力的なのは言わずもがなということで、サハナ派ばかりであることは90%ぐらい納得しているんです。でも、僕が選んだのはスイリンなんです。このリマスターでスイリン派の人口が増えることを祈っています。
◆オープニング
オープニングムービーへの入りがいい作品を紹介して欲しいと言われたら、この作品の名前を挙げます。
・2つの物語が合流する瞬間
・この作品が一体なんの物語であるのかが示される瞬間
いくつもの要素で情報量が爆発し、今までの展開が繋がっていく衝撃で脳を殴られている中で始まるオープニングムービー。そこに散りばめられた、スイリンとサハナの泣き顔。今までの展開が頭を過ぎり、同時に今後の展開が予想できてしまって頭を抱えてしまう時間でした。予想できるからこそ辛さが増す=面白い構造。
「あの時取ることが出来なかった手を今度こそ掴むことが出来た」という、普段であればハッピーエンドへの前フリがこの作品では苦悩への入口となる。自分の場合、思いすごしであってくれと目を背けていたことが、事実として提示されてしまう場面でもありました。
◆スイリンEND
私にとってこの作品は「3人の関係性」を描くものであったこともあってスイリンENDの方が好きでした。
裏表のないスイリンの暖かな笑顔を捨てることが出来なかった。ラオがいなくなって、カイもいなくなった家で、1人泣いているスイリンを想像すらしたくなかった。
サハナEDではスイリンの話をしたくなるし、スイリンEDではサハナの話をしたくなる。
愛する人だからと手心を加えてしまった相手に対して、
愛することを誓った形の刀を持って
愛した人と互いに高め合った技量によって一撃を加える。
愛した人に贈った、誓いの形であったはずの曼珠沙華の髪飾りが地に転がっているのは言葉にならないほど好き。相手の気持ちを信じている側が負けて、捨てることを決めてしまった側が勝つ。マサヒデは自身が決めてしまったことに対しては梃子でも動かないということは、彼岸花ノ章の序で十分描写されている。
愛した人と対峙し、その想いを正面からねじ伏せる。これ以上ないほど明確な一つの恋の終わり。スイリンを選び、カイとして生きることを決めた人間には「マサヒデへの想い」は受け取ることが出来ないんだ。
慟哭としか言いようのない、自らの想いを絞り出すような声は本当にキツイ。もう自分の愛したマサヒデとして生きられない決意の一撃を受けて、それでも自分から離れていって欲しくない想いが言葉に乗っている。
PVとして事前に公開されている場面ではあるのですが、ここに辿り着くまでの物語を知っているのと知らないのとでは5倍ぐらい辛さが違ってくる。本当に辛い場面なんですが、辛ければ辛いほどこの作品の価値が高まっていく。ノベルゲーマーは辛い話が好き。
◆好きポイントとか
オープニングが明けた後のスイリンの家での会話。
最悪な空気でなされる「これからどうする」という地獄。サハナとシェンファの言い合いがすごい良かったという人多いんじゃないですか?
国と国の遺恨は根深く、置かれている状況の最悪さが増すガチガチに感情が乗った言い合い。
マサヒデを見つける前の元々限界ギリギリだった精神状態。再会できた喜び。サハナの感情の蓋が溢れて攻撃的になるのも当然。
サハナがシェンファに刀を向けた時に「従士としての誇りを忘れたか!」と叱責するのも地獄。カイだったら絶対に言わない内容で、しない言葉遣い。それをスイリンが聞いてしまう。
あの場面のどうしようもなさの描き方がめちゃくちゃ上手い。
そしてスイリンの死が迫っている=スイリン以外の選択肢を持つことが出来ない状況を解消する方法がサハナから齎される。スイリンが死から救われることで、天秤が釣り合ってしまう。あらゆるところがそうですが、本来であればプラスの出来事が全て苦しみに繋がるのが素晴らしいんですよ。
時化編のサハナが声を荒げている場面だいたい好きです。場面としては違いますが、「貴様がいなければ!」とスイリンに詰め寄って懇願するのも定番だけど必要で、最高なところ。
記憶をなくしている間に愛する人が出来たのは事実かもしれない、それでも記憶を取り戻したのならば一番は自分であると信じたいという感情の動きも素晴らしい。スイリンがすべてを受け止めるけど影で泣くタイプなせいで、サハナが目立つ目立つ。
ここをもっと深堀りしてほしかったのは睡蓮ノ章冒頭でスイリンが真珠の指輪をはめている場面。
指輪に関しては作中では特にプレゼントする場面もそれを身に着けている場面もなかったはず。スイリンが錆付きに罹ってしまった時に売ったもの、ラオがスイリンのために遺した真珠は登場しています。なので錆付きになる前には指輪として身につけていた可能性?
真珠といえば、サハナの髪飾りからは真珠が失われている。ここら辺ももっと話に絡めていくと地獄の様相が増したかと思います。二人で生きていくためにお金にした真珠。サハナEDで一緒に生きていく約束を反故にした代わりとして、お別れのプレゼントとして真珠を贈るとか見たかったですね。その方が対比が極まる。スイリンの場合、売ったりせずにしまい込んでしまいそう。シェンファがそれを知ったら売り払ってあいつのことなんて忘れろと言いたくなるでしょう。
リマスター前のサハナ側の話に明確な不満がありました。(リマスターでは若干改善されている)
日ノ和という国、その未来の話が中心となってしまっていたからです。国の話に移ってしまうと、自然とスイリンが物語に関われなくなってしまう(そもそも住んでいる国が違う)。そこがこの物語の構造として明確な弱い点かなーと。国の話をするならば、もっと彼岸花ノ章で国の未来に関わる話をしてマサヒデが上に立つことに対しての考えを深めていくエピソードが欲しかった。睡蓮ノ章では、国が違うとはいえ民草の暮らしを直に目にしていたのだから、そこで学んだものが繋がっていく描写があればまた違っていた気がする。
でも、スイリンとサハナが住む国を分けたのは大正解。サハナを選んで公となった未来で、日ノ和にスイリンがいた場合、国ごとスイリンを守るという選択肢が発生してしまって選択が少し軽くなってしまう。
◆リマスターに関して
2021年にフリーゲームとして公開された『凪ノ恋』。
2025年1月15日にリマスター版としてSteam販売が開始されました。
変わった点は
・メイン4人以外の立ち絵の追加
・一枚絵の追加
・シナリオの若干の改変・追加
・他細々したところ(立ち絵ミス、多言語化に際してのアイキャッチの変更、UI等)
あたり。あくまでリマスターということで、大幅な変更点はなし。
けれど、ボイスだったり、OP・EDだったり、リマスターせずにそのまま販売しても全く問題ないほどの高水準だったので特に違和感はない。
シナリオだと、睡蓮ノ章・序のリク周りの改変。カイが村に受け入れられる過程の追加。
時化編は主にスイリンが置物にならないように改変。蘇芳家に訴えかける場面の変更、天久佐家でのハルヨシとの対峙する場面の変更。ここら辺が主でしょうか?
個人的に良かったのがラオの立ち絵の追加。騒がしく愛嬌のあるラオがいることで、あの家は暖かな空気を纏っていたことがはっきりとした。そしてそんなラオがいなくなってしまったこと。カイがいなくなれば、スイリンはあの家に一人ぼっちになってしまうこと。それらが強調されたので、ラオに立ち絵がついて良かったなあ。良かったところ=辛いところに変換出来てしまうのが作品らしさ。
ここからは不満点なんですが、改めてSteam販売するというのであればシステム面を作り込むか、ゲームエンジンも変えてほしかった。もっとしっかりさせてほしかった。
これが元々有償ゲーだったりしたら特に何も言わないのだけど、これはリマスター。せっかくの手をいれる機会で、これからSteamでやっていくとするならばコストをかけて作り込んでほしかった。コストをかけるだけの価値がある物語であることは自信を持って言えます。(ただティラノで作らないとノベコレには置けないとかあるので、そこはどうするかですよね)
以下気になっていたけれどリマスターでも特に手が加わることがなかった点列挙
・彼岸花ノ章でサハナに曼珠沙華の髪飾りを渡す前に、髪にさしている一枚絵が挟まるところは修正してほしかった。この作品のキーアイテム……。
・彼岸花ノ章の冒頭、「ED後の二人→サハナと縁談相手として出会っている中心となる時間軸→サハナと出会う前→中心の時間軸へ」という流れがわかりにくいところも修正はいらず。場面転換後に「◯ヶ月前」とかの地の文や演出も入らないので、プレイヤーが上手く時間軸を把握できずにごちゃごちゃになりやすい。
・スイリンがお酒を飲む場面では立ち絵ではスイリンが左にいるのに、一枚絵になるとスイリンが右にいることになってしまう違和感。
・マサヒデとサハナの対峙は戦闘シーンではあっても、そこにあるのは非情な決意なので、BGMは戦闘BGMとして使ってほしくなかった。
・キーアイテムの一つであるラオの刀。持っているところの描写まではいらないけど、カットイン用でいいから欲しかった。
ここ変えてほしかったというところがあまり変わっていないのは残念なのだけど、そもそも「ここが良くない」「ミスがある」という話を一度も表でしていないし、話題として見たこともないので作り手側は把握してない気がする。把握してても、「これでいい」「これがいい」という部分ももちろんあるだろうが。
個人的にあまり変えて欲しくなったと思ってしまった、最初の章選択画面。
あくまで個人的な感想ですが、上下よりも左右のほうがそれぞれ等価という感じがしませんか? どうでしょう?
「選ぶ」という行為に対して何も知らない時には適当に選択できたのに、意味が加わってからはその「選ぶ」という行為に絶大なプレッシャーがかかることとなる。そこの比較が出来なくなったとは言わないけれど、威力としては弱くなってしまった気がします。
公式からは推奨順なんてものを口が裂けても言えないタイプの作品ですが、自分がそのプレイ順だったこともあって睡蓮→彼岸花ノ章がいいんじゃないかと思っています。それだと、記憶を失ったカイとしてプレイをし始め、彼岸花ノ章でマサヒデとしての記憶を取り戻すという主人公としての記憶の流れを追体験出来るからです。
でも逆だと時系列の流れに沿っているんですよね。途中で物語の構造に気がついてしまった人ならば、スイリンへの想いが浮気みたいで辛くなる楽しみ方(?)が出来そう。
どちらにしろ自分で選択するということが大事な作品なので、特に何も言わず新規プレイヤーのことは暖かい目で見守っています。
◆終わりに
私がリマスター前の作品をプレイしたのは2022年の1月。3年という月日が経ってしまいましたが、この物語への感想をちゃんと公開することが出来て良かった……。
ティラノフェス2021当時この作品をプレイし「この作品が埋もれてしまうのが嫌だ」「この作品が賞をもらえないのは嫌だ」とティラノフェス2021のスポンサーになったことは今でも覚えています。賞を贈った際のコメントは今読み返しても、かなりちゃんと書いていて自分偉いですね。ただちゃんと書いた感想はそれぐらい。作品ページにも感想書いていないし、ブログにも他のところにも感想を書いていない。好きすぎて感想を書けなくなった典型例です。
当時ある程度感想をまとめていた記憶があったのですが、掘り起こしてみてもそんなものは存在しなかったので95%新規で書き起こしたのがこの記事です。
出会ってしまったことが不幸だったなんて口が裂けても言うことが出来ない
託されたものがあって、それを天秤にかけなきゃいけない
そもそも天秤にかけること自体が間違っている
それでも、正解のない選択から選ばなくてはいけない
『凪ノ恋』をプレイした人があげている悲鳴が生きる糧なので、ぜひでかい声で悲鳴をあげてほしいです。
この作品が好きな人には『暁のヨナ』とか『僕が天使になった理由』とかオススメしたいですねー!