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miyato10さんの音無き世界その代わりの長文感想

ユーザー
miyato10
ゲーム
音無き世界その代わり
ブランド
羊おじさん倶楽部
得点
79
参照数
18

一言コメント

言葉と魔法の物語。自分に合う作品だろうと思ってずっと積んでいたが、やはり合っていた。間違いなく面白かった。ただ感想を書くのが難しい……。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

自身のブログより転載
https://miyato102.blog.fc2.com/blog-entry-71.html

マンションの一室で1人が自殺し、2人が飛び降り1人が死ぬ。そんなグロテスク・残酷な始まり方を三人称視点で、まるで人ごとのように、まるでお伽噺のように描かれた時点で引き込まれました。
私みたいな物語によって傷つき、それに対して快感のようなものを感じる自傷癖にすら満たない何かを持っている人には向いているんじゃないかと思います。傷ついたことは簡単に忘れてしまうから、自分が傷ついたことを忘れないために思い出す。こういった話が好きな人はそれなりにいると思っているので、この作品と出会うべき人たちが出会うことが出来ることを祈っています。


残酷な始まり方はするものの、基本的には生き残った少女に言葉を教えることが主内容。メインとなる3人の冗談や適当な会話、そして真面目な教育で物語は進行します。
手話の種類についてや、言葉のわからない相手に何からどう教えていくものなのかという内容も描かれます。言われてみれば、どうやって言葉とその意味を一致させていくのかは考えたことがなかったですね。

メインは『言葉』の話ですが、ミステリーで味付けされています。
初期から日常の謎として、日常生活で浮かんだ謎に対して仮説を持ち寄り、納得が得られるまで思考する場面が何度かあります。
ちなみに「日常の謎」はこの作品だけで使われる言葉かと思っていましたが、ちゃんとジャンル名としても存在する立派な用語なんですね。
「読者側の専門的な知識が要求されるのはミステリーとして三流。
伏線を組み合わせて解けるような謎で、ようやく二流。
わかりきっていたはずなのに、答えを言われたその瞬間、すべての読者があっと驚くような謎で一流。」
というセリフが出てきます。どこかで見たことがある書き方ですね?
そして当然この作品全体を通して謎があります。この作品が持つ最大の謎。ミスリードが合ったとは言え実際にシンプルな解答。私は気がつくことが出来ませんでした。


ノベルゲームの中では比較的珍しい全画面表示タイプ。文章の中で説明のための寄り道しても大丈夫だし、何よりも長台詞が映える。終盤はこの強みが非常に生かされていました。
立ち絵はあるにはあるんですけど、終盤などのシリアスなノリの時には表情が見えないように立ち絵はなかった方がいいと思う。でも。日常の謎を楽しんでいるような時には立ち絵はあっていいという感想。
ノベルゲームと言えば選択肢ですが、この作品に選択肢はない。選択肢はないのだ。

個人的にはEDクレジットが流れる中、ただただ「そうかー。そういう話だったのか」という感想が生まれる作品でした。


好きな場面「最後の謎」
運命の一夜が明けた日、小澄と福井の間で交わされる会話。小澄の苦しむナニカを少しでも減らしてあげたい福井。小澄は嘘をつき、福井はその一見してわかる嘘の先にある小澄の心に触れることが出来ない。
もし昨夜2人が話せていたら、もし小澄の魔法を使う決断がもっと早ければ、福井が化物になる決断をもっと早くしていれば、結末は違っていたのかもしれない。けれど、この作品に選択肢はないのだ。

音無鈴音の抱えていた謎
上でもサラッと書きましたが、自分は鈴音ではなく世界だったことに気がつけませんでした。作中で示されていた情報を鵜呑みにしていたというのはあるのですが、健常者が障害者を慈しみ・守るという「美談」に疑いを持てなかったというのが一番だったのでしょう。

「被害者に対しての同情」
結局この作品における音無姉妹に関する事件としては「音無世界が自分が助かるために妹・音無鈴音を殺した」というだけの話です。
真実が明らかになったところで裁判で有罪になって終わるはずだった。罪に見合った罰を受けて、償って終わるはずだった。正義狂いの人間がいなければ。

この作品が公開された2016年といえば、Twitterが強い力を持っていた時代かと思います。一般人が一般人ながらに『言葉』を発し、意見を表明する。「言葉は間違った使われ方をすれば、簡単に人を殺すんだ。そんな言葉の使い方をする人々に君の音は殺されるだろう」。2024年に生きる者としては、とても受け入れやすくわかりやすい言葉でした。
現実の社会は「被害者」という立ち場の持つ強さに対して疑問を持っているところと感じます。「被害者」ならば正義という棍棒で殴ってもいいという思考が否定されているところです。関係のない人間が聞きかじりの情報で首を突っ込んで叩き始めることに対しても少々風向きが変わってきているんじゃないかとも思います。
じゃあ深入りしないと発言する権利はないのかと聞かれたら、別に発言してもいいとは思うけど、どちらにしろ発言の責任は取りましょうねとは思います。
この記事は作品に関しての感想なので、まあそんな現実のことは関係ないのですが。裁くことに感情を入れるのはマズイ。

小澄
小澄は人の身には余る願いを持っていた。
少しずつでも実現できるはずと思ってしまう力を持っていた。
だから潰れてしまった。
どんな力を持っていようとも、人一人によって世界から悲しみが消えることなんてありえないのに。

最終的に2人は言葉のない世界へ旅立つ選択をしたわけですが、あれは一体誰の意思だったのでしょうか? 音無世界の意思だったのか。いや、彼女は魔女から一生戦い続けることが出来るだけの心の力を貰っているはずなのです。
『あなたは何を望みますか?』
旅立ちの提案はそもそも小澄からしたものです。自分がただ一つだけしてあげられることとして提案したことです。その提案、願いに付き合ったのが音無世界だった。小澄は助けようとはしていたけど、救われたかったのは自分じゃないかと。僕はそう思ってしまった。

バッドエンド
この作品は言ってしまえば心中エンド、デッドエンド、バッドエンドだったと思います。それでも後味の悪さはあっても、登場人物の選択を受け入れることが出来まました。小澄は言葉で悲しみを減らすことが出来なかったどころか、言葉は悲しみを生むと判断し、言葉のない世界へ逃げ込んでしまった。この結末は目的も未達成

ここまでのバッドエンドは同人ぐらいでしか見かけることがないのでいいですね。商業作品だとやはり主人公は死んでも目的は達成できた、希望の一欠片は残ったみたいなエンドになる印象がありますから。
この作品でもエンディング後には希望(という言葉で表現するには剥離しているが)が提示されましたが、それがあってもなくても自分の評価はあまり代わりませんでした。
これから先の未来、ペネロペという『魔女』が生まれるんでしょうね……。