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minami373さんのCROSS†CHANNEL -FINAL COMPLETE-の長文感想

ユーザー
minami373
ゲーム
CROSS†CHANNEL -FINAL COMPLETE-
ブランド
CROSS†CHANNEL
得点
96
参照数
363

一言コメント

淡く儚い雰囲気が最高。雰囲気ゲーの極北。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 本作は長らく、私の中で絶対にプレイしなくてはならないゲームの一つだった。

 というのも、私が一時期熱をあげて青春時代の一部分を注ぎ込んだ希代の創作家・奈須きのこ氏が本作を指して、「家宝にします。絶対に超えられない壁に出逢ってしまった幸運と不幸を噛み締めながら」。(虚覚え)みたいな発言を過去のブログでしていたからである。この逸話はかなり有名、というかノベルゲーのファンの間では些か膾炙し過ぎているように思われるのだが(特に超えられない壁の部分。私は家宝の方が大事だと思う)、まあそれはいいだろう。

 奈須きのこの作品から漂ってくるのは、私見というか引用だけど、孤独だと思う。或いは過去を無駄にしたくないと言うような、直向きな前向きさ。

奈須きのこの作品から伝わって来るのは、強烈な孤絶である。他者に対する拒否と言ってもいい。 

講談社文庫 空の境界(中) あとがき

 だから、クロスチャンネルに触れる前はなんとなく、「孤独」とか「孤立」(そのような状況下における繊細な人間模様、交流)みたいなものを主軸のテーマに添えた作品なのかと思っていた。そしてその認識は大体合っていたと思う。 

 淡い基調の画面が、まず特徴である。

 夏だというのにセミの鳴き声一つ聴こえない、無菌室めいた静寂の世界。そこで交流とも言えない交流を続ける放送部の面々。この時点、物語の冒頭付近では何故世界に彼ら以外の生徒がいないのか、主人公たちの通っている学校の重要設定などといった根幹にかかわる問題は明らかにされず、消え入りそうな儚さの中で、時に崩壊の予感を孕みながらも、淡々と進行する。(クロスチャンネルを序盤にして挫折する人はこの辺りが耐えがたいのかもしれない)

 世界設定を小出しにしつつ、徐々に徐々に読者を作品世界へと引き込んでいく構成の上手さと筆致には驚嘆させられた。確かな経験の蓄積に裏打ちされた熟練の腕を感じる。

 癖のある各ヒロインとの交流も、通常の美少女ゲームならば、付き合ったり破局した理と言った”恋愛茶番劇”めいたものにせず、この狂った主人公なりの独特なものを感じさせられた。

 特に特徴的なのは佐倉霧というヒロインのエピソードだ。霧のエピソードはもはや、主人公の太一とヒロインの霧のものというよりかは、二人を繋ぐ存在である新川豊とのエピソードと言っていいだろう。

 太一と新川の関係性は、加虐と被虐が入れ代わり立ち代わり現れ、その一環でまるっきり台詞の意味が反転するというおまけつき。過去とも密接に結びつき、霧との確執を解くきっかけにもなる。情報と情緒が盛りだくさんのエピソードで、本作の高評価エピソードはCROSS POINTと後述するINVISIBLE MURDER INVISIBLE TEARSに二分されるのではないかと。

 各エピソードについて詳細に語ることは避けるが、やはり本作に一貫して感じられるのは壮絶な孤独だ。他者はどこまでも他者でしかない、という、達観した諦観。絆やら青春やら恋心やらからどこか浮遊したような、狂騒めいた狂人が本作の主人公であるが、彼もやはり明るく振舞っているようでいて、「孤独」なのである。ヒロインたちとの関係の断ち切りかた、新川関連の純粋なまでの容赦のなさ、崩壊の予感を孕み続ける不安定な語りなどにそれは見て取れる。

 ヤマアラシのジレンマ、というと穿ちすぎだと思うけど、どの登場人物とtも一定の距離を取っているように感じた。(だからこそのループ構造を駆使した一人ずつの攻略だったのだと思うけれども)

 私自身、自閉的傾向があり昔から人と巧くかかわることが出来なかった。共感能力が乏しく、大人しく、それでいて攻撃的で、半ばあきらめの境地に達して道化を演じてでも人と関わろうとしたことがあるだけに、傷つけるー傷つけない(加虐‐被虐)、付き合うー断ち切る、好意ー悪意、などといった二項対立的な0か100かの構図ではなく、そのようなあわいをどこまでも淡い、画面進行の中で魅せていく本作には大変に魅せられるものがあった。



 重ね合わせ。 あるいは、塗り重ね。

 高が逸れは絶望ではない。他者との関係は変わり続けるが、他ならぬ自分自身も変わっているのであるから。

 ループの克服を試みるINVISIBLE MURDER INVISIBLE TEARSを経ての本作の最終パートで主人公が下す凄絶な結末は、最初の一人の時点で予測できていた。というか、これは明らかに予測させるための「送還イベント」だったのだと思う。

 美少女たちとの絆を思い出の中に噛み締めるように押し込めながら、ただ孤独の世界に埋没して「現象」となっていく。

 魂の一部が抜け落ちるような喪失感は、AIRを彷彿とさせる。

 ただ、AIRはループ構造を断ち切るのに対し、クロスチャンネルはループ構造の中で可能性の提示を一通り網羅し、そこから「一人になるしかない」との結論を導き出させるのが残酷さの度合いが極まっている。結局人は、何処までも一人だが、限られた時間の中で限られた人と関わって生きていくしかないのである。

 本作の最終部、ループ世界に取り残された太一が知る七香の正体についても、唐突感は拭えないものの、納得のいくものを用意してくれたなと思う。

 太一の眼に映っていない(合宿メンバーではない)のに何故いたのか。 ずっと側にいてくれたのは誰か。 最後に残るものは何か。

 またチープな題材とも思うが、本作ほど多面的に万華鏡的に様々な人間模様や関係性を構築してのラストの落としどころとしては好き。

 忘却の彼方に消え失せても、きっとそれでも思い出は残るのだ。誰かを想う心の中に。

 いい感じに締めたくなったところで恐縮だが、本作の重要な魅力の一つを紹介し忘れていたので最後にそれだけ。

 本作の隠れた魅力は、パロネタ、メタネタに留まらない、ジャンルそのものに対する造詣の深さである。2003年に発売されたのだとは思えないほどに、本作はその辺りが徹底化している。ループ構造を皮肉るような登場人物の言動やわざと王道から外したようなヒロインたちの造形、はたまた随所に仕込まれた茶番シーンの醸す奇妙な笑い。無駄なようでいて無駄がなく、どのシーンも必要不可欠な円環に思えてくるのだから不思議だ。奈須きのこが本作を越えられない壁と形容したのも、この藝術的なまでの隙のなさ、他者からの介入を拒むかのような強固さ、頑なさだったのではないか。或いはそれこそが何よりも、本作の「群青色」だったのかもしれない。







(おまけ、挫折した時の簡易感想)
惹き込まれることは間違いないし凄く好みなのだが、ちょっと多忙なので一時中断。

とても好みの台詞があった。

どうして人類は滅んだんだろう? という主人公の問いに対するヒロインの返答。

「滅んだんじゃないわ 薄くなって消えてしまったのよ」

……文学?

村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』とかに紛れていても違和感ないお洒落台詞。


色褪せてしまった、淡く儚い泡沫のような世界に取り残された社会不適合者たちがどのような運命を辿るのか……非常に楽しみでもあり、不安でもある。

UIやシステムの充実度が凄い。ページを繰っているかのような効果音や紙質に似た画面構成……実際に電子読書みたいな読み味。進行度がパーセンテージで視覚的に捉えられるのも良い。現在15hほど読んでシーン数4/37なのが気になる。後半に詰まっているのか? 終わる気配がないので一時中断だが、秋が深まった頃にも再開するかも。