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merunoniaさんの新宿葬命の長文感想

ユーザー
merunonia
ゲーム
新宿葬命
ブランド
G-MODE
得点
83
参照数
312

一言コメント

『もう俺は、死ぬと思うか』人の命の価値が限りなく低い「新宿九龍」を舞台に描かれる、不死身の葬儀屋と幽霊のお話。登場人物達が特徴的で、掛け合いが楽しく、マルチ視点の短編区切りでテンポも良いため、最初から最後まで飽きずに楽しめました。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

虎生「もう俺は、死ぬと思うか?」
凛音「後悔はないわ」

※前半ネタバレなし
 後半ネタバレあり備忘録 の感想です。

○あらすじ
代表作に「ナルキッソス」や「クリスマスティナ」等を手掛けた、片岡とも氏シナリオの作品。
舞台は『新宿九龍』と呼ばれる、新宿歌舞伎町に類似したいわゆる裏社会、スラム街。そこではマフィアや半グレといった人の命が簡単に散っていくような暴力的な街。
この殺伐が日常と言える街で、葬儀屋かつ不死である主人公「虎生」と、幽霊であるヒロイン「凛音」の謎を追っていくうちに、謎の真相と事件に巻き込まれていくのが『新宿葬命』のお話でした。
話自体も、プレイ時間が「約5時間」のなか、起承転結がとても良くまとまっていて、最後にはこのライターさんらしい、哀愁と温かさを感じられるお話であり、とても良かったと思います。


○登場人物達の掛け合い
あらすじや設定だけ見れば殺伐な世界観ではあるものの、実際には、特徴的すぎるほどの登場人物達の掛け合いのギャグが面白くあったり、テンポがとても良くて読みやすかったのがとても良かったです。

・新宿内だけで「不死身」であり、幽霊である凛音の声が聞こえる『虎生』
・虎生と10年近く共に過ごす、幽霊でありヒロインの『凛音』
・警察の中でも新宿特区(今回の舞台)を担当するエリート幼馴染①『天依』
 (その実情は、お姉ちゃんキャラ酔っ払い絡みry)
・(零細)チャイナマフィアの頭である幼馴染②「憂炎」
・頭のイカれた(直球公式認定済)教会の救済助祭『真白』
・虎生の務める葬儀屋の社長であり住職の『十四郎』に娘の『すみれ』

と、一人一人の癖が強すぎるほどの彼彼女たちのやり取りが本当に面白かったです。話の部分部分でギャグ調が入るのは良し悪しな部分かもしれませんが、私はすごい良かったです。
ここは長年手がけるライターさんの実力部分、さすがでした。


○マルチ視点による短編区切りの読みやすさ
今作で一番良かった部分でした。
今作は、章ごとのチャプタ―が細かく区切られており、その中でさらに登場人物達の各視点を切り替えながら読み進めていくシステムです。
その視点ごとのお話も、とても細かく起承転結で区切られているので、サクサクとテンポ良く読み進められました。
ねこねこでいう『スカーレット』のイメージでしょうか。
終盤にかけては、どうしても謎解明のため過去回想等も多めにはなりますが、それでもスッキリまとまっており、だれずに最後まで読めるのはさすがでした。


○ボイス、システム
その他システム性も特にストレスフリーで楽しめたと思います。
強いて言うなら、クリックによるボイス継続設定がなく、クリックで強制的にボイスが切れてしまうのは少し惜しい部分でした。が、正直自分はそこまでは気になりませんでした。
登場人物達のボイスもすごい良くあってましたし、とても良かったと思います。



以上ネタバレなしの感想でした。
プレイ時間としては5時間ほどですし、飽きずに楽しめたのでとても楽しめたと思います。命の価値を問う話から、最後のしんみりした終わり方まで、とてもらしかった作品だなとも思いました。
少々結末への描かれ方が賛否両論ありそう(下記ネタバレ感想に)ではあるものの、ライターさんらしさを楽しめる良作だったと思います。





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※以下ネタバレありで、備忘録のために感想を書きます。
 ○エピソード1
 ○エピソード2
 ○インタールード(凛音編)
 ○エピソード3~最後まで
 ○最後の二つの結末
 ○すみれさんについて
 ○まとめ
に分けて感想を書きます。
備忘録も兼ねてるので、シナリオネタバレ全開です。



○エピソード1『クソヤバイ街』
虎生「この後……俺は助かると思うか?」

エピソード1では、主に虎生の日常生活を描写しながら新宿葬命の世界観や登場人物達の紹介をしていくお話でした。
新宿九龍ではびこる様々な犯罪グループ。その主な収入源の一つが生命保険詐欺。加入者が死ぬと支払われる保険金と、『自ら死ぬ』ことに同意した者を手助けすることで報酬をもらうマフィア。
同時に、主人公の虎生は『不死身』で死者の声が聞こえる(凛音)がために『死因』が分かることで、自殺か他殺かが分かるのが、この『保険金詐欺システム』との絡みがすごい面白かったですね。
その他にも、警察で死体を運んでくる天依視点や、マフィアの日常を描く憂炎視点、さらに幼馴染組の絡み等も楽しかったです。

また、殺伐とした日常の中でも凛音の「あ、またピーマン残そうとしてる(むー)」な可愛さ全開な小言もすごい和やかだったり、虎生と凛音の相棒っぷりが楽しめる日常でもありました。
特に、この日常を経て主人公の「この後……俺は助かると思うか?」の質問の意味合いが分かるのが好きです。不死身という特性であるがゆえに、知られてしまったら生かしておけない。そのために、もし「助からない」と思われたら、殺すしかなく、「助かる」と思うなら、不死身ではないということで、生かしておく。この皮肉めいた、また「紳士的な話し合い」を好む主人公という性格が良く出ているような問いかけがすごい好きでした。

エピソード1最後の結末も、この『ろくでもない』街だからこその皮肉な終わり方でした。サブキャラとして登場した浩然は、憂炎のマフィアの不器用な生き方しかできない部下。家族の仕送りを欠かさなかった不器用な無駄死にするべきじゃない奴でしたが、別のマフィアに巻き込まれてしまいこの新宿九龍ではあっけ無く死んでしまうのが最後でした。
こうして外因死(=他殺)で殺されてしまった場合、保険金が下りず、不詳として処理をされてしまう。しかし、浩然の死体が火葬場に運ばれた際に、浩然の不器用で憎めない人柄を知っていた虎生は、強引に事故死と処理。この結果、浩然の保険金は仕送りを送っていた家族へと届けられるだろうという最後。
こうした『いつもと変わらない』日常を描いていく最後が、主人公の虎生の殺伐とした日常が分かるお話と同時に、主人公の人の良さが表れるようなお話で小気味よい結末でした。



○エピソード2『神の御使い』
真白「……人の心は脆いもの」

しょっぱなから凛音ちゃんの「むー、むーっ!」(怒った様子)で癒されるEP2。
その中身はイカれた(公式認定)教会の助祭である、ぴこーんっ!真白ちゃん登場回である!
というわけで、EP2は、教会編と救済()のお話でした。
EP1の時点で保険金詐欺のシステムで成り立っていると分かった上で、なぜか教会で自殺率が高い謎から始まる今回。
その実情は、元ヤクザである間垣さんの入信ビジネスと、真白ちゃんによる『救いようがないろくでなし』を救済(自殺)に導いた(洗脳)によるものでした。
真白ちゃんの過去回想では、真白ちゃんの父親の誰も救う事が出来ず、間垣のやり方のほうが救われている人が多い事実に自殺してしまったことが語られ、なぜ真白自身が自分を神の御使いと信じたのかが語られるお話。
そして、救済(自殺)とはその者自身だけではなく、『ろくでなしに不幸にされた家族自身』も救うことになるとして、救済こそが使命であるとする彼女は、この街の住人らしいキャラでありました。

最後の虎生と真白のやり取りもとても好きです。
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虎生「そうだな、一言くらい忠告してやろう。
俺が何者であっても、お前が何者であっても興味はない。
だが、神とやらのせいにするな。
(中略)
忘れるな、全てお前が、自分の意志でやったことだ」
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この新宿葬命では、物語終盤では登場人物ごとに『どのような決断をするのか』を問うお話でもあると思います。こうした作品の根幹を表すようなこの問いがとてもらしくて好きでした。

とEp2の感想を書いてて思ったのが、EP2終わった時点では真白ちゃんもすっごいシリアス風なキャラだったし、間垣もボス感すごかったんだよな……。
どうしてぴこーんぴこーんになってしまったんだ……、間垣はどうしてあんなポンコツちょろウサギスキーになってしまったんだ……。想像もつかなかった……。
Ep3以降にここまで真白さんが重要キャラになる面白いキャラになるとは思わなかった。



○インタールード(凛音の長い1日)
真白「はっ、ぴこんぴこーん」
凛音「うるちゃーい><」

ハイ!シリアスここまで!ギャグ回始まるよ―――ー!
と言うわけで箸休め回。
真白さんのシリアスキャラの命はここまでだ。残念だったな。
と言わんばかりに、真白さんのキャラがあっという間に崩壊する回でもある。
EP2の祈りスチルや、銃向けられた時のあの迫真のキャラどこ行った。
なんならギャグキャラになった後でも、(ろくでもない)信徒を「こいつ救済しちゃろか……」とバリバリに救済しまくる姿である。やはりヤバイ。

と真白さんのことはさておいて、虎生のハーレム回でした。
深く語ることは無い()ただめっちゃニヤニヤして読んでました。
特に膝の上に乗る凛音さんの姿の可愛い事可愛い事……。
もっとインタールードのようなお話みたいよね……なんなら幼馴染回とかももっと読みたいよね……。幼馴染達の過去3人組の姿とかもうもう本当に好きでしたし。
と日常回の良さをふんだんに味わえる回でもありました。
(なお次のインタールードは間垣丈である(割愛))



○エピソード3(聖痕)、4(命の選択)
EP3の後半からはトラックによる虎生拉致から、仙波の100人殺しのお話から、各登場人物達の回想を経て様々な謎が解明されるお話でした。
以下、備忘録に真相について整理メモ。

・EP3のタイトルでもある聖痕は
 ⇒幽霊による力。使いすぎると命が尽きるとか。
・そもそも不死身と幽霊現象の真相とは
⇒仙波(寺)に伝わる秘術(?)。
  命を他者に預けることで、預けた側は不死身になる。
  ただし、不死身になった場合、肉体と魂の結びつきが薄くなり、約10年ほどで死んでしまう。
  最初は、不死身で肉体もある状態であり、時間が経つと記憶もなくなり幽霊となる。その後幽霊となり消える回数が増え、1日に5回ほど消えるようになると消滅してしまう。
・なぜ、虎生は新宿から離れると死んでしまうのか
⇒正確には、「すみれ」から離れてしまうと死んでしまう。
 虎生の命はすみれに預けていた。
・すみれの真相
⇒すみれは、幼い頃先天性の病気により死んでしまうはずだった。
 しかし、母親(百合子)の命をもらいかつ仙波両親が100人殺すことにより生きながらえることができた。
 その後、母親は8年経ち消えてしまう。その時、すみれも一緒に死んでしまうはずだったが、次は凛音の命をすみれに預ける。その後10年経ったのが今回の話。
 また、虎生も死にかけた時、命をすみれに預けている状態。(まだ時間が経っていないため幽霊化していない)

こうした謎が明らかになる中で描かれるのは、『最愛の家族の命のためにはどれだけの犠牲を払ってでも助けようとする意志』の物語でした。
仙波十四郎は、最愛の娘を助けるために、悪人を100人殺す。
仙波百合子は、最愛の娘を助けるために、自分の命をすみれに預ける。
凛音は、愛情を受けずに生きてきた世界の中、仙波両親とすみれという『本当の妹』のような彼女を救うために命を預ける。そして、すみれの前で記憶を失くす前の言葉は「私を助けようとしないで」でした。
それは、凛音にとって、すみれを救うことに、妹を救うことに後悔がなかったからこその言葉。
全てはすみれという最愛の家族を助けるため。それが不死身と幽霊の真相でした。

また、虎生はこの真相が分かった上で『すみれを殺すかどうか』の決断を求められることになります。すみれを殺すことが出来れば、魂だけの凛音と自分を救うことができる。しかし仙波達が生かした、お世話になった娘を殺すことになってしまう。
同時に、各登場人物達も、彼彼女自身の意志を聞くことができるのも印象的でした。多数を殺すことに否定的な天依。虎生を不器用で優しいこの街らしい住人だとする憂炎。虎生は死ぬべきでないと、自分が犠牲になろうとする真白。彼女達自身の声も大事に描いてくれているのが本当にこの作品らしくて好きな部分です。

この葛藤した中で描かれた結末が、消える凛音、虎生と凛音の最後の言葉でした。
凛音自身が消えれば、虎生はすみれを殺すこともなくなる。
そして描かれる最後の質問。
物語の冒頭から描かれてきた、『かつての凛音は何を伝えたかったのか』
この最後に虎生が「……お前なら、何を伝えたい?」ともう一度聞くのが、もうもうもうもう本当に……卑怯。
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「わたしが、虎生に言いたいことは2つ……」
「ピーマン、残すな……」
「わかった、覚えておこう」
「もうひとつは……それは……」
「それは?」
「わたしは、虎生のことが……」
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そして口元だけで分かる最後の言葉。
かつて小言を言ってくれた、幽霊で空気のような彼女の最後の言葉。
切なくも愛しい演出が本当に素敵なシーンでした。



○最後の二つの結末
最後、虎生と凛音の別れのシーンを経て、エピローグとして二つの結末を見る事が出来ました。

一つ目は、すみれが生き残り、葬儀屋として生きていく結末です。
それは凛音が消えてしまった後、次は仙波十四郎がすみれに命を預け、また虎生は記憶を失くして幽霊となり、すみれの相棒となる結末。
それは、かつての凛音との『わたしを助けようとしないで』と約束を守った結末でした。
そして、この結末では、今までの優しいすみれさんが、ろくでなし共を殺しまわるのが印象的です。
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……いずれ彼も消えてしまう日が来る。
でも今なら……まだ間に合う。
私が死ねば良いのだ。
きっと彼も、命を取り戻すだろう。
不死となった父を助けることも出来るだろう。
それを願い、今日も私は、ろくでなし共を殺し続ける……。
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凛音から救われた命は、約束を守るがゆえに生きていく。
もし虎生が消えそうになった時は、きっとすみれは虎生を救うために命を返すのかまでは描かれていません。それでも、この『ろくでなし』の街を生きていくしかないと思わせてくれる、どこか切ない終わり方でした。
こちらはノーマル(?)エンドだとは思いますが、この終わり方も結構好きだったりします。すみれさんの様子が変わってしまうほど、彼女にとって大きな物だったのだと分かる、彼女の覚悟と意志が描かれる結末が好きです。



もう一つは、すみれが凛音に命を返す(死ぬ)ことで、虎生とすみれを救う結末でした。
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「ごめんなさい、約束を破って……」
「私には、忘れることが出来なかったの」
「あなたに貰ったこの10年、感謝しています」
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そして新宿から離れ、かつて見たかった海まで向かうシーンがまた本当に……切ない……。
かつてのすみれと仙波の掛け合いシーン、すみれの『私は生きていません、生かされているだけです……』という言葉が印象的でした。
20年生きてきた彼女の最後の願いが果たされる、とても切ない結末でした。

しかし、同時に虎生と凛音の二人が触れ合うシーンが本当に本当に素敵でした。
おまけのショートストーリーの、甘々で幸せそうな食事シーンが見られただけでも、『小言の多い恋人』に変わろうとする二人の姿が見られるだけでも本当に幸せな気持ちでした。
二人でドーナツを分け合うあの絵はいつまでも見てしまいます。

どちらの命を選ぶのか、それぞれの結末を二つとも描いてきたのは正直予想外でした。しかし、それでも最後まで描いてくれたのは嬉しい誤算で良かったなと思います。


○すみれさんの描かれ方について
ここまで描いて、最後にすみれさんのことだけ。
前半では影が薄く、海外旅行が好きな娘さん、という立ち位置。
しかし後半になると主人公である虎生の命を預かるという、重要な立ち位置の裏ヒロインでした。

こうした描かれ方の中でも、珍しいなと思ったのが、この物語自身が『彼女の選択』によって左右されている部分。
こうした『命の選択』を迫る物語で、よくあるのが、主人公自身がどちらの結末を選択するのか、という描かれ方が定番だと思っていたので、最後に『すみれ自身が生きようとするかどうか』で結末を迎える描かれ方が意外でした。
もちろん、後半になって仙波十四郎や凛音、すみれの過去回想を描くことで家族の愛情と優しさを描いているので、描かれ方としては十分だったと思います。

ただ、(批判という意味ではなくて)単純に、冒頭から描かれてきた中で主人公自身の意志、決断ではなくて、すみれ自身の決断によってこの物語の結末が描かれるのが、予想外だったなという所でした。すみれ自身の描かれるのが後半のため、彼女に愛着が湧き辛い部分もあるため、ここは賛否両論がありそうだなと思いつつ。
こうした部分もあって、すみれさん自身は、改めてこの物語の裏ヒロインだったなとも思います。


○まとめ
改めて、備忘録を書きたい!と思うくらいには、楽しかったなぁという感想です。
特に、特徴的すぎるほどの登場人物達の掛け合いはもっと見ていたかったほど楽しめました。幼馴染達組のやり取り、お酒を飲みかわすシーンもすっごい好きで、それぞれの道が違っても、いつまでも腐れ縁なのが分かるのがもうもうもうほんとたまらない関係性です。
また、もちろん凛音と虎生の幸せそうな姿も好きで、こちらももっと見たいほどでした。真白ちゃんはずっとぴこんぴこんしてほしい。
アフターでもっと見たいです。

また、改めて『命の価値』を描くお話だったなと思います。
新宿九龍という『限りなく命の価値が低い』舞台だからこその皮肉や、優しさ、一人の命を救おうとする、人間模様の描かれ方が、とてもライターさんらしいなとも思いました。

プレイ時間が約5時間という中で、これだけまとまった作品、良作だったと思います。
買って良かったと思うくらいには楽しめました。
ありがとうございました。