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merunoniaさんのあまつそらに咲くの長文感想

ユーザー
merunonia
ゲーム
あまつそらに咲く
ブランド
studio aila
得点
90
参照数
511

一言コメント

ひと夏の『みんな』との青春を描いたお話。青春の時間を顧みることはほろ苦いけれど、それは現実逃避をするものだけではなくて、今の自分に繋がっている、背中を押してくれるものだと優しく教えてくれるようなお話でした。何よりもBGMからの雰囲気作りがとても素晴らしかったです。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

公式サイトあらすじより
──────────────────
「久しぶりにみんなで遊ぼうよ!」

その一言からはじまる、最後のなつやすみ。

高校最後の夏。

大学進学、就職……。
みんながそれぞれの道に進んでいこうとしている人生の分岐点。

ちいさい頃から一緒だった友人たちもそれぞれの道を進んでいく。

みんなで過ごすことができる最後の夏。

『夏を忘れない思い出にしよう。』
だれかが言ったその言葉から始まる、茹だるように暑い、鮮明な夏の日。

大丈夫。きっと忘れない。
たとえ、目に見えるものが偽物だとしても。
──────────────────

青春のほろ苦さと、優しさを教えてくれる、一夏のお話でした。
何よりもBGMの雰囲気作りが心地よく、素敵な作品でした。
青春が好きな方はとても刺さるのではないでしょうか。
私はとても刺さりました。


以下ネタバレ全開感想です。

①沙希√感想
②萌那&雛那√感想
③楓√感想
④あまつそらに咲く√(グランド√)感想
⑤まとめ

で備忘録感想を書いていきます。




①沙希√感想

沙希√のお話はとても甘酸っぱいものでした。
序盤は、夏向と少しずつ関係が深まりそうな所と同時に、この世界の秘密が徐々に分かっていくお話でした。
『この世界は誰かが願った夢の世界かもしれない』

この世界の秘密が分かりそうになるお話としても面白かったですが、それ以上に沙希さんの優しいからこその葛藤がもう本当に心がきゅう~~~~って締め付けられるお話でもありました。

沙希
『少しだけ、このままでもいいかなって思ってしまっている自分がいる』
『今が幸せなの』
『もしかしたらさ、私の【願い】なのかもしれない……』

この世界が、現実世界ではなくて、『沙希』自身が願った世界なら、この世界を一生懸命生きていたいと。
それは言葉通りの『現実逃避』かもしれないけれど、この《現実では過ごせなかったのかもしれない》大切なこの世界を、例え終わりが近くても、一生懸命生きていたいとする沙希さんの姿。
その姿に、沙希さんが、どれだけこの夏のみんなとの時間を愛おしく大切に想っているかがすごい伝わってきて、青春に心を打たれてました。

『そんなにうつむいてちゃ、流れ星は見つけられないよ』
けれど、沙希はもう一つの真実に気付いてしまいます。
それは、かつてどこかで聞いた台詞が、楓のものだったこと。
この願いが、この世界が、『沙希自身』が願った世界ではなくて、楓が願った世界であることに。
楓が願った世界なのに、その世界から夏向を奪ってしまう葛藤がもうもうもう本当に甘酸っぱくて心が締め付けられます。

沙希は夏向の事が実は好きで。
でもきっと楓は、沙希が夏向の事を好きだと気付いたなら、応援してくれてしまう。
それだけ楓が優しいと知っているから。そんな優しい楓の事も大好きだから。

もし沙希自身が願った世界なら、夏向にもっと積極的に動いたけれど、と葛藤するのがもうもうもう。
本当に青春がもう~~~~って。

だから楓も好きだからこそ、この世界から自分は抜け出そうとするのが沙希さん√のお話でした。
でも、それは同時にこの世界の、夏向との思い出を忘れてしまうかもしれない。
それはどっちにしても自分にとっての幸せな時間を終わらせてしまうわけで。
楓のためにこの世界から離れること、そしてそれは同時に大切な夏の思い出が無くなること。
このどちらを選ぶ事もできない沙希√のお話は、どれだけ、夏向の事が、みんなとの夏の思い出が大切な物なのかが、ぎゅっと詰め込まれたお話です。

こうした葛藤を過ごす中で、萌那さんの言葉が、もうめちゃくちゃ良いんですよね。
──────────────────
萌那
『でもさ、もしいつか。例えば楓が夏向と結ばれたとして
後から『実は沙希も夏向を想っていて楓の為に身を引いた』なんてことが分かったらさ
私が楓だったら、沙希とどう接していいかわからなくなっちゃう』
──────────────────
何も言わないまま譲るのではなくて、関係性が変わるかもしれないけれど、でもみんなと一緒にいるため。
それは、沙希さんがみんなと一緒の時間がとても大切だと思っているからこその選択で、萌那さんも同じように想っているからこそ出てきた言葉で、だからここの萌那さんめちゃくちゃ好きです。


そして、葛藤の末に出した沙希さんの答えは
『この世界のような幸せは諦めない』という物でした。
決して、楓にこの世界を譲る『現実逃避』ではなくて、またもう一度この世界のように集まって、幸せな時間を過ごすために、この世界から抜け出しまた集まるという答え。
だからこそ、楓に伝えてこの世界から別れを告げる『最後の天体観測』が沙希√の最後でした。

ここからがもう本当に本当に卑怯。青春がぎゅっと詰まった言葉一つ一つにちょっと泣いてしまいました。
このシーンが本当に大好きで忘れたくないので、備忘録で残します。

──────────────────
沙希
わたしのなかで、楓と夏向はいつでも輝いていた。
あのとき、暗闇の中この場所に案内してくれたときも。
楓「それは光栄だな」
憧れだった。内気な私を誘ってくれてほんとにうれしかった。
二人の輪に私をいれてくれてほんとうにうれしかった。
この世界に呼んでくれてうれしかった。
ほんとにほんとに楽しかった。
(中略)
だから、今度は私の番。
私が、元の世界であなたの居場所を作る。
この夏みたいに、みんなで笑い合って馬鹿なことをできる場所を。
(中略)
元の世界で、元気な楓と、みんなとまた一緒に遊びましょう。
──────────────────
──────────────────
夏向「黙って行っちゃうなんて寂しいじゃないか」
沙希「そういうこと言ってくると思って、黙って行こうとしたの。
決心が鈍る」
夏向「決心を鈍らせるくらいの存在には成れたんだな」
沙希「そんなの、ずっと昔からそうだよ」
──────────────────
沙希
この夏休みのことを忘れても、あなたのことだけは忘れない。
そして、私は何度でも夏向君のことを好きになる。
だって10年越しの恋だもの。
じゃあ、またね!
──────────────────


もう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
このシーンのこの感情は言語化ができません……。
最後の沙希さんのあの泣き顔といい、夏の夜空の綺麗さとBGMも相まって、一つ一つの台詞が本当に本当に刺さります。
沙希さんの、みんなの事が大好きだと楓さんに伝えるシーン。
そして、夏向にはその想いと同時にどれだけあなたが好きだったか、大きい存在だったか、絶対に忘れないって。
この夏休みの大切なみんなとの時間を忘れても、夏向のことは忘れないと告げるシーンがもうもうもうもうほんと~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ってなります。なりました。


ぎゅっと青春と甘酸っぱさが詰まった√でした。
タイトル画面に戻った時の哀愁さが本当に。
そして、終わった後だから思う、全員が集合している時のスチルの、沙希さんがどのような想いでみんなと一緒にいるのかを考えると、またこれはこれで結構来るものがありました。

私にとって沙希√は、青春の恋模様の甘酸っぱさが体験できるお話であると同時に、青春の時間は逃避するものではなくて、自分を前に背中を押してくれるものだと、優しく教えてくれるお話でした。



②萌那&雛那√感想

雛那「かなちゃん、おかえり~~!」
  「ありがと、かなちゃん!」
  「シェフとくせいのサンドイッチとからあげです!ひなもつくったんだよ!」

沙希√を読み終えて、この世界の秘密が分かってきた中での二人目の萌那√でした。

沙希√の最後のお話から、雛那ちゃんには何か秘密があるんだろうなとは予感していまして、
また共通√から雛那ちゃんが本当に可愛くて可愛くて仕方なくて、いつまでもみていたい幸せでいて欲しいと思えるほどの可愛さでした。
また、萌那さんは、妹である雛那ちゃんの事を本当に大切に想っているんだろうなぁって分かる描写がたくさんあって、それも相まってとても微笑ましくてすごい読んでて幸せなキモチになるんですよね。
前向きでいつも明るくて、でも何よりも妹の事が大事なんだなぁって分かる描写と言いますか。
(今思えば、この前向きな底抜けの明るさも、きっと現実世界の失ってしまった後の萌那さんの姿との対比だったのかとも思います)
一緒に花火を見たり、お弁当を食べたり、島の秘密を探検したり。
どのシーンでも、萌那さん、夏向、雛那ちゃんの3人の家族のような微笑ましさがあってめちゃくちゃほっこりします。

そうした想いを抱えつつ読んでいった萌那√でした、まぁ泣きました。
分かってたのに泣きました。一緒にいることができなくなってしまったはずの、あの夏の時間を、大切だった姉妹たちと過ごす夏の時間。家族愛に溢れた優しいお話でした。


まず、何よりも好きなのが絵日記。萌那√に入ってから分かる、雛那ちゃんの心の奥底の想いが絵日記で明かされるんですよね。

──────────────────
わたしは、もしほんとうにゆめがかなうなら、
『家ぞくや友だちとずっといっしょにいたいです』とおねがいをします。
おねえちゃんやかなちゃんたちと、これからもまいにち色んなことをしてあそびたいです。
ゆうえんちにも行ってみたいな!
大きくなっても、おとなになっても、ずっとずっと大好きなおねえちゃんといっしょにいたです。
──────────────────
──────────────────
先生も、あしたがたのしみでねむれないことがありますか?
ひなは、まい日あしたがたのしみでねぶそくです。
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雛那ちゃんの、いつまでも大好きなお姉ちゃん達と一緒にいたいと思う姿がもうもうもう本当に心に来ます。
でも、雛那ちゃんは『一緒にいたい』という気持ちと同時に『お姉ちゃんには笑顔でいて欲しい』っていう優しさもあって、その姿もうもう更に心に刺さってしまいます。

──────────────────
次はかなちゃんね。かなちゃんはやめるときも、元気なときも、おねぇちゃんを大切にして─…
もし、おねぇちゃんが泣いてたらなぐさめてあげて…
困っていたら話を聞いてあげて…
作った料理はおいしいって言って食べてあげて…
おねぇちゃんがさびしい思いをしないように、ずっとずっとそばにいてあげることをちかいますか?
──────────────────
──────────────────
ひな、毎日楽しいんだよ。今とっても幸せなの。
おねぇちゃんもみんなも遊んでくれて、たくさん一緒にいられるから。
今までもずうっと幸せだし、これからもずうっと幸せなの。
だから、おねぇちゃんは雛那のことで悩んじゃダメなんだよ!
ちゃんと笑ってて欲しいの。
だって、おねぇちゃんには笑顔の方が似合うんだもん!!
──────────────────

いやもう卑怯。どれだけ雛那ちゃんがおねぇちゃん思いで、優しくて、けれど心の奥底にも一緒にいたい想いもあるというのが本当に本当に切ない。


そして、その事を知りつつ、同時にこの世界の秘密に何となく気付いてしまう萌那さんと夏向の姿も同時にとても辛かった。けれど、その辛さを知りつつも、『今を生きる』という答えを出す萌那さんの姿が本当に眩しくもありました。
──────────────────
雛那と夏向と、みんなで一緒に過ごしたこの夏があれば…。
きっと、この先どんなことがあっても乗り越えていける
かけがえのない思い出がうちらの心を支えてくれて…
辛いことや苦しいことにも、きっと勇気を持って立ち向かっていける。
そんな風に、思うんだよ。
(中略)
いつまでもこうしていられるかなんて、誰にもわからない。
…それならせめて、一緒にいられる今を大切にしたいよ
──────────────────

けれどその姿は、決してふっきれたわけではなく、精一杯の強がりから出た言葉でした。
震える手を握りながらの言葉でした。けれど、おねぇちゃんには幸せな笑顔でいて欲しいと願う雛那ちゃんの姿と、雛那ちゃんのためにも今のこの奇跡の時間を今を大切にして過ごしたいと、前を向く萌那さんの姿が本当に眩しくて、切なくて、様々なキモチが綯交ぜになってしまいます。

そして迎えた、雛那ちゃんの夢を叶える最後。もうここら辺からはかなり心がきゅうきゅうでした。
──────────────────
萌那「……誕生日をお祝いして、どうしても雛那に云いたかったことがあるの」
雛那「なぁに?おねぇちゃん」
萌那「『生まれてきてくれて、ありがとう』って」
  「おねぇちゃんね、雛那が妹で本当によかった」
  「…もし生まれ変わっても、ずっと妹でいてくれる?」
雛那「もちろんだよっ!おねぇちゃん!!!」
──────────────────

も~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここら辺からもう泣いてしまいました。
誕生日の雛那ちゃんのスチルがもうもうもうもう。沙希√の時といい、ここぞというときの一枚のスチルの使い方が本当に素敵すぎて。
また共通√ですごした人生ゲームが、萌那√に入ってもう一度遊ぶ人生ゲームでここまで意味合いが変わるのかと。
そして最後の絵日記の雛那ちゃんの言葉「ひなはいま、とってもしあわせです」という言葉でさらに泣いてしまいました。


最後の久しぶりに島で再会する萌那と夏向。
ここを感想に書くのも無粋かもしれませんが、備忘録に残します。
きっと『この奇跡の時間を過ごす』前までは、何度もあの時以来の夏が来ても、再会することはなったんだろうなと思います。
二人にとって雛那ちゃんの存在があまりにも大切な存在だったから、あの夏の時間があまりにも大切な時間だったから、その現実を受け入れることができなくて、二人お互いに再会することもできなかったんだろうなって。思い出してしまうから。
だからこそ、最後のシーンの言葉、萌那さんの『久しぶり…だね?』と切ないながらも笑顔でほほ笑む姿がとっても印象に残ります。
あの奇跡のような時間を過ごしたからこそ、雛那ちゃんの本当の願いを、『笑顔でいること』という約束をしたからこそ、一緒に過ごした時間を忘れずに前を向けるようになったお話。
そして、受け入れたからこそ、きっと今まで言う事ができなかった『さよなら』を告げることができたお話。
それが、萌那√の、そして優しさに溢れた姉妹のお話でした。


萌那√を読み終えて、(まだ楓√のお話が残っているのですが)、あまつそらに咲くは、もっと青春の時間!を直球に描いた作品だと思っていました。共通√では特に、あの仲間たちとの眩しい時間の描かれ方が素敵でしたし、沙希√では恋愛の甘酸っぱさも描いていたので、萌那√でもこうした甘酸っぱさが描かれるのだとお持っていました。
しかし、萌那√を読み終えた今、こういった『家族愛』の優しいお話もあったんだなというのに、素直に楽しめました。
眩しい大切な青春の時間が、一緒に過ごした思い出の時間が、現実世界の背中を押すような優しいお話でした。なんだろう、『あの青春の時間に戻りたい!』と懐かしむものだけではなくて、その時間全てが今の自分に繋がっていると言いますか。だからこそ今を大事に生きていきたいと言いますか。
それを優しく教えてくれたのが、自分にとっての萌那√だったと思います。

萌那さんの台詞、どれも好きですが、この台詞が一番大好きだったりします。
──────────────────
うち、この夏のこと…絶対にこれから先、何度も振り返って思い出す。
大人になって、みんなそれぞれの家庭を持って…今ほど頻繁に会えなくなっても、絶対に忘れたりしない。
たとえ島から出て、結婚して、おばあちゃんになっても…
この夏の思い出を、宝物みたいにずぅーっと大事に抱えて生きていく。
──────────────────


※以下グランド√を読み終えてからの追記感想。
グランド√では、楓さんとのお話の中で、雛那ちゃんの想いが明かされました。
また泣いてしまいました。

──────────────────
かえちゃん、ありがとう。
わたしをこの夢に混ぜてくれて。
(中略)
ううん、むしろ嬉しかったんだ。
ちゃんとお別れができるから。
おねぇちゃんには、もう一度会って、ちゃんとお別れがしたかったの
──────────────────
雛那ちゃんの願い事が分かるお話。
萌那√で萌那さんがお墓の前で笑顔でいた姿が、その願い事が叶ったんだなと分かるお話で、もう泣いてしまいました。
楓「楽しかったよ!」
雛那「ばいばい、かえちゃん!」
この世界のくり返しが終わるということは、雛那ちゃんとお別れという事で。
二人のやり取りがもうもうもう切なくて。
けれどこのお話が読めて良かったと思います。
素敵なお話でした。




③楓√感想
(グランド√(あまつそらに咲く√)は別記)

楓さんは共通√では、『みんな』と過ごす事をとても大切にして、また青春の時間をみんなと過ごすとても眩しいヒロインでした。
また、他の√では物語の真相でもある【彼女が願った世界】といった気になる部分が多くある彼女でしたが、そこが明かされるのはグランド√の【あまつそらに咲く√】、その部分は、別で書くとして……。
楓√のお話として印象的だったのは、『どのような想い出でも、みんなで過ごした大切な時間はかけがえのない物』という事を教えてくれるようなお話だったことでした。

夏向の台詞より
──────────────────
昨日楓はさ、『みんなの中の、この夏の思い出も、苦い思い出になっちゃう』って言ったよな。
確かにいつかの話はわかんないよ。
もし何か問題が起こったとしてさ。10年、20年したあと、この夏を振り返って『あの時あんなことが起こらなければ』なんて思う時が来るかもしれない。
それは否定しない。
でも、そうであったとしても、『あの時の俺がいるから今の俺なんだ』って思えると思うんだ。
後悔も含めて良い思い出じゃねぇか。
本気でやり切るから、強い想い出として残るんだ。
(中略)
心配すんな、そんな最悪なことがあっても
記憶を消したくなるような思い出になんかには絶対ならない。
──────────────────

楓√では、先生に喫茶店の営業を止められてしまうことで、みんなとの大切な青春の思い出を、自分のために同時にみんなのためにも壊したくないと、諦めるかどうかというお話でした。
楓さん自身が、この世界の秘密を知っていて、『彼女の願った世界』だからこそ『みんなを自分の青春の時間に巻き込んだ』という想いもあったからこその最初は営業を止めようとするのが、楓さんの葛藤であったと思います。
けれど、夏向の言葉が(もちろん貴久や沙希達幼馴染の言葉も)まっすぐで刺さるんですよね。
どんな思い出でも、『みんな』と過ごした時間は、きっと将来何度でも思い出すような大切な時間になると。
シンプルにも、何度も楓さんが大切にした【みんな】という言葉があったからこそのお話だったと思います。

そして楓√8月31日、最後の天体観測。
──────────────────
もし5年たって、10年たっても私のこと思い出してくれるなら
そのときは迎えに来てよ。
私が『浪漫営業しようよ!』って無理やり巻き込んだみたいにさ。
──────────────────

楓さんの私のことを思い出して欲しいという願いが詰まったこの言葉が本当、本当に。
けれど、現実世界に戻った後、選択肢の『珈琲を頼む』のがまだ選べないのがまたほんとにくい演出なんですよね……。まだ珈琲が『会社の会議で飲む社会人の味』であって、紅茶を選んでしまう。珈琲の香りで、あの夏の時間の面影が頭の片隅によぎるけれど、どこか大切なことは忘れたままになってしまう。
その後の、楓さんの大人の姿がすごい「わぁ~~~~~!」となったけれど、そのまま再会することなく終わってしまう最後がたまらなく切ない。
──────────────────
楽しい夏をありがとう…
この想いが逃げ出さないように、大切に抱きかかえる様に、そっと目を閉じた
──────────────────
切なさを抱いたまま終わる哀愁ただよう最後が、楓√でした。
けれど、彼女の想いが分かるグランド√があってこその楓さんのお話だと思うので、その部分は、グランド√感想で。






④あまつそらに咲く√(グランド√)感想

3つの√を読み終えてから明かされる、グランド√。
それは、待望の楓視点で描かれる、彼女の過去や秘密、想いが語られるお話でした。
序盤に語られる楓さんの過去は、予想通り「青春を過ごせなかった」病室での時間がほとんどだったことが明かされます。
アルコールの匂いこそが、楓さんにとっての身近な匂い(病室)であって、ベッドの上で窓の向こうの空を眺めながら、入道雲に様々な青春模様に想いを馳せる姿がとても切ない。
でもだからこそ、本編の世界こそ彼女が願った世界そのものであって、同時に夏向君にどれだけの想いがあったのかが、とても真っすぐに刺さります。

──────────────────
花火が上がるたびに照らされるあなたの表情を、ずっと眺めていたこと。
気付いてないでしょ?
でもそれでいいんだ。
これは私だけの大切な記憶。
どうか。
どうか、いまこの一瞬の記憶を夢から覚めても忘れませんように。
それだけで私はこの先の人生、強く生きていけそうだから。
──────────────────

本編中に楓視点から語られる彼女の想いが一番見たかった物だったため、その言葉一つ一つが本当に刺さります。

また、その後に小学生から今に繋がる回想シーンが語られます。
特に、夏向君との小学1年生のエピソードが本当に……もう……イケメンか……。

──────────────────
調子が悪い日は学校も休んで、家でひとりで過ごしていたほど。
誘ってくれたかくれんぼ。
もともとは鬼ごっこの予定だったよね。
私を誘うときに、かくれんぼにしてくれたんだよ夏向君。
『あ、今日はかくれんぼにしようよ。鬼ごっこ飽きたから』
そんな風に言って。一言一句覚えてるよ。憧れだった。
普通、小学1年生でそんなことできる?
同い年だなんて考えられなかったんだから。
そんな記憶を、思い出を今でも大切に持ってる。
これはぜったいぜったい、いつまでも覚えてる自信があるよ。
──────────────────

小さい頃からどれだけ楓さんにとって夏向君が憧れで、過ごしたかった青春の時間の中心だったのか、初恋だったのか、想いの大きさが分かるエピソードであって、だからこそ、その後の中学生からのお話がとても切ない。

中学から高校卒業までは東京に移り、ほとんどを病院で過ごす毎日。高校卒業後は倉豆大島に戻ることが回想で描かれます。
ここまで読んで、私の中で印象的であったのが『青春を思わせる出来事』が楓さんにとって忌避的なものであったことでした。

──────────────────
ただ、いわゆる『青春ストーリー』的な物語だけは意識的に読まなかった。
読めなかった。
私が経験できなかった時間は、どんなことがありえたのか、知りたくてしょうがなかったけど、直視するには当時の私は心が弱過ぎた。
知ってしまったら、私が失ったものの大きさに耐えられない気がしたから。
──────────────────
──────────────────
島の空気は心に悪い。少し湿った潮風が、山から流れてくるひんやりとした空気が、日差しに映える緑の草きれが、次々と遥か彼方の記憶を呼び起こそうと雄弁に語りかけてくる。
(中略)
眩暈がするくらいに、過去の記憶が一気に起こされる。
物語や珈琲に没頭して、『私が取りこぼしてきたもの』を忘れる様に、思い出さないようにと取っていた逃避行動なんてものは全く通用しなかった。
全然忘れてなんかいなかった。
頭の片隅の小さな箱に入れた思い出に新しくできた趣味で蓋をしていただけだった。(中略)
みんなに会いたいよ。
──────────────────

青春を思い出させる出来事は自分の『過ごせなかった時間』を彷彿とさせる直視できないもので、でも『みんなとまた会いたい』と想いも同時にあって。
青春の出来事を描くお話で、楓さんにとっては青春=憧れ眩しい物だけかと勝手に思い込んでいたんですよね。そのために余計に印象的だったのだと思います。
だからこそ楓さんの願いに繋がる想いの大きさがとても刺さります。

──────────────────
だから、わたしはいま、この病室の扉が開いて誰かが来てくれることを願っている。いえ、【願わくば】、また一緒に、みんなでこの島で遊びたい。
(中略)
この夢が覚めても、現実世界のみんなが、ちょっとでも私のことを思い出してくれますようにと、そんな奇跡を【願い】ながら。
──────────────────

そして叶う、倉豆大島と椿の奇跡の物語。
これが本編で語られたお話でした。
みんなでゲーム大会、喫茶店経営、海辺で水着で遊ぶビーチバレー、花火、天体観測。これら全てが、『楓さんが過ごしたかった青春』の時間全てであって、その一つ一つの出来事に楓さんの視点で描かれるのが、もう卑怯……。
『今日の為に、かわいい水着をえらんで買ったんだ。学校指定じゃない水着なんてはじめて』
『みんながいつも一緒に居ることが出来る場所を作りたかった』
『そう、もしみんなから私のことが見えなくても、私はみんながどこにいても、ここから想っているよ』
全ての出来事一つ一つに、楓さんの過ごしたかった想いの青春全てが詰め込んであって。眩しい。どうかこの幸せな時間が続いて欲しいと、読んでいた自分自身も願ってしまうほどです。

こうして繰り返されるループ世界。(この世界はループされていて、合計4回目のループ後の世界が、あまつそらに咲く√でした)
だからこそ、後半の楓さんの本心がもう本当に心にきます。

──────────────────
シミュレーションもばっちり!もう現実でも出来ちゃうんだからね!
でも一人じゃできないかも。ここではみんなが助けてくれたから。
(中略)
幸せだったなぁ。ほんとに楽しかったなぁ。
(中略)
思い出をつくれれば、現実の世界でもひとりで強く生きられると思っていた。
この世界で楽しい思い出をつくるたびに、現実の私との対比が鮮明になっていく。
「なんで」
「どうして…。」
「戻りたくない…」
──────────────────

彼女が願った奇跡の時間。この思い出の時間さえあれば、現実世界に一人でも大丈夫になると思っていた。けれど『過ごしたかった青春の時間』を知ってしまえば知るほどに、『みんなといない現実』が浮き彫りになってしまう。
『みんな』を大切に想った楓さんの姿を本編で見てきたからこそ、もうもうこの言葉一つ一つが心に来てしまいます。

そして、この夏と離れることが怖い事を雛那ちゃんとの会話で明かされていきます。(またこの雛那ちゃんの言葉が泣いちゃうほど好きなんですけども、こちらは萌那さん感想に)
──────────────────
『この夏から離れるのがとっても怖い』
『もうみんなに会えなくなること』
『みんなにまた忘れられてしまうこと』
──────────────────
みんなに忘れられて、また一人に戻ってしまうことが怖いと語る楓さん。
でもここでもう一つの奇跡が、雛那ちゃんから語られます。

──────────────────
雛那「さっき『忘れられることが怖い』って言ってたよね」
  「それならきっと大丈夫だよ。もういっこ【お願い】したんだ」
(中略)
雛那「わたしとかえちゃんの【願い】が叶った世界だもの
かえちゃんのことだってきっと覚えていてくれるよ」
(中略)
楓「覚えてて、くれるかな……」
雛那「大丈夫だよ!だってとっても楽しい夏だったもの!
楽しい思い出ってずっと覚えてるでしょ?」
──────────────────

楓さんの願いは、【みんなともう一度遊びたい】
同時に【私のことを思い出してくれますように】というものでした。
けれど、願いは楓さんだけじゃなかったんですよね。
夏向は【楓が幸せになって欲しい】と願って。
雛那は【もう一度おねぇちゃんに会いたい、ちゃんとお別れがしたい】
と同時に【おねぇちゃんがわたしの死を受け入れて、前に進めますように】
=現実世界のおねぇちゃんにこの世界の事を覚えてくれますように
と願いました。
もちろん、沙希や貴久もきっと願い事があったのだと思います。

この世界はきっかけは楓さんの願いかもしれない。けれど、願い事は楓さんだけじゃなくて『みんな』の願い事が叶う世界だからこその、このお話なのがまたすごい好きなんですよね。一人じゃないと優しく教えてくれると言いますか。

そして、この奇跡の時間、かつて3人で天体観測をした場所で最後に約束される、夏向君と楓さんの約束。
それは、『一緒に喫茶店を開く』という物でした。
ここの夏向君と楓さんの会話がもうもうもう本当に甘酸っぱくて。
グランド√で二人の甘酸っぱい会話は、実はほとんどなかったりするので、この部分がもうとてつもなく好きです。特に夏向君の照れながら『一緒に』と語る部分がもうもうもう……ね!!

今度は天体観測の時のように忘れてしまうことがないようにと約束する、二人。
楓『夏向が私のことを覚えていてくれますように』

そして終える奇跡の夏の時間でした。

ここからの展開がもうもうもうすごいハッピーエンド。
この物語の冒頭に戻るように、現実世界へと戻り、かつての喫茶店のシーンへと繋がります。
そこでは、あの時選べなかった選択肢がありました。
『珈琲を頼む』

大切な事を忘れてしまった夏向にとって、珈琲とはただの苦い社会人の辛さを思い出させる味でしかありませんでした。
けれど、実際に珈琲を味わうことで、その全てを思い出す。
珈琲は夏向にとって
『大切な青春』を思い出させてくれる味であって
かつての『やりたい夢』を思い出させてくれる味であって
『大切な彼女との約束』を思い出させてくれる味でした。

もうものすごいこの流れが大好きです。
グランド√最初のアルコールの匂いから、無味乾燥な病室を思い出させる最初から、珈琲の味によって大切な青春へと移り変わる最後。
あの積み重なった奇跡の時間があったからこそ、夏向が青春の時間を、本当にやりたかったことを思い出す事が出来た、あの大切な『約束』を果たすことができる最後が本当に素敵。

そして一番見たかった、二人の幸せな姿が見られます。
喫茶店『浪漫』を経営する二人。
かつての約束を果たし、夏向と楓が好きな人と一緒に『本当にやりたかった夢』を叶える姿が、特に楓さんの最後の笑顔が本当にもうもうもう心が温かくなります。
また、沙希や貴久ともまた大人になっても再会する描写だったり、きっと幼馴染達がこの島で何度も笑いながら時間を過ごしていくんだろうなと思わせてくれる最後が本当に良かった。
まさしくハッピーエンドでした。素敵な終わり方でした。

──────────────────
夕ぐれは 雲のはたてに 物ぞ思ふ
あまつそらなる 人を恋ふとて(読人しらず)
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一番最後に和歌の恋歌一で終わりました。
片思いを歌うこの歌で、作品のタイトル名、タイトル画面とが繋がる最後が本当にとても綺麗です。
夏の雲の向こうの想い人を恋願う姿。それは、楓さんがかつて病室の窓から、夏の雲に想いを馳せながら、『夏向君をはじめ、夏の青春模様』に思いを馳せていたことが分かるからこそ、タイトル画面の楓さんの姿に心が打たれます。
そしてその過ごしたかった青春の、奇跡の時間を儚くも優しく描かれたこの物語が、私にとっての『あまつそらに咲く』、あの想いを馳せる空の向こうに咲くお話でした。



⑤まとめ
私自身、青春の物語が大好きなので本当に刺さりました。
サークルさんの作品では、『after grow』も好きで、この時から、お姉さんの夕暮れの青春のほろ苦さと眩しさと儚さを、BGMをはじめ雰囲気作りがとても良くて、浸れる作品だと思っていました。

今回の『あまつそらに咲く』でも、夏の青空と眩しい青春を描きながら、でもどこか今の自分には過去の青春であるような、儚さやほろ苦さ、眩しさを、BGMからの雰囲気で浸らせてくれるのが、「あぁこのサークルさんの作品らしいな」と感じました。
自分自身が、社会人〇年目を過ごしてきて、過去を顧みてしまう事が多いので、余計にこういった青春の物語が刺さってしまうんですよね……。特に冒頭の社会人が描かれるほろ苦い始まりから、青春への描かれ方とか。あの頃は、あの眩しい時間は良かったなぁって。

でも、決してほろ苦さや儚さだけで終わらないのが、この作品でもありました。
かつての『青春』の時間は、今の自分へと繋がっているのだと。決して逃避するための物ではなくて、前を向かせてくれるものだと、背中を押してくれるようなお話でした。

例えば、沙希√では、青春の甘酸っぱさを味わいながらも、現実逃避ではなくて、かつての青春の時間から今を幸せにしようとする、前向きさを教えてくれるようなお話でした。
萌那&雛那√では、『別れ』という家族愛と苦いお話でありつつも、大切な時間があったからこそ今を大事に生きたいと思わせてくれるお話でした。
楓√では、では、どのような、些細な思い出であったとしても、『みんな』と過ごした思い出は、きっと自分にとって大切な思い出になると、そしてだからこそ今の自分がいて決して青春の時間は無駄ではなかったと教えてくれるようなお話でした。
そしてグランド√では、楓さんの空に想う『過ごしたかった青春、恋』を、『みんなと叶える、夏向君と叶える』優しい物語として、描かれていました。
こうした儚さの中にも優しさと少しの青春の熱を感じられるような作品なのがまた良いんですよね。

また、特にこの作品で一番大好きなのが、ふとした日常で『青春の過去』を思い出させてくれるような描写なんですよね。今回で言えば、『匂い』が重要な要素でした。
作中では、珈琲の匂い、味が夏向君をかつての約束を思い出させるきっかけとなりましたが、このふとした日常の出来事にも、かつての過去を思い返させるようなものがきっとあるはずだと、教えてくれるのも好きです。
私にとっては、それは例えば雨の中のコンクリートの匂いであったりが、かつての登下校を思い出させたりするものですが、そうした『大人になっても忘れない』何かがきっとあるはずで、それを描写してくれたのが、私にとっての『あまつそらに咲く』というお話でもあったと思います。

とても素敵な作品でした。
この青春の物語を忘れたくないなぁと長文感想になってしまいましたが、
読めて良かったです。
また次回作品もすごい楽しみで好きなサークルだなってなりました。

ありがとうございました。