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merunoniaさんのハルカの国 ~大正星霜編~の長文感想

ユーザー
merunonia
ゲーム
ハルカの国 ~大正星霜編~
ブランド
Studio・Hommage(スタジオ・おま~じゅ)
得点
98
参照数
35

一言コメント

ぼろぼろに何度も泣きました。読み進めるのに心が痛かったです。それほどにクリ、おトラ、ユキカゼの3人が本当に大好きで大好きで仕方ありませんでした。『縁』は痛みと暖かさを同時に兼ね備えた物だと優しく教えてくれて、それは今までの国シリーズや前作ハルカの国の積み重ねがあったからこそだと思えました。傑作でした。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

多くのこう言葉に出来ないものが多くありすぎて、上手く感想にまとまらなさそうだけど
でも少しでも、欠片でもこの時の感想を覚えておきたいという備忘録感想です。

〇3人組の日常と、おトラについて
最初に読み始めた時はびっくりでした。
大正時代とは知っていたけれど、ユキカゼがここまで大人のような立ち位置になって、ホオズキのような無邪気な可愛さを持ったクリが居て、そしてまさか再登場するとは思わなかったおトラさん。
この3人で繰り広げられる前半の日常が本当に楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
まだ若いからこそ野望に満ち溢れた、ふにふにと言いまくるクリに。
それを優しく見守るユキカゼとおトラの二人。
本当にクリのことが大切だからこそ、厳しいことを言うおトラさんの言葉は、その裏に優しさがすごい詰まっていて。ユキカゼとおトラの二人も時が経ったからこその相性の良さもあって。
いつまでも見ていたいくらいに本当に楽しい日常パートの前半でした。
一番好きなCGは、おトラとユキカゼとの酒飲み勝負で、おトラがユキカゼを担ぐ所です。
ユキカゼが大人になったように思えて、でもまだ過去の幼い分部も残る所を、姐さんであるおトラさんが担いでいく描写がもうたまらなく大好きでした。

展開が早めな国シリーズにしては、この3人組の日常を愛着がわくようにゆったり描かれるのは珍しいなと思います。

だからこその後半からはもう心が本当に辛くて、辛くて仕方がありませんでした。
おトラのほどけ。ユキカゼとクリの世界が引き裂かれるような叫びは、実際に読んでいた時の自分にはあまりにも大きくて、本当に読み進めるのが辛くて仕方ありませんでした。
自分の意志で消えたいと願ったおトラの台帳。『クリ頼む』と記された言葉。
その想いを知ったとしてもユキカゼにはおトラを置いていくことなんてできなくて。
何が正解かも分からなくて、クリになんて伝えていいのかも分からなくて、考えても正解が出ないユキカゼの様子がとても辛くて仕方なかったのが今でも覚えています。

それでも、おトラはおトラなのだと、受け入れつつそれでも思い出すように心を痛み、また新しい形の3人へと慣れていく、新しい日常へと進んでいく描写の暖かさとじわっとした痛さの描かれ方がとても印象的な後半でした。
話の本筋はクリのうどんのお話から独り立ちへと描かれていきますが、それでも丁寧に挟まれる3人組の描写にはいつも泣きそうになってしまいました。

クリが独り立ちした後でも、それでもユキカゼはおトラと一緒に居て欲しいと願い。
まだこの時読んでいた自分は、漠然にユキカゼはおトラと一緒に旅を続けていくのかと思い込んでいました。
そうはならなかったのがこの物語でした。
最後に奇跡か正気を取り戻したおトラが選択したのは、ユキカゼの元を去ること。
本当に、あぁここまで描くんだなって記憶が強いです。
──────────────────
北に狼の姫がいて。
名前をハルカ。
馬鹿に強いってさ。
いっといで、やっとう狐。
今度は、負けんじゃないよ。
──────────────────

長い時代を生き抜いて、老いる最後まで生き抜いたおトラは何を思ったのか。
作中をの文章を引用するならば
──────────────────
最後。
明日になれば、自分じゃなくなっているかもしれない夜を。
最後の夜を。
一人で、お前は何を考えた。
失っていくなかで。
なくしていくなかで。
恐ろしさのなかで、お前は最後、何を──
──────────────────
おトラが最後に見せた表情は、その答えの一部を表しているようでした。
言葉には上手くできないけれど、ただそれでもユキカゼに、クリに、その先へ行っておいでと、何か背中を押すようなあのおトラの表情が堪らなく、胸に来るものが、あって、またここで自分は泣いてしまいました。

国シリーズでは多くの、言葉にするのも俗になるかもしれない多くの事が込められていますが
今作品のような、様々な者が生きていく中で、すでに老いて時代からはただ去る者が、何を思いその最後を歩むののか、その一端を最後まで振り絞って描かれたのが今作品だったと改めて思います。
上手く言葉に出来ませんが、そのおトラの姿、残されたユキカゼとクリの心の叫びと、暖かさと心の慣れと、縁を求めてしまう姿と、痛みとその全ての在り方にただ心を打たれたのが、この大正星霜編でした。


〇クリと、この国の在り方について
今作品の感想を書く上で、欠かせないもう一つの要素がクリの存在でした。
特におトラがほどけになってしまった後の辛い中でも、クリが成長していくような、そしてトラユキという、『ユキカゼとおトラに助けられた自分がいるからこそ』誕生したうどんのお話にはまたしても泣いてしまいました。
こうしたクリのお話ですが、一番印象に残っているのは、どちらかというと、国がどのようなものかを説いたシーン。ユキカゼがクリにうどんに必要な物を説いたシーンだったと思います。

以下、引用(長文になってしまいました)
──────────────────
ユキカゼ
「お前が見ているのは、力を注ぐのは手元のうどんばっかりだ。
相手のうどんを見ていない。人間を見ていない。
だから片輪なんだよ、お前のうどんは」
クリ
「片輪じゃない!わたくしのうどんは、わたくしのうどんで完成していますもの!
人間なんて、関係ないもの!
人間なんか、わたくしのうどんに入ってない!」
ユキカゼ
「それが駄目なんだ!」
クリ
「わたくしのうどんは、わたくしのうどんだもの!
入れたくない!嫌だ!」
ユキカゼ
「それじゃどうにもならん!商売にならんっ。
ここは人間の世なんだ!人間の国なんだ!」
(中略)
ユキカゼ
「見ろ!人間の国だ!
お前は憎いだろう。許せないだろう。
お前から里を奪い、お前を騙し、辛くあたってきた人間が。
お前は人間が許せないんだろう!」
クリ
「嫌だ、嫌だ!」
ユキカゼ
「ならば指してみろ。お前の許せない人間を指さしてみろっ。
お前の憎い人間は、何処にいる!
お前が憎いのは亀か」クリ「違う」
ユキカゼ「弥彦か」クリ「違う」
ユキカゼ「角屋の大将か!」
クリ「違う……!あれはいい人……!あれらは良い人……!」
ユキカゼ
「では誰が悪いんだ。誰がお前を悲しませた。お前は誰を憎んでいるんだ!
指をさせ!名前を言え!」
クリ
「髭が。悪の髭が悪い……!」
ユキカゼ
「髭を生やした官服が悪いのか。
それがいなければ、お前の故郷は守られたのか。
そいつがいなければ、今もお前は仲間と居られたのか!」
クリ
「国が。国が悪い……!人間の国が悪い!」
ユキカゼ
「国とは何だ!」
クリ
「国は、国は……」
ユキカゼ
「お前が憎む国とは何だ。言ってみろ!
どこにあるのか、指さしてみろ!」
「ないよ。国なんてない。
あるのは人間ばかりだ」
クリ
「違う……!あるもの。
人間の国はある。わたくしの故郷をとった、悪いのがある……!」
ユキカゼ
「そうだ!やっぱり国はある。
見えないけれど、指し示せないけれど、何かがあるっ!
それが国という化け物だ!国という幽霊だ!
そしてそこへ、私たちも加担したんだ!」
(中略)
ユキカゼ
「おトラを看てくれた巡査は泣いていたよ。
わずかな金に泣いたんだ。
船の連中が湯水のように金を使う時、新説な巡査は泣いていた。
では船が悪いか。船の連中が悪いか。
悪いよ。連中は悪い。狡い。汚い奴等だ!」
「けれど私たちは、船の金で生きたよ。
船に助けられて暮らしたよ。
連中がつくる仕事の割がよくて、嬉しかったろう。
石炭だって、荷物だって、全部船だよ。私たちが潤ったのは船だよ。
亀の家に暮らせたのも、あすこで三人暮らせたのも船だよ」
(中略)
ユキカゼ
「皆そうさ!誰もが暮らしのためさ!生きるのに必死だ!
皆、暮らしのために必死で加担してるんだ!
この町に、国たるものに、加担してるんだよ!
国は暮らしだ!暮らしていくという、必死な行動なんだ!
お前も、そのなかにいたろう!笑っていたろう!」
クリ
「違う、違う……!」
ユキカゼ
「どこまでも人間を思え。考えろ。人間を見つめろ」

ユキカゼ
「お前が幸せを願っていく者たちなんだ!」
──────────────────

すごいこのシーンが印象に残っています。
大正星霜編は時代が移り変わって、もはや化けが表に出てくることがなくなり、人間たちの社会があってこそ化け達が生きていけるような仕組みになってしまった時代。
でもそのような仕組みになってしまったのは、最初からその姿になりたかったわけではなくて、人間誰もが『必死に生きてきた姿』がこの国の今なのだと。

過去作品にも何か通ずるものがあったと感じます。
越冬編では、厳しい冬の中でも、喜びや希望を糧にしながら必死に生きてきた姿があって。
明治決別編では、五木の言葉、一つ一つの小さな墓が、この国をよくしたいとした生きようとした小さな墓が、この国を形作っているのだと。
そして、大正時代という激動の時代を経た今でも、その国の在り方は、そこで暮らす一人一人が、ただ必死に生きようとした姿が集まり時を経たからこそその社会が形作られていて、化けであるユキカゼやおトラ、クリもその中で営み生きていくのだと、するこのユキカゼの言葉がとても好きです。

そしてこの想いは、どこか雪子の国に通ずるものがあるからこそ余計に好きなのかもしれません。
雪子の国で語られた、四季を経て、今を生きることは別の今を切り捨てる痛みをを伴うものかもしれないけれど、それでも、過去を弔い幸せになりたいとこの国で生きたいとする雪子とハルタのその姿が、この大正時代に生きようとするユキカゼとクリの姿に重なるものがありました。

この国への在り方を説く台詞があるからこそ、最後の最後、おトラとともにユキカゼが東京を出る時の描写がまたたまらなく好きです。

以下、東京を出ようとするユキカゼより。
──────────────────
ユキカゼ
「こんなにも、人間の世の中になるなんて」
想像出来なかった。
ユキカゼ
「あんなひ弱なものがここまでくるなんて、私にはとても……。」
冬のなか、僅かな明かりを灯していただけの、小さき者たち。
今は聳えて、私たちを遥かに越して行った。
ユキカゼ
「凄いよ。連中、よくやった。
よくやったよ。本当に……」
自分たちの敗北にか。あるいはか弱き者たちの勝利にか。

果てのない、人間の国。
ユキカゼ
「連中、どこまで行くのかな。
ああ……。どこまでも行くのかな」
私の胸はいっぱいになった。
悔しいけれど、私は人間に感動していた。同時にそれは、私たちへの感動。
彼等ではなかったけれど、彼等の中にいた私たちへの。
変わることのない姿で現れ、変わり続ける時代を転がり尽くした私たちへの。
今ここにいる私たちへの、間違いのないはっきりとした感動。
ここへ至る星霜への、感動だった。
ユキカゼ
「なにかあるさ。
私たちにだって、まだまだあるさ。
何かあるよ。何か、嬉しいことがさ。
また何か──感動してしまうような美しいものが、これからもあるさ。
きっとある。」
唱えるだけだったけど。
私はそう言えたことが、嬉しかった。
──────────────────

過去からいくつもの人々の営みが、多くの小さな墓が、積み重ねられたからこその星霜への感動。
そしてこの先もきっと越冬編やキリンの国、雪子の国でも語られてきたような、美しいものが、感動するような嬉しさ、喜びがきっとあるはずなのだと。
今まで積み重ねてきた、あえて作中の言葉を使うなら『心の愚かさ』を知っているユキカゼだからこそ得られたこの感動と、まだ、まだこの先もあるはずなのだと願うこの言葉が、たまらなく好きです。
今までの積み重ねがなければきっとここまで心に刺さらないであろう、この国シリーズの作品通しての言葉に、本当に胸を打たれました。


〇まとめ 縁
改めて、今作品で一番心に残っているイメージは何だろうと考えた時、何度も作中に言葉として出てきた『縁』という言葉でした。
ユキカゼにとって、クリにとって、そしておトラにとっての縁は、広く多く深まれば深まるほどに、それらと切り離すのはとても痛みを伴うことを何度も実感しました。
特におトラ関連の話は、縁があればあるこそ多くの人が心の痛みを伴うことを何度も見てきました。
しかし同時に、この縁は、人をどれだけ暖かく、希望として救うのかも見てきました。

おトラにとって、クリやユキカゼに出会えたことは、彼女の人生にとってどれだけの救いだったか。
そして、おトラにとって、愛すべき縁から自分が消えることはどれだけの感情があったのか。

クリにとって、ユキカゼやおトラに出会えたことは、クリが独り立ちするうえでどれだけ大きなものだったか。
同時に、クリがユキカゼやおトラにとって『妹分』のような小さな姿から、しっかり者に『なってしまった』痛みとはどれほどのものだったのか。

ユキカゼにとって、ハルカはもちろんのこと、かつての過去を知っているおトラに出会えたことがどれだけ、ユキカゼ自身を救う縁だったのだろうか。同時に、ユキカゼの元を去っていったハルカ、梅やカサネ、五木、そしておトラとのその縁がどれだけの痛みを伴うものだろうか。

こうした縁の痛みと暖かみを同時に教えてくれたような作品だったのが、今作品でした。
縁を求めてしまうのにその縁によって傷ついてしまう。それでもまたその縁に助けられる時もあって、こうして紡がれていくような人の人生の在り方が、とても酷で同時に綺麗だと感じます。
最後、ユキカゼがけじめとして剣を手放し受け取らないとするも、弥彦からこれも縁だとして剣を受け取る話がとても好きです。
自分の気持ちだけでは如何せんせず、縁は紡がれてしまう、その姿がとても印象的だったのが、私にとっての大正星霜編というお話でした。


そして、次回へと繋がるは、とうとうハルカとの再会でしょうか。
愛宕編のお話でしょうか。
ユキカゼは、ハルカと再会して、どのような心情が描かれるのか全く想像できません。
もはやかつて負けていなくなった、自分の存在の理由でもあった強さと剣を携えて。
どのようなお話が次は語られるのか楽しみで仕方ありません。
一番気になるのは、ここまである意味達観をしてきて、それでも何かあるはずだと求めるユキカゼの、辿り着く先が気になります。

以上、備忘録のための感想でした。
ありがとうございました。