まるで人生の選択肢のような選択肢、花井是清の呪い 本当にこわい作品だった。
『この業界は謎と神秘に満ちています。このなんとも言えない不思議で熱狂的な世界でなら、僕は何か特別な真実をつかめるような気がしているんです。……でもそのためには、僕らは素晴らしいバンドにならなくちゃいけない。高いところに行かないと、見えない事の方が多いですからね。僕はそのためのメンバーを集めたつもりです。だからみんな、覚悟をもってやってください。そして、誰も見たことがないバンドをはじめましょう。』
MUSICUS!
発表当時から話題になり、クラウドファンディングによりさらに話題になった、オバイブ最後の作品。どのような作品かとワクワクして待ち望んだ作品の中身は。
私にとって劇薬でとても怖かったけれど、同時にとても面白かった。
音楽とエロゲとずっと真正面に向かいあったオバイブだからこその作品だったと感じます。
同時に、私の中で、好きという感情をそのまま好きでいいんだよと肯定してくれた作品でもあり、やっぱりライブ行きたいと思わせてくれる作品でした。
中身は、瀬戸口さんらしい長文で、演出よりもライブの一つの人生を描くテキストは、どこかノベルゲームというよりかはドキュメンタリー番組を見ているような不思議な感じで。
決して感動したりといった心を動かされることが強くあったわけではないのですが、音楽に対して真正面にぶつかっていって、音楽に携わったことがない私でもくるようなそれぞれの音楽観、人生の選択肢、選んだが故の結末は、見ていて面白かったです。
オバイブの描きたかったライブとは、ロックンロールとは が詰まっていたように感じます。
ライブに行きたくなるような作品でした。面白かったです。
以下ネタバレ感想です。
1 花井是清の呪いの言葉
まず私の中で何よりも一番の印象は、やはり花井是清の存在。
ただただ彼の呪いの言葉が本当に怖かった。
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……おれはね、世の中には本当に凄い音楽なんかないのなかって思いはじめているんだ。最近のことなんだけれどね、何を聴いても楽しくないし、心に響かない。この間ね、色んな音楽を聴きすぎて疲れてるのかなって思って、それでちょうど昔好きだったアーティストが来日したからライブに行ってみたんだよ。
年をとったけれど昔よりもパワフルで、何も悪いところなんか見つからない。むしろ良くなってると思う。でも、おれは何も感じなかったんだ。昔は心が震えて涙も出たりもしたのに。今は何も。……それでふと思ったのさ。昔の自分はただ騙されていただけなのかもしれない。ステージの演出とか、有名なアーティストが目の前で歌ってるとか、みんなが褒めてるとか、曲がヒットしてるとか、そういういろんな情報のせいでなんとなくいい曲のような気がして涙を流していただけで、音楽の力で泣いていたわけじゃないのかもしれないって
よく映画とかフィクションでは、無名な天才ミュージシャンが演奏して通行人が涙を流すなんて演出があるけど、そんな光景を現実に見たことがあるかい?誰が褒めているのか、誰が演奏しているか、どれだけ売れているか、そんなことを何も知らないでただ曲を聴いて、それだけで涙を流すことなんかあると思うかい?おれたちのライブでもたまに泣いてるヤツがいる。でも、昔路上ライブしてたとき、いくら演奏しても誰も涙なんか流してくれなかった。あの時の方がずっと心を込めて必死で演奏していたのにね。
今なんか、ただの仕事だよ。仕事。でも泣いてる。……あれは結局状況に酔ってるだけなんじゃないか?実際おれたちのライブなんかクソだよ。曲も演奏も何の価値もない。ちっとも面白くない。あれで喜んでる人がいるなんて信じられない……。きみはどう思う?音楽は価値があるものかい?
そうか。まあ、悪くない。でも言うほどのものじゃない。つまるところ音楽なんてただの空気の振動なんだ。ライブハウスみたいな真っ暗なところで、みんなで身体を揺すって、ばかみたいな大きな音でそれらしく流していれば、その振動が心臓に伝わって、なんだか感動したような勘違いをするんだ。広告を打って、ストーリーをくっつけて、ファッションみたいに流行らせて、すごいものみたいに言ってるのは全部デタラメだよ。どの曲も歌も大した差なんかない。全部プロが作ってるんだからさ。どの曲を聴いたって、ちょっと気持ちよくなるだけだ。そしてロックなんか存在しない。
……そうじゃない何かが見えている人もいるのかもしれない。でもおれにはわからないな。自分の曲と他人の曲に違いなんかわからない。なのに、おれのライブにわざわざ来る人がいる。とても信じられない……金を払ってるやつを見ると、可哀想な詐欺の被害者だって感じる。心が痛む。でもやるしかないんだ。プロだからね。
ねえ対馬君。原稿にはっきり書いてくれよ。花井是清の作った曲は、どれ一つとっても小指の先についた鼻くそほどの価値もないゴミだけだってね。だから喜んで聴いている連中は早く目を覚ませって。おれの口からは言えないんだ。
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今までの自分が『好き』という感情が否定されるようだった。
始めてライブに行ったときの感動は、今でも同じ『楽しい』という感動と同じなのか。
エロゲやノベルゲームをやってて『楽しい』という感情は、昔の純粋に楽しんでいた頃と同じなのか。
全ては背景があって、『楽しい』と思い込んでいる自分が『好き』なだけじゃないのか。
周りが楽しいと言っているから楽しいんじゃないのかと全てが怖くなった。
今でもあなたは純粋の『好き』という感情を持ち続けているのか?
周りに踊らされているだけじゃないか?自分に酔っているだけじゃないか?
湧き上がれば湧き上がるほど否定されたようで、自己嫌悪したくなって本当に怖かった。
それでもどこかきっと答えを見せてくれると信じてプレイしていて。
弥子ちゃん√は青春として楽しかった。本当に楽しくて最後のEDも感動して、拍手するくらい好きだった。けれど同時にどこか花井の呪いの言葉を思い出して本当に怖かった。
だからきっと答えを出すだろうと信じて。
『花井の遺作と公表しないで世の中に出していく』という回答をきっと主人公は出すだろうと信じて回答したがゆえの澄√が辛すぎて、お腹が痛くなって辛かった。
音楽になにもバイアスをかけずに、ただ純粋に音楽の価値の在り方をきっと見出してくれれば、自分のこの辛さもきっと回答を出してくれるだろうと思ったばかりに、澄√のあの結末は本当に怖かった。
音楽を作ったり表現したり、創作物を公表したりすることがない自分ですらこれなのだから、澄√の怖さは、クリエイターの人たちにとっては想像を絶するものだとも同時に思う。
絶望の上乗せをされたような気持ちで、最後にミカ√をやった。
トントン拍子で売れていく様子の彼らが、澄√と対照的でとても印象に残っている。
そして最後の花井の言葉。
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音楽はただの音の振動だよ。音楽の感動はまやかしだ。おれたちミュージシャンのやっていることなんか全てクソだ
……でも、だからなんだって言うんだろうね?
それが何であろうと、俺たちには音楽が必要なんだ。他の何よりも必要だったんだ。どうしておれはそれを信じられなかったんだろう? 自分にとって一番大切なものを、どうして台無しにしようとしてしまったんだろう?
(中略)
ロックンロールという言葉はね、きみが勇気をもって暗闇で顔をあげるとき、いつもそこにあるものの名前なのさ
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その時、私の中で、好きという感情が肯定された気分だった。
もちろんそれは、今までの彼ら主人公の長い長い人生があったからこそです。
ただ、自分が好きだったから、必要だったからただ好きなのだと。
確かにあの時最初に感じた感動、好きだという気持ちは本物だったんだと。
当たり前のことを言っているのかもしれないけれど。そう教えてくれたような気がしたんだと思って、ただそれだけが私の中で一番この作品で印象的な出来事です。
2 ライブにはじめて行ったとき
全く作品の感想に関係ないけれど、この作品をプレイしてて、私がはじめてライブに行ったときを思い出しました。
それは大学2年生の頃だったと思います。
当時は、私自身がライブに行くなんてことを考えたこともありませんでした。
私が行ったバンドは、昔から大好きで、高校受験から大学受験の勉強のときにしょっちゅう聞いていたバンドで、ずっと頭の中でリピートするくらいには大好きな東方曲アレンジバンド。(岸田教団ってバンドです)
でも、CDを聞いているだけで満足だったし、ライブに行く必要性を感じませんでした。あとなんとなくああいう世界は億劫でもあって怖かったりもしたのもある。
そんな自分がライブに行くようになったのは、Twitterで誘われたのがきっかけでした。
なんのかんので、近くでライブがやっているということを知り、ただ誘ってくれた方が一緒にこれなくなったのもあって、初ライブに一人で参戦。
あれは秋ぐらいだったかと思う。服装もわからなくてPCで調べて。
はじめてすぎて、事前のグッズ販売なんてのも知らなくてみんな同じTシャツ来てるのが少し困惑したのとか。今から飛び跳ねたりするのに、片手にコンビニ袋と飲料水を持ってたりとか。(飲料水必須ってあったし)
今思えば何もかもわからずで、ただとりあえず来てみたって感じでした。まさに未知の空間。わからないけどとりあえず前の方に行ってみるかと、真ん中らへんにたってました。
はじまる5分前の空気。今でも覚えてます。いよいよ始まるぞっていうまわりの緊張した空気。とりあえずどうすればいいんだろうという困惑した自分。
1分前、突然真っ暗になる空間。その瞬間。いきなりはじまるバンドの人たちの音楽。
一斉に前に移動しだす周りのファンたち。爆発的に流れ出す音楽。片手を挙げ跳ね出す周り。自分の聞いたことのある、というかいっつも聞いていた曲なのに。でも何もかもが違う。音楽という耳から入る曲でしか聞いたことなかったものが、目の前の視覚から、ドラムをはじめとする鼓動が全部が自分の体に叩きつけられる。
自分の知っているはずなのに違う曲。掛け声、自分がいつも聴いているより早いテンポ。周りとの一体感。
何もかもが違いすぎて。でも私の好きな曲でもあって。
はっきり言って衝撃的でした。一気に虜になったのを覚えています。
MUSICUS!は、私にとって、そのようなライブの衝撃と感動を思い出させてくれた作品でした。
作中で、選択肢の一つで、『完璧なライブを目指すか、それともありのままの等身大の僕たちを魅せるのか』という選択肢がありました。
私の中で数ある中でも印象的な選択肢の一つですが、ミカ√へ行くための選択肢は、等身大の自分たちを魅せるという回答。
決してこれが正解だとは言いません。
だけど、私がどうしてライブの虜になったのか。どうしてライブが好きなのか。
それは、不安定でも彼らの生き様、ありのままの姿が見たいからだと、その時実感しました。
ライブだから、当然その時のアレンジがあったり、時には歌詞を間違えたりなんてのもあったりします。MCでは彼らバンドメンバーのバカ話を聴いたり。
でもそれら全部ひっくるめて彼らの音楽が好きなんだなって。
そう思わせてくれたのが、私にとってのもう一つのMUSICUS!です。
今でもCD音源で音楽を聴くのは好きです。
昔からリピートしてきた曲ですから、今でも聞きます。
だけれど、ライブも大好きです。あの空間では自分は別世界にいるように体感できるから。ありのままの彼らバンドの姿を見せてくれて、周りも一緒に『好き』という感情が一緒になって一体感になって時間を過ごしていく。
そんな当たり前かもしれないことを思い出させてくれるのがこの作品でした。
だからこそ、花井是清の呪いの言葉が強烈に痛い。それらはまやかしだと語る彼がこわい。
でもそれでも最後に、『必要なものだから』と語ってくれた答えは、私にとって、昔はじめてライブに行ったときの感情はそのままで良いのだと肯定してくれているようで。
ますますライブが好きになれたように思います。
決して私は音楽創作に携わった人間ではなく、この作品の彼らの姿も、あくまで『聴き手側』とでしか感想を持つことができません。
ただそれでも、『聴き手側』として上記のような感想を抱くことができたことは、プレイしてよかったなと思います。
3 クリエイターからみたMUSICUS!の光景はどのように映るのか
私は、上記でも述べたように、音楽創作に関わったことがないです。
ましてや、文章書きや同人誌のような創作活動には全く関わったことがない人間です。
そんな自分ですら、澄√に恐怖を覚えた今、もし実際に創作活動をしたことがある人間がプレイしたら、どのような感想を抱くのか興味があって仕方がありません。
ましてや、彼らのように創作活動、バンド活動をまさにしている、したことがある人間にはどのようにこの作品に感想を抱くのか。
はっきり言って失礼なのを承知ですが、それらの経験を得たからこそ見えるこの作品の景色に興味があります。羨ましいです。少し嫉妬すら覚えます。
それくらい、私にとってクリエイターの人々はすごいです。眩しい。
エロゲの感想ではないですが、プレイし終わったあと、そういったことも思いました。
それだけに、澄√とミカ√の話の対比が凄まじかったこともあります。
澄√のように、バンドから通して、一つの音楽を見つめ続け、思考が迷宮化し、音楽という魔性に囚われてしまうのか。
ミカ√のように、音楽からバンドを通して、ありのままの音楽は必要だという、手放さず勇気をもって持ち続けることを選ぶのか。
これらは、私にとっては、音楽活動をしている人のドキュメンタリーのように映ってしまうのだけど、きっとクリエイターの人たちにとっては感じ方が違うように思えて仕方がないです。
長年音楽とエロゲに関わってきたオバイブだからこそ、クリエイター彼らに送る応援する内容とまで感じます。
だから、クリエイターしたことある人がこの作品をプレイして感じ取る内容が少し羨ましく思います。
変なことを言っている自覚はあります。
4 総評
正直私にとって、瀬戸口さんというライターはそこまで思い入れがある人ではないです。
でも、確かに彼のテキストはすごかった。長文はすんなり読ませるような独特のテキストは、読んでいて面白かった。
ノベルゲームと言われると異質だと思います。弥子ちゃん√は青春していて面白かった。
けれどミカ√や澄√は彼らのバンド人生をドキュメンタリーとして見ているようで不思議な感じだった。
ライブなど音楽という面も一瞬で終わったり、演出もあまりなくて、本当にあくまで読み物だと感じた。
けれど、でもオバイブが常に思っているライブ、バンド、ロックンロールとはどのようなものなのか、という、ずっと考え続けていた考えに触れることができたという意味合いで面白かったと思います。
でも逆に登場キャラにはそこまで思い入れを抱かないという、なんでだろう。
同時に、私の中で呪いを刻み込んで肯定してくれた、ライブのことがさらに好きになれた不思議な作品でもありました。
面白かったです。 本当に書いていて今でも不思議な作品だと思います。