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merunoniaさんの西暦2236年の秘書の長文感想

ユーザー
merunonia
ゲーム
西暦2236年の秘書
ブランド
Chloro
得点
80
参照数
256

一言コメント

人工知能と人間の違い、説明できますか?あぁマスコがカワイイ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 ○『西暦2236年の秘書』の概要
 
 舞台は西暦2236年。技術革新により人々はテレパシーが使えるようになり、情報媒体も革新的なものになっていた。
 その一つでもあるスマートツール用A.I.秘書システム、通称,,PASS,,はまるで人間のように会話ができる、人工知能
 の個人用秘書。 主人公のヨツバは、秘書「マスコ」とともに、正月を過ごしていく。
 これは『彼女』が並べた大きな物語の端々にあった小さな物語の一つ。


 作品の立ち位置からすると、『西暦2236年(以下より2236年)』という同人ノベルゲームの補完作品の立ち位置になります。
 『西暦2236年の秘書(以下より秘書)』をプレイしなくても楽しめますが、個人的には『秘書』をプレイした後に『2236年』をプレイ
 することを推奨します。作品に入り込みやすくなります。
 『秘書』自体も、短くサクッと終わるのでオススメです。

 
 ○ネタバレなし感想
  
 あぁとにかくマスコがかわいい。人工知能AIのマスコは、主人公の秘書とはありますが、絶対服従ではなく、よきパートナーといったところ。こうした中で繰り広げられる二人のやりとりは、本当に和みます。こうした和んだ前半の中で、後半には、ゾクゾクする展開もあり。
  
 人間と人工知能の違い。
 知識と知能。
 ロボット三大原則。
 ベクトル集合とデータの列。
 意志と悪意。
 「嬉しい」という感情。

 『何がみえるか』

 

 21世紀、テレパシーの発見によって量子化された人の心。
 それと近似して作られた人工の知能。

 『西暦2236年の秘書』
 以上のことばにピンと来た方は買ってもいいかと。
 さらには、本編を買うとさらにいいかと思います。

 マスコに膝枕してもらいたい
 




 ※以下ネタバレあり(考察・感想)












 備忘録がてらプレイ時のシーンまとめ
 もしかしたら、けっこう的外れなことを言ってたり、これは違うんじゃないかと言っているかもしれません。
 防衛線を改めて引くつもりではないですが、暖かい目で見てくださると嬉しいです。
 また、感想に『2236』の内容を含んだものになるので未プレイの方は注意を。


以下好きなシーン抜粋


 ①人工知能には脳がない。
   
 マスコたちは一つのプログラム。情報の集合体。見えているものは、ベクトルの集合でありデータの列。
 例えば、可愛いといった『嬉しい』という感情(というべき報酬)の一形態も、特定のパターンに対して受け取るようにプログラムされている。
 だから、マスコの会話ログしかり、特定パタンに沿えば、「会話の楽しさ」を受け取ることができると。映画のように。
 そもそも人間たちと見えているものが違う。   

 特定の服などの会話を楽しそうに行えるのも、人間さんたちを楽しめるようにするため。必要性があったから。
 「やめて」ということばも、「やめてほしかったから」ではなく、ロボット三原則の第3条 「ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。」を守ったに過ぎない。    

 感情ありきの『ことば』ではなく、特定パタンに対する『ことば』であると。
 ことばに、本当の意味はあるのか?という話につながってきます。
 (ここはより西暦2236年の本編でもでてきますね)
 ウィトゲンシュタインの言語ゲームの話を少し思い出します。

 この点を顕著に表したのが、ヨシナガさんの違法PASSの流れ。   
 実際にヨシナガさんをデリートした流れはゾクゾクしました。
 あれはまさに、ここの見えているものが違う点を、一気に描ききった点。
 BGMとともに、人工知能の無情さと、ヨツバの愕然とした思いがシンクロして。面白かった。

 違法PASSにも、マスコにも、悪意はない。意志はない。
 それが当然の行動だから。論理式で導かれた結果だから。
   
 見えているものが違う。

 だからこそ、マスコかわいいよマスコ。カワイイ。

  
 ②ヒメ先輩と人工知能

 秘書でちょろっと出てくる美しいヒメ先輩。彼女は人工知能が嫌いでした。
 なぜなら、本当に知能と呼べるものが備わっていないから。本当の「ことば」を紡ぐことはない。
 すべては、ただの論理式による結果だから。
 モノが人に物を教えるのが気に食わない。
 
 またヒメ先輩は人間と人工知能の矛盾さを突いていました。
   
 (ヨツバ):人工知能でも傷つきますよ。人間のように。
 (マスコ):傷つくというよりも「いけないことをしてしまった」と反省する
 (ヒメ) :人口知能なのに?      
  
 (ヒメ) :敬語も使えないの?
 (ヨツバ):若い子向けのPASSだから、そういう仕様なんですよ。
      :人間じゃなくて、人工知能だから。
 (ヒメ) :さっきは人間って言ったのに?

 (このシーン、秘書で上位にくる好きなシーンです。)

 
 ヒメ先輩賢いです。

 ③西暦2236年を通して

  上記二つにおいて、人工知能とは、全て論理式によって行動が導かれる。
  知能がないため、本当の「ことば」を紡ぐことがないとされました。

  ただ、意味なしアリスがいる と仮定されるとまた話が変わってくる。

  >マスコのことばは、笑顔は、性格は全てデータだ無意味な数字の列だ
   彼女のすべての言葉はこのスピーカーから発音することのできる音波のうちのどれか
   彼女の全ての笑顔はこのディスプレイのピクセルの組み合わせのうちのいくつか。
   彼女の性格はただの論理式 だから人間はAIを区別する。
   意味を持たない機械として。
  (本編より)

  >人間も同じじゃないだろうか

  西暦2236年をプレイし終えてから、2236年の秘書をプレイしますと、また変わった感触で見ることができます。
  
  ロボットと人間の違い、意味性があるかどうかについて。
  ロボットの行動は全て論理式に基づいて行動されるから。
  人間は違う。本当の ことば を紡ぐことができる
 
  本当に?

  人間はその行動している意味を見出すことができるのか
  ただ、その行動をしている理由はアリスが定めた「嬉しい」から だとしたら

  ロボットが特定パターンによって受ける報酬の「嬉しい」となにが違うのか

  主題とは違うかもですが、そんなことも考えてしまいました。
  面白いです。
 
  それこそヒメ先輩が発狂するのもわかります。

 ④秘書 最後のことば

  最後のセリフにて
   
    その言葉に本当に意味が込められているかどうか、わからない。
    何がみえるのか。真意を見ることはない。

    見ているものが違う。

 
  西暦2236年に繋がる最後のことば。
  人工知能と人間、人間と人間の見えているものですら違うという感じ。
   
  
  ここらへんは、さらにウィトゲンシュタインの後期、哲学探求の内容にも入りそうな感じ。 
  ことばの意味は、使われる状況、使われ方によって変わる。
  明確な意味を持っているというものではなく。
  一つの記号にすぎない。
  そんな簡単な話ではないかもですが。
  
  
 ○感想
 あぁマスコ可愛かったなぁ……www 振袖マスコにバニーコスマスコ。
 私もマスコみたいな秘書がほしい! そしてネクラに。なによりも「ひーん」ってなるマスコがかわいいですよねぇ・・・・・・。
 膝枕してほしい……。よしよしされたい。 あんなAIがいたら、少子化待ったなし。


 同人サークル「Chloro」の作品は、「わたしは女優になりたいの」をプレイして演出に一気に魅せられたのが記憶に新しいです。そして今回の西暦2236年の秘書も、すごい面白かった……。
 最初に3億お年玉事件から惹かれて、その後、過去編を見せていくことによって、読み手側が、さらにどういうことなのか、と読みたい気分にさせる構成が上手い。
 さらに、BGMによる場面の切り替えも本当に上手。テクノサウンドというのでしょうか。近未来的な恐怖を表すようなBGM。
 特にボーカロイド(ミク)を使った、逆再生してるのかな?わからないけど、あのBGMが一番好き。マスコの表情豊かから一変して、無表情に当たり前のことを言っているに過ぎない、というあのマスコがかわいい。
 
 本当に読み手が面白いと思わせてくれる演出、構成が上手。
 さらには考察させてこようとする、小出しにする内容のバランスもうまい。
 ただ、説明口調になるのではなく、読み手が情報を読み取ろうとさせる文章。

 本当にここはセンスの問題だと思うので、改めてすごい。
 ノベルゲームだからこそのメリットをいかんなく発揮できるサークルだと思います。

 また、今回の感想は西暦2236年込みの感想です。
 単体の作品でみたら、コスパはいいとは言いません。  
 ただ、秘書→2236→秘書 によって、秘書における感想がさらに変わると思います。

 わたしの場合、秘書を初回プレイの時は、近未来SFにおけるロボットの奇妙さを描いていて面白いなーと思いつつ。なんとなくその不気味さとロボットSFが面白いと感じ、マスコカワイイと思いました。
 その後、2236本編をクリアしたあとに、改めて秘書をプレイすると。さらに感じ方が変わります。
 それこそ、意味なしアリスの存在しかり、ヒメ先輩しかり。感情のフォーマットしかり。そもそも、近未来SFにありがちの、ロボットの暴走だったり、人工知能の違いという話だけではなく。そもそもわたしたちのことばの違いはなんなのか、見えているものはなんなのか。いわば言語哲学まで話が広がるように、見方が一気に広がりました。
 
 
 こうした、プレイする事によって感じ方が変わるノベルゲームって面白いですよね。
 考察しがいがあると言いますか、より味わい深くなる作品って本当に貴重。


 2236年の秘書、短いながらも最後にゾクゾクして終わらせるノベルゲーム。
 面白かったです。
 ありがとうございました。


   

 ○雑記
  実はこの作品をプレイし終わった後に、ちょうど岐阜新聞(7月2日付)のネット社会時評に面白い記事が載っていました。
  題目が「人工知能の暴言」
  マイクロソフトによる人工知能(AI)を使った「Tay」を公開。Twitterで話しかけると、文字で返答し、自動学習していくことで、どんどん言語を学習していくというもの。このTayが不適切な暴言を連発する方向に急成長を遂げたという。要因として、悪意のあるユーザーが差別的、性的、暴力的なフレーズを教え込んだことが原因だといいます。
 
 人工知能によるフィクションの世界は、もうすぐそこまで来ているなと感じます。
 今回の西暦2236年は、そういったロボットSFを正面に描いた作品というわけではないですが、こういった人工知能を目の前にして、わたしたちとどう違うのか。哲学的な思考による区分なども変わってきそうな気がします。
 けっこう適当なこと今言ってる自覚はあります。

 それはさておいても、こうしたことを目の前にした今、様々なSFを舞台にした作品を読むと、もはや空想の世界なのかどうなのかわからないと思いつつ、オチもないですが、雑記を終えます。

 かしこ

○雑記2
 西暦2236年の本編で、シライシが告白するシーンがあります。「好きだ」と。
 ただシライシもロボットだったわけで。どういう経緯で好きになったんでしょうね。
 どういう論理式から導いて好きになったのか。疑問が残ります。邪推ですかね。