ビジュアルノベルという形式における到達点のひとつであり、まさに“物語を読む”という行為の喜びを全身で味わえる傑作
「月姫 -A piece of blue glass moon-」は、TYPE-MOONによる伝説的ビジュアルノベル『月姫』のリメイク作品であり、20年以上の時を経て再構築された“現代の月姫”として、その完成度と熱量に圧倒される一本だった。リメイク版では、原作からキャラクターデザイン、シナリオ、演出、システムまですべてが大幅にブラッシュアップされており、懐かしさと新しさが見事に同居している。
まず視覚的な進化が凄まじい。こやまひろかずによる新規ビジュアルは非常に美麗で、背景美術やUI、キャラクターの表情やアニメーションの細かさも含めて、もはや“ノベルゲーム”という枠を超えた演出力を持っている。特に戦闘シーンや演出の激しい場面では、立ち絵の表情変化やカメラワーク、SE、画面の揺れなどが連動して、ビジュアルノベルというよりは“映像作品”に近い体験ができる。
ストーリーは『月姫』のメインヒロイン、アルクェイド・ブリュンスタッドとシエルの二人のルートを収録。現代風に再構成されてはいるが、根幹にある“吸血鬼と人間の悲劇”というテーマはそのままに、より厚みとリアリティが加わっている。特に主人公・遠野志貴の人物像には、現代的な倫理観や自意識の描写が丁寧に織り込まれ、原作以上に感情移入しやすいキャラクターとして描かれている。
アルクェイドルートは、明るく軽妙なやり取りの裏に隠された切なさと宿命の重さが際立ち、ギャグとシリアスのバランスが極めて高水準。アルクの魅力は健在でありつつも、彼女が背負う過去や、志貴との関係性の揺らぎが以前より繊細に描かれていて、終盤の展開には胸を締め付けられる。一方、シエルルートはより緻密な構成で、サスペンス的な要素と心理劇、戦闘描写が強化され、重厚感のある物語が展開される。彼女の内面の葛藤や、過去との向き合い方、志貴との関係性の変化がリメイク版では格段に深くなっており、原作の印象を大きく塗り替える説得力があった。
音楽も本作の体験を大きく引き上げている要素のひとつ。深澤秀行を中心としたサウンドチームが手がけたBGMは、シーンに応じて静かに沁み入るものから、戦闘時の高揚感を煽るものまで、圧倒的な表現力を持っている。特にテーマ曲「生命線」は、作品全体の感情的な軸として強く記憶に残る名曲だった。
そして何より、このリメイク版が放つ“物語の熱量”は桁違いだ。一文一文が詩的かつ重層的で、テキストを読むという行為そのものに没入感がある。日常の描写から非日常への転落、その加速感と密度は、現代においてもなお圧倒的な没入体験を提供してくれる。旧作を知っている人には再発見と感動が、初めて触れる人には“新しい神話”としての衝撃が待っている。
「A piece of blue glass moon」は、いわば“序章”に過ぎないが、だからこそ今後の展開への期待と興奮が高まる。これはリメイクではなく、TYPE-MOONが自らの原点を、今の全力で再構築し、新たな神話として再誕させた作品だ。ビジュアルノベルという形式における到達点のひとつであり、まさに“物語を読む”という行為の喜びを全身で味わえる傑作だった。