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lein2709さんのノラと皇女と野良猫ハートの長文感想

ユーザー
lein2709
ゲーム
ノラと皇女と野良猫ハート
ブランド
HARUKAZE
得点
86
参照数
41

一言コメント

シナリオ〇キャラ〇ギャグ〇キャラ◎ 完全食みたいなハイクオリティのギャグシナリオキャラゲー

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

この界隈に入る前からタイトルくらいは知っていたくらいに、
一般知名度もかなり高いであろう平成末期の名作。
パブリックイメージからギャグゲーという印象が強かったです。

たしかにその通りギャグゲー的要素が多いんだけど、
そこでとどまること勿れ!という程度にシナリオも結構深くて興味深い内容でした。

基本的にはギャグマンガのようなわいわいした日常の物語なのですが、
主人公のノラくんが母親を亡くしていること、
メインヒロインのパトリシアが「冥界の皇女」、つまり死の象徴であることから、
人の死みたいなテーマが終始付きまといます。
かといって、それがうっとおしさやノイズに繋がることはなく、
あくまで緩急の一部として効果的に使われている印象を受けました。

日常パートの軽快さや短い文章を連ねるような文体は非常に可読性が高く、
わりと頭を空っぽにしていても言ってることがなんとなく理解できる程度の塩梅に
非常にやりやすい読みやすい作品だなとも思いました。

キャラも基本的には善性を感じる個性的なメンバーばかりで
ヒロインもそれぞれに属性は異なるものの可愛らしく、
このまま青年誌で連載できそうなキャッチーさを備えており、
ここも高水準と言えるでしょう。

気になった、あるいはどうかなと思った点としては、
全体的にちょっと尺が短くて、そのわりにテーマが多いため、
伝えたいことが中途半端に終わっているような印象を受ける部分がいくつかありました。
展開が唐突だったり、オチがなおざりになっていてなんとなく後味が悪かったり、
せっかくテンポよく話題が運んでいるのにもったいないように感じました。

あとは、パブリックイメージよりも、重い話やそれに伴う主人公たちやモブの行動に
なんとなく胸の奥がかゆくなるような気持ち悪さを感じる部分がありました。
特にいじめだとか、家庭内不和だとか、結構シビアな話題を扱うパートもあるので、
人によっては救いようのない、解決策が解決策になっていないとして、
出口のない迷路に心を閉ざされるような感覚があるような気がします。

というか、個人的に完成度が高いと認めながら絶賛とまではいかないのが、
この辺りが原因だったりします。
特に未知の母にはせっかく一方的な悪者にしないような書き方をしたのに、
心理描写が足りないため、気持ちの変化が唐突に見えてしまうのが
凄く惜しいなと感じてしまいました。
(モブにいちいち立ち絵あるのにこの人なんでないんだ…?顔のない人でなしみたいな扱いにしたかったのかな)


以下個別ルートプレイメモ

共通パート(命日の集まりまで) 90点
序盤はとにかくどたばた楽しく、ネコのお考えを挟んで少ししっとり
日常会話がいい、とにかく楽しい。
メインに悪役がおらず、かといって真面目すぎずに、
凄くキラキラしているわけではないけど、かけがえのない仲間だけで共有できる空気がある。
ひと言でいうなら凄く居心地のよい感じ。
それを外からみたパトリシアのいう「あるじゃない、地上にも魔法が」
この一言にその良さが集約されているようなきがしました。
未知は優等生だし、シャチは拾われた子だし、明日原は自由を求めるギャルだし、
それぞれに見た目も性格も違う、おそらく抱えているものがそれぞれにある
それぞれがこの塾生のコミュニティに掬われている、
生きていくうえで自分でいられる依り代として大切にしている
そんな感じの仲間の間に流れている空気感がとにかく素敵だと感じました。
問題自体が動いている感じはしないのでここからどうなっていくのか楽しみ。

シャチルート 81点
もっと壮大な展開になるかと思いきや、意外と何も起こらなかった…
シャチの正体自体はなるほどあとはなった。
そうだよね、普通に女の子がその辺に転がってるわけないよね。
そこを巡って、もっと重い展開になるかなと思いきや、あっさりでしたね
シャチ自体は抜群に魅力的ですし、家族ではなくて恋人になっていく
付き合うまでの天界は恋人のワードに戸惑うシャチが見れてなかなか良かったと思います。
告白のシーンも素敵だった。お互いに気づきながらもそっと胸に秘めてきた
二人を結ぶ正しい家系図の線の引き方…とでもいいましょうか。
あとは冥界の3姉妹が、シャチとの日々をみてどう思っていたのか、
それが彼女たちのルートとどうつながっていくのか、その辺が気になります

明日原ルート 93点
キャラ良し、シナリオ良し、声良し3拍子揃った完成度の高いルートだと思います。
こういうテーマを説教臭さを最小限に抑えて、
あくまでコメディの中のシリアスに落とし込むバランスが絶妙。
明日原の苦しい生い立ち故の自罰意識って言うのかな?
自分がしていることは常に罪深くて、自分は幸せになれない、
それゆえに他人を不幸にしたくないから、自分の懐に大切な人を置かないし置けない。
作品全体のポップさにごまかされている部分があるけど、抱えているものはすんごい重いし、
ぶっちゃけこれで明日原が救われたのか、ちょっと自分にはわからない部分でもあります。
見かけの明るさが怖いというか、人知れず限界を迎えて壊れてしまうような…
でも明日原ってキャラを語る上での魅力になっているのも事実なんですよね。
欠点としては恋愛描写が微妙かなあ…
明日原からノラはわかるんだけど、
ノラから明日原の気持ちを明日原は避けてしまいそうだなと思いました。
この微妙な寄せ付けなさとふと素の明日原が見える瞬間のギャップというか、
ただの派手髪のギャルじゃない、
人知れず抱えた自罰意識とそれゆえの「本物」を大切にする健気な姿勢が魅力的でした。
いい意味でここが終着点という感じがしない、もっと幸せになってほしいです。

未知ルート 80点
外の世界に正解を求めるのだけではなく、
今自分たちのいる場所で最良の状態でいられるように努力を続けること、
そんなテーマで描かれる正反対な二人の恋物語。
周りの声や生まれてきた環境、
どうしたいかよりもどうあるべきかに流されてしまった過去があって、
現在の恋を通じて、どうしたいかという気持ちに向き合う大切さを知った
でも、それだけじゃやっぱり走れなくて、
遠ざけても追いかけてくる、向き合わなければならないものもある。
逃げたものでも飲み込んでみること
そのなかで自分が今を未来を最良に生きるためにはどうするべきか考えること、
それこそが人として生きる「正しい努力」の在り方なのだと、
全体的には面白いんだけど、
後半に行けば行くほど「詰め込みすぎ」感が強くなるのが微妙なところでした。
キャラそれぞれの主張が強くて、一つ一つは正しいんだけど、
全体としてのまとまりに欠けるというかね。
自分で考えろっていうわりに言いたいことが抑えきれていないキャラの感じが
そのままライターの癖というか性格なんだろうなと思ってしまった。
結局、家族の話がしたかった…のかな?という読後感になってしまった…。
再婚のくだりがいらないような気がします。
流されながらも心は流されずに生きるみたいなところは綺麗だったので、
そこを貫いて、一度別れて再会するような話だったら、
もっと好みだったかなと思いました。あくまで自分の趣味ですが。

パトリシアルート 92点
突飛なところはあったけど、かなり好きです。
ファンタジー色が強くなりすぎるとついていけなくなるかなと思ったけど、
冥界が死者の世界でそこは生死によって地上と繋がっているってことが
分かっていれば十分についていける内容でほっとしました。
ナレーターの正体がちょっとぐっときました。
恋も人の命も有限だけど、想いはずっと残ってるんですね。
「月が綺麗」が愛してるとなるのは、
この物語の場合は「こんな日にまた、あなたに会いたい」かなと思いました。
使い古された表現やテンプレみたいな展開を
独自の色を添えて返すのが上手いシナリオだなと思いました。
冥界で過ごしてきたパトリシアの目から見た、
生きること、恋をすることのきらめき、素晴らしさ
わからないことで溢れた世界を限られた時間の中で旅をする楽しさ
そういうもので溢れていて、
死の対極としてある生の喜びにあふれた暖かいお話だったなと思います。


全体の感想
完成度が高くて読みやすく、知名度もあるので
いわゆるビギナー向けでもあるし、
そこそこ読めるシナリオ展開、重めのテーマもあるので、
シナリオの濃さを求める人にも満足できる作品だと思います。
個人的に個別ルートで好き嫌いが分かれたなというのもまたあります。
ひと言で表すなら
シャチ…衝撃の設定のわりにあっさり可もなく不可もなく
明日原…この壊れそうな元気少女が未来に幸せになってほしい、ここで終わってほしくない
未知…なんかオチに近づくほどに展開が適当になっていって、問題が上手く解決されていないモヤモヤ
パトリシア…冥界の皇女の設定を活かした「らしい」ルート最後にやるべし
こんな感じです。
プレイ前はなんとなくシャチと未知が気になるなと思ってたんですけど、
なんと反転してしまいました…こんなの初めてです。
個人的に最高とまではいかないけど、
その年の看板になるだけの風格とクオリティの高さは十分に感じられました。

推しヒロイン:明日原、パトリシア
推しルート:明日原、パトリシア

基礎点:43/50
熱中度:24/30
システム音楽等:14/15
補正得点:5/5
合計 87/100