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lein2709さんの乙女が紡ぐ恋のキャンバスの長文感想

ユーザー
lein2709
ゲーム
乙女が紡ぐ恋のキャンバス
ブランド
ensemble
得点
93
参照数
45

一言コメント

乙女シリーズ屈指のキレッキレのシナリオ。シリーズファンでなくともぜひプレーしてほしいです。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

乙女シリーズは、エッセンス、アリア、乙メロとやって四作目。
シナリオがいいと聞かされていて、乙女シリーズの最高傑作に挙げる人も多いと知っていたので、
腰を据えてゆったりとプレイしました。

下馬評以上の出来でしたね。
数ある乙女シリーズの一つに見えてしまい、軽んじられてしまうのがもったいないとしか言いようがないです。
ヒロイン5人いるのですが、全部のルートが全然違った展開にいくのに全部ちゃんと面白い!
とはいえ、一貫性がないわけではなく、女装という共通要素を上手く活かして、
「素性を隠して生きること」の苦しさや、ありのままの自分を理解してくれることの尊さを
どのルートでも上手く描いていたなという印象です。

このシナリオライターさん、これっきりになっているようですが、
変な話、この方がこの後のensembleの看板になっていったとしたら、
ブランド自体のイメージがだいぶ変わっていたんじゃないかな。
それくらいに乙女シリーズの中ではかなり異色にして驚異の濃密さといえるでしょう。

その分だけ、後期作品にあるような、爽やかで穏やかな空気だったり、
何も考えずにかわいいなあで終われるようないい意味で気の抜けた感じはかなり薄いです。
特に怜奈、千晴辺りのルートは手に汗握るようなぎりぎりの展開が多く、
そういう意味でも、シリーズ詐欺であり、ブランド詐欺だと思います。

以下 プレイしながらの個別ルートの感想

幸ルート 90点
アートでしたね。凄くアートだった。
何か自分の中にある「本当」を伝えることは、それが正しく伝わらないリスクもある。それによって理不尽に傷つけられたり、「正しさ」に負けてしまったりすることがある。黙っていれば誤解されずに済むけれど、それではだんだんと自分のリアルが薄れていってしまう。だから理不尽に負けずに、諦めず自分を叫び続けること、誇りをもって表現し続けることが何よりも大切。そうして生み出されたむき出しの願いの結晶が誰かの胸に届いて、自分の生きやすい世界を切り開くこと、同じような想いをもって共鳴した力が正しい世界を作っていくことに繋がる。こんな感じですかね。
幸がこのテーマのように変わっていく姿が印象的でした。「黙っていれば誤解されない」として、紫月に甘えて自分のリアルをひた隠しに自分の中に沈めていた。それが本当の自分のことを打ち明けても「君は君でいい」「それでも君のことが好きだ」と認めてくれる信と出会ったことで、自分の中にあるものを吐き出して、世界を自分の色に染め上げる「アーティスト」になっていく。そういう成長の物語でもあると思います。
ヒロインとしては、むーさんをかぶった立ち絵が可愛かったです。見た目だけだと不思議ちゃんっぽいんですよね。あとは、他ヒロインとの絡み、見せ場が多かったことも高評価ポイントですね。このルートの紫月は素敵ですね。雇い主としてだけでなく、個人として幸の才能や内に秘めた想いを信じて二人に手を貸してくれる良きパートナーという感じでした。

アナスタシアルート 92点
キレッキレ。無駄がないというか最小公倍数でちゃんと面白いお話って感じでした。
「本物でない」者同士の見つけ合いの物語。
いくら自分を装って上手く立ち回っても自分は自分にしかなれない。でもその違う誰かになりたいという「憧れ」「葛藤」の気持ちはその人や物だけが持つもの。だから偽物にしかできないことがあって、偽物にしか出せない答えがある。そんな感じですかね。
「女装」であること、本当の自分でないことが、すべての物語の起点としてうまく行かされていたなと。そこをつながりとしてアナスタシアの本当の気持ちに気づいたり、逆にアナスタシアの救済が「杷虎の偽物」である自分でなければできないことだと気が付いたことで、自分の価値を自分で認めることができるようになったり、そこを起点に登場人物の感情が動いているのが印象的でした。
杷虎が信の描いた絵に「SHIN」のサインを書くシーンがすきです。いろんな意味が込められているように思います。作品へのお墨付きでもあり、アナスタシアを守りたい、自分のものにしたいと願う信への激励でもあり、自分の偽物なんかじゃないという本人からの勲章でもあり、とにかく一歩引いた位置から弟子を見守る杷虎さんがかっこよかったです。
アナスタシア自身の印象の変化も結構大きかった。何を考えているのかわからないイタズラ好きのお嬢様って感じから始まって、「怪盗」の活動をしていることの意味わかり始めると、家柄のことに翻弄されながらも自分の信じた正義を貫く強さが見えてきて一気に好きになれました。

千晴ルート 94点
これ本当に乙女シリーズか?ってくらい濃密かつスリリングなシナリオ展開…!
かといって、ヒロインの魅力への描写にも余念のない絶妙なバランス感覚。
千晴のコンプレックスを、それによって灰色になっている世界から解放するためだけに、再び絵を描くようになる。そのことによって、杷虎のような世界に向けて芸術を届けるわけでない自分だけの才能や授かった能力の使い道を見つけていく、千晴を救うことがいつの間にか自分自身を救うことに繋がっていくようなシナリオの運び方がとても良かったです。
千晴にしか見えない紫外線塗料で想いの丈をぶつけるシーンは、千晴自身がコンプレックスだと思っている部分(4色型色覚)に理由付けをして肯定しているようで、出会う前の千晴の抱え込んできたものを全部包み込むような愛情を感じましたね。そのために自分自身に課してきた、絵を描かないっていう掟を乗り越えるなんて…惚れてまうやろ。
あと単純に千晴がヒロインとして無限に可愛かった!クーデレ最高!
千晴の従者であることを逃げとして諦めたふりをしながらも、自分自身が主人公になることへの未練を感じさせるような言動にもキュンときました。生まれ持った能力のために自分のことを好きになれなかった千晴が、自分にしか見ることの触れることのできない想いに触れることで、自分を肯定することができるようになる。玲奈の従者のままでヒロインになる、大切な人をもう一人増やすことを受け入れていくような前向きな恋愛の中心で彼女の人生が報われていくような、そういう意味でも非常に読んでいて楽しいお話でした。


怜奈ルート 95点
すっげー。
優しすぎる画商「鳳怜奈」と10年の時を経て蘇った天才画家「瑞木杷虎」の紡ぐ再生とこれからの物語。
怜奈にとって、瑞希は本当に偽物ではなかった、待ち続けてきた「色」だったんですね。
杷虎が絵を描かなくなったこと、鳳が初期の作風を望んでいたこと、この辺りがまさか伏線だったとは…。
瑞希、というか信が怜奈にとっての光であったように、怜奈もこれからは杷虎に代わって、信という「化物」を守る、主としてともに歩んでいくのでしょうね。怜奈が何度も言っていた「瑞希がよく眠れますように」ってまっすぐな願い。それを叶え続けていくためにこれからの未来を紡いでいく。その辺を察して引導を渡した杷虎さんかっこよすぎです。
最終的に彼女の杷虎の絵を飾りたい、過去に感じた絵の力を信じられる画商になりたい、そんな願いもこれから「杷虎」と叶えていくのでしょうか。
鳳の雇われメイドになっている信のことを「何をやっているんだ」という紫月の気持ちもいいスパイスになっていて、非常に登場人物同士の感情に立体感があると思いました。
ただのメイドであるはずが、今回の話の最重要人物。怜奈の危機を救うために、これまでの人生で自分を縛ってきた枷を捨てて、徹底的に偽物を演じ続けたことで、「本物」に返り咲いた。瑞希もまたは最高に主人公でしたね。
まとめます。ここまで張られてきた瑞希の過去に対する伏線やら、怜奈が待ち続けている「画家」の正体が一気に明かされる本作の核となるルートといえる、圧巻のルートでした。


紫月ルート 93点
個人的に怜奈のルートの方が好きだけど、
それでも締めにやるにふさわしいまとまりの良いルートでした。
壁ばかり見ていた紫月に与えられた、壁の外へと誘う「空の色」 
それが、時間が経って立場が変わっても、お互いがお互いの真ん中であり続ける証明、また会えるという希望になる。 ラストにふさわしい最高の幼馴染にして理解者でした!
幸のルートで出てきていた「空の色」の意味が明らかに。
父親に失踪されて壁ばかり見ていた唯一の「友達」のその外側へと導くための、
瑞希だけが贈ることのできる希望の色だったわけですね。
それが瑞希の原点になっているのと同じように、紫月の真ん中にも常に信がいて、
絵を描くことに呪われた天才であり大切な「友達」が
絵を描かなくても生きていけるように、
たとえ会えなくても、信が与えてくれた空を信じてその居場所を守り続ける。
そういうどんなに時が流れても、環境や立場が変わっても、お互いの真ん中にお互いがいて、そのためなら何を失っても構わないというような強さを感じました。
最終的に紫月も怜奈も家族になったうえでのハッピーエンドもいいですよね。
けして紫月だけのルートではない、本作のまとめといった印象がありました。


<全体の感想>
違うことなき乙女シリーズの最高傑作の風格。
瞬間風速でも十分だし、全ルートクオリティが高すぎます。
全部90オーバーつけてるのはブランド贔屓でもなんでもなく感じたままの点数です。
よくTRUEまで我慢してやっと良さが分かる!みたいな名作もありますが、
本作は5人のヒロインそれぞれ異なったテーマでせめて、それがちゃんと面白い。
さらにそれがバラバラに存在するのではなく、
「女装」という共通テーマとほかならぬ主人公の隠している過去によって、
「本当の自分を偽って生きることの苦しさ」と「ありのままを受け入れてくれる存在の尊さ」
という二つにある程度収束するようになっていることもかなり評価点。
個人的には怜奈のルートが圧巻でしたね。そこに紫月のルートをつなげるともう…
ブランドファン、シリーズファン以外でも本作だけはプレイしてみて欲しいです。

推しルート 怜奈
推しキャラ 紫月

基礎点 46/50
熱中度 29/30
ビジュアル音楽等 13/15
補正得点 5/5
合計 93/100