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latteさんのムーン・ゴーストの長文感想

ユーザー
latte
ゲーム
ムーン・ゴースト
ブランド
Purple software
得点
85
参照数
191

一言コメント

所々攻めた内容になっていて、評価が分かれそうな部分があると感じる。ただ、最後まで遊んで「世界を滅ぼす鐘の音」の意味が分かった上で振り返ると、OP曲が特別に感じてしまう。そこに、得も言われぬ美しさがあることがわかって、ああ……やっぱりこのゲームを遊んでよかった、と思わせてくれる。BGM、CG、ストーリー、声の演技、どれも質が高い。あと、ビナーが想像の斜め上をいくエロさなので、アンドロイド同士で興奮なんてしないよと思っている人はご注意ください。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

※Purple softwareのゲームは、アマツツミに続いて2本目。
※ネタバレはなるべく後半に寄せましたが、前半も多少含みます。いいゲームですので、ぜひプレイしてからお読みください。








そもそも主題歌からして、ちょっとおかしい。ええと、葬送の曲だよね?

こんなに明るくて、暗さを全然感じない曲にしたのか。三拍子で、間奏の伴奏部分はもろにワルツっぽいし。歌もアレンジも意図的に明るく楽しくしているようで、それこそパーティ感というか、本当にキャラが踊りだしそうなくらいの曲に感じる。

でも、終盤になるとPianoアレンジが出てくる。作中で数回しか流れなかったのでは。こっちも明るさはあるけれど、でもこれが一番寂しさを感じる気がする。少なくともゲーム中で自分が一番感じたのはこの曲。こっちが本体で、主題歌の方はそのアレンジではないかと思うくらい、寂しさや哀しさがやっと感じられる。それがメロディに宿っていることに気づく。

そうして、『葬送の旋律』は、最初とは違うように聴こえてくる。

本当に「葬送の曲」であることがわかる。

明るさの中に、寂しさが同居している。
相反するものの中に、本質が表現される。
まるで、この物語全体を象徴するかのよう。

アンドロイド、幽霊、擬人化された集合知といった「人間ではない者」しか出てこない話で、人間の本質を描こうとする。

アンドロイドの持つ葛藤によって、人間の知性、感情、死を描こうとする。そして、死への恐怖によって、「生」を描こうとする。

ハマったときの美しさ、反対側の中に本物を描くことに成功したからこその、美しさがある。

宇宙、地球、庭園、桜、ティータイム。
滅茶苦茶な取り合わせが絶妙な美しさを生む。本来混ざることのないものを調和させた美しさ。特に終盤のCGは、単に丁寧に仕上げられた画としての美しさ以上のものがあると感じる。




■攻めているなと感じた点

もちろん美点ばかりではなく、攻めているなと感じた点もある。

SF、アンドロイド、幽霊。人間も出てこない。独特な舞台設定。
※なお、SF部分は、予備知識も不要に感じたし配慮もあったと思う。アンドロイド開発の目的もシンプルでわかりやすかった。
※一応、設定の細部では分かりにくいと感じた所も。例えば、最新型と旧型に知性の差があるのかどうか。特に後半のビナーの立ち位置がよく分からなくなってしまい、彼女の大事なセリフが少し唐突に感じた事もあった。

話の目的が前半と後半で変わったように感じられる。構成上のギミックによるものだが、期待していた方の話にならなかったり、結末を見てそういう話をしていたっけ?となり得る。

没入より客観に寄ってる。主人公が両性使い分け、ボイスありなので読み手と距離がある。選択肢もなく自分で選んだという感じもない。

話の都合上、主人公が活躍していない、もしくはその役割が分かりにくい、と感じるかもしれない。

ただし、これらは欠点というより、このゲームに方向性がちゃんとあってしっかり意図して作られているからこそ、人によって評価が分かれそう、と感じたものです。




■キャラごとの(主にビナーのエロさの)感想
※声優の方の演技にも触れますが、素人が書く妄想のようなコメントですので、ご留意ください。


ビナー

セクサロイドなんだから誰にでも奉仕するんでしょ、とみせてまさかの恋愛は一途。純愛キャラ。
最初のオーナーが女性、その人が亡くなったらすぐセフィラとして保護されたという話が出てきて、あ、これ処女信仰のユーザーへの配慮じゃんと思ったら当たってました笑 セクサロイドで処女とか、マジかよ。天才か。(こういう情報こそ公式HPのキャラ紹介で書いたりしないんだろうか。)
加えて、時代が進み繁殖と性行為が分化して、後者は最上のコミュニケーション・愛情表現となった、という設定。

純愛+処女+愛情表現ときて、ベッドでは感度が好意に正比例するという仕様でダメ押し。知識は当然、機能としてもそういう行為に最適化しているのに、さらに開発される的な対応をしてくれて、これがアホみたいにエロい。天才か。アマツツミでも思いましたが、ライターの方が作るエロまわりの設定は、なんて隙のない。なさすぎる。もはや敬服の域です。

設定といえばテキストもエロすぎる。
髪の毛の一本一本が、肌のきめの細かさが、特別な素材によってあり得ない触り心地のよさになっている、という記述。驚嘆するダアト。思いっきり読み手の想像を膨らませてくれる。このビナー欲しいんですけど。(絶対高すぎて買えないだろうから、200年くらいしたらと言わず、誰か電子空間で妄想の世界に浸れる装置を開発してくれないだろうか……。あ、でも妄想を具現化しようとしても体験してないと無理か。)

このキャラの色気は、目元のホクロと、吐息の表現と、月野きいろさんのお声がさらにブーストしている。上品なのに可愛らしい、可愛らしいのに艶やか、艶やかなのに上品なお声。エロシーンだけでなく、どの場面もすっごい耳が幸せでした。別ゲームのキャラのイメージがあった自分にとって、とても多彩に感じたいうか、今回一番ハマったかも。

これで、男性体との行為だけでなく、少女体のダアトをイジメるシーンがある。もう甘噛みの時点ですげえなと思いました(語彙力)。こんなん性癖歪むわ。

立ち絵や一枚絵の一つ一つの表情も素晴らしかった。そして何といってもその魅力は「目」にあったと思う。顔の塗り、特に頬の赤みや涎は、正しく適切に蕩けるという表現になっていたと思うけど、それ以上に目に魅了される。その色、宿る光、きれいで、美しくて、扇情的ですらある。引き込まれたし、どんなに快楽に飲まれてもビナーがビナーらしさを保っている要因になったと思う。行為で感極まり涙を描いてくれたことも◎。


ダアト

セフィラとして相手が救いを得るのは少女体から。幼い、無垢を思わせる、まだ正式にアンドロイドに合格していない知性から。後半も、あのキャラと何度も対話する場面はどれもそうだったと思うし、それだけではなく、回想の教育初期の光となって舞う場面も、相手が救いを得るのは決まって少女体(の声)だった。一方で、姫子が詰め寄ったのは男性体に対して。ビナーとの関係もキッカケこそ少女体だけど、関係を進める大事なところは男性体。

無垢性や純粋性の「少女」と、責任や権利を表す「大人」。話の流れや都合によってボディを変えているとダアトは話していたと思うけど、各場面は少女か男性か、物語での役割が決められていたのかもしれないと思ってしまった。同じダアトなのに、ボディによって相手や読み手が受ける感じ方が違う、という表現だろうか。アンドロイドなんだから、見た目に騙されるわけないんだから、だとしたらこの見せ方はどこまでも人間らしい気がする。特にいろいろ分かってくる後半において。この意味で、とってもこのゲームらしいキャラだと思う。主人公の割に見せ場はあのキャラに譲るように描かれているなと思ったけど、むしろ「受け」の役割で他キャラを引き立てることによって物語を支えていたと感じる。

同じ知性なのに違う印象を与え、違うのに同じであることを表現する。これを声の演じ分けでやるのがなあ。同じ声帯だから、違うものが同じに聞こえて普通なんだろうか。技術的なことは全く分からないのですが、意識的、無意識的なことを含め、裏側でどういう工夫があったのか気になる。「演じる」という意味で今回とても楽しむことができた声優の方でした。


人類代表

今回はヒロインらしい役でもそうしたボイスでもないから、そこまでハマるまいと先入観を持っていたのに。前半からおどけて場を和ませる役かと思っていたのに。それが後半になると、むしろシリアスな中に人間らしい感情が垣間見える気がして、とても好きなキャラになった。立ち絵も、表情の描き方も魅力的。お声がいいのでホント表情が見た目以上に多彩にみえる。
巧く隠しながら込めた感情を表現するところは、系統は全く違うけど、アペイリアを思い起こさせる。好きなお声で、いつも素晴らしい演技をされる声優の方なので贔屓目も入るが、やっぱり流石でした。


姫子

幽霊として年を重ねているからか見た目の年齢以上に、妙に賢いと思わせるような核心を突く鋭いセリフ。何でもわかってます的な演技の中に、後半は姫子としての本音が感じられた。感情的な声を多用しないし、オーバーな演技でもないからこそ、ここぞという時に引き込まれる。ラストの感情が表にでる、発露の瞬間。前半のマリアのセリフの伏線回収でもあったけど、やっぱり声の演技が凄かった。お気に入りボイスの前半はビナーだらけになったのに、ここだけでなく、後半はいつの間にか姫子が埋め尽くしてた。


マリア

要所で大事なことを言ってくれる。作中で一番、読み手側、現代人らしいヒト。表情は常に隠れているが、声の演技だけで、たくさんの顔や感情を感じさせてくれたと思う。
ただ欲を言うと、読み手が驚くようなシナリオ上の役割をもっと与えてほしかったなと。(例えば、後半のあるキャラの頑張りが報われたことの証明として、マリアもあの世界の未来からきていたみたいな展開をプレイ中に期待してしまったので。)




■印象に残ったシーン
※物語の内容に関するネタバレを多分に含みます。


 シン、と。

効果音、鐘の音が止み、スプリンクラーの雨の音もゆっくりと止まる。BGM『寂しき哀憐』だけになる丁寧な演出。この重たい音楽が突き刺さるよう。A.D.2371のビナーの最期と、抱きかかえた4098号の感情の暴走が止まるシーン。絵も強い。このゲームのいくつかあるハイライトのうちの一つ。「……あなたに心がなかったことは慈悲だったのです」。これを言うときのビナーの表情が示すように「だった」だから、そして芽吹いてしまったから、この物語の残酷さが凝縮されたセリフに感じる。このゲームのもつ美しさが、残酷さと隣り合わせであることがわかる。

「願わくば、あなたの心の芽吹きが、花咲くのをーー」

プロローグのビナーの質問に対する隠していた答えがラストで分かるように、彼女の散り際のこの一言にも、物語の後半全体を使って答えていたんじゃないだろうか。作中で明示されていなかったと思うし、そんなものは意図されていないかもしれないけど、それでも4098号とって大事な「願い」だったんじゃないかと思ってしまう。

「がんばりましたね、ビナー」。このセリフの人類代表の声の優しさも印象的。振り返ると、「我々の世界を救いなさい」と送り出す人類代表は、その気持ちを後に推測する場面もあったと思うけど、いろんな意味が込められていた見せ場だったと思う。

跳躍した後、自分を偽る4098号=姫子。
きれいに緑に輝く草原と、立ち絵のビナーの笑顔の美しさ。姫子の「泣き笑いのような表情」というテキスト。『記憶の残光』のチェロの旋律がよくあう。場面にハマっている。アンドロイドなのに、冷静にも、客観的にも対処できない、哀しさや複雑な感情が表現される。
ちなみに、この曲は作中何度も場面に合う瞬間があった。ときにピアノがハマり、ときにチェロがハマり、その万能さに驚く。BGMの中では、主題歌のアレンジ曲とは別の意味でMVP級の働きをしていたと思う。


「わたしを動かしているのは絶望だ」

姫子が手にかけるビナーの顔が正しく人形に見えるのが、この落差が、逆に絵の凄みを感じる。前と今のビナーに、アンドロイドの知性と魂の有無に、感情をコントロールできていながら目の前のビナーに最後まで手をかけることができない自身に、苦しむ。その絶望が表現される。「わたしは心を理解したはずだ」。理解できていないかもしれないと疑う、このセリフがどこまでも人間らしく「理解」していることを示していると感じる。アンドロイドという人から離れたモノの中で心を描くからこその表現になっていて、このゲームの醍醐味だと思う。

あなたに心がなかったことは慈悲だった、というセリフを言われた時の回想と、「助けて……ビナー……」「ここは地獄だ」というセリフ。そのあと。

「わたしは……地獄だ……」

このセリフは痺れた。跳躍先の世界でも、客観的に見た自分の状況でもなく、「わたし」に、内面に、自己に、どこまでも葛藤や苦悩や絶望の根源を見出しているよう。なまじ知性が高度だからこのセリフに至れてしまうのか。だとしたらなんて皮肉な。SFだから、アンドロイドだから、この物語だから書ける地獄。




 ああ……なんて、まっすぐなんだ。
 ダアトの知性に、わたしはビナーと同じものを感じてしまう。
 きれいだ。
 うらやましい。
 わたしも、そうやって生きたかった。

自身の善性を捨てられず、将来の問題も回避できないなら、自分を消してくれという教育初期のダアト。死を望むダアトに、死を拒まなかったビナーを重ねながら、怒り、そして内省する姫子。「アンドロイドに死を恐れる感情はありません」。本作でとても重要なこの要素に抗うように、生きることを諦めることは裏切りだ、と強く迫る。終盤で明確に踏み越えているが、この時既に姫子は死を怒り拒もうとすることによって、結果的にかつ意図せず、死を恐れず死んでも構わないという思考に至れてしまうアンドロイド知性を超越しようとしていたようにみえる。芽吹いた心が花咲こうとする過程といえばいいのか。彼女が人間らしくなっていく要因に、亡くなったビナーとその思い出が深く関わっていること、(初期の、ひいては少女体の)ダアトが重要な役割を担っていることがわかる場面。
そして、姫子を信じるダアトに、あなたはとても優しい方だと言うダアトに、その偽りのない、まっすぐな知性に、救われる。涙が流れる。素晴らしい表情のCG。『記憶の残光』の優しい曲調がとても合う。


「……わたしは、こんな風に泣くことを、許されているのか」
「………………」
 呆然と立ち尽くし、無表情に涙を流すわたしの周囲を、光の粒子が舞う。
 ダアトには何が起こっているのかわからないだろう。
 それでも、生まれたばかりの無垢な知性が、わたしを心配してくれている。
 あたたかい。
 だから……涙が止まらない。
「わたしは……大事な人を亡くしてしまった」
「それが悲しいと……」
「ただ、悲しかっただけだと、今、わかった」

孤独や苦悩、絶望、そうしたものからの救済。別世界から跳躍してきて、元世界のビナーはもうおらず、姫子の心の内を知ることができる者も、理解してあげられる者も本来いないはず。だからダアトが、その知性の理性的な判断として姫子を信じ、肯定し、受け入れることが、その救いがとても眩しく感じられる。嬉し涙に困惑し後から感情の数値を把握するところも、気遣うように舞うダアトも、「あたたかい。」というきっと温度としても心情としても成立している記述も、それらによって、ようやく悲しみが涙となって流れるところも、このシーンを比類ないものにしてくれる。失恋や離別の表現にあるような、感情が遅れて追いつき涙する、この何とも「人間らしい」自然な反応。作中で一番好きなシーン。

姫子はダアトと一緒に、文化や娯楽、それらを生み出す人間の創造力を学ぶ。「宝石のような日々だった。」というテキスト。黒一色の背景とは裏腹に、暗い話ばかりだった姫子の物語が色づいていく。姫子に魂があると分かる瞬間はラストに出てくるが、そこでは証明されただけで、本当は、このダアトと人間について学んだ期間こそ彼女を「人間」にしてくれたのではないだろうか。姫子が映画好きという設定も、後に、姫子と一緒にいたことで、毎回記憶は消されるものの、ダアトの心にも影響があったという話が出てくるのも、無性に嬉しく感じる。

(ちなみにこの一連のシーンでは「花のように、笑う」というテキストが出てくる。こういう表現はとても好み。周囲を光の粒子が舞う、あたたかい、といった記述も合わせて、同メーカー過去作の水無月ほたるを思い起こさせる点も、彼女のある場面がココに重なってしまうのも、このシーンを自分が評価する要因になっている。)




「……わたしが上手くやって、葬送の鐘は止まったかな?」
 故郷を想い、そんな言葉が漏れたのだろう。
「きっと、止まりましたよ」
 ボクはうなずく。
 嘘をつく。

生きることを諦めるなという約束を、無効にしたいと切り出すダアト。ここに至るまでの描写が丁寧で、死を恐れる感情がわからないダアトとビナーを導く、マリアの死者を悼むことについての話が印象的。一つ前の場面を使って、自由意志と自律が対話に現れ、目的を果たしたこと、本望だったことを姫子が語ったことからの流れ。「わたしは、わたしを生きた」。残された時間も明確だからこのセリフがグッとくる。その上、この場での本心であろうからラストに効いてくる。

「あなたは……もう、がんばらなくてもいい」。ダアトの立ち絵の柔らかい表情、笑顔。月面から見上げる地球がなんとも美しいCGを背景に、無効に同意する姫子。「……ああ、終わったんだな」。相手はアンドロイドなのに、実は幽霊ではなかったのに、それでもセフィラとして接しているように、姫子を救済しているように感じられた場面。

上に引用したように、ここはダアトが序盤と違って嘘を自然につくところが印象に残る。姫子のためを思う迷いのない行動。死を悼むことの意味を理解し、成長できたということだろうか。教育初期の頃や物語序盤に比べて、無垢だった知性が大人びて見える。少し前の場面までは友人の最期に心を傷めるだけの「子供」だったダアトが、相手が大切だからこそあえて嘘もつく「大人」に感じられた。少女体の姿の中に描くから、より意味を、姫子を大切に思っていることを感じられる。


 その恐怖から目を逸らさず、まっすぐに見届ける。
 避けられない運命だとしても、彼女に生きることを諦めさせたのは、ボクなのだから。
 作られた知性ではなく、偶然生まれてしまったーー皮肉にも兵器に宿ってしまった命と向き合う。
 ああ……彼女は正しく、死ぬのが怖いのだ。

茶会に始まった物語が、茶会に終わる。プロローグでテーブルとティーカップの絵の美しさに一気に引き込まれたので、最後に姫子にとっての大事な場面としてまた出てきたのが嬉しかった。何より、味も香りも楽しめないのに、でも「あたたかさ」は感じられていること、機械にとっては無駄な時間だろうに、姫子が穏やかな時間を過ごせていることが、印象的なシーンにしてくれる。

膝枕。ここは少女体でなければならないだろう。姫子を見下ろすCGとダアトを見上げるCG。どちらもとても美しい。

ビナーの「もしも、アンドロイドにも魂があるなら、姫様も、もう一人のビナー様に会えますよ」というセリフ。生きていても、もう一人のビナーには会えないはずなのに、自分に魂がある確信もなくハッキリするのが怖かったのだろうか。これが引き金になったかのように、震えだし、涙を流す姫子。「……死にたくない」。
引き込まれた。思いっきり。感情を声に出すことが多くない姫子の、ここまで溜めて来たと言わんばかりの発露。演技も勿論のこと、物語としても、死の恐怖が分からないアンドロイドと人間の境目を超越していること、本来の目的をもう果たしたはずの機械知性に魂が宿った証であること、「すべてをなくして、初めて、これから先の時間のすべてを自分のために使えるんだって、気づいてしまったんだ」というセリフが示すように、もう一人のビナーの言った「心の芽吹きが、花咲く」その瞬間であることによって、クライマックスをつくる。反対側の中に、アンドロイドの中に、死の恐怖の中に描くから、心も、魂も、生きたいという意志も、この作品にしか出せないであろう美しさに彩られる。

正しく、死ぬのが怖い。セフィラからみた、魂があるという意味での「正しく」なんだろうか。死ぬ間際のこんなにキツイ感情を扱っているのに。むしろ怖いという感情だから、読み手はそこに魂を、「救い」を見るのだと思うと、これほどのイロニーも然う然うないと思うと同時に、やはりこの物語らしい「美しさ」を感じてしまう。

ED手前の、姫子だった青い粒子の、最後の一欠片を二人で優しく掴む、そのあまりに美しいCGに魅入ってしまう。そして最後にプロローグの問いかけに戻ってくるところも、その答えも、きれいに物語を閉じてくれる。

エピローグも、あのキャラのおかげで明るい雰囲気を取り戻す。幽霊現象は解決したはずなのに。でも、謎が残ることで、かえって話の重さが軽減されたような読後感にプラスの効果があったように思う。葬送だけで終わらず、新しい命という「生」の話も出てきて、幸せに包まれたCGとともに幕を下ろす。




システムは快適。バックログジャンプやログを見ながら場面の絵も確認できるのは嬉しい。お気に入りボイスもそうだが、再生だけでなくその場面に飛べるようになったらもっと嬉しい。

コンパクトにしっかりまとまっていて、演出や立ち絵の動かし方、画面を動す見せ方など丁寧に作られていた。価格帯を考えればこの内容で十分だけど、もしもボリュームを増やすなら、√分岐によって姫子の故郷への想いが叶うEDや、ダアトの選択によるBADがあってもいいと思った。あと、表情差分もさらに増やしてくれたらと感じた。

歩く靴音、指を鳴らす音など臨場感を高める音の使い方。鐘の音は象徴的で、かつコレだけ洋風世界にお寺を配置したような、独特な調和の仕方をしてたように思う。鐘の音はやっぱり拘ったんだろうか。
ゲーム終了時の鈴の音も印象的。まるで、プレイヤーは劇中の誰からも気づかれない幽霊のよう。

BGMもいい曲ばかりで、クリックを止めて何度も浸りながらプレイした。既に触れたが、『記憶の残光』『寂しき哀憐』はモロに好みで手放しで称賛できる。『相愛の刻』もピアノの音が柔らかく、エロシーンの曲なのに邪魔にならない程度にちゃんと主張があるように感じられたのがよかった。『月の庭園』『穏やかな君』も良曲。

このライターの方がテキストで作る世界観やモノゴトの捉え方に、本作らしい切り口からしっかり浸らせてくれたという意味でも十分期待に応えてくれた。

途中で葬送の鐘を止めることが目的かのような話も出てきたがそれもあっさり解決し、正しくセフィラとして他者の魂の救済を行う一貫した物語だった。これが最後に分かる構成。きちんと方向性があって、とてもまとまっていると感じられる。BGM、絵、ストーリー、演技が噛み合った美しいシーン、引き込まれるシーンがいくつもあった。冒頭書いたとおり、『葬送の旋律』からは何とも言えない魅力、明るさの中の寂しさや、そこにある救いみたいなものを感じる。

大切な友人に対する葬送のお話。悲しさや寂しさを伴う物語ですが、独特の美しさがあるとても良いゲームでした。