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latteさんの春季限定ポコ・ア・ポコ!の長文感想

ユーザー
latte
ゲーム
春季限定ポコ・ア・ポコ!
ブランド
ALcotハニカム
得点
85
参照数
79

一言コメント

駄妹ゲーと見せかけてシナリオがよい作品。キャラのかけ合いの楽しさや笑える感じは今までの作品で一番好きかも。もう少しちゃんと描いてほしかったと思うところもありますが、音楽を題材にしたことがストーリーに生かされているのはとてもよかったです。最後はいい余韻に浸らせてくれます。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

桐谷華さんの妹役がよいとの評判をもとにプレイ。
ミドルプライスのゲームは初。Alcotもその姉妹作品もやったことなかったです。

濃いシナリオのゲームの合間に短いものでもと思ったのですが、予想外にシナリオがよくいいシーンがたくさんありました。寂しさも混じった、ラストとプレイ後の余韻が素敵なゲーム。

掛け合いがとにかく面白い。短いテキストにキャラの魅力が詰まっていて声優がそれをブーストしてくれています。駄妹とマイペースな天才に、主人公が入れるツッコミが秀逸で何度も笑わせてもらいました。
こういう作品もっと読みたい。

全体のノリがこんな感じなのに、時折挟まれるシリアスがいい味を出しています。それなりに重たい話で日常との落差や何があったか気になる魅せ方もよい。ボリュームがそこまで多くないからかえってうまく話を切り取り凝縮できていると感じました。
こういう魅せ方ができる作品があるならフルプライスにこだわる必要もないかも。これはこれで十分楽しめる。

シリアスのもととなった出来事から1年という時間も絶妙でした。近すぎると抜けきれておらず、遠すぎると思い出になりすぎている。まだ傷は残っているけど次に進むことも考えないといけない。そんなタイミングがよかったと思います。

駄妹の声は聴いているうちに癖になるというか、よくボイスを聞き直してました。まじめにやっているのに残念な感じになっている、というのが声に出ていてはまりました。
予想外だったのが桜。声がかわいいうえにあの無気力な感じがハマっていて。こいつはこいつでネジが外れている具合がよく、主人公のツッコミがキレキレでした笑

立ち絵がよく動くし、疑問符がでてきたり効果音もうまく使われていて楽しかったです。コミカルな演出が作品に合ってました。


『人生はね、ポコ・ア・ポコなんだよ!』
『つまり、「ちょっとずつ」確実に進んでいけばいいってこと』

割と早くタイトル回収したかと思えば、最後の方でも「ちょっとずつ」がテキストに出てきたりする。物語全体にかかっていて、こういう見せ方は好きです。

「弾いて、彼方」

桜のこの説得のシーンはずるい。のちの伏線になっていてなぜかは全部わからないけど、でも主人公の心に響いているテキストが印象的。春花との約束だから。卒業式で演奏したい。桜とここでする約束が、卒業式で1回だけ弾く、そこまでなのがまたラストにきいてくる。

夏海が楽譜をとって演奏に加わるシーンも熱い。ここからOPまでの流れはめっちゃよい。


桜√

背中合わせで語るシーン。
意外と直接的なことはそんなに語ってないけど、背中同士だから伝わるものがあるのかなとか想像できるところ含めて好きな場面。


「第一に入って、たくさん賞獲る! すっごく頑張る!」

すごくお気に入りの場面。彼方は友達ではなくなったと思ったままだし、桜は普段あんなキャラなのに本心も見せないしやる気もなかったのに、、、ここの野々宮を思うセリフ、本音の見せ方、ギャップは超いい。


夏海√

桜がいい役割を担ってる。春花と1年向き合ってきたもう一人なんだなと思うと余計にいい。

「私達はいつだって、何かを犠牲にしている」
「だから、時には許されて」「そして、時には許してをずっと繰り返して生きていくしかない」

ここの、「心のままに」と言う笑顔の桜は反則。


『本当は全部、違うんだよ!』
『同じ演奏は二度できないように、同じ時間は二度来ない!』

このセリフが本質をついていて困る……。

以前、クラシック音楽は何十年何百年と同じ楽譜を演奏していてそこに創造性はあるのか、といった話を本で読んで、かなり納得できる答えがありました。ある心理学者の論述から、人生における3つの意味、家族や文化的な環境から「受け取った意味」、自分の外側から「探しだした意味」、自分自身にとっての「創造した意味」を引き合いに出し、音楽家にとって特に3つ目の意味が重要であること、自分にとって意味のある音楽を生み出した時に創造的になれることを書いていました。
何度も繰り返し演奏していても、一回一回が自分にとって意味があるものなら、それらは「本当は違う」演奏になって、それぞれは「二度できない」創造的なものになる、そういえるのだと思います。

一方で、このゲームはクラシック音楽を扱ったからこそ、そうはならないだろと気になるところも結構あり……。(完成度が高くても感動がないダメみたいな曖昧な評価基準、録音と合わせた方がいい演奏になる?、録音に合わせるなら指揮者はもう不要じゃん、などなど。)春花の演奏との比較が作品の肝ではあるものの、もう少し工夫の仕方がなかったものかなと。

ただ、このゲームの「音楽」の使い方は、春花を失った今を必死で生きるとか、過去に囚われないとか、そのうえでさらに先に進むことを「演奏」という行為にかけて表現していて、これがとてもハマっている。自分自身にとっての意味が感じられるという意味で、音楽を演奏することの本質を捉えていて抜群にいい。

『明日、いい音待ってる!』

同じ演奏は二度できないから、明日の、次回の演奏に、いい音を、その時にしかできない意味がある「音」を期待する。
この短いセリフに大事なことが、言いたかったことが詰まっていると感じてしまう。良いです。良いのですが……。クラシック音楽だからこのセリフは生きるというか、意味があると感じる一方で、お話の中での扱いが雑なので、どうしても困惑する部分も残ります。


「特待生とか、そんなのはついでのおまけでいい」

答えを見つけた主人公はほんとかっこいい。
ここでする約束が、桜と共通でしたものともしっかり異なっていて、相手が夏海なのもいい。
何より自分が以前と変わったことに寂しさも感じる描写は、この作品の魅力が端的に表れていて好きなっところ。

『未来へーー』。このタイトルでどこか寂しさが感じられる音楽がまたぐっときます。


ラスト

最後の夏海の感情が爆発するところ。作中そんなに直接的には触れられてなかったと思うけど夏海は夏海で1年の間ずっと溜めていたであろうものを感じられる。

最後のセリフ、タイトル画面。春花彼方-on piano-。

『部活で青春!かっけー!』

きっと嫌々やっていた1年前には撮れなかった写真だろうなと想像でき、そして、1年前とは変わってしまった、半分しか持ってこれなかったんだなとか勝手に想像するとなおいい。
春季限定。ポコ・ア・ポコ。これらの意味が分かった感じがするのも好き。

プレイ中ずっとなんで卒業式のタイミングなんだろう思ってました。
自分たちが卒業するわけでもない。シリアスシーンは夕方の背景が印象に残っていて、季節感あまり関係ないし。
ラストのシーンまで見て腑に落ちました。
卒業式にある晴れ晴れとした寂しさみたいなものがとてもよく似合っているゲームだと思います。