個別ルートが粗い
僕自身、『ヤミと祝祭のサンクチュアリ』に多大な期待を寄せていたのですが、結論から言って期待し過ぎました。体験版部分がなまじ良かっただけに、製品版での落胆が一際大きなものになりました。もっと辛辣に言うなら、「個別ルートがダメ」
共通ルートで膨らませた話を個別ルートでどうにも出来なかった作品と言うべきでしょう。序盤の伏線張りに比べて終盤は粗削りな印象は否めません。
ストーリー
まず、序盤から中盤に描写される疑心暗鬼な心理状況。周囲の人間が何を思って、目的をどこに定めて行動しているのか。それらは宗司と亜梨栖の障害となり得るのか。誰を信用すべきで誰を疑うべきなのかに執心する二人の会話や行動に、こちらも「この子可愛いけど腹に一物あるんじゃないか」など無意識にキャラクターの内面を探っていました。
これは体験版の段階でも描写されていて、僕が本作に期待を寄せた要因の内の一つです。裏切られるのを恐れながらもどこかで期待しているという、要はアマノジャクです。
しかしながら、物語が進むにつれてこの要素がある種のネックになったのも事実です。というのも、中盤以降、この「他者の力を不用心に借りることが出来ない」という前提が「貸し借り」という価値観を産み出してしまったのです。これが逐一説明されるので、「それもう聞きました」と。
端的に言えばテンポが悪い、ということになるのでしょうか。この要素が中盤多かったために、「これもう伝奇じゃなくて、お嬢様方の政治ものでいいのではないだろうか」とうんざりしてしまいました。
疑心暗鬼を演出しておきながら、最終的に「主要キャラみんないい人でした!」っていうのも、首を傾げざるを得ませんでした。不誠実な行動をしてもやむを得ない事情があるから仕方ない、という設定自体を否定するわけではありませんが、一人くらい悪い奴がいてもいいじゃない?
亜梨栖以外の個別ルートは一言で言ってしまえば「学園異能力バトルもの」
これもう伝奇関係ないじゃん!
悠里、ユーリエ、クローデットの個別ルートでの登場人物や設定も、亜梨栖ルートで活かされたようには思えませんでした。亜梨栖ルートで雪那とかジーナとかエリスの3人はどこいったの?
そして肝心の亜梨栖ルート。
『ヤミと祝祭のサンクチュアリ』の核心が明かされるのですが、これは駆け足感満載。宗司と亜梨栖が主体となって能動的に謎を解き明かすのではなく、周囲の環境が勝手に物語の核心を主人公たちに突き付けていきます。
その極めつけは最後の選択肢。
この選択肢は恐らく、ヤミサンのキャッチコピーである「どんな運命が待ち受けていようとも――変えてみせる、あなたとなら」という言葉の意味が集約されたものになるのだと思います。このキャッチコピーを見た当初は「うぉおおおおもしろそおおぉお!」と期待を寄せたものです。
しかし、蓋を開けてみれば「2000年先の滅びか、明日をも知れぬ神無き世界か、選べ! 選ばんとこの島滅びるぞ!」
如何なものでしょうか。
なんのカタルシスもない。
どこかの広告で「たとえ××(恐らく“神”)を殺してでも、手に入れたい自由があった」という文言を見ましたが、この言葉にも僕は期待していました。
「××にはどういう言葉が入るんだろう。無難なのは神様だよな。いやいや大穴で亜梨栖の姉もあるか?」なんて一人で盛り上がっていました。ですが、実際のところは先述の通りです。
「神に管理されぬ自由な世界」を選択するのは結構ですが、なるべくしてなる理由が「選ばんと島滅ぶぞ」では拍子抜けです。周囲の環境に迫られて仕方なく、ではなくて、確固たる意志の下に「神無き世界」を選んで欲しかったと思う次第。
亜梨栖を巫女として島に残すことは彼女を守っていることにならない、というのもちょっとよくわかりませんでした。
捕捉までに、この神様の設定出てきてからエンドまで一時間かかるかかからないかくらいです。まあ、この文章を読んでいる方には言わずもがなでしょうが。
また、「あざらしそふと零」の目指すところである「物語によってキャラの魅力を引き出す」という点についても、疑問が残ります。
と申しますのも、どうにも僕には、本作の在り方が上述のコンセプトとは正反対に思えたからです。
つまるところ、本作は「物語によってキャラの魅力を引き出した作品」ではなく、「キャラの魅力の上に物語が立脚した作品」であると、そのように思えたのです。
本作の物語を牽引するのは、筆頭メインヒロインたる亜梨栖であるのは言わずもがなですが、それに加えて、怪異に対する圧倒的なまでの優位性を有した主人公もまた、その片翼を担っています。更に、クローデットを始めとしたその他の人物らも、それを助けているのです。
背景設定は二の次で、姉を追って島に乗り込んできた亜梨栖に代表されるように、キャラが一歩前に出ている。物語によって引き出される云々の前に、登場人物たちは既に魅力的で、故に物語の先を歩いている。
これは本当に人によって見解の異なる点が多々あるでしょうが、少なくとも僕はそう感じました。
とは言えども、ある一点において、本作のコンセプトが体現されそうになったシーンがあったのも事実です。
それは、先にも述べました亜梨栖ルート最後の選択肢。
もしも「神無き世界」を望む意思が確固たるものであったなら、なるほど、物語によってキャラの魅力を引き出した作品であると、そのように思えたのかもしれません。
しかしながら、宗司の選択は、常態でありながらも、これまで連綿と紡がれてきたある種の伝統に終止符を打つというものでした。
唯一、物語がキャラに干渉して、選択に対する意志(魅力)を引き出せるシーンであったのに、その余地なく結末を迎えたのは、本当に惜しい。
キャラゲーを貶している訳では決してなく、あくまでも本作におけるコンセプトの話であることをここに追記しておきます。
なんだかこき下ろすような形になってしまいましたが、(共通ルートは)面白い作品であることは間違いありません。ただ、期待値が高かった分、不満点が目立ってしまいました。
誤字脱字もちょいちょいあって気になったです。助詞が特にひどかった。
原画に関しては素晴らしいの一言。可愛らしいけど肉感的なのがグッド。エロい!
一応、亜梨栖ルートについて補完しておくと、二人の信頼関係が恋愛関係に醸成されていくのはニヤニヤしながら見てました。
そして僕の見立て通り、亜梨栖ちゃんったらヤキモチ妬きです。いいね!
亜梨栖ルートで海坊主との戦闘後、洞窟に閉じ込められるシーンで、脱出口探索の為に海へ潜る際、亜梨栖が全裸になったところとかはおにんにんびんびんでした。合理性と羞恥心を天秤で測った結果、前者を取って宗司の前で全裸になるという選択をしたのは、いかにも亜梨栖らしいな、と。宗司個人に対する信頼も多分に関係しているのでしょうけど。
本当に本当に惜しい作品。キャラクターは魅力的ですし、ウェブラジオやユーザーの声の四コマ漫画化など、ユーザーフレンドリーな点も評価できます。しかし、一番の売りであっただろうシナリオが雑な為に、ポジティブな印象よりもネガティブな印象が多く残りました。
このシナリオ部分、先述した亜梨栖ルートをもっと丁寧に作り込んでいれば、大きく化けたんだろうなと思わずにいられません。
とは言えども、最後に一つ許し難い点があったので記しておきます。悠里ルートで会長が足止めを買って出た際の言動。
「人の恋路を邪魔する奴は――」ってやつです。会長はあんなこと言わんでしょ。