なし崩しに浮気にハマっていく夢見がちな妻と真面目で融通がきかない器の小さい夫のすれ違いを丁寧に描写した短編良作
皆さんの感想を読ませていただきましたが、誰も夫の問題点を指摘していないのは流石におかしいなと思い、コメントを残すことにしました。
他の方のコメントにも書いてある通り、基本的に浮気する妻を夫が裁くゲームですが、裁く側=正義という構図になっていないどころか、作者の伝えたいメッセージはむしろ真っ逆のように思われますーー裁くことしかわからない人は、最終的に自分も他人も傷つけることになる、と。物語の全貌は、なし崩しに浮気にハマっていく妻を夫が裁こうとするも、自分が常に妻を裁きたがる性格こそが妻を浮気するまでに追い詰めた原罪そのものだという事実に最後まで気付かなかった、という風にまとめられます。その複雑な関係性を巧妙に夫視点を利用し、夫に語らせることによって、妻をあたかも唯一の罪人であるかのように仕上げているのが本作の作者の上手いところです。
初めに言っておきますが、浮気の件は妻が悪いんです。が、それ以前に主人公の方はそもそも夫失格です。胸に釣られたから結婚したとか、あの女に騙されたとか、明らかに結婚に対する覚悟が足りていないように見えます。妻の金銭感覚がおかしいならちゃんと指摘してあげればよかったのに、何も相談せずに黙って家計に入れる金を減らす時点で、生涯を共にする相手と信頼関係を築こうと努力していません。そして何より指摘しなければならないのは、中盤の「ライブ中継」までの妻の浮気シーンは全て夫の想像でしかないというところです。彼が探偵からもらったのはあくまで画像でしかなく、妻と間男がどんなやり取りをしたかまでは判明されていなかったはずです。なのに妻のはしたない姿を想像しながらどうしようもなく興奮しながらも、自分のことをATMとしか見ていないだの最初から自分を騙すつもりだの淫売だのと、妻を徹底的に罵倒するのです。しかし妻視点のシーンでは、彼女が本気で夫のことを愛し心配していることが窺えますーーその事実は浮気の擁護にはならないかもしれないが、夫の無責任な憶測を否定するのに十分すぎるでしょう。かなり細かいところばかりですが、蟻の一穴とよく言われるように、二人のすれ違いもあくまで些細な事から始まったのです。
にしても、夫の豹変ぶりには驚きました。証拠が見つからないうちにおどおどしていたのに、妻の浮気写真を手に入れた途端、やたらと強気になり、狂気に満ちた妄想が止まらなくなります。引用すると長くなるのでやめときますが、「きっと…に違いない」「どうせ」「そんな女」「しやがる」といった表現が多用されています。証拠を見つける前後のテキストを比較すればお分かりいただけるかと思いますが、これは明らかに作者の意図的な表現だと思われます。では一体何を我々読者に伝えたいかと言うと、夫は他人に不信感を抱きがちな人間だということではないかと私は考えています。しかも、自分が生涯をかけて愛すると誓った相手に対しても、容赦なく猜疑のふるいにかけていくのです。無論、浮気されて怒るのは理解できますが、何もそこまで自分が愛していた女を否定する必要はないと感じます。そしてこんなシーンもありました。
誠人(夫) 僕の人生にはメスはいらない。性欲が破裂しそうになればそういうお店に行って女神みたいな娼婦に癒して貰えばいい。
なんて恐ろしい事を言うのでしょう、この人。傷心して自棄になったから、というのはあるかもしれませんが、そもそも愛情を育み合う妻と性欲をぶつける娼婦を比べる発想自体はあまりに幼稚としか言いようがありません。彼の中の結婚という行為に対する理解の無さ、そして夫としての未熟さがよくわかるシーンの一つでした。
さて、浮気された夫には怒る権利、妻を裁く権利があると探偵が言いました。我々の倫理観に照らし合わせてそれはごもっともでしょう。しかしこんなことも言いました。正義という無敵の武器で人を殴り始めたらお終いだ、と(原文は関西弁ですが)。浮気を裁く立場になった途端、主人公は正義という最強の武器を手に入れたのです。それを思う存分に振りかざすか、それとも妻の過ちに寛容でいるか、というのが探偵が残した「宿題」です。探偵は夫と会うたび、どうしたいかと彼に問いかけます。そして選択肢のところで絶対許せない(離婚しかない)を選択すると、探偵の返事は「残念」です。離婚になるなんて残念な結果ですねというふうに聞こえるかもしれませんが、彼の残した「宿題」のことを考えれば、夫(主人公)の選択が残念だという意味合いも込められているように思われます。そして決定的な証拠は、物語の終盤では探偵が二度と姿を現すことがなかったことです。なぜ謎の言葉を残した探偵の伏線は回収しないのかと疑問に思う方も多いでしょうが、それはとっくに回収済みだからでしょう。夫の回答に対する探偵のコメントは、「残念」です。彼はあくまで探偵でしかなく、夫の選択に口を出す筋合いはありません。
妻視点でも夫の問題点を指摘する描写が何箇所かあります。もっともわかりやすいのは、不倫旅行中の独白のところです。不倫旅行しているくせに偉そうに、と怒りを覚える方もいるかもしれませんが、不倫旅行中でも夫のことで真剣に悩んでいるほど、彼女なりに夫に対する愛情が深いという風にも捉えられるでしょう。再三繰り返しますが、不倫行為自体を擁護するつもりはありません。
美里(妻) 誠人から(の連絡)だ。連絡が欲しい時には連絡をくれず。連絡が欲しくない時に限ってこうやって連絡が来る。誠人はいつもこうやって私を責め立てる。
そしてこんな描写も。
美里 意外だった。軽薄の代名詞みたいな男でも、いろんな事を考えている。響いた。今の彼の言葉は私の心にしっかりと届いた。彼はいつも私に、言い訳までも用意してくれる。彼は軽薄でどうしようもない男だけれど、器を感じる。男としての懐の深さを感じる。対して誠人は私に言い訳をくれない。優しいけれど心の奥底はものすごく冷酷なのかもしれない。私の弱さに、決して誠人は認めてはくれない。私の人としての弱さを誠人は裁いてくる。
耳障りの良い言い訳なんて信じちゃダメだろと突っ込みたくなるでしょうが、まあある意味正論ではありませんか。夫視点の描写を一通り読んできた方なら、夫がどれだけ猜疑心の強い人なのか、お分かりいただけたかと思います。そして何と器も小さいのです。「上司がコネでせっかく予約してくれたのにお前のせいで台無しだ!謝れ!」なんて、よく妻に言えますね。さらに、忘れられがちですが、妻に唯一の趣味であるコスプレを辞めさせたのも夫です。初っ端からずっと夫の一人称視点で話が進んでいるので、読み手が気付かないのも無理もないことですが、ありとあらゆる表現は夫にとって都合の良い形でオブラートに包まれているのです。
その視点に気付いてから再度妻を客観的に評価すると、彼女は言い訳こそたまにすれど、自分の承認欲求を満たすコスプレの趣味を捨ててまで好きな人との純愛を追い求めようとしている、という風にも捉えられるのではありませんか。趣味やめなきゃ結婚しないなんて言われたら、「ではこっちから願い下げだよ」と私は言っちゃいますね。オタクですから。
そして「浮気した夫」(というのは誤解ですが)からの連絡に対して、彼女はこんな風に考えたのです。
美里 どうしようか逡巡していると誠人から新しい着信が届いた。心配してくれてるんだろうな。やっぱり、私の事、少しは想ってくれてるんだな。私は嬉しくなって、すぐにその中身を表示させた。
あくまでも夫が自分のことをちゃんと見てくれるなら、どんな不貞行為をされていたとしても夫とちゃんと向き合いたい、という気持ちが感じられますね。対して夫の方は妻が他の男の体を触ったと知った途端に発狂し、妻に声をかけられると吐き気がするとの描写もあります。この対比はかなり皮肉的でした。まあ浮気しているくせにどの口が言うねん!って突っ込みたくなるかもしれませんが、それこそが探偵が言った「罪人の気持ち」でしょう。
巨之介(探偵)「たまにおにぃーさんも夫の仮面脱いで、ありのままの男で生きてみたら?案外、答えはそこにあるかもしれんで。はは。冗談やがなー。でもま、その気になったらいつでも付き合うよ。罪人の気持ちは罪を犯さんと分かれへんやろうからね」
浮気してみないと、浮気した人の気持ちがわからないということです。夫に対する妻の不満の七割くらいはただの言い訳なのかもしれません。しかし、必ずしも言い訳イコール嘘ではありませんし、人間は生きていく上である程度の言い訳も必要なんでしょう。常に真っすぐなのは大変素晴らしいことであり、それを否定するつもりは毛頭もありませんが、行き過ぎたストライクさは時には互いを傷つけてしまいます。別に浮気に限ったことではありませんが、浮気した妻の心に、浮気行為をハナから一切許容するつもりのない夫が寄り添うのは到底考え辛いです。だから、探偵さんは、浮気した者の身になってみる、実際に浮気を体験してみるという提案をしたのです。浮気したことのない人からすれば彼女の言っていることはデタラメのようにしか聞こえないのもしれませんが、現実は意外とデタラメだらけだったりします。浮気のつもりはない、心はずっと貴方を想っているーーそういった言葉は、意外と真実だったりします。一度その身になってみないと、そのことにはなかなか気づくことができません。いや、「浮気した人の気持ちなど理解したくない」というのも立派な選択でしょうが、一度寄り添ってみるのも悪くない、という話です。まあ、踏み外すことなくそれに気づくのはもっとも理想的なのですが。
それに、そもそも妻の浮気がエスカレートした原因の一つは、夫自身にあるようにも思われます。こそこそと妻の浮気を調べ、妻から距離を取ろうとしたため、その不審な行動が逆に浮気しているように見え、かえって妻をがっかりさせたのです。もちろんこれが裁判ならば、被害者に責任をなすりつけているようにも聞こえるでしょう。夫の行為に起因した浮気でも、責任が夫にあるわけではありません。しかし人と付き合う際に、我々は裁判をしているのではなく、相手という人間、そして相手という人間の行為と向き合っているのです。責任が誰にあるか、という話ばかりしていると、「裁くことしか分からない人」になってしまい、的外れな結論にたどり着いてしまう恐れがあるのです。
では、クソ長文ですがいよいよ最後の問題です。責任、気持ち云々は別として、このゲームは結局浮気妻にざまぁして気持ちよくなるゲームなのか、それとも違いますか。まあ答えは人それぞれでしょうが、一つだけ言えることがあるとしたら、それは浮気した妻も、復讐を決行した夫も、結局幸せにはなりませんでした、ということです。少なくとも作者は浮気した妻を制裁した後のことについて、何も教えてくれませんでした。浮気妻にざまぁして気持よくなりたいだけなら、妻と離婚した夫の幸せな生活の片鱗を、一言だけでも良いので、ちゃんと覗かせてくれればよかったのに、何も描写がないのはなぜなのでしょうか。私の答えは、離婚しても夫は幸せになれず、ただ強がっていただけだからです。妻に離婚を切り出すシーンでは、彼が辛い涙を流したとの記述がありますし、最後の彼の叫び声もとても救われたとは思えません。罪人を裁いたところで、結局幸せにはなれませんでした。それなら妻を許せばよかったのですが、結局彼は罪人を許せるほどの器でもありませんでした。だから「ざまぁする」のではなく、「ざまぁwする」のです。辛いでしょうが、それでも無理矢理に笑っているのを装おうとしているのかもしれません。あるいは、本当にそれで自分が勝ったと思い込んでいるのかもしれません。いずれにせよ、哀れな男だなと思いました。浮気を許すのも許さないのも個人の自由なので、その決断にどうこう言うつもりはありませんが、妻とすれ違った理由が最後までわからなかったのは本当に滑稽でしょうがないです。人が「純愛」に求めている究極的なものなんて、「どんな自分でも構わずに愛してくれる」こと以外に何があるというのでしょうか。それを理解できないまま結婚したのが、夫が犯した最たる過ちでありましょう。
まあ妻も妻で、自業自得としか言いようがありません。おそらく相性が良くなかったのは身体だけではなく、性格と価値観もそうでしょう。その上ふたりとも何かあったらすぐヤケクソになりますし、離婚も致し方ありません。
私の解釈に納得できない方もたくさんいるでしょうが、それはそれで構いません。そもそも妻の浮気を許すかどうかという公式のキャッチコピーはプレイヤーの我々に対する問い掛けでもあり、正解なんて最初からありませんでした。ただ、夫の方にも色々と問題があるという視点に気付かないまま、本作を「クソゲー」だと投げ捨ててしまうのは、あまりにもったいないです。
選択肢がほぼ飾りなのは少し気になりましたが、個人的にロープラにしてはかなりの良作です。