ロシアをモチーフにした作品として非常に面白い。
ロシアをモチーフにした作品として非常に面白い。
* * *
一般的な感想は後にして、まず本作がロシアをモチーフにした世界観(作中ではラーシャという架空の国)で展開されることについて、述べてみたいと思う。結論から言えば本作はこの設定をうまく活用し、本作を唯一無二の作品に仕上げている。
本作は魔法・音楽・バレエ・大道芸・演劇をミックスしたショー(ハッピーライヴ)を作り上げる物語である。この物語をロシアをモチーフにした世界で展開することには意味がある。なぜならラーシャも現実のロシアも、「音楽の国」であり「演劇の国」であり「バレエの国」であり「大道芸(サーカス)の国」であるからだ。これは第一幕の終盤、ライカスク大会前の壮行会兼ソフィアの退院祝いのシーンで述べられる。まあ、脚本を手がけたジャンには「文学の国」とも言ってほしかったが。「ハッピーライヴ」というソフィアの命名は(作者が)ハラショーと言いたいだけだろうと思ったが、それでもこのアイディアには心からハラショーと言いたい!また、彼らがウラジオストクをモチーフにしたライカスクに住み、そこからシベリア鉄道をモチーフにしたマーブル鉄道で首都グラングラード(モスクワ)を目指すことも、ロシアに基づく世界観をうまく活かしていると思う。
作中ではこの世界観がテキストとビジュアルの双方で丁寧に描かれている。背景CGは実在の建物ベースのものが多く(実写トレースと思われるものも多い)、ウラジオストクやモスクワを歩いたことがある人であれば、その情景が思い浮かべられるだろう。おそらく創作と思われる背景CGも、細部に憎いこだわりが感じられる。ロシア語の表記、建物の集中暖房ヒーター、ペンキのハゲかけた壁、アキトのアパートの部屋の乱雑な雰囲気、一部だけが開く格子窓、壮行会の机の上のスナック類(バイカルのボトルがある!)などなど。おそらくわかってる人が描いている。BGMにロシア音楽をアレンジしたものを使用しているのも良い。特にくるみ割り人形からの引用は多く、バレエが登場する本作にはぴったりである。なお、あくまで舞台は架空の国ラーシャであり、現実のロシアと異なる部分も多々ある。例えば歴史に関しては「半世紀以上前の大戦で貴族制が廃止」という設定がなされており、ソ連や社会主義時代に関する描写は一切登場しない(そういうのを期待する人もいそうだが)。またウラジオストクの地理描写は現実とは大きく異なっている(例えば駅前の百貨店や地下鉄は架空、各スポットの位置関係も異なる)。
登場人物の設定やエピソードでロシアを感じさせるものはそれほど多くないが、アキトやルーのようなアジア系の存在感が、ロシアの多民族性に基づいて描写されている。またクラリスの父がアル中で家庭崩壊しているエピソードはロシアにありがちかもしれない(故にロシアは意外なほどアルコール嫌いが多い)。若い女性がウォッカを飲むシーンはありえないと思ったが、ペチカルートを読むに作者もわかって書いているようで、コミカルな表現としてまあありだろう。いくつかダメ出しするとすれば、季節や気候に関する描写が雑であることが惜しい。例えば冒頭、雪解け直後という描写で緑が生い茂った公園のCGが出てくるのは残念だったし、その頃から夏までずっと服装が同じというのも残念であった。長い冬のある寒冷地という世界観はもっと活かす余地があった気がする。また、ライカスク(それは港と丘の街)、マーブル鉄道沿線、グラングラードと魅力的な土地が出てくるのに、それを活かしたイベント・描写が控えめだったことも残念である(オープニング動画に出てくる黄金橋や、エンディング?で出てきたオーロラ画像も本編に出てこない)。
欲を言えばキリがないのだが、総じて、作者のロシア愛を十分に感じさせてくれる作品だと感じた。故に、本作の発売後にロシアのウクライナ侵攻があったことは無念でならない。個人的なことを言えば私はロシアとちょっとした縁があり、本作をプレイしているとロシアでの思い出が蘇り、なんとも言えない気分にさえなったものである。
* * *
ここからは一般的な感想を述べる。プレイ順はソフィア→ペチカ→カーレンティア→ルー→クラリス→ミヤビ。ソフィア、ペチカとクラリスは第一幕からスキップなしでプレイし直し、カーレンティアとルーはセーブデータで第二幕からプレイしている。ペチカ以降パッチ1.01を適用。
■シナリオ
ライカスクにおける学園生活からライカスク大会までを描いた第一幕、マーブル鉄道の旅から全国大会までを描いた第二幕で構成され、ソフィアルートのみさらにストーリーが続く。事実上、第一幕は共通ルート、第二幕は個別ルートという位置付けである。全体を通して感動できる物語である。登場人物は生い立ちが複雑であったり、人間関係が下手であったり、何かスランプに嵌っていたり、厳しい世界に挑戦しようとしている人々であり、そういった境遇を経験したことがあれば、感情移入できる。また皆で困難を乗り越え何かを完成させる物語であるため、類似の経験があればなおさら感情移入できるだろう。エロシーンはあってもなくても良い気がした(登場人物は皆魅力的だから存在は嬉しいが)。
ソフィアルートが非常に高い完成度なのに対して、他のルートのボリューム不足が否めず本当に残念である。一部ルートでは第二幕で他の登場人物との交流も全国大会のライヴの描写もほとんどなく終わってしまったのは、第一幕の熱量との対比からあまりにも寂しくなる。しかしどのルートもストーリー自体はまあまあきれいにまとまっていると思う(ただミヤビルートは論外だ)。むしろソフィアルートの後日談の長さは意外で、初めはやや余計にさえ思えたのだが、しかしこれがなかなか読ませるストーリーになっている。他の登場人物にまつわるエピソードもあり、ソフィア以外のファンであっても楽しめる。実質のグランドルートとして位置付けられているように感じた。なお、プレイ順はソフィアルートが最初でも最後でも良いが、異なる体験ができると感じた。
登場人物のキャラクタ付けは非常に丁寧で、かつ全登場人物を見渡した時に、各々の設定が絶妙にバランスしている。これが物語を非常に面白くしている。ミヤビを除いて、少なくとも第一幕では全員が物語に欠くことのできない役割を与えられている。例えばペチカはライヴにおける演者としての重要性が一番薄いように思われるが、ポカポカの中ではメンバーの世話を焼いたり、気が利く人物として重要な役割を果たしている(故に彼女は魅力的だ)。
本作のシナリオの特徴的な点として、基本的にアキト視点で物語が進行するものの、所々でアキト以外の人物の視点に切り替わる場面が挿入される。これによってプレイヤーはいくらか全体を俯瞰して物語を楽しむことができる。特にクラリスルートはクラリス視点が多く、女性視点の少女漫画的な感覚があった。またアキトに必ずしも感情移入する必要がなく、彼の欠点をプレイヤーが負う必要もいくらか軽減されたと思う。
「魔法」というフィクションを非現実感が少なくなるように巧妙な設定で落とし込んでいる点も評価できるポイントである。この物語が魔法がないと成立しないのかというと必ずしもそうではないかもしれないが(例えば他の芸事に置き換えても良さそうであるが)、ソフィアルートでは魔法の設定はうまく用いられている。
各ルートの感想に代えて、特に印象に残っているシーンや描写を挙げる。
・クラリス。彼女はアンニュイ、孤高、ストイックであるがスランプ気味。現実にいて愛せるかわからないが、少なくとも本作において一番気に入った。ソフィアとクラリスには失恋描写があるが、クラリスのそれは意外性がある。(アキト以外の)誰がみても明らかなソフィアの失恋が、内心は不明ながら意外にも彼女自身があっさりと受け流しているように描写されるのに対して、クラリスのそれは意外なほど重たく描かれる。ソフィアルートでは後々にも未練がましさが描かれる。このあたりが気に入ったポイントである。
・ソフィアルート終盤でのルーの突然の別れ。私はソフィアルートを最初にプレイしたため、ルーが突然去ってしまう背景を知らずにこれを読んだ。そのため登場人物の動揺に共感できた。このエピソードはソフィアルートのストーリー自体に必須ではないはずなのに、あえて丁寧に書かれていることが気に入っている。
・カーレンティアのマーブル鉄道乗り遅れエピソード。これは現実にありそうで聞いたことがないアクシデントであり、ゲームで体験できるのはおもしろかった。カーレンティアの個別ルートは最初からラブラブであり、お嬢様との逃避行を楽しめる(が、ボリュームが足りない!)。
・ペチカさんの良い人感。アキトも彼女に弱いと言っているが、まさにそういうことだ。彼女は不器用であるが、面倒見が良く、他人を放って置けない良い人だ。ギャップ萌えかもしれない。
■画像
キャラクタや一枚絵の原画は良いのだが、やや塗りが甘く感じ、一昔前のゲーム感がある。おそらく柔らかい雰囲気を狙っているのだろうが、カーレンティア以外あまりうまくいっていないと感じた。背景が写実的で非常に美しいため、立ち絵が負けている印象がある。一方、SD絵のクオリティが非常に高い。可愛いし、塗りもすばらしい。背景は実写ベースのものもあるが、美しい。特に上にも書いたようにロシア関連の描写には並々ならぬこだわりが感じられた。一方で鉄道関連はめちゃくちゃなところが多々あり、鉄道を舞台にしている以上、もう少しわかってる人の監修が必要と感じた。
■CV
声優さんの知識がないため詳しいことはわからないが、カーレンティアがかわいくてよかった。失礼ながらクラリスはちょっと下手な感じがしたが、私はかえって気に入っている。
■音楽・SE
オープニング曲は曲と歌詞の両方ですばらしく、まさに本作の物語そのものをあらわしていると思う。出だしはサクラ大戦3を彷彿とされるが、良いと思う。作中のBGMとしてもインストアレンジが効果的に使われている。BGMはくるみ割り人形からの引用がいくつかあり、ロシアモチーフかつ舞台が登場する世界観を盛り上げている。他のオリジナルBGMも良い。しかし非常に残念なのはエロシーンの効果音である。ちょっと現実にはありえないような音がして思わず笑ってしまい、萎えた。
■システム
よく動くエフェクトは良いが、インタフェースは動作が重たく、設計もお世辞にもユーザ志向とは言えないと思う。バックログはもう少し軽快に使いたい。また作中における日付を画面上に常に出すとともに、セーブデータにもそれを表示してほしいと思った。日付はその日の初めに表示されるのみで、忘れてしまうこともあった。本作において時間軸は大事な意味を持つため、今日がいつなのか確認できると親切と思った。
***
つい長々書いてしまったのは本作がとても気に入ったからである。細かいところを見れば粗は多く、ゲーム全体の完成度はそれほど高くないかもしれないが、企画とシナリオには光るものがある。90点は少々私の思い入れもあり、実質80点ぐらいかもしれないが、それでも思い出に残る楽しい作品であった。ちょうどファンディスクが発売されたようだが(当然予約して買った)、ファンディスクだけと言わず、問題点を修正し、コンシューマ移植やリメイクで完全版のようなものが将来実現してほしいと願う。