哲学的なテーマが物語にしっかり絡んでいて最近のminoriの中では1番良かった。テーマがシナリオから孤立することなく、作品として通して楽しめる部分があったのが〇
アンドロイド(機械)と人の境界はどこにあるのか?
私は、自我があるかどうかではないかと思う。
白音という人間の記憶をベースに持ち、より人に近い形でと感情機能が搭載されたシロネ。
計算や統計から導かれるプログラムされただけの思考とは違い、人間の記憶をベースに思考するその感情はプレイしていてまさに自我そのもののように感じた。
実際、個別ルートに入るとシロネには人間の心があることが発覚している。
人と同じ形をしたアンドロイドが自我を持ったら、それはもう人間と大きな違いはないだろう。
しかし、それでも明確に違うものがある。
それは人権の有無。
人間と大きな違いがないとは言っても、人から産まれてきたわけではなく、人の手によって生み出されたものだということ。
この違いは大きい。
人間は、人間から産まれたものしか人として認めない。
そして人権もまた、人にしか与えられない。
機械は人間のさじ加減1つで機能を停止されてしまう。
アンドロイドもまた例外ではない。
シロネルート
機械と人間という差を、シロネと同じトリノという存在になることで埋めようと考えた。
しかし、脳を必要以上にスキャンした結果、その負担から舜の脳は異常をきたし、余命が残りわずかという事態になってしまう。
シロネを助けようとして生じた記憶喪失も、症状の発生を助長したと考えられる。
皮肉にも、舜のために身を捧げてきた沙羅の研究が舜の命を縮めてしまう結果となってしまった。
舜はトリノになってという沙羅の願いを拒み、人としてシロネへの愛を抱いたまま他界。
「想像の翼が、いつか君を助ける」と言い残されたシロネは、悲しみから命を絶つことはしなかったが、やがて自分なりの答えを見つけて舜の後を追うことを決める。
現実で幸せに生きて欲しいという舜の思惑とは異なる結末となったが、機械ではなく人としての感情で自らの運命を決め、舜の元へと旅立った。
残された沙羅はトリノを完成させるという舜との約束を胸に、3人目のシロネを生み出している。
夕梨ルート
記憶をなくし、夕梨と過ごす時間が増えた舜。
シロネは自身のポジションを見失い、舜を支えることもできず、記憶を失った舜と同等の記憶へと自身の記憶を沙羅にロックしてもらう。
舜もシロネと2人で暮らしている現在の状況に至った契機を忘れたことで違和感を覚え、恋人だったという夕梨の嘘にも感づくが、次第に夕梨への気持ちがそれを上回る。
舜に好意を向けていた夕梨だが、いざ舜が覚悟を決めると今度は遠ざけるような態度を取り、ついに誰にも打ち明けていなかった余命僅かだという秘密を打ち明ける。
(この辺の展開が駆け足でもったいなかった。夕梨の気持ちを理解するには十分だけど大事なところなのでもうちょっと夕梨の心境に深く触れてほしかった。)
余談だけど声優さんに至っては喜怒哀楽のある純で明るいキャラを壊さずに話し方に儚げなイントネーションが感じられてとても良かった。特徴的な声だけどキャラのイメージにとても馴染んでいたと思う。
自分に未来がない状況にあっても自分よりも周りを気に掛けることができる本質的な人の良さと、少女のように純粋な反応を見せる等身大の乙女な姿はとても魅力的。
身体が少しずつ動かなくなっていく病気に対し、身体の悪くなった部分を人工的な細胞で作ったあたらしいものに置き換えていくHuCREMという最先端治療。
シロネルートでは紗羅にトリノになる選択を願われた舜が、今度は願う立場となる。
初めは死を受け入れていた夕梨の気持ちにも変化が生まれ、トリノのシステムを使ったバーチャルの自分を舜の傍に残すという選択を取りながらも、自身が生きるわずかな可能性を探して治療に向き合い始める。
シロネにも感じられた事だが、同じ記憶を持っていてもトリノは別の存在であり、ベースになった人とは異なる変化を遂げる。
夕梨とユウリが共存しているということは、それぞれが別の記憶を形成していくということ。
それはすでに亡くなっていた白音をベースに生み出されたシロネ以上に、本人とは乖離した存在となるだろう。
本当に夕梨を失ったらユウリは代わりの存在として受け入れられるのか?
仮に夕梨の病気が治ったらユウリの存在はどうなるのか?
そんな疑問から先の展開は容易に想像でき、見ていてもどかしくなるシナリオだった。
実際に夕梨とユウリの感情にはズレが生じ、検査の結果にも淡い希望を打ち砕かれ、夕梨の心は張りつめていく。
舜の言葉も信じられなくなり、自分が望んで生み出したユウリを浮気相手と非難して閉じこもってしまう。
舜が出した答えは、ユウリを沙羅に返し、未来を見据えて夕梨にHuCREMの治療を願う事。
トリノには使用者の意思が無意識化で介入してしまう。
人間との明確な違い、組み込まれた3原則の存在がある限り、アンドロイドはどんなに人間に近しくてもそれを免れることはできない。
シロネルートのように使用者が亡くなり、未登録のまま起動し続けるという例外が起こらない限り…。
ユウリは夕梨ではなく、自身の意思が生み出した都合のいい理想の夕梨でしかない。
それに気づいた舜は、改めて夕梨に向き合い、2人の未来を話し合う。
話の締めくくりだけはどっちに転ぶかわからなかったけど、勇気を持って未来を手に入れるというハッピーエンドで安心しました。
沙羅ルート
失った幸せを取り戻せないことを嘆くのではなく、新たに幸せを生み出してくれる存在としてシロネを創ってくれた沙羅の想いを舜が汲み取り、受け入れる。
RRCの内部事情も明らかになり、シロネは上層部の思惑によって答えの出せない質問にエラーを起こして凍結。
自分も感情に左右される弱い人間だと自覚した沙羅は自身の存在意義を見失ってしまうが、舜に必要とされてもう一度トリノの開発を再スタートする。
RRCから身を引いた沙羅が真トリノを完成させるには、危険を承知の上でデータの残っている舜に協力を求めるしかない。
良心と葛藤しながらも舜に提案を打ち明け研究を続けるが、あくまで舜の身体の安全が第一だと考える沙羅と自己犠牲を厭わない舜の考えには祖語が生じている。
人間同士の関りに完璧な答えは存在しない。
であれば、人間に寄り添う存在であるアンドロイドもまた、完璧な答えを出す必要がない。
舜と向き合ったことでその結論に至った沙羅はそれを基に真トリノを完成させるが、行き着く先はトリノが人間の脅威になる未来だと気づいてしまう。
完成した真トリノのデータの消去を決めた沙羅だったが、RRCによってそれは阻止され、沙羅は捕らえられて隔離されてしまう。
RRCが回収した沙羅のコピー(サラ)が利害関係の一致によって沙羅になりすましたことで、真トリノの存在は世に公開。
その後、自らの手で世界の秩序を作ることで地位とプライドを守ろうとしていたRRC所長はサラによって出し抜かれ、世界は「人間が精神体として管理され、真トリノに導かれる未来」へ向かおうとする。
しかしここで、実は目覚めていたルビィによって電脳世界にいるサラへの道が開かれ、危険を承知でサラの元へ向かった舜の説得により事態は収束。
死という欠陥を排除することが人間の幸せだというサラに対し、人間は死ぬからこそ人間であり幸せだと答えた舜。
人間を再現して作られた真トリノであるサラは、真トリノ故の思考により、根底の定義を覆す人の愚かさを理解するために結論を一時保留として観察をする選択をした。
今回の一件で自身を見つめ直した沙羅は、直に世界を見て人を知るために旅経つことを決める。
研究者として今がその時と思う一方、やっと想いの通じ合った舜と離れたくないという気持ちも生まれるが、そこに迷いはない。
どこか吹っ切れたような以前よりも人間らしい振る舞いを感じる。
対して舜はRRCの研修生となる道へ。
それは未来を沙羅と歩むという決断であり、離れていても同じ道を進んでいる。
人間とトリノを繋ぐ、トリノライン。
ED後の演出は、その実現を示したもので、この物語の結末として描かれたものだろう。