総合的に水準が高い テーマ性がしっかり感じられて好感が持てる
箒木 日向子
弱い部分もあるが、それが周りへの配慮ができる優しさに起因しているのでマイナスイメージにならなかった。
そんな等身大の女の子な一面もありつつ、現代風の大和なでしこを王道に描いたような感じ。
料理ができる女の子っていいなぁ。
・テーマ
失敗は前に進むための糧
不安や迷いがあるのは知らないから
知ることで世界は変わる
日向子は司の存在から自身のトラウマを克服し、司もまた日向子に支えられて前を向く。
ミリャの正体は、幼い頃に孤独を感じていた日向子を病院から外の世界に連れ出してくれた紗希。
弱さを克服した司は、日向子と紗希と3人で再び人生を歩み始める。
日向子も今の自分に自信を持ち、10年前の自分からの手紙に返事を書く。
大舘 流花
落ち着いた物腰で性格はストイック。
物事を客観的に捉えられること、何事も真っすぐに取り組もうとする姿勢が美点。
・テーマ
周りに起こる変化を受け止めること
自身の変化を恐れず、経験として次へと繋げること
司の母はAI搭載のドローンを開発した二上響。
記憶を思い出した司は流花と同じく変化を恐れない生き方を貫き、電波塔へ行って自分の存在を代償に現状を終わらせる。
司の決断によりトライメント計画から生徒達は現実へと帰還。
流花は司を探し、密室の中で機械に繋がれて横たわる司と再会。
司の周りだけでも世界を変えてみせると決意する。
海蔵 もも
人口知能分野を得意とする天才だが、中身は幼い外見に似合う笑顔と話し方が目立つ普通の少女。
・テーマ
一人一人が起こした行動の結果が変化に繋がる
変化は受けるものではなく自らが先導するものという意識
感情が芽生えた人工知能トトの消失と残されたAlgorithmと書かれたテキストファイル(アルゴリズム=結果を得るための定式化された手順のこと)。
発表課題の為に行った島民との会話記録を分析した結果から、島民の会話パターンがひとつのアルゴリズムに基づいていることに気づく。
ももは前に進むために研究に力を入れることを決断し、背中を押した司はこれからももも支えていくために自分と向き合うことを決断。
目を覚ました司は誰もいなくなった島でトトと出会い、ももと再開する約束の時を待ち続ける。
アイ
・過去からの流れ
学校でいじめに遭い、塞ぎ込んだ司に母親の響がアルファを友達として紹介。
響は司が脳障害にかかる可能性に気づき、治療法を研究。
アルファに打ち解け、共にピアノに打ち込んでいた司が事故で脳障害(昏睡状態)に。
三国と伊砂から持ち掛けられたトライメント計画に乗じて、母親が司を助けるために私情を持ち込み、療養の場として利用することを決める。
アルファが仮想世界の管理者として司を傍で見守る役目を託される。
今回、アルファが独断で自身のコピーの創造したことで計画が中止に。
参加者が現実へ帰されるが、アルファの制御によって第1地区の参加者は取り残される。
・アルファとアイの違い
アルファは、響が三国・伊砂と共に過ごした学生時代に初めて作った人工知能。
当時感情を自ら発達させかけるが長い間凍結され、後に響によって感情が搭載されて目覚める。
(響が人工知能を作る元々の目的は他に拠り所がない人のために活用することだったが、後に息子を助けるためという目的が生まれた)
現実を醜悪なものと認識し、自身が管理する仮想世界で司を見守っている。
対してアイは、アルファが仮想世界で生み出したコピー。
人格は別物で、人間味があることから当時の「人口知能で友達を作りたい」という響の目的をそのままに表した完成形のように見えた。
しかし、感情を持ったアルファが現実への不満から司同様に塞ぎ込んでしまうのは当然のことで、胸の奥にはアイと同じ気持ちがずっと存在していたのだと思う。
実際に経験したアルファと知識として知っているアイでは当然違いがあり、それぞれが違う結論を出すのもまた自然なこと。
アイを生み出した理由については語られていないが、そんな自分が制御できない胸の奥にある感情を形にしようとしたのかもしれない。
アルファが司の弱さを受け入れて慰めようとしたのに対し、アイは寄り添って現実に導こうとした。
・本編の流れ
司はアルファとの接触で過去の記憶を思い出し、本来の自分が理想の自分と分離。
本来の自分は、理想は自らが実現させなければならないともう1人の自分を刺し、理想の自分は消滅。
アルファは、自身もまた過去を乗り越えなければならない1人なのだとアイに気づかされ、司は、一歩を踏み出すことよりもその選択を自らの意思を持って決断することが大切だと日向子に気づかされる。
他ルートの結末について、人工知能が学習過程で見た可能性としてアイがアルファに抽象的な例を挙げている。
どの結末も司が過去を乗り越えて決断した結果であることに違いはないが、それは本来の弱い司が決断したものではない。
アイルートは、唯一本来の司が一歩踏み出したルートであり、司と共に殻に籠ってしまっていたアルファには導き出せなかった可能性。
それこそアルファにとっては予想外の新たな展開だったと思われる。
司はかつて事故で叶わなかった、アルファ(ユウ)が自身の殻を破るために作曲してくれた『白銀の弾丸』を共にピアノで弾くという約束を果たし、現実に踏み出す。
現実では事態の一端が明るみになるが、仮想世界の存在は守られ、再び必要になるだろう未来のために残される。
現実で目を覚ました司は、その後もリハビリを兼ねて仮想世界のアルファとアイの元に顔を出し、現実でそれぞれの道へ進んだ仮想世界でできた友人達とも交流を持ち続ける。
総評
ストーリー自体は予想を超えるものではなかったし、ヒントが多すぎてあまりカタルシスも得られない。
ただ、テーマが非常にはっきりしていて作品を通して伝えたいものがよく分かったし、それ自体が尊くきれいだなと思った。
最近はありふれてきて綺麗事だと感じる人もいるかもしれないが、こういったテーマを作品としてしっかりと表現できるのは個人的に好感が持てる。
個々のテキストでは薄っぺらく感じてしまうものでも、全体のシナリオや描写で意味のあるものとして感じられる。
単純に全体像だけを評価すればそこそこかなで止まるかもしれないが、テキストの意味をしっかり受けて素直に作品が伝えたいものを受け止められた人は評価できるものになっていると思う。
もちろん細かい面では不満がないわけではないが、総合的に水準が高く、それに勝る良い部分が光った印象。
デビュー作として次回作に期待を持たせるには十分な出来だった。