八代譲葉が自己投影している“オズの魔法使い”の物語に沿って本編が描かれている。キャラの内面に深く触れたシナリオ。
主人公は八代譲葉。
人前ではオプティミスト(楽観主義者)を気取っているが内面はペシミスト(悲観主義者)。
プロローグでは譲葉がネリーに幼い頃から恋心を抱いていたこと、双子故に比較されて傷つく姉の苺に合わせて自分を落としていることに林檎が貶んでいるようで後ろめたさを感じていること、苺が好意を抱く譲葉に自分の気持ちを伝えに行ったシーンが描かれる。
CHAPTER:01 ドロシーの旅立ち
“変化を恐れない少女”と、“停滞を望む少女”のお話
前者は蘇芳、後者は譲葉を示している。
女性同士の恋愛について語り、否定はしないが当事者にはなれないといった態度のネリーを前に自らの気持ちのやり場に悩む譲葉。
そんな中、恋文が送られてきてどう行動すればいいものかと物憂げになっていた所、沙沙貴姉妹の気遣いを受けて気持ちが晴れ、前を向いて答えを出すことを決める。
告白は誠意を持って断ったが、想い人はいないかという問いにはいないと嘘をついた。
“時として嘘の方が幸せなこともある”
これが譲葉の臆病な内面を肯定し、停滞させる言葉。
過去の自分と同じだと思っていた蘇芳は、マユリが黙って学院を去った理由を調べ、もう一人の女神の存在を知ったことでマユリを救いたいと強い意志をみせた。
それが夏篇EXTRAの最後の会話の場面であり、その後、ニカイアの会の会長となれたら引き継ぎで真実の女神へ繋がる鍵を与えると譲葉が話していたことが明かされる。
できないと高を括って、と書かれていたが、自らと対照的に強い想いを持って行動を起こした蘇芳の行く末に興味を示しているように感じた。
CHAPTER:02 知恵を望むかかし
“選ぶべき道を軽率に選んだ愚か者”のお話
ネリーの誕生日プレゼントにマフラーを作ることにし、えりかに教わることに。
そんな中、ハロウィンの準備で使用されている被服室では夜に自分と同じ姿を目撃するという噂が広まり、何にでも姿を変えられる七不思議の「寄宿舎のシェイプシフター」ではないかと言われていることを知る。
全く本気にはしていなかった譲葉だが、ケガ人がでていることと怪談好きのネリーが乗り気になったことで捜査をする。
調査① 寄宿舎のシェイプシフター
再び被害者が出たことでダリアからハロウィンパーティーを中止にする案もでるが、破かれていた衣装が倒れていた生徒の制作しているものではなかったことを知り、動機を考えることで結論へ辿りつく。
被害者は噂にあったアミティエの三角関係で恋破れた者で、嫉妬心から恋が実った者の衣装を破いてしまった加害者。
蘇芳は発見した際に被害者の嘘を見抜いていたが、自らの経験に重ねて真実を隠そうと譲葉を誘導していた。
その蘇芳の考えを尊重し、ダリアには蘇芳が語った推論で報告した。
ネリーの誕生日も祝い、無事ハロウィンも開催される。
ハロウィンでは苺にデートを申し込まれ、悲しませたくないと無理めな条件でかわそうとした譲葉だが、健気にも達成されて聖堂内デートをすることに。
その場に現れた林檎から愛の告白を受ける。
(林檎はわざと見分けるためのほくろを消し、自分と分からなかったら諦めようと決意していた)
CHAPTER:03 心のないブリキのきこり
“失った心を愚かにも取り戻そうとするブリキ”のお話
返事を保留した譲葉は、ネリーへの気持ちと林檎への返事という打ち明けられない悩みを抱えて思いつめる。
周りには心配され、自分同様元気がなかった林檎の様子にも気づかなかったことで自己嫌悪。
アミティエと部屋を交換してもらい、体調を崩したネリーを付き添いで看病をして週末の紅葉狩りへ。
栗拾いでバランスを崩した林檎を助けて足を挫き、林檎に助けを呼びに戻ってもらい一人残って夜になったところで探しに来たネリーが現れる。
父の仕事の都合で引越しが多かったことで消極的になり、妊娠を機に病床に伏せることが多くなった母と過ごすことで内気な性格になった幼少期の譲葉にとってヒーローだったネリー。
過去を思い出し、はっきりとネリーへの恋心を理解した譲葉は、物悲しい気持ちを押し殺して戻った地で迎えてくれた林檎に笑いかけた。
CHAPTER:04 臆病ライオン
“自分の気持ちを偽り続ける臆病ライオン”のお話
風邪を直し、合唱会で歌う思い出の曲「虹の魔法」に向けて練習を始める。
そんな中、森で木々を横切る白い影を視たという七不思議ウェンディゴの噂が広まる。
調査② 森を彷徨うウェンディゴ
沙沙貴姉妹との調査で遭遇したウェンディゴが落とした袋から、幽霊ではなく不審者として噂は広まる。
森に残っていた野菜の食べ残しと袋の野菜クズと黒い染み、合唱会の延期はあり得ないと以前とは反応が違うダリアの様子、少し前に怪我をした動物を学院で引き取り手当てしていること。
これらの要因から、手当て後に原則として野に帰すことになった野生動物の為、方喰寮長が余った野菜を餌として与えに行っていたという真相に辿りつく。
心の内を隠し、幼い頃に変わって臆病なネリーの為にヒーローであろうとした譲葉。
しかし、合唱会を通じてネリーは幼い頃から何も変わっていないことを実感する。
そして想いをついに告白するも、基督教信者で誰とも愛し合うことのできないネリーは拒絶して去り、現れた林檎は対照的に譲葉のすべてを受け入れると告げて抱きしめた。
(林檎は告白の答えを聞きに譲葉の部屋を向かい、恋する表情で外へ向かう様子を見て声をかけずに後をつけている。この時の林檎には、癒してあげたい気持ちと弱みにつけ込んで恋を叶えようとする邪な気持ちが同様に存在している)
CHAPTER:05 エメラルドの街の主
“己の姿と心すら知らぬ愚昧な娘”のお話
人受けする容姿と父の存在から品行方正の仮面を被り続けてきたネリーは、自分を特別に扱う譲葉を試し、過去に子供ながら好奇心と制服欲を満たしていたことに罪を感じている。
そんな想いも知らず、譲葉は林檎の告白を受け入れ、秘密裏に恋人の関係になっていた。
手紙の存在から苺に気づかれ、ネリーにも林檎と自室で過ごす場面を目撃され、いつしかその噂は学院中に広まることとなる。
林檎は周囲から距離をとられるようになり、人目を避ける為にもえりかの提案でえりかの部屋と地下劇場をデートの場に使うことに。
時間が経てば噂はなくなると軽く考えていたのもつかの間、ウェンディゴの噂が再び浮上し、林檎が襲われる事件が起こる。
調査③ 鐘楼のルーガルー
自分以外の足跡のない現場、右足を負傷したにもかかわらず左右均等に汚れた靴から犯人の目星が付いた譲葉はニカイアの会で虚偽の報告を行って庇おうとする。
しかし、半端故に説得力に欠け、醜い感情を持った自分への罰としてネリーが犯人を名乗り出たことで場が締めくくられた。
自己犠牲で名乗り出た(と思われた)ネリーとは違い、全て中途半端な自分に自暴自棄になる譲葉。
苺、えりかの訪問にも耳を向けずに遠ざけるが、自分と似た境遇を持つ蘇芳に
「貴方はまだ手が届くところにいるのです。
訊ねたら答えてくれるところに。
“小御門ネリネ”は“勾坂マユリ”です。
貴方が助けてあげなくてどうするんですか」
と問われ、遠ざけて嫌悪感を買ったはずのえりかが蘇芳に頼んでいたことも知り、迷いを断つ。
友人の協力を得て拝見したネリーの日記と、定時に見回りをしている方喰寮長の協力を得てアリバイを崩し、野生動物を犯人にして林檎が方喰寮長をかばう為に嘘を付いたということで事を収めた。
真実は部屋で怪我をした林檎を見て、立場の悪い妹を気遣って苺が行った工作。
自身への罰として罪を被ったネリーだが、その行動が沙沙貴姉妹を苦しめているのではと思い悩んでいたところを譲葉に助けられた形となる。
(林檎は苺との関係がこじれた事で入れ替わりを提案し、えりかの部屋では林檎が、地下劇場では苺がデートに行くことに。しかし、姉と譲葉の親密な様子に耐えられず、両方に嫉妬心を抱いている)
CHAPTER:06 銀の靴
“帰るべき故郷を探し求める少女”のお話
ニカイアの会の会長となるためのスピーチで蘇芳が掲げたのは、聖アングレカム学院を皆にとっての故郷とすること。
自分にとって大切な居場所となった学院が、皆にとっても今後佳い思い出として心に残り続けるようにと望んだ。
嫉妬から林檎と入れ替わっていたことを懺悔する苺を諭し、譲葉は林檎とネリーの両方を想う今の関係を止めて決断をする。
True END
自らの気持ちに正直になり、迷いなくネリーの元へ。
譲葉に再度告白を受けたネリーは自らの罪を打ち明け、それでも変わらぬ好意に戸惑い答えを先延ばす。
クリスマス会が終え、告白を受け入れてくれるならば泉へと来て欲しいと告げる譲葉。
時刻になっても現れなかったが、ネリーを想い縋る思いでかかとを3度鳴らしたところで待ち望んだ彼女が現れる。
基督教徒としての自分も、今後の学校生活も、全てを捨てて譲葉と共に生きることを覚悟したネリーに続き、2人でそのまま学院を立ち去った。
ニカイアの会での最後の仕事となるクリスマス会を前に、譲葉は約束である会長に代々伝わる秘密を蘇芳に話している。
勾坂マユリに近づく為には真実の女神に近づかなければならない。
その女神に辿りつくための鍵となるのが失われた始まりの七不思議“アガペのタルパ”。
アガペは無償の愛、タルパはマリアが踏みつけている悪魔の象徴である蛇を指す。
さらに譲葉は躊躇しながらも自分の知るもう一つの鍵も伝えている。
双子END
CHAPTER:05の終わりから分岐。
入れ替わった苺が譲葉と親密になることで、林檎にとって自分を欺く程に大切な存在であった苺への気持ちを自覚する。
苺もまた同じ気持ちだったことで2人の絆が深まった姉妹愛END。
林檎END
大切な想い人として林檎を選ぶ。
ネリーへの未練が残ったままの譲葉は理想を断ったことに空虚感を抱くが、その想いの代償として得た自分が愛すると決めた林檎との道を笑って生きていこうと決める。
ネリネEND
自分の気持ちが未だネリーにあることを自覚して再度告白するが、ネリーは基督教徒として生きる道を選ぶ。
恋は破れたが自分の意思で行った選択に後悔することはなく、幼い頃からの気持ちを抱き続ける。
EXTRA(蘇芳視点)
譲葉から受け取ったもう一つの鍵は、場所を示した地図。
向かった先にあったのは、今は使われていない焼け落ちた聖堂。
離れに存在し、年鑑にも載っていないその場所の裏手には1本のニワトコの木があり、隠れるように墓標が建てられていた。
バスキアと墓碑銘の刻まれた墓標が。
感想
目的のために困難に立ち向かい続けるドロシーはマユリの為に強い意思を持って動いた蘇芳
脳みそを望んだかかしは苺の為に自分の意志を押し殺してきた林檎
心臓(ハート)を望んだきこりは嘘で本心を隠し続けてきた譲葉
勇気を望んだ臆病なライオンは弱さを隠して表面上の自分を作っていたネリー を表している。
メインキャラの内面がよく描かれていて、表面上の言葉や態度と本心の違いが丁寧に描写されているのが良かった。
この作品をプレイしていると、表面的に見えるものが真実とは限らないということがよく分かるし、必ずしも表面的に見えるものが真実である必要もないのだと感じさせられる。
“時として嘘の方が幸せなこともある”
今作においては譲葉を停滞させた言葉だが、この言葉自体はプラスの意味合いを持っている。
相手の為を想った優しい嘘として解決するのならば明かされるのが辛い真実である必要はないだろう。
物語も核心に迫り、譲葉とネリーが去った学院でどのような展開をみせるのか次回作に期待が持てる。
ニカイアの会も次世代へ受け継がれ、春から秋を経て完結篇である冬篇への舞台が整ったなという感じ。
前作でカップルとなったえりかと千鳥は、見違えるように関係が安定していて見ていて楽しかった。
付き合う前とは逆で、千鳥がえりかをからかうシーンが増えているのがまた親密さを感じさせた。
推理パートでは七不思議との関連の付け方が強引な部分もあって違和感がでていたのがちょっと消化不良だったが、今作も楽しむことができた。
イノグレの創る世界観の完成度は素晴らしい。