文句なしの名作。コメディ要素がよく評価されているが、恋愛ゲームとして非常に優秀。(無印版未プレイで完全版をプレイ。無印版をプレイ済みかどうかで得点の意味が違ってしまっているのでこちらに)
・つばさルート
引っ込み思案で内気な自分を隠して明るく振舞う妹のことを温かく見守るつばさと、そんな姉のことを大切に思う郁奈の姉妹愛が描かれる。
両親の離婚から別々に暮らすことになった2人は、それがきっかけで恋から目を背け、郁奈は人との関わりを減らすことで自分の中に逃げ込み、つばさは逆に人と多くの関わりを持って周囲の中に逃げ込むようになった。
つばさにとって舞人は、同じく恋愛を避けているからこそ恋愛否定組として安心して踏み込むことのできる存在であり、だからこそ唯一遠慮なく楽しめる相手となっている。
そんな2人の話す姿を見て、恋した少年との別れからいち早く客観的に自分を見つめ直すことができた郁奈は、恋からいつまでも目をそらしたままのつばさの幸せを願って舞人との仲を進展させようとする。
つばさの行動と発言が一致しない感じ、たまらなく好きです。
舞人の好意を自覚していて、それに対する想いが行動として表れているけれど、今までの恋愛への価値観からこれまでと変わっていないという体裁だけは譲らない。
ついに折れて、舞人を受け入れることで自分の価値観の例外として好きになろうとするつばさだったが、記憶は失われてしまい受け入れることにはならなかった。
ゲームはまた俺の勝ちだと言う朝陽、やはり1つにはなれないと俯く桜香。
それ散る、こういうゲームだったか…。
舞人は人外から人間となった存在。
元は桜香・朝陽と共にはるか昔から桜の丘に住んでいた。
舞人は積極的に人と触れ合おうとし、桜香はそれを見守り、朝陽は卑下してきた。
朝陽の人外の力で病にかかって寝たきりになった母を、桜香の力で母の記憶の一部(桜の精に関する記憶)を代償に助け、舞人は母に別れを告げる。
人間を信じられず半ば諦めているともいえる桜香だが、和人との一時の交流から人間との繋がりを求める舞人の気持ちに共感を覚え、自らの残りの力で舞人に一度きりの機会を与える。
人間を見下す朝陽に舞人は怒涛の罵倒と拳を浴びせ、反撃に出ようとした朝陽は桜香に免じて姿を消す。
桜香の形見である桜の造花は折れ、舞人は桜香の記憶を失ってしまうが、手に残った造花に生命を感じて舞人は丘にそれを植える。
つばさルートでは記憶を失ったことが分かりづらく、当初は急に距離を置いていたつばさが舞人と付き合う決心をして戻ってきたように見えたが、真実は失った記憶を取り戻し、舞人のもとに言えなかった返事を伝えに来たハッピーエンド。
・青葉ルート
妹のような存在である青葉と日々楽しく過ごす舞人は、青葉の誕生日をお祝いし、そこで父親の再婚で半年後に引っ越すことを知る。
「みんなのいるここがいい
お兄ちゃんの帰ってくる、このさくら荘がいいな
でも私、お兄ちゃん離れしなくちゃ
これからは、あんまりここにこないようにするね」
と寂しそうに語る青葉に、舞人は残りの半年を家族としてできるだけ一緒に過ごせるようにと合鍵をプレゼント。
青葉はそれからそれまで以上に舞人に懐くようになり、舞人の家にいる時間は増え、青葉の好意を受けて舞人も自分の気持ちを素直に出せるようになっていく。
青葉の親友で舞人に恋するかぐらちゃん。
過去に車に子猫が轢かれる現場を目撃し、それを気にして泣き続けていたところ、街を離れる前日だった舞人と出会い、もう泣かないこと、強くなることを約束して恋した少女。
舞人の気持ちが自分には向いていない事を知っても約束を守って強くあろうと明るく振舞い続け、けじめとして告白し、舞人の恋を応援した姿は、痛々しくも好感が持てた。
「一度だけ、『もしも』を言わせてください・・・
もし隣に住んでいたのが私なら・・・
もし舞人さんが引っ越して行かなかったら・・・
もし離れ離れになるのがいまだったら・・・
違った物語があったんでしょうか」
と、最後に抑えきれず本心を漏らしたところに乙女らしさが感じられてまたよかった。
これはヒロイン昇格もしますわ。
かぐらルートで報われた姿が見れてよかった。
修学旅行から帰ってくると青葉の姿はすでになかった。
この時、青葉から舞人と築いた恋愛の記憶はなくなっている。
連絡も途絶え、青葉のいた日常といない現在の日々を重ねて想いを馳せる舞人。
桜香によってやり直す機会を与えられた舞人は、朝陽と対峙して折れた桜の造花を植え、最後に記憶が戻った青葉が4月に同じ学校の制服を着て戻ってきてEND。
修学旅行中の電話で最後に呟いた「ぜったい・・・帰ってきてね・・・」というセリフ、かなりヤンデレっぽく聞こえたけど勘違いだったようでよかった。
・こだまルート
外見も言動も子供っぽいのに自分は大人だと思い込んでいる先輩の姿が癒される。
それでいて純粋で優しく、ドジっ子属性完備。
テンプレですねテンプレ。
文芸部に関わりを持ち、こだまとの関係が深まっていく。
ヤンキー保健教師の谷河やひかり先輩の存在もありこだまへの好意を意識した舞人は、すれ違いになったデートの待ち合わせで雨の中待ち続けるこだまを見て、ついに告白し恋人の関係になる。
しかし、こだまは自身をモチーフにした創作物語を悲恋の物語として完結させ、舞人と距離を取ってしまう。
こだまの様子を見る限りだと、記憶がなくなる片鱗を感じ取っている節があり、そこから内容が悲恋の物語へと至ったように見える。
桜香からやり直す機会を与えられ、朝陽とのイベントを経て桜の造花を植えた舞人は、こだまから受け取った悲恋の物語に続きを加えて喜劇へと変えて大学ノートを返し、記憶が戻ったこだまもそれに応えて関係が修復されてEND。
分岐のひかりルートでは、文化祭でバンドを見たことでひかりとの関係が発展。
食事のおごりと引き換えにマネージャーをすることになり、傍にいることで好きになる。
業界の闇に直面して落ち込むひかりを支え、恋人となってひかりと同じ道に進む。
・小町ルート
某有名声優さんが担当しているが、王雀孫のテキストにこの声は妙にしっくりくる。
登校中に舞人が体調を崩していることを知り、薬を買って届けにきてくれるくらいには舞人に尽くしている。
それも学校とアパートでは近づくなと冗談で言ったことを忠実に守り、匿名で手渡しもせず。
そんな小町の繊細な一面を知って、小町を愛おしく感じるようになる舞人。
それからはどこでも積極的に絡んでくるようになり、鍋をしたり青葉の誕生日プレゼントを買う初デートに行ったり。
鍋将軍としていきいきしてた青葉ちゃんかわいいな~と思っていたらその後は海でバーベキューの網将軍。
会費3千円徴収のため鍋に呼ばれた麦兵衛もなんだかんだ全出席で舞人を妨害するも、小町の幸せを優先したようだ。
舞人は小町への感情を意識しつつも気恥ずかしさから素直になれずにいたが、嘘がわかるという和人に指摘されたことで気持ちに整理をつける。
髪を切った小町を見て、子供の頃によく自分に付いてきていた少女が小町だったことを思い出し、その後、幼少期からずっとぞんざいな扱いをしていた事に気づき反省。
これまでのことを謝罪し2人は愛を確かめ合うが、小町から記憶が失われてしまう。
麦兵衛と殴り合って男の友情を交わし、桜香にチャンスをもらって朝陽とのイベントを経て桜の造花を丘に植える。
最後は誕生日にいつかの会話で小町が言っていたティーポットを部屋の前に名も残さずプレゼントすると、記憶の戻った小町がウエディング衣装にブーケを持って登場。
ベランダ越しに叫びあって微笑ましくEND。
・希望ルート
クレープやカラオケのイベントに行くことで親交が深まり、あらはーでお馴染み和観さんといるときに話しかけられたことで彼女と間違えられ意識するようになる(希望もまんざらでもなさそう)。
バイト先のなが沢に行くと、「お・ご・り♪」のプリンセススマイル。
過去に会議で、悪いところばっかり見てもしょうがないと言った舞人の言葉が、おばあちゃんの口癖で印象に残っていたという希望。
これは、幼少期に舞人が希望とその祖母と共に桜の丘で遊んでいた事の伏線になっている。
それからは、なりゆきで舞人の傘を持ったまま離れて2時間待っては小町と帰る舞人を見て声もかけられず嫉妬。
舞人が空気を読んだ誘いも恥ずかしくて断った挙句、結局待っていたら、こだま先輩と帰っている舞人を見ては嫉妬。
街を青葉ちゃんと2人で歩いているところを見ては嫉妬と嫉妬三昧。
山彦のセッティングにより海デートで舞人が男を見せて仲直りするも、その後、お土産を持ってきて渡さず帰ろうとしていた希望を捕まえて向かったカフェで上級生にちやほやされる舞人を見てまた嫉妬。
そんな自分に自己嫌悪しているところ、言い合いになってめでたく告白両思い。
ついに交際を始める。
嫉妬してただけなのに全然嫌味を感じないし、むしろ好感が持てるのはさすがといったところ。
やるなぁ、プリンセス。照れりこ照れりこ。
丘を紹介されたことで舞人は過去の断片を思い出し、記憶を失っていた不可思議な状況に苛立ちを覚える。
それはかつてその場所で舞人と遊び、恋をしていた希望の記憶が奪われた過去。
舞人が恋愛を避けるようになったきっかけの別れ。
2人は離れ離れになる予感を感じながらももう離れないと誓い合うが、次の日、希望の記憶は失われてしまう。
つばさの無言の激励(蹴り)を受け、気合いをもらった舞人の思いは桜香に通じ、一度限りの機会を得る。
朝陽とのイベントを経て桜の造花を植え、最後は全ての記憶を思い出した希望と桜の丘で再開してEND。
・物語の全体像
花は散るからこそ価値があり、散らぬ物は美しいとは言えない。
では人の心は?
人の心は移りゆくが、花とは違って変わらず咲き続けることができると信じた舞人。
桜を生やし続けてみせようと言う舞人に、その時のために記憶を消して力を貯め、桜を枯れさせ続けてみせようと言う朝陽。
人の心は真に散りゆく物なのか?
その決着をつけるための舞人と朝陽(桜の精たち)のゲーム。
自らが人間となり、変わらない心を手にしようとする舞人と、それを見届ける朝陽の構図の完成。
この作品では上記でもわかるように人間の心が桜に比喩されている。
桜の花が舞い散るように積み重ねた記憶は忘れ去られ、愛する気持ちは一瞬の美として終わる。
それは桜の精である彼らの根底意識のようなものだ。
自らにはない変わらない美しさを人間に期待しながらも、実状を見て桜香は諦め(※1)、朝陽は失望した(※2)。
※1 桜香「好き……なのですか……?」
「そばにいたいと思うのですか……?」
「深く知りたいと思うのですか……?」
「ひとつに……なりたいと思うのですか?」
「あなた達は決してひとつになれません……」
「……ひとりになるだけです」
「後悔、しますよ」
※2 朝陽「貴様らが声高に唱えるその安っぽい幻想はいつの世も欺瞞と欲望に彩られた利害追求の交わりでしかなかった。僕を失望させたのは貴様らだ、人間ッ!」
舞人は今作で人間として生活を送っているが、人外の存在から変わりきれていない不浄の身として存在している。
この「不浄の身」の捉え方次第で誤解を招きやすいが、それは桜の精としての感覚を捨て切れていないことを表している。
そのため、人間であり桜の精でもある彼は、桜としての一瞬の美しさから逃れることはできず、人間と一つになることができない。
これは舞人の意識の問題なので、ヒロインの記憶が消えたからといってヒロイン達の想いが本物ではなかったというわけではない。
記憶を忘れる前にどのルートでもヒロインは別れの前兆を感じ取っているが、これは人外の力による干渉で、この作品において人間には対抗の術もないものになっている。
人間を信じ続けてきた舞人は再び愛し合った人を失って絶望するが、この作品では周囲の人間によって立ち直る姿が描かれている。
さらに、桜香もまた和人の優しさに触れたことで人間に希望を抱き、一度は散ってしまった記憶を取り戻すに至っている。
その先は描かれていないのでプレイヤーの想像の域になるが、以前の別れとは違い、人間としての強さを感じられるようになった舞人の姿を見る限り、桜の精としての性質はもう発揮されることはないのではないかと思う。
この作品のメッセージを読み取るとやはりこの作品の行き着くところはハッピーエンドですしね。
作品を通して人間の心の弱さを表現し、最終的に何が言いたいかというと作中でも舞人が朝陽に叫んでいましたが、人間をなめるなっ!ってことです。
・総評
王雀孫はテキストでキャラの魅力を引き出すのが本当に上手い。
古い作品なので、立ち絵やイベントCGだけ見れば最近の作品のキャラの方がそりゃかわいいですが、それ散るのキャラは本当に印象に残るものがあります。
コメディ要素がよく評価されていますが、単純に恋愛ゲームとして日常パートでの会話の積み重ねが強いです。
未完の作品と言うことで、この先十分に広がる設定が残ったままというのがおしいですが素晴らしい作品でした。
世界観もわかりづらいところもありましたが、整理しているうちに納得できて内容にはとても満足しています。
大人の事情で絶望的なのは分かりますが、今からでも叶うなら続編の『けれど輝く夜空のように』が発売されたら嬉しい限りです。