えりかが好きならそれだけで楽しめそう。各話冒頭の童話然り、書痴設定なので文学的要素が多分に含まれる。ミステリー要素は本編ではまだ薄いが秋篇には期待を持たせた。
前作で登場した車椅子の少女、八重垣えりかが主人公。
白羽蘇芳のアミティエであり恋人だった勾坂マユリが学院を去った後。
勾坂マユリを想像させる歌唱力と外見だが、話して早々うまが合わないと感じた考崎千鳥がアミティエとして紹介される。
千鳥「私、無駄なことはしない主義なの」
えりか「人生なんてその無駄を楽しむものだろ」
こんな感じ。
変わり者という点では同属で、えりかは千鳥を見て昔のわたしに似ていると感想を抱いている。
自分の考えを強くベースとして持ってマイペースを貫いていながら、
周りを広く観察して相手に合わせることができるのがえりか、それができないのが千鳥という印象。
千鳥には触れたら壊れそうな危うさと繊細さを感じる。
CHAPTER:01 かえるの王様
調査① 子うさぎの消失
誰しもが知らずに子うさぎを小屋の外に出してしまっていた可能性を提示し、
千鳥の目が悪いことを立証して限られた時間の前提を覆すことで、犯人を決めることなく皆のミスとして事を収めた。
皆の前では隠した真相は、千鳥が死んでいた子うさぎを埋葬したということ。
千鳥は子うさぎを秘密裏に埋葬した理由について
「白羽さんを悲しませたくなかったから」
「美人が悲しむ姿はあまり見たくない」
と語っている。
不器用な中に人間らしさを感じた結末。
誤解されやすいけど優しい所もあって芯は通っているような感じを受けた。
CHAPTER:02 千匹皮
勾坂マユリのいない日常に心ここに在らずといった感じの蘇芳。
なんでもないように振舞う蘇芳に、えりかは
「“人間の価値は、絶望的な敗北に直面して、いかに振るまうかにかかっている”――誰が言った言葉か分かるかい?」
と書痴仲間だから通じるヘミングウェイの言葉を投げかけ、お前の振る舞いは大人だが子供らしく駄々をこねたっていいと諭す。
そして、黙って消えたことに納得できないという本音を聞きだし、その真相を暴くことを提案する。
CHAPTER:03 髪長姫
朗読劇に参加することになり、蘇芳が脚本をアレンジした髪長姫(ラプンツェル)で、
髪長姫をえりか、王子をネリネ先輩、魔女を千鳥、他ナレーションと父母役を蘇芳が演じることに。
調査② 台本の消失
なくなった場所に置かれていたメモ紙から台本の在り処を捜索するが、
メモ紙が示していたのは上級生なら誰でも知っている地下劇場(通称:聖ヨゼフ劇場)であり、台本は善意により運ばれていた。
千鳥はえりかが台本探しに固執することを白羽のためと考えて機嫌が悪そうだったが、本心からえりかが自分の演技に興味を示していることを知って嬉しい様子。
ここからずいぶんとえりかに対する態度が軟化している。
(別の理由として台本を読んで仲違いしたままの家族を思い浮かべたことも後に語っている)
朗読劇「髪長姫(蘇芳アレンジ)」
子を授かって食欲がなくなり弱った妻に、父は妊婦に効能があるラプンツェルを魔女の庭から取ってくる。
対価として魔女に要求されたのが赤子で、魔女は名をラプンツェルと名付ける。
入り口のない塔で不自由なく暮らした少女は魔女を親同然に愛していたが、本当の親が別にいることを知り、現れた王子に外の世界のことも聞く。
それでもラプンツェルは魔女を家族といって塔に残ると言うが、魔女はラプンツェルの幸せを想って王子に激怒する振りをして押し付けた。
塔に篭って悲しみ続ける魔女の元に、王子、本当の両親とともに戻ってきたラプンツェル。
頑なに拒絶を続ける魔女を、何も言わずに黙って学園を去ったマユリ。
魔女の気持ちを考え、父母の赦しを語った王子を、赦し合うことを求めた立花。
皆が家族として一緒に居ることを願ったラプンツェルを蘇芳自身に見立て、「髪長姫」という童話を借りて皆が幸せに暮らす自らの理想の結末を描いた。
CHAPTER:04 唄う骨
蘇芳を気にかけるえりかに勉強を教わる約束を反故され嫉妬する千鳥だったが、泉に水遊びに行った際に蘇芳の気遣いで仲直りの機会を得る。
千鳥は自分ノートに第二外国語の試験対策が書き込まれていたのに気づき、素直に謝罪と感謝を述べた。
壁を作って心の内を閉ざしていた千鳥に素直な笑顔を向けられ、えりかも素直な言葉で約束を破ったことを謝り、唄が聴きたいと心の距離を近づける。
かつて哀切を感じたその唄は、えりかにとってあたたかく心地よいものへと変わっていた。
CHAPTER:05 ホレおばさん
バレエの発表会での主役、オーロラ姫の配役で悩むダリア先生に、無理を言って再審査を通した千鳥。
その結果、立花は疲れと汗から着地でスリップして足を挫いてしまい、千鳥は過去の過ちを繰り返したことを思い詰めてしまう。
心配して話を聞いたえりかだが突っぱねられてしまい、
沙沙貴姉妹が持ってきた学園内で男の人を見たという噂から七不思議の存在を知って気分転換に調査することに。
調査③ 碧身のフックマン
美術室でえりかもその存在に遭遇するが逃げられ、後日見回りで遭遇したダリアが倒れている場面に遭遇して怒りを露わにしている。
フックマンの噂の出所は美術室にマユリの手掛かりを探りに行っていた白羽蘇芳。
真相に気づいたえりかだが、蘇芳を気遣って肝試しを行っていた上級生をネタに理論を重ねて別の答えを用意することで事を収めた。
えりかは八代先輩に聞いた写真に物語性を与える組写真という概念から、マユリの絵の一つを蘇芳が持ち出していることまで見抜いている。
蘇芳にダリアの件は自分ではないと聞き、ダリアが美術室にいる何者かを庇ったことにも気づくが、深くは追求せずにダリアが危険な目に合っているのであれば頼って欲しいと告げている。
ごたごたで誕生日プレゼントを渡し損ねたえりかは、バレエ発表会の振付を引き受けることを決めた。
ダリアが倒れた日、柄にもなく怒る姿を見て好きなのかと訪ねた千鳥に、えりかは自分の憧れだと本音を語っている。
千鳥もまた両親が唯一関心を持ってくれたバレエに熱心になるあまり後輩を蔑ろにして引退させる怪我をさせてしまったこと、にもかかわらず笑って赦してくれた後輩の為にもバレエで舞台に立ち続けなければならないという気持ちを打ち明けている。
何も変わっていないと自分に落胆する千鳥にえりかは性悪説の正しい意味を教え、学ぼうとする意志がある千鳥は悪人ではないと告げた。
千鳥は両親に冷たく接されて心を閉ざしてしまったことが今の性格に直結していて、
本当は人からの信頼や愛情を誰よりも求めているように感じる。
CHAPTER:06 マリアのこども
えりかへの好意を自覚した千鳥は、えりかにとってダリアが特別な存在であることに嫉妬し心が乱れる。
不機嫌な理由がわからないえりかだったが、自分ノートに書かれた内容から自分へ好意を向けていることに気づく。
恋人END
千鳥に寄り添い、後輩の事故から視界がぶれるアリス症候群にかかって治療として環境を変えるために学園に転入してきたこと、最近は視界が良くなっていたがバレエをしていると後輩の姿が見えるようになったことを打ち明けられている。
何でも受け入れると言った通り、笑ってそれを受け入れてくれたことに千鳥は気持ちが晴れている。
家族だけでなく自分が支えになってやる必要があると距離を縮め、千鳥の髪を結ってやるとえりかは本番前にキスを受け入れ、発表会後に千鳥が皆の前でも好意を隠さずに接してくるようになる。
えりかはたじろぎながらもその変化を受け入れ、千鳥を求めている自分を自覚することとなり、親密な関係となる。
友達以上恋人未満END
もう支えは必要ないと判断し、らしくない真似を止めると本番前のキスも羞恥から受け入れずに進行。
発表会後、千鳥は学院を離れてもう一度バレエに向き合うことを決めるが、えりかの事を考えて思い直し、学院に残ろうとする。
千鳥への好意を自覚してそれを望んでいたはずのえりかだが、自らの家族と同じように自分の人生を選んでほしいと千鳥に告げる。
自らの恋という気持ちを押し留め、家族のような大切な存在と嘘を告げることで千鳥を送り出し、卒業後の再開を約束した。
リコリスの花言葉は「誓い・追想・再開」。
離別END
寄り添う機会のないまま本番を迎え、発表会は成功するも千鳥は何も言わずにバレエの道へ向き合うために学院を去ってしまう。
えりかもまた蘇芳と同じ痛みを背負うこととなった結末。
ダリアEND
ダリアへの好意を自覚したえりかは発表会までダリアとの時間を共有していき、
倒れた自分を看病してくれた姿にその想いを抑えきれず告白する。
告白は叶わずシスターであることを理由に断られるが、
告白という行動を起こしたことでその気持ちは腐ることなく発表会が終わってもダリアへの想いは残り続ける。
TRUE END
恋人ENDからの続き。
桜の木の下から聴こえる千鳥の唄を窓辺で聴き続けたえりかは、耳に馴染んで自然と口ずさむ程に。
本人はコンプレックスだというその歌声を聴いて千鳥は心に響いたと褒め、一緒に歌いたいと言う。
それに茶化すことなく二つ返事で答えるえりか。
お互いが素直に気持ちを伝えられる関係となっていることが感慨深い。
EXTRA(蘇芳視点)
蘇芳が回収したマユリの3つ目の絵画には、裏に
“天に行われるごとく、地に行われるように”
というメッセージがあった。
そこから八代先輩が頭部に傷を負っていた過去の事件、ダリア先生が庇った者の存在を通し、
学園に聖母以外の女神(真実の女神)が居ることを導く。
それが、おそらくマユリが学院を去った原因だと推測を立てた。
総評
メインキャラが八重垣えりかになったことで日常パートがおもしろくなった。
ささやかな幸せと感じることは、夜中に食べるクリスピーチキン、生意気な相手の弱みを握った瞬間、穏やかな午後の日和にお気に入りの小説を読むこと。
常にマイペース。
負けず嫌いで捻くれ者でプライドが高い。
そんな性格もあり、よく人をからかうが素直に好意的に受け取られると怯むかわいらしい一面もある。
頭の回転が速く、本心をはぐらかすことが多い。
と、キャラとしてインパクトの強いえりかが語り手となったことで読んでいて飽きなくなったため。
立ち絵、CG、BGMの素晴らしさは言うまでもなく、前作よりシナリオも各話冒頭の童話を始め文学的要素が強く取り込まれていて好み。
それでもミステリーとしては弱く、あくまでこの百合ミステリーという世界観を構築するためにあるくらいの印象。
(逆に言えばミステリーがそこそこでも楽しめるくらい世界観の完成度が高いとも言える)
ミステリーを過程に置いた百合恋愛で、ミステリーがメインではない。
ただそれも現段階での話で、EXTRA(蘇芳視点)で語られたもう一人の女神の存在を本格的に展開していくのであればかなりミステリー要素が強くなると思うので今後に期待してもいいかもしれない。