ErogameScape -エロゲー批評空間-

kameruさんの遥かに仰ぎ、麗しのの長文感想

ユーザー
kameru
ゲーム
遥かに仰ぎ、麗しの
ブランド
PULLTOP
得点
80
参照数
3147

一言コメント

仁礼栖香について

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

※注意事項


本レビューは栖香ルート(と若干美崎ルート)のネタバレ満載でお送りします。両ルート未クリアの方は回れ右推奨です。




〇はじめに。


私が本作「遥かに仰ぎ、麗しの」(以下「かにしの」)をプレイする大きなきっかけの一つとなったのが、
以前批評空間で見たⅩさんのレビューでした。

(リンク貼っておきますね)
ttp://erogamescape.ddo.jp/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=7402&uid=%AD%BE

このレビュー、批評空間において最も多くの投票を獲得しているレビューでもあります。
私自身このレビューには感動したり感嘆したり感心したりと色々語りたいことはあるのですが、
本レビューでは一部の部分にのみ触れようと思います。

すなわちそれは、Ⅹさんの仁礼栖香への評価を表す部分。


>栖香はこの物語において最後まで成長しないのだ。
>美綺を拒絶した始まりの日から、司と結ばれ卒業する終わりの日まで。
>栖香は何一つ変わらない。


私はこの部分に対して、大きく異を唱えようと思います。

栖香は何一つ変わらない?本当に?
本当に栖香は、作中全然まったく成長しないのでしょうか。
いいやそんなことはないと、私は思うのです。




〇それでは本題。


仁礼栖香の成長について考える上で、分かりやすいのが第8話『SISTERS』の、
司の強制により姉妹(と奏)が一緒に弁当を食べるシーンだと思います。

昼食を共にし始めてから四日目。
まず美崎が行動を起こします。
彼女は半ば強引にも見えるように、つまり彼女流のやり方で、栖香の弁当箱からハムエッグを抜き取り、
そして自分のスパゲッティを栖香の弁当箱へと入れ、怒る栖香にこう言います。


『いやぁ。夢だったんだよ。妹とお弁当のおかず交換するのって』


おそらくこの発言。美崎の要した勇気は途方もないものだったでしょう。
だって彼女は、とても気が回る、つまりそれは繊細とも言える性格で、
相手は彼女をずぅっと無視して、拒絶してきた栖香なのですから。

それに対する栖香の反応は以下の様なものでした、


(仁礼は珍しく相沢の方を見た。)

『え……』

『そ、それに、今更、妹とか言わないで下さい!』

『わ、私、貴方の妹だなんて、思っておりませんから!』

『……判ればいいんです。判れば』


ここから栖香の動揺も見受けることが出来ますが、
しかし彼女の反応は確かに、幼く、酷いものであったと思います。
表面には出していませんでしたが、美崎も内心では傷ついていたのでしょう。

そしてここで重要なのは、それを栖香自身も自覚していたのだという点です。

七日目。
それまで六日連続で変わらなかった栖香の昼食に、初めてオムレツが加わります。
その上初めて、彼女は美崎のことを『姉』と呼びます。

八日目。
栖香の方から(本編中では初めて)美崎に話しかけ、
オムレツを差し出し、そしてこう会話します。


(中略)

『この前のは誰がどう見ても、
 貴女が私のハムエッグを無理やり奪い、
 私にスパゲッティを押し付けただけです!』

(中略)

『あれは交換じゃありません!』

『……もしかして交換するの?』

『べ、別にしたい訳では……。
 でも貴女が夢だったなんて言うから……』


どうでしょうか。
昼食にオムレツを加えたこと。美崎のことを『姉』と呼んだこと。栖香から美崎に話しかけたこと。
これらの変化は全て、(自身の為の部分もあるにせよ、)美崎の為のものでした。

そもそも仁礼栖香という人間は変化を好みません。
『毎朝、一分一秒たりともずれることなく、』寮に足跡を刻み、寮の標準時とさえ言われる彼女です。

そんな彼女が、美崎のことを思いやり、美崎の為に、自身に変化を起こしたのだということ。
このことはとても大きな事実だと思います。とても大きな変化なのだと思うのです。

もちろんこれらの変化は、完全に自発的な変化ではありません。

四日目に美崎が行動を起こさなければ、栖香の昼食はずっと変わらずに、
『ハムエッグとロールパンとサラダと紅茶』のみであったでしょう。

それ以前に、司が姉妹に昼食を一緒にするように促さなければ、栖香が自分の意思で美崎に話しかけることは、
(後日彼女自身が認めるように、)とても難しかったでしょう。

しかしです。

美崎の話を聞いてから、三日かけて、ようやくオムレツを昼食に加えたこと。
さらにそこから、一日かけて、ようやくオムレツの交換を持ちかけたこと。
一緒に昼食を食べ始めてから、七日かけて、ようやく美崎を『姉』と呼んだこと。

これらは全て、彼女自身が自分で起こした変化です。
きっかけは受動的な理由であったけれど、彼女は確かに自分で変わっていったのです。
この変化を、この事実を、「成長」と呼んでもいいのではないかと、私は思うのです。

そしてもう一つ書き加えると。
彼女の変化は、とても遅いのです。

オムレツを昼食に加える、という一見何でもないことに、彼女は三日もかけているのです。
さらにその日はそのことについて何も言えずに、もう一日かけてやっと、交換を持ちかけているのです。

司とのキスだってそうでした。舌を入れられること、尻を触られること、胸を揉まれること、
これらの変化は物凄くゆっくりと、何度もシーンを入れて進み、司(とプレイヤー)をしごく悶々とさせました。

ようするに、彼女は臆病なのです。
臆病だから、なかなか自分からは行動できず。臆病だから、変化に対してとても消極的で。
臆病だから、相手の行動を待つばっかりで。臆病だから、自分の本心を全然話そうとしないのです。

きっとそれは、前の学校で担任に犯されかけたのだということが、大きな理由の一つでしょう。
周りに裏切られたという意識だって、自分がキズモノだという意識だって、彼女を臆病にさせているのでしょう。

だけど彼女は臆病なりに、臆病のまま、少しずつ自分を変えようとしていったじゃないですか。
文化祭の当日、テニスの試合前、美崎に『頑張りましょう』と言ったこと。
フォークダンスの時に、自ら司をダンスに誘ったこと。
美崎と奏の手作りの誕生日ケーキを、一緒に食べようと司に言ったのも彼女なら。
司と約束を交わした翌日、廊下で自分から美崎に話しかけたのも彼女でした。

あまりに小さすぎる変化なのかもしれません。大きく見れば、何も変わっていないのかもしれません。
確かに栖香は作中最後まで臆病なままで、待つばっかりで。司の抱える問題は作中最後まで解決されませんでした。

けれど彼女は、ゆっくり、小さく、少しずつ、成長していくことが出来るのです。
そうやってでしか成長出来ないとも言えるのかもしれません。しかし、そうやって成長することが出来るのです。

もしも司の抱える問題が、いつか二人の前に現れたとしても。いいえ、きっとそうなるでしょう。
それでも彼らは、彼らなりのやり方で。少しずつ、少しずつ。
エンディングよりほんのちょっぴり成長した滝沢司と、ほんのちょっぴり成長した仁礼栖香の二人で。
「本当の幸せ」に向かって、一緒に歩んでいけるのではないかと思うのです。いいや、歩んでいけます。
私はそう、信じます。




〇最後に。


本作「かにしの」をプレイしたきっかけがⅩさんのレビューであり、本レビューを書くきっかけになったのもⅩさんのレビューでした。
先に断わっておきますが、私はあのレビューが好きです。
あそこまで分かりやすく、読みやすいレビューは今の私には書けません。
何より、当時「かにしの」のことをシナリオどころか毛ほども内容を知らなかった私が、
Ⅹさん、健速氏、丸谷秀人氏、三名の「かにしの」に対する、なにかこう「魂」とでも呼ぶべきものを、
一つのレビューから感じたということ(感じたのです)。これは大変な衝撃でした。

ただ、プレイ後にあのレビューをもう一度読み直して。

前述した、栖香は成長していない、という部分と、それともう一つ。
栖香エンドはBADENDなのだと言う部分には、


>司は栖香の全てを欲するあまり、彼女の人としての成長を止めてしまった。
>そして、栖香は最後まで司の過去に、傷に気づけなかった。
>一見、ごくごく普通のHAPPYENDに見えたこの栖香シナリオ。
>しかし、実はこのシナリオは、暗にこの作品のテーマに対する一つのBADENDを提示していた。


この部分には、私はどうにも納得することが出来ませんでした。
もちろん、たった四行の引用じゃとても表せないほど、
Ⅹさんはこのことに関して深く考察していますし、その上丁寧な説明もしています。
レスへの返答の中にも、それは見受けられます。

しかしそれらを読んでも、やはり私は納得することが出来なかったのです。
だってあんなに皆笑ってて、司と栖香はお互い好きだと言い合って…、
あのどこまでも幸せそうなエンディングをBADENDだとは、私はどうしても思えなかった。

それで気付けばこんなレビューを起こしていました。
一日あれば書き終わるだろうなんて思っていたけど、一週間も掛かってしまいました。

「仁礼栖香について」なんて題名を付けておきながら、語ってる事柄はとても狭い範囲のものになってしまいました。
ですが私の言いたかったことはきちんと書けたと自負しています。

五年も前のレビューに難癖付けるのなんて、無粋で思慮不足で意味もないのかもしれない。多分そうなんでしょう。

ですが私はそれでも言いたい!この場で宣言したい!させてもらおう!さぁ言おう!


栖香エンドは!
BADENDでは、ありません!!




〇以下蛇足。


ここから先は蛇足です。蛇足と言いつつも長くなる予感がビンビンしますがあくまで蛇足です。
具体的に言うと何でこんなにも仁礼栖香は魅力的なんですか丸谷さんって話です。それではお暇な方はどうぞっ。


さて、ここまで長々と、「仁礼栖香は成長した!栖香エンドはBADENDではない!」と語ってきた訳ですが、
しかしこの「かにしの」というおはなし(分校ルート)。構成だけ見れば、栖香エンドはBADENDになるに相応しいのです。

だからこそⅩさんのレビューはあそこまで説得力があるのです。
BADENDで物語の「裏」を描く栖香エンド、HAPPYENDで「表」を描く美崎エンド、
そして作品のテーマ、「本当の幸せ」を問い直す邑那エンド、
ってⅩさんの言ってることそのまま書いてるだけなんですが、構成だけ見れば、栖香エンドはBADEND以外の何物にもならない。

実際姉妹の性格は正反対です。几帳面と大ざっぱ。実は周りが見えてない人と実は周りが良く見れる人。
そもそも「実は姉妹」という設定だって、どう考えても二人のエンディングを対比させようとしてそうしたのでしょう。
つまり分校ルートのライター丸谷秀人氏は、構想の段階では、栖香エンドをBADENDにしようと思っていたのだと考えられます。

しかし、そうはならなかった。
栖香エンドはBADENDにはならなかった(←と私は決めました)。
Ⅹさんの言葉を再び借りますが、「出来の悪い恋愛物語」になってしまったのだ。

なぜだろう。
彼は何を思ってこの物語を書いたのだろう。
というかそもそも丸谷秀人ってどういう人だろう。

私は彼の作品は「MAID iN HEAVEN」(「PIL」、SuperSの方)しかやった(メイドに釣られて)(しかも未クリア)ことがありません。
ですので彼がバカゲーを書くことは知っていますがそれ以上は知りません。

という訳で調べよう、まずはwi〇iだろうってことで、YAHO〇を開き。「丸谷秀人 wi〇i」入力して、検索をクリック。

…あれ、「かにしの」のページが一番上に出てきましたよ。
ええ、そうなのです。なんと、あの天下の「wi〇i」に、彼の項目が載っていないのです!(どーん!)
一番詳しいのが「ニコ〇コ大百科」だったりします。そこにも経歴はおろか年齢すら書いておりません。これは困った。

とりあえず「丸谷秀人」に検索ワードを減らして、もう一度クリックします。
…おや。批評空間の人物紹介ページや「かにしの」の「wi〇i」ページに混ざって、何やら興味深いページがあります。

「丸谷秀人の部屋top」
これはキタのではないでしょうか。よもやブログではないでしょうか。
こ、この先に彼の全てがアンナコトやコンナコト含めて詰まっているのでは…!
ちょっと興奮しながら青い文字群をクリックします。

すると飛び込んできた文字。


『ようこそ、丸谷秀人のコーナーへ!!』

 『どんどんぱふぱふ。』


どうやら残念ながらブログではなく、1999年4月1日から翌2000年10月22日までの間、
「ストーンヘッズ」のホームページで不定期連載されていたコーナーのようです。

しかし彼自身が書いていることに代わりはありません。
ふーん、ほー、へー、と読み進めていきます。

これによると、彼はエロゲ魔なのだそうです。エロゲー魔道に堕ちているそうです。
月にプレイするのは五本以上だとか。ハッキリ言うと異常です。
あぁ、そう言えば栖香ルートのマラソン大会の日、暁先生が、


『……ま、アレだな、
 人間って言うのは、誰でもひとつくらいは、
 情熱を注げるもんが見つかるってこった』

『それが世の中から見て、良いか悪いかは兎も角な』

『(中略)
 今日は意味ありげじゃなくて、
 ちゃんと意味があるんだがな……。』


と言っていました。どう考えてもコレのことですね。

とか何とか考えなら、番外編含む全25回を読み切りました。
その中で私が注目したのは、連載24回目(2000年10月19日)の、この部分。


『(中略)俺がシナリオを書いた主要な作品は、ほぼ全て企画の始まりが俺じゃ無いのです。他人が与えてくれたキッカケを、いかに転がして自分の書ける物に引き寄せるか・・・それが俺のほぼ一貫したシナリオ作法でした。』


他人が与えてくれたキッカケで…、それを基に自分で行動する(←ちょっと曲解)。
…あれ、これって仁礼栖香にそっくりじゃないですか。

ここで私に電撃が走ります。あぁ、そうか、そうなのかそうだったのか!


と、前振りをしつつ、少し脇道にそれましょう。

仁礼栖香が好きだ、という人は結構多いと思います。(私もその一人です。)
実際「PULLTOP」の「かにしの」公式ホームページで2007年2月2日~同月16日までの間に行われた人気投票でも、
一位の殿子(4102票)、二位のみやび(4087票)に次いで、三位が栖香(1780票)、それから、梓乃、リーダ、美崎、と続きます。

分校系ではぶっちぎりのトップですね。その上は更にすごいですが、この際置いておきましょう。
栖香は(分校系のキャラの中では)ぶっちぎりの人気を誇っているのです。それほど魅力的なヒロインなのです。

では何故、彼女はそこまで魅力的なのでしょうか。
さて、さっきの話に戻ります。


ここで私に電撃が走ります。ああ、そうか、そうなのかそうだったのか!

そう、丸谷秀人氏は少なからず、仁礼栖香に自己を投影しているのです。


※ここから先は根拠のないただの邪推ですが、どうせ蛇足なので好き勝手言います。


恐らく始めは単純に、自分から行動出来ないダメな子、を書こうとしていたのでしょう。だってBADENDのヒロインなのですから。
しかし書いてる内になんだか自分に似てるような気がしてきた。自分に似てるような気がした後は、誰よりも人間臭くなってしまった。

人間臭いというのは、そのままリアルなキャラクターであることに繋がります。
キャラクターがリアルになれば、それに伴って描写もリアルになる。
すると仕草や息遣いが目の前に見えてくる。いつの間にか、設定の枠を越えて勝手に喋りはじめる。
そこに居るのはもはや「キャラ」ではなく「人間」になってしまった。おまけに自分に似ている「人間」です。

同じ音楽が好きな人とは親友になれる気がする。同じ悩みを持つ人とは親密になれる気がする。
自分に似ているということは、そのままソックリである時を除き、大抵好意的に思えるものです。

多分彼の場合もそうだった。「彼女」は目の前に居るのですから、彼と司は、もはや同一だった。
そして「司」は、どんどん、どこまでも栖香にはまっていった。きっと彼らは、世界中の誰よりも早く、「彼女」に惚れた二人なのです。

それからそれから。
最後に「彼ら」は言ってしまう。桜屋敷の枯れ木の下で。変わらずに佇む「彼女」に向かって。
本来なら決して言ってはいけない言葉。だってBADENDなハズなのですから。
だけど「彼ら」は、呆れるほどすんなりと言ってしまう。その瞬間、完璧なBADENDは、「出来の悪い恋愛物語」になってしまった。

「好きだよ」
二文字あるいは四文字の言葉。
これはもしかしたら、司から栖香へのメッセージであると共に、作者から「彼女」へのメッセージだったのかもしれない…。


って、妄想なんですけどね。
でも、あながち見当ハズレでもないかもしれない。
嫌いな人が語るより、好きな人が語った方が、数倍魅力的に見えるものではないでしょうか。
それが惚れた人が語るなら尚更、もう何百倍も魅力的に見えちゃうのではないでしょうか。

だからこそ仁礼栖香は、あんなにも魅力的なのではないでしょうか。
そういうものでは、ないでしょうか…(エコー)。




〇最後の最後に。


さて、本レビューはようやくこれで終わります。
ここまで読んで下さった物好きな皆さんに、まずは感謝を!そしてお疲れさまです!

それとⅩさん!勝手に引き合いに出してごめんなさい!
きっとここを見ることはないでしょうけれど、しかし最後に言わせて下さい。
私はあなたのおかげで「かにしの」に出会うことが出来ました。本当にありがとう!


それでは、私はこれで寝ます!
おやすみなさい!良い夢見るよ!
機会があればまだどこかで。新参レビュアーkameruでしたっ。