ErogameScape -エロゲー批評空間-

judge13さんの明日の君と逢うためにの長文感想

ユーザー
judge13
ゲーム
明日の君と逢うために
ブランド
Purple software
得点
97
参照数
3529

一言コメント

攻略順を設け、一つの題材から派生させてそれぞれのシナリオにそれぞれの意味を持たせてきた構成は上手い。描写の内容も好印象。恋愛を描いた作品は数多いけれど、この作品ほど、同時にその対極たる「別れ」や「想いのすれ違い」を強固に描いている作品を他に知らない。そして、最後のシナリオはなかなかの劇薬。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

・ この作品の良いところは沢山あると思うけど、あえてここは「泉水咲」を中心に書いてみようかと思う。



・ この作品は攻略シナリオ順に縛りがある。
・ 作品紹介を見れば、この作品のメインヒロインは明日香だと思うのが普通だろう。確かに作品の冒頭部分では、7年前に突然に姿を消した「あーちゃん」に対する主人公・修司の強い想いが描かれる。
・ だけど、一順目と二順目は小夜か瑠璃子のシナリオにしか行けない。これがこの修司の想いを上手く逆手にとって物語を描いている。

・ 小夜のシナリオは、消えた「あーちゃん」に対する修司の想いを反転させて、同じく消えた姉を想う小夜の心情を上手く描いている。その中で、過去のもう一つの……「泉水咲の神隠し」が徐々に見えてくる。
・ 小夜の二つのエンドに言えることは、泉水咲は結局、何をどうやっても「戻ってこなかった」ということ。この段階ではあまり深く描いていないけど、この事実が後に効いてくる。

・ 続く瑠璃子……リコのシナリオ。
・ 最終選択肢の二つ目のエンドが好き。小夜シナリオと同様に主人公の想いと対照的な地位にある「7年間」のリコの想いを描いてきたこのシナリオは、最後の最後で、その「7年」を失わせる。……だけど、修司が修司である限り、瑠璃子が瑠璃子である限り、出逢いさえすれば、歴史は繰り返す。それは、二人を結び付けたものは「7年」という「過去」ではなく、今の「お互い」に惹かれたからなのだから。

・ 「過去」に囚われないことは、この作品に貫かれる姿勢。
・ 舞のシナリオはそれが特に顕著。唯一、御風島との関わりを持たない彼女が、他のヒロインに対して抱える不安を描いてきた。
・ そして、独りで苦しんできたこの優しい主人公の姿勢をあえて否定し、「お互いがお互いを支える」恋愛のあり方を描いてきたところも好感が持てる。

・ あさひ先輩のシナリオは若干毛色が変わる。笑顔と演技の下に彼女が抱えていた「孤独感」、そして「向こう」を目指す人間の姿が描かれる。
・ 彼女が求めていたのは、「自分が自分として生きられる『どこか』」。そこは「神でも人でもない。わたしが求めた場所」「わたしがわたしとして生きられる場所」。演技も何も必要ない、本当の「わたし」で居られる場所を願う気持ちが描かれる。
・ それでも、このエンドで主人公が放つ「俺は、その嘘の中にある本当の先輩を好きになったんですよ」という台詞は大好き。

・ メインヒロイン(に思えた)明日香のシナリオ。
・ あーちゃんが一人で「向こう」へ行った理由。「天才」であった彼女はここよりも更に広い「向こう」を望みつつ、「シュウちゃん」をそこへ連れて行くことを望まなかった。それは、彼の周りに在った全てを失わせることを意味したから。
・ そしてもう一つ、明日香が6年の時を経て戻ってきた理由。それは「彼女がそう願ったから」。りんは、心から願う者に対し、最も大切なものを代償として願いを叶える存在。「向こう」へ行ったあーちゃんは、過去を全て失うとしても、こちら側へ戻って来たいと願ったのだ。
・ 明日香エンドは、なんと一人も欠けることはないエンディング。確かに夢みたいな話だが、あーちゃんがシュウちゃんに思ったことを考えると、こうでないと意味が無いような気もする。



・ この作品が凄いのは、ここで物語が終わらないことだ。わざわざ順序を付けて最後に、里佳シナリオが待っている。

・ 里佳が小夜のことを気遣わずにいられなかったのは、明日香に対する小夜の姿を見て、泉水咲に対するかつての自分を思い出さずにはいられなかったのではないかと思う。
・ そして同時に、里佳があさひの抱えていた「乾き」に気付いたのも(それも入学直後という相当に早い時期から)、里佳が彼女の後ろに泉水咲の姿を見ていたからだと思う。
・ では、里佳がずっと忘れることの出来なかった泉水咲とは、どんな人物だったのか。



・ 「神隠し」は、神様が勝手に人を隠してしまうというものではなかった。人が心の底から何かを願い、神様(りん)はその人の最も大切なものと引き換えにそれを叶える。つまり、何より必要なのはその「人の想い」なのだ。
・ 泉水咲が「向こう」へ行ったのは、彼女がそれを願ったから。また、「向こう」で泉水咲が願えば、明日香のように「戻ってくる」ことも不可能ではないはず。しかし、小夜シナリオで妹が「向こう」へ行っても、それでも結局、泉水咲はこちらへ戻ってこようとしなかった。つまり彼女はそれを望んでいないのだ。
・ では、泉水咲の想い描いていたものは何だったのだろう? 彼女は「こちら」の世界で、何を感じて生きていたのだろう?

・ 彼女を取り巻いていた環境の中には、「向こう」を目指す理由が何も無いように見えた。裕福な泉水家に生まれ、可愛い妹・小夜と、親しい友人・里佳や直樹が居る。容姿端麗・頭脳明晰。スポーツ万能で病気を患っているということもない。元・神様だったという事実もない。
・ 両親の事故死は一つのきっかけだったのだろうが、彼女が遠くを見るようになったのはそれよりも前の話。彼女は泣きもしなかった。それは結局、彼女にとって、彼女を繋ぎ止めていたものが「二つ」消失したということでしかなかったのではないか。
・ 確かに、泉水咲は明日香に近いレベルの天才肌の人間だった。だけど、あーちゃんとは年齢も異なり、「向こう」へ行くことの意味を冷静に判断するだけの聡明さを持っていたはず。
・ それなのに、全てを置き去りにして「向こう」へ旅立った泉水咲。



・ 泉水咲(の幻影)に出逢った修司は、いきなり彼女に怒りをぶつける。小夜を、里佳を置き去りにして旅立った彼女に対して。
・ この感覚は当然だと思う。この作品はそれまでのシナリオで「残された者」の想いを存分に描いてきたが、彼女にそれがわからなかったはずはないのだから。

・ でも、それでも、泉水咲は言った。

「君は、無いの?」
「もっと、ずっと遠い世界へ行ってしまいたいと思ったことは?」

・ この台詞は私にとって強烈なものだった。
・ 彼女のイメージしていたものは、「こちら」の世界とは全く別次元のものだったのではないか。
・ 彼女は、これまでのヒロインとはまた逆の意味で、「過去」に囚われないことを願ったのではないか。「残される者」の存在、つまり小夜や里佳すらも、彼女の求めているものとは相対する存在だったのではないか。

「聞いただけで理解できるはずがない。君とあたしは、求めているものが違いすぎる」

・ 泉水咲はこう告げ、修司とプレイヤーを突き放した。
・ だけど、上記の通りここまで各ヒロインのシナリオで恋愛劇という人と人との関係性の最たるものを見事に描いてきたこの段階で、私がこの泉水咲の台詞に強烈な印象を受けてしまうこと自体が、彼女の考え方の存在理由の何よりの証明になっているような気がする。これだけ「幸せな結末」を見てもなお、私は、「もっと、ずっと遠い世界」を目指した彼女の生き方に、シンパシーを感じてしまったのだから。
・ そして、彼女が戻って来ないということは、想い描いていた世界に辿り着いたことを意味するのだろうか?



・ この作品の恋愛描写がそれぞれのシナリオにおいて私の心を打った要因の一つは、恋愛の対極であるはずの「別れ」や「想いのすれ違い」を踏まえた上で形作られている点だと思う。
・ 「若宮明日香」と「あーちゃん」は区別して描かれている。御風島に戻っても、修司は「あーちゃん」と再会することは叶わなかった。それが全てのシナリオの根底に置かれている。
・ その他のシナリオにも、こうした「別れ」の描写は多い。主人公と同じように姉を失った小夜のシナリオ。主人公が持っていたのと同じ喪失感を抱えていたリコのシナリオ。「向こう」を目指す思いを描いたあさひ先輩のシナリオ。舞シナリオでは「若宮明日香」との別れをはっきりと描写。そして最後の里佳シナリオで、泉水咲との……今生の別れを描いている。

・ この作品は「過去に囚われないこと」を軸として、各シナリオを描いてきた。しかし、最後に泉水咲の姿を描いたことにより、更に一つ上の段階へ踏み込んだような気がする。そう、彼女もまた、彼女なりに、過去との決別……小夜や里佳との別離を選んだのだから。



・ 泉水咲のような生き方は、現実に不可能というわけではない。

・ 神様は人に必要とされなくなり、その存在を気付かれなくなった。でもそれは、人が病を医術で治すことが可能になり、他の所へ自由に旅立つことが可能になったからではないか。
・ もし、泉水咲がりんと出逢えなかったとしたら、どうなっていただろうか。……たぶん何も変わらない。結局、彼女は橋を渡って御風島を出て行ったのではないだろうか。
・ 泉水咲だけではない。「自分は死んだものと思え」と言い残して湯治の旅に出た里佳の祖母の行為は、泉水咲の選択と本質的に変わらない。そう、これは、ごく普遍的なことなのだ。

・ この作品は泉水咲の姿を通して、人と人との別れそれ自体を、根本的に肯定してきたのではないかと思う。
・ 私もこれまで多くの人との別れを経験しており、今ではもう逢えなくなった人も多い。それを悲しいことだと思っていたし、だからこそなるべく別れを避けたいと思っていた。だけど、人がそれぞれの道を選択する中で別れが生じるのは必然なのではないか。それは本来、悲しむべきことではないのではないか。

・ 泉水咲は妹に理由を問われて、こんな答えを返している。

「どうしてかしらね」
「深い理由なんて一つもなかったのかも」
「すぐそばに、見たことのない別の世界があって、そこに行けるとしたら――そう考えたら、自然と森に向かってた……」

・ ある意味、恐ろしい一言だと思う。だけど私自身の中に、この彼女の考え方を否定できない部分があったこともまた事実。この作品は、私の中に無意識のうちに眠っていた、未知なる世界「ここではないどこか」への渇望感みたいなもの……に気付かせてくれた。



・ これは、個人の経験に拠るところが大きい受け止め方だろうが。