自分の意志で戦うヒロインの物語。
・ Leafが唯一「陵辱」シーンを描いたのがこの作品。
・ しかし面白いのは、その強姦魔・岸田がこんなことを言ってのける点だ。
『女などつまらん。犯す気持ちよさなど短い間だ。すぐ虚ろな目になって反応しなくなる。出し入れするだけなら豚のケツでも変わりはない』
『その点、男はいい。まずは立ち向かってくる。知恵と力の限りを尽くして戦おうとする。守ろうとする』
『思わないか?男にとって一番の楽しみは、女を組み伏せて種付けに精を出すことではない』
・ 読み進めるうちに、そう言った岸田の真意は垣間見えてくる。
・ 彼は元々普通の船員で、乗り合わせた船で巻き込まれたトラブルの果てに人を殺し、そしてその「スリル」に憑り付かれた。彼が本来的に求めているのは、女を犯すことではなく、岸田に立ち向かってくる存在との戦いの方なのだ。
・ 岸田はどうして恵を殺さなかったのか。
・ …彼は待ち望んでいたのだと思う。この聡明な少女が、全身全霊をかけて、自分を殺しにやってくることを。
・ 恵は、結果として、岸田の期待に十分に応えてみせることになる。
・ 作品冒頭で岸田に「犯された」少女は、船員に止めを刺したことで「人殺し」の咎すらも背負うことになった。彼女はそれゆえに、誰にも真相を知られずに岸田を殺すことを決意する。その過程で「誰が犯されようと」「誰が死のうと」。
・ それは主人公・恭介に対しても例外ではない。恵は恭介を煽り、彼が岸田に対して怒りを覚え、殺害を決意するように仕向けていく。同時に、生半可な覚悟で安易に岸田に挑むことを許さない。ただしそれは、恭介の身を案じているというよりも、それでは岸田に返り討ちに逢うのが目に見えているからだ。
・ そして、不適切な選択肢を辿った場合、恵は自らの意志で恭介を殺害する。それは、恭介を「見限った」ということ。
・ そのような状況の中、自らの意に沿わぬ出来事で変容した岸田と同様に、恵自身が変容していく。恵は必然的に「岸田に似た存在」となってくる。
(恵が船員を殺したのを見て)
岸田『はははハハははハはははハハハははっっ!!!』
『やった!!やった!!ついにやった、やりやがった!!』
『おめでとう、これでお前も同じだ』
『この俺と同じだ』
・ この二人は、境遇も素養もよく似ている。この作品の数々のエンディングの中には、恵と岸田が全く同じ行動を取るエンディングが用意されている(クルーザーに乗り移って生還を果たすエンド等)。
・ 自分の守るべきもののために、それ以外の全てと戦うことを決意した恵。そんな彼女を救うために、恭介はどうすればよいのだろうか。
・ 恭介と恵は、作品冒頭(事件が起こる前)で、それぞれが表に出さない感情の部分にまで通じている様を見せる。それは、他の登場人物とは比較にならないレベルで。
・ しかし、事件に巻き込まれた恵は、恭介を頼ろうとしなかった。挙句の果てには見限って殺害にまで及んだ。つまり、恵はこの時点で恭介を求めていないのだ。彼女は「無事」に陸へ戻ることを望んでいたが、そこに恭介を必ずしも必要としていなかった。一人の友人ではあれど、それ以上の存在ではなかったのだ。
・ この作品、単に岸田を殺すことに成功しただけではハッピーエンドにならない。それは、あの船の中で恵そのものが変容しているからだ。
・ 「夜の扉」側のエンディングが象徴的。拳銃の暴発で重症を負い記憶を失った恵。しかし彼女は、あの船で初めて聴いたはずのメロディを口ずさむ。彼女の中には、記憶とは別個に脳裏に刻まれたものがある。つまり…メロディだけではなく、あの体験自体が彼女の身体に染み付いているのではないか。
・ 恵を救うには一つの方法しかない。それは、恵の全てを理解し、「恵に選ばれる」ことだ。
・ 事件が起きて以降、常に恭介は恵の後塵を拝してきた。恵は聡い人間だから、一人で判断して先へ進んで行ってしまう。だから、恭介は恵に一歩先んじる必要がある。恵の苦悩を全て理解し、それをそのまま受け止めることを彼女に示さなくてはならない。恵が、最後の最後までその手に握っていたナイフを取り落とすまで。
・ この作品のトゥルーエンドは非常に反道徳的である。恭介は恵の罪を罰するのではなく、自らも同じ咎を背負うことを選択する。
恵 『・・・私のために人が殺せる?』
恭介 『お前は俺のものだ』
『命がけで守る』
『誰が決めたか知らない法律なんざクソだ』
岸田 『・・・殺すのか?彼女が見てるぞ』
恭介 『ああ、だから殺すんだ』
・ こうして、恵と同じように、今度は恭介が変容していく。恭介は恵と自分の敵となる全ての存在と戦うことを決意する。恭介は自らの意志で岸田に止めを刺し、その返り血を浴びることで、恵と同じ闇の中に堕ちていく。
・ だけどそれは、「互いの半身を手に入れた」ということ。
・ 今作における「陵辱」は、この世でそれが批判されるのと全く同じ意味で使われている。恵に屈辱を与え、そこから彼女が這い上がる姿を描いている。
・ そして、自分が世間に認められない存在になったことを悟った恵が、この世の全てに戦いを挑む様を描いている。そして、最後にそのことを悟った主人公は、彼女を守るために自らも戦うことを選択する。
ちはや 『知らなかったよ。天国って地獄の底にあるんだね』
・ この台詞に至るちはやエンドの展開も非常によく似ている。彼らは二人の前に立ちはだかる障壁を前にして、それと共存を図ろうとするのではなく、真っ向から立ち向かう。二人の関係を邪魔する存在を何一つ認めない。
・ これは、非常に傲慢で不遜で反道徳的な考え方である。だけど、彼らと世界が対立するのは必ずしも彼らの責ではないことも事実(この辺は同ライターの『ねがぽじ』に通じる)。
・ 人の持つエゴイズム。恋愛関係ですらも二人のエゴとエゴとが合致した結果に他ならず、それは必ずしも「世界」と相容れるものではない。今作は、そんなエゴイズムの極地たる「恋愛関係」"のみ"を高らかに謳いあげた、18禁だからこその恋愛物語である。