この物語、奇跡は一つも起きない。登場人物も、ごくごくありふれた状況にあり、ごくごく普通のことを考えている。そんな普遍的な題材を「どうやって見せるか」に尽力して組み上げた、テクニカルな名作。
・ メインヒロイン三人の「描き方」がかなり特殊。
・ この作品は、以下のような始まり方をする。この導入時のテキストは初回起動時にしか読むことができないのだが、改めて最後に思い返すと、非常に味わい深い一節となっている。
「忘れてる?」
「……忘れてない」
「忘れちゃったでしょ?」
「……忘れてないって。しつこいな。オレの名前は杉浦亮司で、今年は受験を控えている。……ほら。忘れてないだろうが」
「……」
「ねえ?……ねえ?」
「なんだ」
「ねえ?」
「だれだ」
「あたしよ」
「なんだ。おまえか。で、なんだ」
「なに?」
「用事があったんじゃないのか」
「ないけど」
「ないけど?」
「なにか忘れてない?」
「……さあ?」
「そう。なら、いいや」
・ これは嘘。主人公は忘れてる。
・ 「登場人物と主人公との間に在った過去の出来事を、作品序盤にあえてプレイヤーの前に提示しない」という方法論。だから、正直言って、プレイ開始直後は何が何やら判らない。肝心なことを書いてないのだから。
・ だけど、各シナリオを読み進めていくうちに次第に全体が見えてくる。そして、主人公が気付いていないこと、気付こうとしていないことが見えてくる。この描き方が、プレイヤーにヒロインの心情を読み込ませることに非常に利いている。
・ エンディングもそう。あえてグラフィックを使わないことで、彼女らの言葉の意図を感じ取れる。
・ 「模試」は一見の価値あり。おそらくはわざと、満点が簡単に取れないように作られている。本当に勉強しなくちゃならないエロゲなんてこれしか知らないよ…。