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j7jhonさんのサクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-の長文感想

ユーザー
j7jhon
ゲーム
サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-
ブランド
得点
90
参照数
530

一言コメント

「草薙直哉の半生記」

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 「草薙直哉の半生記」
 前作と合わせて一言でまとめるならこうなるのかな。

 システムはノベルゲームの標準的なソレで、他のタイトルでも言い尽くしたような感じ。決して時代の最先端とは言えない。でも決して悪いわけではない。ただ前作と比べると格段にパワーアップしている。ウィンドウサイズが可変であることには驚いたし、選択肢ジャンプの実装は感動的ですらあった。前作は 2015 年のゲームとして見ても化石だったからね……。それ以外にコメントは特にない。強いて言えば、若干レスポンス悪くないか? と思うところはあった。

 何よりも良かったのは演出。それも作中の芸術作品がビジュアルで示されるようになったこと。これだけで説得力は段違い。作中の人物がいくら「才能が~」「美が~」と褒めたところで、実際に見せてもらわない事には空々しいとしか思えない。自分自身は美術の知識はないので良いとか悪いとかは分からないが、これだけでも大きな前進だと言える。

 実のところ、前作は文章(特に後半の盛り上がり)で一発勝負を仕掛けるタイトルだった。個別ルートも多々あれど、基本的には中弛みの激しいシナリオだった。それを最後の盛り上がりで巻き返すスタイル。それと対照的に、今作はゲームとしての要素(音楽、絵、文章等々)がバランスよく調和している。作中の各ルートも適度に山場があって読みごたえがあった。流石に七年も無駄にしていたわけではなかったのだなと感心した。前作でまとめ切れなかった方針を上手くまとめられたのだろうということも感じられた。ディレクションが上手に作用している。ちょっと音楽の「圧」が強くないかと思わないことはないけれども。

 シナリオといえば難癖がつけられないわけではなく。まず、前作と合わせて相変わらず引用が多い。しかもどいつもこいつも同一作品の同一箇所から引用する。君らテレパシーでも使ってるのかとすら感じる。正直くどいので引用部分は適当にスルーするのが良いと思った。前作からの後付け部分は、細かく見れば矛盾が出てきそうな予感がする。才能語りはちょっとキツかった。事前に試験問題の答えを暗記して、テストでそれを吐き出して満点を取った人が、「天才」と褒められるような気持ち悪さがあった。作中の真実を何でも知っている人が引き立て役の見当違いを正して……のような展開が繰り返されるたびに白々しさを覚えた。作中の結論をどうとでも設定できるライターの権限を乱用しているような印象になった。

 それ以外の部分についてはおおむね好印象だった。一度筆を折った直哉が再起を果たすまでの過程が、芸術論と幸福論を交えつつ語られている。その中に人と人の交わりであったり、悲喜こもごもであったりが重層的に描かれる。山も谷もあって、幸福も不幸もある。主張に新規性はないかもしれないが、そこは良かった。

 総評
 良い点:悪い点=8:2 位の印象。前作が気に入った人には無条件で勧められる。逆に今作から入ろうとする人は要注意かも。シナリオの大筋は人を選ぶようなものではない。けれども、これから本シリーズに手を付けようとか、本作を読んでから前作に戻ろうと思う人のうち、少なくない人がシナリオの難点で脱落しそうな気がする。ご都合主義(才能云々)をどれだけ無視できるか、引用部分をどう受け止めるか。許容するか無視するかはどちらでもいいけど、割り切った対応が必要にはなる。