面白かったですが、没頭しきれないところもありました。長文はネタバレ注意です
さて、この紙の上の魔法使いという作品は、エロゲの中でもかなりよく練られた話になると思います。この作品のテーマとその結末を考えるとかなり釈然としない点もありますが、それは個人の感想で、他の人の感想を見るとこれを感じている人はあまりいないようです。このことについてはネタバレになってしまうので、後に触れたいと思います。特にストーリーという点で、高く評価できる作品であるのではないでしょうか。
チャレンジングなストーリー展開を持つエロゲということで、個人的にはとても好きな作品になりました。
先が気になる展開、開きさせない展開で、非常によくできていると思いました。魔法の本という設定を使って一話完結型のような形をとりつつ、それでいてしっかりと頭に引っかかる伏線を置いていってくれるので、かなり楽しんで読むことができました。また、散りばめられた伏線も綺麗に回収されますし、物語の構成力という点ではエロゲの中ではトップクラスのものがあるのではないでしょうか。
伏線は必ず回収される、という点でも安心して読める作品であると思います。似たようなセリフは作中でも妃によって発言されますが、まさにその通りの作品でした。自分の傾向として、エロゲにおいてこのような楽しみかたはあまりしないのですが、本作では、しっかりと伏線を追い、考えながらプレイする楽しみを味わうことが出来ました。ですが、その点、伏線を追っていれば明かされる前に理解できてしまうようなこともなかなか多いので、ここについてはもしかすると賛否両論あるかもしれません。
ことはエロゲに限った話で、しかも余談になるのですが、妃の言う「邪道の推理」をしていくとだいたい伏線に引っかかる犯人は頻繁に出てくる人物ということになりがちで、ついでにいうとエロゲでは力の入った、つまり立ち絵がある人物だろうということまで絞れてしまうので、あまりやらないほうがいいような気もしますね。
しかしながら、こうした読み方をしても楽しめるようなエロゲというのはなかなかないということもありますし、これだけ読ませてくれるエロゲもなかなかありません。気になっている人は、とりあえずやってみるだけの価値はあると思われます。
というわけで、ここからは作品の詳細に触れることになっていくので、未プレイのかた、特にこれからやろうと思っているかたは自己責任でお読みください。
ということで、ここからはネタバレを含めつつ、先述した釈然としない点を1つ、よかった点を1つ挙げたいと思います。
さて、この作品のテーマを考えてみると、それは「夜子の成長」ということになるのでしょう。ざっくり言ってしまえば、引きこもって本の世界に逃避していた少女が、親友を失うという悲劇を経験し、最後には失恋する強さを手に入れるお話です。ここだけ見れば、わりとありふれたストーリーといってもいいでしょう。昔は迫害されていたというところなど、定番です。ここもまた、非のつけようがありません。
しかし、この作品では一つ、そこに大きな設定を追加しました。「魔法の本」の設定です。魔法の本は様々な物語を生み、人物を生みます。クリソベリル、理央、妃、瑠璃の4人です。ここが、この作品のテーマを素直に受け入れさせるのに悪さをしました。TRUE ENDで最後図書館に残っていた人物は誰でしょうか。夜子、かなた、汀、理央、瑠璃、クリソベリルです。要するに、半分がこの作品で言うところの紙の上の存在で占められてしまうわけです。
加えていえば、夜子が失恋する相手が主人公が紙の上の存在であるというところにも問題があるように思えました。先述したように、今まで本ばかりの世界で生きてきた夜子にとって、成長というのは本以外の存在と向き合うことを意味するわけです。それなのに、魔法の本の産物である瑠璃と向き合い、失恋をすることによって得られる成長とは……?
これらの理由により、残念ながら自分はラストのシーンにあまりのめりこむことができず、釈然としない気持ちでゲームを終えました。
「成長物語」「主人公が実は死んでいた」これらの要素は確かに非常に面白く、王道で間違いがないようには思えますが、残念ながら夜子と魔法の本の設定とは噛み合わせが悪かったのではないでしょうか。
余談で、しかも個人の適当な見解になりますが、この作品は3章終了時点で既に終わってしまっているように感じられます。BAD ENDですね。それ以降は全てまた別のお話です。
確かにこの作品のテーマは「夜子の成長」ではありましたが、主人公は夜子ではなく瑠璃です。妃は想いを貫いて死に、瑠璃も想いを貫いて死ぬ。それでいいのです。主人公がなにかを為して死んだのなら、物語もそれで終了するのが道理ではないでしょうか。
引っかかっていたことは全て言ってしまったので、よかった点に移ります。
個人的にとてもよかったと思うのは、個別ルートですね。そのなかでも、理央、妃、夜子ルートです。こう言い換えてしまうともしかしたらよくないのかもしれませんが、すべてBAD ENDです。(好きな人はごめんなさい)
つまるところ、上質なBAD ENDが豊富に用意されていて非常に楽しめましたということになります。少なくとも自分がプレイしたエロゲでは結構な尺を取ってBAD ENDをやってくれるエロゲというのはなかなかないので、本当に嬉しかったです。
理央ルートでは、理央が記憶障害という設定を披露し、主人公との恋人としての幸せな思い出を全て忘れてしまうという悲壮感を感じさせてくれました。この時点では理央が紙の上の存在だということが明かされていないのでなにが起きているのかはよくわからないのですが、日記のページが破かれ黒く塗りつぶされているところなど、作中でもトップレベルの衝撃を受けました。また、最初の個別ルートということもあり、まさかBAD ENDになるとは思っていませんでしたから、ルートが終わった後はしばらく呆然としてしまった記憶があります。
妃ルートの終わりかたは、本編で最も好きなシーンかもしれません。教会に火をつけ、ピアノを弾きながら、瑠璃と二人で死んでいく。四條瑠璃に失恋をさせ、夜子との恋愛をさせようとするクリソベリルの意図を真っ向から叩き潰したこともあり、非常にスカッとするエンディングでもあります。また、大事なところでは譲らないこの二人の姿勢が、心からこの二人らしく思え、しみじみと感動した終わりかたでありました。が、しかし、本当に残念ながら、後から考えてみると紙の上の存在でしかない瑠璃が果たして本当にそれで死ぬのかどうか、非常に大きな疑問も残る終わりかたでもあると思います。
さて、夜子ルートです。もしかすると、夜子ルートがBAD ENDであったかどうかというのは議論の余地があるかもしれません。が、作品のテーマに反しているという点でも、真実が明らかにされていないという点でも、恐らくはBAD ENDで間違いないのでしょうとおもいます。このルートは、ちょうどいい気味の悪さでした。全てが紙一重のラインでなりたった非常に儚い幸せであることが感じられ、いかにもなBAD ENDであったと思います。作中で最もBAD ENDっぽさが全体に漂っていたルートで、自分は結構好きです。全てのBAD ENDに言えることですが、この個別内での謎の残しかたがよかったですね。
そういうわけで、あまり明るい雰囲気の作品ではありませんでしたが、自分の好みには合って、非常に楽しめた作品でした。が、少し冷静な視点で見ると釈然としない部分も残り、なかなか評価の難しい作品であるとは思います。しかしながら、話運びの上手さは目を瞠るものがあり、次回作があればまたプレイしたいと思います。