胸にじんわりと来る感じの、暖かな感動が味わえる名作。家族をテーマにしたアットホームな雰囲気のシナリオは完成度が非常に高かったです。どのルートもヒロインが非常に個性的で会話にいちいち深い味わいがあり、おかげで物語としても面白く、減点要素が全然見当たらない…
リストラされたサラリーマンを主人公に、古いアパートを舞台に展開するアットホームな感じのシナリオ。
普通のエロゲがラノベっぽいのだとすれば、これはテレビドラマのような雰囲気がありますね。
シナリオの構造は章立てで、4人いるヒロインのルートは各話から分岐して入ることができるようになっていて、
メインヒロインである美都子のルートが最後に配置されていることもあってトゥルー的な位置づけになっていますが、
他のヒロインのルートもそれぞれ、決して美都子のルートに見劣りしない出来になっており、
全体の質が安定して高い作品でした。
この作品、まず主人公が良かったです。
性格的には三枚目な感じで、お人好しで情けない面が目立つのですが、
そのお人好しさがシナリオの山場で非常に上手く機能していて、
ヒロインの魅力をこれでもかと引き出してくれています。
お人好しで頼りない、という平常時なら男性的魅力に繋がりにくい彼の性質が、
シナリオの山場ではそれが一周して、圧倒的な「優しさ」として感じられるから、
ヒロインが彼にころっといってしまうのも非常に納得がいきました。
人間的魅力の描写の仕方が、すごく上手くできてると思います。
分かりやすい格好よさだけが人間の魅力ではないのだなあ、と再確認させられるような主人公ですね。
本作のライターである丸戸史明さんは、精神的に三枚目な主人公を描くことが多いと思うんですが、
(自分が以前やったパルフェやフォークロアジャムなどもそんな感じでした)
今作は、その精神的三枚目っぷりに必然性があったのが良かったな、と感じています。
ダメな男に惚れる女たち、っていう構図が、ヒロイン達の大きな魅力になっていますから。
主人公のお人好しさに心を打たれて母性本能を大きく刺激されたり、
かと思えば彼のサラリーマンとしての頼もしさに惹かれる、などの過程にとても説得力があり、
そういった、一見頼りない主人公に男性的魅力を見出して惚れていくヒロイン達の心理描写には
実に女性的魅力があって、とても可愛らしく感じられました。
まあやはり、男に惚れるにあたって母性本能を感じさせてくれる女性というのは魅力的だなと。
あと単純に、出来のいい女性が三枚目な男に惚れていくというストーリー展開が、
見ているこちら側にカタルシスを感じさせてくれている、というのも大きいかもしれません。
ヒロインは4人いて、それぞれ美点もダメな点もあわせ持っており、深い魅力を持っています。
主人公もそうなんですが、この作品のキャラはダメな点も魅力に感じられますね。
それに、何と言ってもヒロイン同士のやりとりが濃密で、見ていて面白いのもいい。
ルートに突入したら他のヒロインが全然出てこなくなる、なんていうことがなくて
強く関わってくるから(特に美都子)いち登場人物としての役割がしっかり感じられますし。
例えば、夏夜は第二話という最も早いタイミングで個別に突入できるキャラだけに、やや内容自体は薄味ですが、
主人公の魅力的な部分が分かりやすく表現された内容になっていて、
夏夜が彼に惚れる気持ちも、見ていて実に分かりやすくて気持ちがいいです。
作品の特徴がシンプルに出ていて、最初にプレイするのに適した個別ルートに仕上がっていますから、
奥深さには欠けても、役割は充分に果たしていたと思います。
それに早期に個別が描かれて内面が描写される分、夏夜はこの後の第3話以降では
女性のサブキャラとして日常での存在感を出し続けるので、それはそれで魅力的ですし
冷遇されているわけでもないわけですね。
美都子にしても、しっかり者で主人公にキツく当たりながらも世話を焼いたりするキャラなわけですが、
話数が先に進むにつれて、主人公との仲が少しずつながら深まっていくのが見ていて面白かった。
子供らしい未熟さがだんだん見えてくるようになるのがいいですねー、魅力が引き出されていく感じで。
麻実なども、専用ルートやそれ以後の章で引き出されていく魅力は相当なもの。
人間的な弱さや欠点が引き出されていくことで魅力が増していくっていうのが、上手い見せ方ですね、
人間臭さが感じられるし、親しみも増すし。
ストーリーも含めて、強く印象に残ったのは姫緒です。
登場当初は美都子ラブで、彼女に深く関わろうとする主人公をうとましく思っているために
ツンツンしている彼女ですが、
ルートに入ってストーリーが進むと、加速度的に魅力が増してくる。
主人公と一緒に行動することによって変化していく様子が見ていて気持ちいいんですよ。
会社、仕事というものを甘く見ている姫緒が、主人公の社会人としての経験・能力から来る厳しさに触れて
だんだんと社会人として自覚的になっていく様子は、素直に好感が持てる描写でしたし、
それが主人公の良い部分によるものであるため、彼に好感を持てていれば嬉しく感じられる展開です。
さらに、物語としても家族ネタに弱いなら涙腺を刺激されるような、感動的な話が展開するルートですし、
最後までよくまとまっていて、暖かく気持ちの良い読後感を味わわせてくれる。
姫緒自身も、当初は鼻につくのに、最後までルートをプレイすると非常に好感の持てるキャラになっているという
ある意味理想的なツンデレ的魅力を持ったヒロインと言えますし、彼女のルートはとても質が高かった。
クリア後にもう一度プレイすることで、ちょっとテキストが変化して真相が垣間見えたりする仕掛けも面白かったし。
それにしても、ビジネスマンというものがどれだけキツい環境下で働いているかとか、
どれだけ優れた下地のある人物でも、社会人経験のない人間は会社ではすぐには役に立たない、
などのことが具体的かつ分かりやすく描写されているから、姫緒ルートの展開は説得力があります。
しかし、何故エロゲーに学園モノが圧倒的に多いのかの答えの一端がここにあるような気がしました。
社会人ものって学園モノよりも書くのが遥かに難しいんじゃないでしょうか。
その業界をしっかり経験していないと、描写に説得力のある社会人モノのシナリオを書くのは難しそう。
取材で何とかなるかもしれないけど、そんな手間をかけるくらいなら、
ほぼ誰でも経験している学園生活を題材にしたほうが、なにかと効率的でしょうしね。
それにしても、どのルートも必ず一度は世知辛さを描写してから本題に入るので、
リアルに日々が忙しいと、このゲームをやろうっていう気にはなかなかなれないのがネックといえばネックでした。
まあ、あくまでも個人的にですが、日々の生活の疲れを癒すためにエロゲをやってる側面もあるので
エロゲでまで現実社会、特に会社の厳しさを描いたものをプレイするのは精神的にちょっとキツイw
なのでコンプリートには少々時間がかかりました。
自分は姫緒が特に気に入りましたが、シナリオそのものの出来は麻実も美都子も相当なもので、
どのルートも暖かくて充実感のある読後感を味わうことができてすごくよかった。
個人的なことを言えば、自分は丸戸史明というシナリオライターさんの作品は
今までまったく肌に合わなかった(特にキャラの性格が鼻について駄目だった)のですが、
この作品をやって、そういった印象が完全にひっくり返りました。
丸戸さんの書くダメな大人たちは本当に魅力的だった。
作品としてケチを付けられるような部分がほとんど見当たりませんし、暖かい感動を味わわせてくれる名作でした。