恋愛の切なさと苦さをじっくりと描いている作品。失恋をきっかけとして物語が動き出す作品なので、心が痛くなるような描写も多いのですが、最終的には充実した読後感を与えてくれるのが素晴らしいと思いました。恋愛をする少年少女の丁寧な心理描写からはテーマを描ききってやろうというライターの気概を感じることができ、おかげで高いメッセージ性を内包した作品に仕上がっていて、実に読み応えがあります。
この作品、まずプロローグの出来からして良い。
先輩との初恋の終わりまでをじっくりと描写してあり、プロローグとしてはかなりの長さですが、
その分、このプロローグだけでも一個の作品として成り立っていると言っていいほどに、よくできている。
恋愛をする人間の弱さをよく表現できているシナリオ。
ラストの短冊に書かれた精一杯のかっこつけが、年相応の少年らしい強がりが現れていて良かったですし、
失恋した時の切ない心理描写は実にしっかりしており、プレイヤー自身の青春の感情を
思い起こさせようとするような意図を感じる、質の良い青くささに溢れています。
演出としても、プロローグのラスト→OPムービーの流れがとてもいい。
個人的なことで申し訳ありませんが、
OPムービーを見ながら感動して涙ぐんでしまった作品など、現状これぐらいしかありません。
この初恋と失恋がしっかりと描かれたプロローグあってこそ、
本編である新しい恋愛の印象も深まるというものでしょうから、ここが良い出来だったのは大きい。
個別ルートの出来も良く、プロローグをうまく下敷きというか土台にしながら
ヒロインそれぞれのテーマに応じた恋愛が描かれていきます。
主人公の司の視点を通して、それぞれのヒロインとの恋愛を通じて
それぞれの幸せの形が模索されていくわけですが…
どのヒロインにもそれぞれテーマが設定されていて、ルートによって全然違った味わいがある。
飛鳥ルートの家族愛の描写や、奏ルートの幼なじみならではのもどかしい恋愛など…
恋愛を通して、それぞれの幸せの形が模索されていくような内容になっており
メッセージ性が高くて読み応えがあります。
プロローグ同様、恋愛の甘さばかりでなく苦みを感じるような描写も多めなせいもあり、
そしてプロローグが苦い内容だったからこそ、個別のエンディングでは大きな充実感を得ることができる。
良いシナリオです。
ちなみにエンディングを迎える頃には、先輩と過ごしたプロローグの印象が薄れてきて
攻略対象のヒロインとの結末に幸せを感じている自分に気がつきます。
プレイヤーの没入度によりますが、新しい恋によって前の恋が思い出になっていく、
そんなリアルな感覚を味わわせてもくれる。このプレイ感覚が意図したものであれば、ライターさんの腕は相当なものです。
キャラクターはそれぞれ個性的ですが、特に印象に残ったのは幼なじみの奏。
この作品において特に強烈な存在感を持つキャラクターに仕上がっています。
主人公に対する数々のアプローチや葛藤の描写は必見。とても思春期らしいキャラに仕上がっていて可愛いです。
シナリオ的には、弱さを克服する勇気というのか、そういうものがわかりやすく描写されていて、
非常に心に残る話になっています。この娘は応援したくなりますね。
あとは最後に固定されている七美ルートが特徴的ですね。
七美ルートというか、このStarTRainという作品のトゥルーエンドルートというべきか。
プロローグとはまた違った形での苦い恋愛が描かれており、
ある意味でプロローグと対照的な内容にもなっていて興味深い。
このStarTRainというゲームは、失恋から立ち直って、
また新しい恋へと向かっていくというテーマで作られた作品だと思いますが、
この最終ルートではそのテーマが凝縮されて詰め込まれており、
失恋とそこから立ち直るまでの姿を描き、そこに、作中で特に強いメッセージ性を込めています。
この七烏未奏というライターさんの長所でもあり短所でもある特徴が最も強く出ている。
ここが受け入れられるかどうか(説教臭いと感じるかメッセージが印象深いと感じるか)で、
大きく作品に対する評価が変わってくるでしょう。
総合的には、プロローグから個別ルートを経てエピローグへ至る構成は非常にまとまりがよく、
エピローグのラストのスッキリした後味の良い終わり方によって、余韻も心地よくなっており、
完成度の高い作品に仕上がっていると思います。
デビュー作でここまでのものを作ってくれたライターさんには、今後に期待せずにはいられない。
どこかエロゲ的でない部分があるというか……普通の恋愛小説みたいだな、
って思えるような雰囲気なんですが、
一般的なエロゲとは少し毛色の違ったものがやりたい人には最適かなと思います。
ちょっと陰鬱な恋愛モノがやりたい、という人には特に良いでしょう。
公式HPにある「はーど純愛ADV」という看板に偽りなしの作品です。
↓以下、ネタバレ込みで奏ルートについて言いたいこと
奏ルートは、終盤の選択肢が非常に印象的でした。
なにしろ、シナリオも最高潮に盛り上がり、ヒロインに告白されたそのタイミングで
その告白を受けるか断るかの選択肢が出現するのです。
これには驚かされました。そこで選択肢を出すかー! という感じで…
尋常な作品なら、ここで選択などさせず、ハッピーエンドへと一直線のはず。
ここで断ることで突入できるバッドエンドにはたいした描写も意味もなく、
特に存在意義はないのです。
この選択肢はあくまで、プレイヤーに没入感を与えるためだけに存在しているわけです。
ですが、これが実に大きい。
自らの決断でヒロインからの告白を受けた、という実感を強く得ることができる。
シナリオ自体も独特な感性の光る作品ですが、こういう感情移入を促すセンスは稀有なものだなと思いました。