ボリュームがあり読み応えもある、シリアスな学園恋愛ものの名作。現実界と幻想界でシナリオのクオリティに多少の差はあるものの、両方の世界それぞれ盛り上がりを見せてくれて、後を引く読後感があり、完成度はかなりのものでした。日常の雰囲気、ヒロインとの会話ともに非常に味わい深くて心に残るんですが、それというのも、主人公とヒロインの関係だけでなく、ヒロイン同士の関係がうまく描写されているのが良かったです。ヒロイン同士が、お互いに相手をどう思っているかが、テキストはもちろんシステム的にも表現されていて人間関係が面白かった。それがヒロインの個性を補強してくれている感じがしていいし、ヒロインたちへの思い入れも強くなる。
ややファンタジー色の強い学園純愛モノの作品。
現実界と幻想界という二つの世界があり、
それぞれの世界の主人公で、それぞれの世界のヒロイン達を攻略していくことになります。
互いの世界の繋がりは希薄で、行き来が常態化しているようなことはないため、
現実界の主人公で幻想界のヒロインを攻略するといった展開はないのですが、
そうでありながらも重要で深い繋がりが両方の世界の人物にはあって、
それがシナリオ、キャラクターに深みを与えてくれている作品ですね。
同じ聖遼学園という舞台で、世界そのものの見た目はほとんど同じものでありながら、
住人や世界観がまったく違う、というのは面白い設定だったなと思います。
不思議なのは、同じ見た目をした校舎でありながら、登場するキャラクターが違うと
まったく同じ建物であることを忘れてしまうぐらい空気が違った、ということですね。
やはり、その空間の空気というのは住人が作るものなのかな、と思いました。
この作品、現実界編の方は、様々な描写に、いい意味でリアルな学生生活らしさを感じられるのが好きです。
特に、男子である主人公と、女子であるヒロインとの、やりとりの距離感に妙なリアリティがあって、
学生時代を思い出してしまうようなシーンが結構ありました。
最初からあからさまに主人公に好意を向けてくるようなヒロインはおらず、
会話は全体的に、男子と女子らしい距離感を感じさせてくれる。
ヒロインであっても、開始時点では単なるクラスメイトぐらいの関係であれば
会話がそれらしい雰囲気になっていますし、そのへんの描写が実にしっかりしてます。
特に印象的だったのは、主人公がさして仲がいいわけではない女子と二人きりで会話するシーンで、
微妙な気まずさが漂っていたことです。
居心地の悪さにいらいらする主人公の心理描写が印象的でした。
ああいう空気を作り出せてるゲームってほとんど見たことがない。
リアルな学生同士の会話を見ている気分になれる。これはなかなか貴重なセンスだと思います。
恋愛描写にしても、なんともプラトニックな感じなのもいいですね。
それに、雰囲気もいい感じに学園らしく演出されてます。
例えば下校時、夕焼けに染まった校舎の中を昇降口へと歩いて行くシーンの、
何とも言えず寂しげな雰囲気などは、学生時代の下校時刻を思い出してノスタルジックな気分になれる。
ここまで学園生活らしい空気を出すことができている作品は、
エロゲーを含めても相当に稀有なんじゃないかと思います。
それ以外にも、学校内のどこかで誰かがそれぞれの学校生活をしているという雰囲気が色濃くて
空気がすごく味わい深いです。
サブキャラを含めた登場人物がかなり多く、キャラ同士の人間関係もしっかり描かれている、
というのも大きい。
幻想界編の方は亜人や魔物、幽霊なんかのファンタジー的な生き物が人間と同様に学園に通っているので
現実界とはまた雰囲気が違う感じなんですけど、こちらはこちらでヒロインに種族ごとの個性があるので、
幻想界ならではの魅力がちゃんとあります。
どちらの世界でも本筋のストーリーは「七角ペンダント」という謎のアイテムの出現をきっかけとして、
不可思議な事件が起こりはじめ、シリアスな物語になっていくのですが、
幻想界の方がより具体的に、脅威となる存在に対して全員で対処していく展開になるので、
このゲームのファンタジー的な要素に、より深く触れることになる。
主人公が葛藤して苦しみながら真相に迫っていくので、感情移入はしやすいかも。
小さい妖精の女の子などもいて、萌えに関しても幻想界のほうがわかりやすいですね。
主人公の性格は、現実界ではやや理知的な文化系、幻想界ではやや不良気味な軽音部員と、
おそらく意図的なものでしょうが対称的なものになっていて、
そして、両者ともしっかりと高校生らしい性格に描けていましたし、ヒロインとの噛み合わせも良かった。
現実界は主人公に加えてヒロインもマジメな子が多めなので、全体的に落ち着いた空気だった感じで、
対照的に幻想界は華やかな印象があります。
ストーリー的には、どちらの世界ともファンタジー的な要素が絡み、不気味な脅威が迫ってきたりして、
そうした過程でヒロインの内面や事情が丁寧に引き出されていくオーソドックスなものですが、
テキスト量も多く描写も丁寧なので、自然とヒロインに思い入れを抱けるようになっていきます。
メイン格のヒロイン4人のルートはシナリオ量も長いし質も高い。
星原百合と鈴科流水音のルートは特に、切ない上に読後の充実感が素晴らしいです。
両方の世界のメインヒロイン達を攻略することで初めて見えてくる事実もあり、
二つの世界をリンクさせたシナリオの構成もなかなか巧みで、読み応えがあります。
攻略できるヒロインの数は非常に多く、二つの世界を合わせて14人にもなりますので、
内容は非常に充実しています。
現実界が特にそうなのですが、サブヒロインのルートでは本筋のシリアス要素があまり絡まず
普通のギャルゲーとしてヒロインと仲良くなってエンディングを迎えるルートもあり、
やや陰鬱な要素も多い本筋と比べ、別の後味が用意されているような感じで良いですね。
このゲームはシステムにも大きな特徴があります。
「口出しシステム」と呼ばれるものがあって、これはシナリオのところどころで
プレイヤーがヒロインの行動や言動などについて「突っ込み」を入れることができるようなシステムなのですが、
口出しで選んだ選択肢によって、ヒロインの好感度が増減したりするだけでなく、
その後に出現するシナリオ上の選択肢にも影響が出てきます。
ヒロインに好意的な印象を選択した場合、その後にそのヒロインの好感度がさらに上がる選択肢が出るようになったり、
なかなか凝ったシステムだと思います。
そして、口出しシステムではヒロイン同士の人間関係も重要になってきます。
あるヒロインに好意的な印象を選択すると、そのヒロインと仲のいいヒロインの好感度も上がり、
逆に、仲の悪いヒロインの好感度は下がるのです。
つまり、単にヒロイン全員に対しまんべんなく好意的にしていては、
お目当てのヒロインの好感度をしっかり上げられないということも起こりうるわけで。
ヒロイン同士の仲の良し悪しは相関図で確認できるようになっており、
それを確認しながら、好感度をどう上げていくか、考えながらのプレイが求められます。
こういう、人間関係をシステム的に表現した要素があるおかげで、プレイヤーとしては
キャラクター同士の関係を自然と表面的なテキスト以上に推察することになり、
ヒロインたちに、より人間らしい印象を抱くことができるようになります。
キャラへの思い入れが深くなる。
そういう効果を狙っているのかは分かりませんが、結果としてそういう魅力をこのゲームは出せてます。
選択肢の数も非常に多く、前述のとおり口出しシステムによって変化もするので、
フローチャートはとても複雑なことになっています。
シナリオはブロック単位で分かれており、
シナリオ上の現在位置を3Dマップで確認することができるようになっているのですが、
ブロックの数は非常に膨大で、全てを巡るのはものすごい時間がかかります。
なのに全シナリオ制覇した時に見られるご褒美CGが用意されていたりするので、
アルバムをコンプリートするのが非常に大変なゲームになっていたりします。
ADVでありながら、やり込みゲーとしての魅力まで見いだせるようになっているのです。
正直、難度的には全エンドを制覇しようと思ったら攻略本なしだと厳しかった。
ですが、その難度の高さは攻略のし甲斐があるということでもありますし、
前述したいくつかの独自要素のおかげで、「ADVとしてのゲーム性」を感じさせてくれるので、
普通にテキストを読んでいるだけのゲームとは確実に違った遊びごたえがありました。
凝ったシステムが、シナリオとキャラクターとプレイ感覚により良い味わいを与えてくれている、
とにかく味わい深いゲームでした。
このゲームは音楽もなかなかいい。
ヒロインごとのテーマBGMはどれも、キャラに合った雰囲気のものばかりで、
特に星原百合のテーマ曲の物寂しげなメロディラインは 聴いていてしんみりする。
彼女の抱える事情にぴったりマッチしていましたし、いい雰囲気を出してくれていました。
このゲームのBGMは楽曲単体ではそれほどの質ではないかもしれませんが、
作品の雰囲気をより味わい深いものにするという意味では、いい仕事をしていると思います。
また、主題歌である小松未歩さんの歌も、寂寥感があってゲームによく合っていましたし、
OPのアニメムービーも作画が良いし、おかげで起動するたびに見たくなるようなOPになっていました。
そして、なんといってもグラフィック。
キャラデザインは渡辺明夫氏の手による非常にキャッチーなもので、どのキャラも可愛い。
初代PSのゲームなので解像度が低いのが惜しまれますが、イベントCGの出来も実に良好です。
立ち絵も文句なしの可愛さですし、正直なところ自分は絵につられてこのゲームを買ったんですが
かなり満足したことを覚えています。
そんな感じで、この作品はとにかく味わい深いゲームでした。
システムデータがないので一つのセーブデータで全ルートを回らなければならなかったり、
操作性があまり良くなかったり、ルートによってはシナリオが非常に短いものもあったり、
ヒロインが多数いる反面そもそもあまり面白くないルートも結構あったりするなど、
かなり荒削りな面もあるゲームなのですが、
そんな荒削りさも、ある意味このゲームの魅力でもあるのかもしれません。
雑多にたくさんのシナリオが詰め込まれているゲームって、不思議な魅力が出ますからね。
人間的な感じがするというか。
選択肢が膨大で、ヒロイン達をはじめキャラクターの数も非常に多いため、
作品世界が広くて充実しているように感じられる。
このADVとしての広がりを実感できるプレイ感覚はそうそう味わえるものではなく、
かなり貴重な部類の作品なのではないかと思います。
切なさを含んだシナリオも読む価値はおおいにあり、全体的に読後の後味が素晴らしく良いですし、
自分はこのゲームを名作だと思います。
今なら初代PSよりも比較的解像度の高いPSPで、続編とセットになった商品が出ているようですから
今からプレイするならそちらのほうがオススメですね。
余談ですが、星原百合はミステリアスな魅力のある寡黙なキャラクターなんですが、
このキャラのデザインはすごく素晴らしいと思います。
一口に黒髪ロングと言っても色々ありますが、このキャラクターの髪はすごく綺麗に描かれていて
なんというか美しかった。
黒髪ロングのキャラが好きならば攻略する価値のあるキャラクターだと思います。
彼女にまつわるエピソードは儚くて切ない内容のものが多く、とても寂しいバッドエンドなどもあって
グッドとバッドを問わず読み応えのあるシナリオでしたし。