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houtengagekiさんの月姫の長文感想

ユーザー
houtengageki
ゲーム
月姫
ブランド
TYPE-MOON
得点
87
参照数
695

一言コメント

バトル色の強いダークな伝奇物として、とても良い雰囲気を作り出せている作品ですね。暗い路地裏や屋敷の奥などからは独特の不気味さが漂っていて、その先に何か禍々しいものが潜んでいそうな、そんな底の見えないほの暗さが漂っていて、ドキドキしながら読み進めていけます。ことに、夜の闇が生み出す特有の不気味さはとても上手く表現できていて、同じ場所でも昼と夜でまったく受ける印象が違ったのが印象的でした。主人公の設定の面白さ、ヒロインの強烈で魅力的な個性といい、伝奇バトル物としてもギャルゲーとしても完成度が高く、エンターテイメント性の高い良作だと思います。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 この作品は同人ならではの良さがあって、音楽といい絵といい、荒削りではあるんですが、
それが独特の魅力に繋がっている感じがします。
洗練されてない隙のような部分があって、そのおかげで妙に深みや味わいが増しているというか。
まあ、キャラ絵はもう少し上手いほうが嬉しかったですが…
ちなみに、背景に実写取り込みの画像がかなりの割合で使われていまして、
これのおかげで生活感を含んだ独特の空気が生み出されていて、いい雰囲気が出ていたと思います。

 シナリオ的には、何と言っても冒頭で描かれる主人公の「直死の魔眼」っていう設定が上手いですね。
あらゆるものに「線」が見えて、その線にそって刃物を走らせるとどんな固いものでも切断できてしまう
っていうのは素直に面白い設定だなーと思います。
この設定を活かしたどんな物語が待っているのかすごく気になりますし、最高のツカミだと思います。

 中盤から増えてくるバトルにしても、追いつめられて追いつめられて、
もう詰みのような状況にまで追い込まれた上で、そこから一気に逆転するような展開は
少年漫画的な気持ちよさがあって、最高に爽快でした。
敵キャラクターも、登場当初はとてもかなわないと思わせるような強さと不気味さを兼ね備えていて
非常に大きな存在感がありましたし、おかげで前述のバトル描写の緊張感が素晴らしかったです。


 この作品は攻略するヒロインによって大きくストーリーが分岐し、
アルクェイドとシエルが攻略対象となる、吸血鬼の話がメインになるルートと、
遠野秋葉(主人公の妹)やメイドの姉妹が攻略対象になり、主人公の住む屋敷の過去が深く語られるルート、
の二つに分かれますが、どちらも非常によくできていたと思います。

 アルクェイドが中心人物となって展開するルートの方は、敵キャラクターとのバトルの盛り上がりも王道的ですし、
物語も吸血鬼物としての作りこみが重視されていて、アルクェイドとシエルがそれぞれ抱えている事情が
実に重みがあるし、ヒロインとしての魅力も高いため、彼女たちへの思い入れはどんどん深めていける。
ハッピーエンドはヒロインそれぞれに二つずつ用意されていますが、
特にアルクェイドのエンディングの片方は、胸に寂寥感が残るような切ない内容で、とても印象的でした。
まあしかし、アルクェイドのルートは素直に面白いですが、シエルの方はそれに比べると少し見劣りする、
というのが欠点ですが…
立ち位置的に、とことんサブヒロイン的な存在感のキャラなのが原因なのかな。
あと、屋敷ルートとのキャラ数バランスを考えると、弓塚さつきも攻略させて欲しかった気もする。
まあ、彼女もサブキャラとしては重要な役割を果たしているので、このままでもいいのかもしれませんが、
作中において、ごく普通の人生を過ごしてきた数少ない人物なので、このダークな展開の作品の中においては
他のヒロインにない魅力を感じさせてくれているため、攻略できないのがもったいなくも感じるのです。

 屋敷のルートの方は、アルクェイド達のルートと比べると人間関係も比較的複雑ですし、
不気味なほの暗さがあって、これもまた別の良さが味わえる良い内容だったと思います。
主人公の志貴やその妹の秋葉を中心に、過去にあったことが詳細に明らかになっていくため、
ラスボスとなるキャラに因縁めいた存在感が出ていますし、物語としての盛り上がりも
アルクェイドルートなどと比べても決して劣るものではないですね。
秋葉は妹キャラとしても魅力がありますし、遠野屋敷やラスボスのキャラとの因縁も消化されていくため、
主人公まわりの設定がよく活かされたルートになっています。

 そして、メイド姉妹のルートに関しては、これも主人公の幼少時を絡めて描かれるルートなのですが、
秋葉ルートに輪をかけて因縁めいたものが描かれ、特に最後に攻略できる姉の琥珀ルートは
非常にハードな展開で心が抉られるような読感があり、
この作品は全体的にそうなんですが、抱えた事情の重さと感情の強烈さが心に残り、読後感があとを引きます。

 すべてのヒロインに確かな「個」があって、それぞれまったく違った魅力を秘めており、
彼女たちが持つ強い意志や激しい感情がとても印象的で、
おかげで全員、ヒロインとしても人間としても非常に魅力的になっていたと思います。
伝奇バトルアクションノベルとしてのエンターテイメント性もさることながら、
ギャルゲー、エロゲーとして重要なヒロインの魅力も相当なもので、
それがこの作品が良作たるゆえんじゃないかと思います。
単純に、完成度の高い作品だな、と思わされました。


 吸血鬼ルートと屋敷ルートがハッキリと分かれすぎていて、まるで2つの異なる作品をくっつけたかのような
乖離した感じを受けてしまうのが気になる点ですが、
それでも、この2つの大きな流れがあるおかげで魅力が多くなっているとも言えるし、
何より、飽きにくい作品になってもいますから、これはこれでいいのかもしれませんね。

 世界観が非常に凝っているというか、よく練られているために、作品世界が奥深く感じられるのも魅力ですし、
作中でハッキリと説明されていない裏設定も膨大なことが伺え、想像する楽しみも大きい。
その上で、同人らしい荒削りさが魅力になっている感もあり、非常に個性的かつ面白い作品だと思います。
大ヒットしたのもうなずける出来。
何しろ、同人ゲームなのに、アニメや漫画など商業展開をしたり、派生ゲームが出るなどしましたからね。

ちなみに佐々木少年氏の漫画版の出来も非常に良いので、この作品が好きな人にはオススメできます。