一言では無理
キスシリーズで尽力されていた森崎亮人さんがついに単独でシナリオを手掛けた本作。イチャラブをコンセプトにするキスシリーズからは若干ズレたシナリオは、森崎さんがシナリオを自由に出来た証拠だろうか?コンセプトのズレを指摘される声が多いが、イチャラブといっても簡単に定義できるものではなく女の子との掛け合いが中心だった以上、これも一つのイチャラブといっていいような気がしないでもない。期待外れなのは理解するし私としても賛同する部分ではあるが、主人公の重い設定はいらないなどの言葉足らずの批判は制作側にろくでもない影響しか与えないので、もう少し言葉を選んで批判してもらいたい。中身のない薄っぺらいキャラクターたちの毒にも薬にもならない作品が見たくないなら批判するのも慎重にして欲しい。要は主人公のキャラ設定がつまらなかったというだけの話。おもしろければどんな主人公であれ許されるし、つまらなければ許されない。それだけのことでしかない。
ただ、私はこの主人公が嫌いではないし、設定も悪いとは思わない。この作品が成立するには、この主人公の性格設定が必須。それがあってこそこのみルートが成り立った。私はこのみルートを極めて高く評価してる。森崎亮人さんしか書けないシナリオだったと思ってるし、このみルートだけで値段分の価値はペイされたと思ってる。
このみルートに必要だった主人公の設定とは、だれかを愛する/だれかに愛される資格がないと思う心理のこと。これが根にあるために主人公は女性に手を出せない。自分が関わると不幸になってしまうんじゃないかという過去の経験から生じる深層心理の恐怖が彼を臆病にしている。それ故に彼は数年に渡って付き合っていた元カノに手を出していなかったし、手を出してもおかしくない立場にいる偽恋人の伊月にもなにもしていない。これは森崎亮人さんの過去作『ハピメア』の主人公の状態に似ているが、それと似て非なるものである。『ハピメア』の主人公は追い込まれれば手を出したが、この主人公は追い込まれても手を出さない。それだけの傷をうちに抱えている主人公だからだ。
またこれとは別の点で、本編上で葵が主人公を評した言葉が非常に重要で葵は次のような趣旨のことを言っていた。
『修司は追い込まれても一人で溜め込んで溜め込んで、限界超えるまで溜め込んで倒れるタイプ』
この指摘を頭に入れた上でプレイすると非常に納得出来ることが多い。自分のことも他人のことも主人公は溜め込んでしまうため、それが雪のように積み上がっていく。過去の心理的な傷から人の内面に踏み越える行動は取れないために恋愛にも受身にならざる得えない。だから葵ルート、天音ルートでの修司の初体験は襲われることになる。それでしかセックスが成立しないためだ。また、この点でおもしろいのがこのみルート。修司からの自発的なセックスがレイプという形になったのはそれでしか修司側からのアプローチは成立しないからだ。溜め込んだものが爆発したときに生じる行動がレイプだったわけだが、これがこのみと修司にとって踏み越える行動となっているのが非常におもしろい。この主人公は絶対に自分から踏み越えることをしない。かと言ってこのみの側に恋愛感情はない(森崎さんが妹がお兄ちゃん好き好きって作品つくるわけない)。しかし、このみは兄妹としての関係を求めていた。そのための話し合いも何度もしようとしている。しかし修司にその気はなく、このみも距離感がわからず踏み越えることができないし、修司は踏み越えようとするこのみの言葉を拒む(明言はされてないが、実家を出て行く前の『俺のことを兄妹と思わなくていい』という発言などから察せられる)。そんな二人の関係が進展するとすれば、言葉ではなく突発的で身体的な出来事からしかありえないと主張するようなシナリオは奇抜だが素晴らしくおもしろい。
『しょうがないね。私たち、これが一番相手のことわかるんだもんね』(セックス中の会話のためわかりやすいよう改変)
『ん、えへへ……しょうがない、ね……ん、くぅ……は、ぁ……わたし、達……これが、一番……相手の事、わかるんだもんね……?(原文)』
このこのみのセリフがこのみと修司の関係性を象徴している。言葉での話し合いは十分にされてしまっているなら、それ以上わかりあうには体験か諦めるしかない。他のルートでこのみと関係が深まらないことからわかるように、このみとの関係は基本的には諦めるしかない。今更、彼らはやり直せない。だから、先をつくるなら身体の関係を持つくらい無理な展開が必要だった。このみルートの展開の無理やりさ自体、彼らの関係の難しさを浮き彫りにさせている。このみが願った兄妹関係とは違うけど、他人にしかなれないよりは肉体関係を持って彼氏彼女としての関係になることを願っていて、なりたい関係にはなれなくても次善の策を選んだこのみが現実的で好ましく思える。言葉を尽くせば必ずわかり合えるなどという幻想を持ち込まないことをいいと思うか悪いと思うかは好みの問題だが、私はそれが好きだ。森崎さんのリアリティは本作でもきちんと提示されていて、森崎ファンとしては今作もいつも通りの森崎さんでいい作品をつくってくれたと思っている。
一人の臆病な男を主人公とした本作はイチャラブゲーとしては評価できない。しかし、人間性と関係性は深く考え尽くされている。森崎さんのファンとしてはプレイヤーにそこまでの解釈を求めたい。そうすれば、本作に対してもそれなりの評価とおもしろさを感じてもらえると思ってる。
キャスティングでは、あじ秋刀魚さんが前作『キスアト』から引き続き起用され本作の最も重要な役どころ兵藤天音役を務めた。ヒロイン全員がレベルの高い演技を披露した『キスアト』の中でも、あじ秋刀魚さんはMVPといえるほどの好演だった。兵藤天音の難しい役柄を演じられるのはあじ秋刀魚さんしかいないという考えがあってのことだろう。そんな天音役にあじ秋刀魚さんが起用されたのはファンとしては嬉しかった。それとこのみ役の杏花さんがおもしろい。まだキャリアが浅く演技に拙さがあったが、声質が抜群だった。もう少し演技に起伏が付けられれば問題ないレベルになるだろう。セックスの演技に関してはこの路線のまま下品にいかないでもらいたいと思う。チュパ音がうるさくない声優になってくれると有難い。喘ぎが上手く出来ないからか文章に対して演技が短いと思ったが、他の人が長すぎるだけでこのくらいが適正なのかもしれない。これは今後考える課題として上がった。有栖川みや美さんの起用は全体に抑え目のキャスティングを勘案すれば仕方なく、キーの高い典型的なアニメ声を一人配置する狙いもわかるが上手くハマったとは思えない。落ち着いた作風と全体の声の落ち着きからすると一人浮いた印象で、個別に収録するゲームの弊害を感じた。もう少し低い声で落ち着いた演技をさせられたら、と残念に思った。風音さんがバランス取った演技してただけに気になった。
グラフィクに関しては予想通りだが、もう少し作画に安定感があればと思う。ただこのみのロリさを引き立たせるキャラデザは良かった。周りと比べて際立っていて大変良い。
余談だが、森崎さんも良く利用する主人公が頭をぽんぽんと撫でる動作が今作では使われてないことも主人公の人との距離の取り方を示してる。手軽に女の子とのイチャつきを表現できる汎用性の高い技を敢えて封じてる。イチャラブは身体を触ることで発生するものも多く、身体に触れない主人公ではイチャラブはなおさら厳しい。イチャラブのコンセプトを徹底するならば、主人公の大幅な設定変更は余儀なくされただろう。それが許されたのはキスシリーズに貢献してきた森崎さんのキスシリーズ最後の作品だった、もしくはキスシリーズの打ち切りが事前にほぼ決定されてたことがあったんじゃないだろうかと愚考している。そもそも設定の打ち合わせの段階でこの主人公が通って発売まできてるはずで、戯画も主人公に焦点をあてた物語を認めていたはずだ。