桜庭氏のシナリオはメッセージ性、他ライターのシナリオはヒロインの可愛さを重視していた印象。
「駄作」「蜥蜴の尻尾切り」が気に入ったので桜庭丸男氏のライター買いをしたら発売日に複数ライターであることがわかってビックリしました。
実際に桜庭氏と他ライターのシナリオでは印象が違い、桜庭氏のシナリオは、唯ルートではリア充・非リア充という定義付けによる自己正当化への批判、雫ルートでは作品のテーマでもある人間の表裏について、というメッセージ性が強いですが、他ライターのシナリオはオーソドックスにエンタメ性やヒロインの可愛さを重視していて、そのあたりの方向性でスタッフとの行き違いがあったのかなーと邪推。イチャラブを楽しむエロゲなら、朔夜ルートぐらいがギャグとシリアスのバランスがちょうどいいのでしょうが、桜庭氏のテキストを求めているユーザーにとっては雫ルートくらい掘り下げてもいいと思うでしょうし、やはり作風が製作コンセプトと合わなかったのかなーと思います。
個人的にヤンデレが好きなこともあり体験版の段階から雫に注目していましたが、図らずもこの複数ライター化によって彼女がとても魅力的に映りました。雫自身のルートでは、子供時代の幼さゆえの香織との確執を通して、祐一郎を信奉する心理の矛盾を衝く成長物語になっていますが、他ライターが担当したルート、特に朔夜ルートや観月ルートではそのあたりの雫の成長が済んでおり、主人公の幸せを願い見守る献身的なヤンデレとしてものすごく成熟したヒロインになっていました。
朔夜ルートでは、それまでのストーキングから一歩身を引いておいて、主人公を朔夜から引き剥がそうとする京子に必要最小限の言葉で釘を刺し、結果的にそれが最後の最後で京子の心を動かしたり、観月ルートでは青春倶楽部を通して成長した祐一郎自身の主体性を信じておいて、選挙での大ピンチに颯爽と現れ、(このゲームにおいての)ノイジーマイノリティの欺瞞を暴き、自分たち青春倶楽部に近い、サイレントマジョリティの想いを拾い上げ、祐一郎にこれ以上無い後押しをするという、静と動の大きなファインプレーが印象的でした。唯ルートでも他部員と協力する形でいい仕事をしています。
個人的に良かったルートはその雫ルートと、とにかく可愛いさやかルートでした。
唯ルートも桜庭氏のシナリオによる「リア充」「非リア充」という定義付けの批判にはなっていると思うのですが、慶介のやり方は少し傲慢過ぎるかなと思いました。正義感が働いたのはわかりますが、「自分も非リア充だった、夷隅を見ていると昔の自分を見ているようで辛くて」という理由で、暴力に出て祐一郎を動かそうとしたのはやり過ぎです。お前の気持ちがわかるよ、と寄り添うなら、過去の自分が一発殴られてお前このままじゃ何も変わんねーぞ、と言われてすぐ動けるかと想像して欲しいです。せめて言葉で説得しましょうよ。正直このシーンに関しては「目立たないヤツ殴ってストレス発散してるだけだろ?」という祐一郎の言葉が正しいと思います。成功が約束されているシナリオにこんなことを言うのは無粋ですが、仮に祐一郎が努力して努力してそれでも蔑まれる学園生活が続いたら、その怒りが向かうのは間違いなく慶介ですよ。初めから悪として描かれていた女子クラスメイトの3人より、正義の人のつもりで描かれた慶介が悪に見えたこのシーンの方がだいぶ不愉快で、その後青春倶楽部が力を合わせて唯を救うクライマックスでもどうも気持ちが入りませんでした。
正夜というキャラも良かったですね。観月の青春倶楽部計画を曲解して、ステレオタイプな「青春」に自分を染めることだけを考えていたら、自分自身の内面や葛藤、他者への配慮を失った、雫いわく「祐一郎に似てるけど違う、あなたは内、彼女は外」というキャラクターですね。そんな彼女の空虚さがなんとなく他者に共鳴し、なんとなく安心感を覚えて結果多くの人が心理的に取り込まれるというのは、「CURE」という映画で萩原聖人が演じた「間宮」を連想しました。面白いかき回し役だと思います。
結果この70点という点数ですが、本来ゲーム自体の評価は75点です。個人的には、桜庭氏のルートに加え、宮川みなも氏、猪野屋ネコ氏、朝倉拓実氏のルートに関しても、期待していた方向とは違いながらも予想外に楽しめて、悪くない化学反応だと思ったのですが、流石にライター詐欺と言われても仕方ないお粗末な対応であることは間違いないと思うので、メーカーの良識や誠実さを問う意味で-5点の70点としました。