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hagesibataさんの恋ではなく -It’s not love, but so where near.の長文感想

ユーザー
hagesibata
ゲーム
恋ではなく -It’s not love, but so where near.
ブランド
しゃんぐりらすまーと
得点
96
参照数
2910

一言コメント

快作。 恋ではない、何か。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

名作ではなく。
名作と呼ばれるものは時間が経ってから評価されるもの。
大作ではなく。
大作とはエロゲのような一部のプレイヤーしかやらないものではなく、大衆に支持されるもの。
快作である。
見事、真摯に恋ではない何かを書ききったこの作品に捧げる言葉の意。

発表当時からずっと楽しみで仕方がなかった作品でした。
これをやらずに死ぬべきかとずっと思っていました。
早狩氏の作品は全作プレイしており、もはや信者と言っても過言ではないでしょう。
しかしこの作品はその補正抜きにしても凄いとしか言えないです。
エロゲというより…なんでしょうね、映画でも小説でもドラマですら見たことのないような物語を見せてもらいました。
エロゲとしての可能性を感じさせる作品です。


以下内容に対するネタバレ



構成。
まずびっくりしたのがヒロインが一人にも関わらずルートがあること。
発売前から試験的な試みやら斬新な構成と大見得を張っていたスタッフの宣伝文句でしたが、まさにその通りです。
フルプライスで一本道にしてもヒロイン一人で書ける内容なんてたかがしれてますよね。
しかし、まぁヒロイン一人で4つの可能性のあるルートを書く構成なんて誰が予想しただろうか。
試験的でリスクが高すぎる。
プレイしてて面白いと思う反面、これはある意味詐欺に近いと思いますし、トモセ氏の絵じゃなくて、あかべぇ系列じゃないメーカーじゃなかったら絶対に売れてないと断言できます。
勿論早狩氏のネームバリューもあるだろうけど、色々問題のある発言を過去にしたこともある人ですから本人もメーカーも相当な試みじゃないのかなとしみじみ思いますね。
僕一個人の感想とすれば、これは面白いと思いました。

挟ルート
体験版をプレイしていたので他のルートに入っていたのを置いておいてこちらを先にプレイしました。
このルートは典史と裕未の恋の始まりが一番わかりやすく、王道だと思います。
そして何より一番恋愛について真摯に書いているシナリオです。
恋に破れるものがいれば、恋が成就するものもいる。
エロゲをプレイできる年齢になれば人間誰しも経験したことのある辛さや甘さがそこにあります。

関矢ルート
このルートがある意味一番エロゲらしいシナリオかもしれませんね。
ヘタレな主人公、恋心を気付いてもらえないヒロイン。
過去の確執、恋敵。そして道化。
わかりやすく、そしてわかっていても読ませるシナリオ。
ありきたりで、有り触れているけれど、だからこそ読ませるのが難しい内容だと思います。

亮輔ルート
恋の障害。
好きなのに、近寄れない、触れられない、思いを告げられない。
少女が思いを寄せるからこそ、それが本気の恋だからこそヒロインは自分の思いに蓋をして隠そうとする。
このルートは一貫してドラマっぽいなぁと思いました。
そもそもエロゲとドラマの違いはなんぞやと聞かれれば、こういうシナリオメインのエロゲにしてみれば内容にそう差はないと思います。
しかしこのルートがドラマっぽく感じるのはやはり朋子の手術前の一夜限りに関係を見たからでしょうかね。
あと一日しかなくて、あと一日だから抱き合って、でも明日のことが思い浮かんで、それを忘れるように抱き合って。
ヒロインと結ばれると大抵のエロゲは互いのことを想いあってそのことしか考えずに夜を過ごすのが大半だと思います。
他のルートでもその展開からのHシーンでしたしね。
しかしこのルートだけは彼らが抱き合っていても時間は明日へ向かっていて逃れようのない現実に向かうのですから、そういうところがドラマでいう1話完結のような話ではなく次に続く話のような感じがしました。
結果的には彼らは結ばれるのですけど、それは物語では書かれていませんですし、結ばれると分かっているのに物語が終わってしまうどことない寂寥感がドラマに似ているように思いました。

グランドルート
正直に言えば分かっていました。
タイトルは「恋ではなく」
そして埋まりきったシーン回想。
そこから連想されるのは、このルートはただの恋愛物語ではないのだと。
このルートに関してはエロゲとしては未完成、もしくはエロゲですら無いのかも知れないと思います。
勿論今までにない登場人物のザッピングがあって過去のルートをプレイしていなくては理解できない感情もありますし、これがグランドルートなのが当たり前だと思います。
やはり恋ではない何かに気付くことになったのは典史の海外への留学が一番なんでしょうね。
当たり前と思っていたこれから続く日常が変わっていくことを嫌でも理解しなくてはいけない裕未は恋というものより典史を勝つ相手として一番の好敵手と考えるのも無理はありません。
恋愛感情よりも不倶戴天の敵であり、相思相愛のライバル。
典史も裕未のことを激しく憎みながらも愛していて、絶対に負けたくないライバルだと想い続けています。
主人公とヒロインの関係としては、ここまでいくと逆に結ばれるのがちゃらちゃらおかしいように見えてきます。
それこそ結ばれるのがヘタな三流ドラマみたいな展開のような気がして興ざめです。
しかし実際他のルートでは彼らは結ばれて恋をしているんですよね。
このルートをプレイして思ったのが、なぜ彼らは結ばれたんだろうと、恋に発展しえたのだろう。
ここまで彼らが自分たちについての感情が恋ではないないものと言い張るならおかしいと思うのが普通の考えだと思います。
なら結ばれた他のルートでは彼らは今は幸せに見えるが、後々恋ではないと気付いて分かれてしまうのだろうか。
ルートを終えた感想を言えば、間違いなくそれは「恋」だと思います。
そして彼らが頑なに「恋ではなく」と言ってた何かはなんなのか。
僕一個人の意見を言えばそれも「恋」なんだと思います。
結局たどり着いた道は、形は違えど恋なんだろうなと。
恋についての定義は単語の意味を調べるだけじゃ理解できないものですよね、実際してみないとわからないものですし。
きっと彼らは互いに勝ちたくて、負けたくなくて手元に置いておきたい。
それが男女の関係ではなく、人間同士にぶつかり合いだとしても、互いに上り詰める関係にあるからと信じて疑わない。
だから典史は最後のシーンで裕未の手を取り、列車に引き込んだ。
これは恋ではなく、それ以外の何か。
きっと彼ら以外にしかわからくて気付くのが死ぬまで無いのかも知れないけれど、、世間一般からみれば恋なんだと思います。
僕自身も恋ではない何かに気付いてないから、それを恋と呼ぶしかないのかもしれません。
この物語はただの恋愛物語ではないと思います。
恋愛物語でない、恋愛物語。
そんなお話だと思いました。

感想。
恋ではなく。
哲学的で、考え出すとキリがないのかもしれないですし、もしかしたらそこらへんに転がっているのかもしれないですね。
最初はこの主人公二人、そして場面が変わるごとにザッピングする視点に不安を覚えましたが、終わってしまえばこのシステムは内容に不可欠でしたね。
勿論それが読者にとって理解しやすいか、しにくいは別にしても斬新。
早狩氏のシナリオはラストの展開が相変わらず綺麗としか言えない。
ラストシーンは「潮風の消える海に」の告白を彷彿させる何かを感じましたね。
こういう青臭くて、小便臭いのはエロゲに滅多に転がっているものじゃないから、たまにこういうのがプレイできるからエロゲは辞められない。
エンタテインメイト性としてはピカイチの出来でした。
そんな作品だからこそこの読了感はハンパないです。
最後のEDなんですか、映画のスタッフロールそのものでしたよ…。
終わってしまえば、まだ読みたかったなと寂しい気持ちでいっぱいです。
だからこそなのかな、FDは出ないでほしいと願うばかり。
多分相当売れたと思うので、FD展開もあるんでしょうけど、この作品に限ってはここで終わってしまってほしいですね。
読者の脳内補完こそこの作品のEDだと思うので。

また一年経ったらこの作品をプレイしてみようと思います。

2011年6月2日。