批判点に対する解釈や補足と作品への所感など
非常に面白い作品ですが、残念ながらそのシナリオの直球さのあまり、深読みしている人が散見されます。一応、その点について補足しておこうと思います。
まず、魔王の行動についてです。まわりくどいとだとか、犯行丸出しだとか言う意見がありますが、これはかなりの見当違いです。彼は父親を助けることだけが目的ではありませんし、その犯行を完全に遂行することは問題にすらしていません。彼の目的の本質は、父親を奪い去った社会への復讐です。その一環として父親を助けることも盛り込まれているに過ぎません。ゲーム冒頭にて、以下のように魔王の真意はほのめかされています。
「知能犯罪において、確実な成功を収めるためには、慎重に完璧な計画を練り上げ、それを大胆不敵に断行しなければならない。(中略)魔王が望むのは、力に対する力の闘争である。水が上から下に流れるように、弱いものは強いものになびいて行く。己の目的を達成するためには、水流の秩序を破壊することもいとわない…(以下略)」
つまり、魔王は初めから完全犯罪など目論んでおらず、ひたすらに社会を潰したかっただけなのです。スマートにやろうとかいう考えは、はなからなく、もっぱら硬質のハンマーで眼前のコンクリートを力一杯に叩いてボロボロに壊してやろう的な、上にもある通り、「力に対する力の闘争」を望んだに過ぎません。この一見妄想的で、突拍子もないこの考えも、魔王の立場から考えれば、納得できるものとなります。
魔王(恭平)の幼少期は、父親が不当に逮捕されて死刑判決までされたのに、自分以外誰も父親をかばってくれる人がいない状況で、その上、魔王自身も父親がいなくなった影響やその他諸々でかなりの苦労を被るものでした。身勝手に父親を奪って行った挙句、自らを見捨てていった社会を恨むなという方が無理な話でしょう。その復讐心は、社会へ怒りをぶつける為の原動力として還元されました。そして、幸運にも魔王自身は、社会を圧倒できる力を手に入れられました。その結果、終盤の展開へとつながっていたのでしょう。だから、魔王自身は最終的に死にましたが、本意(社会への復讐)自体は比較的早くに成し遂げられていたと言えます。
故に、魔王の行動は回りくどいものでもなんでもなく、魔王がやりたかったことを実行したにすぎなかったというわけです。
また、権三についてです。権三は最後に、主人公を庇って死にます。それが権三を美化しているかについてかなり意見があるかもしれませんが、これは別に権三が美化されるシーンではなく、単純に蜘蛛の糸のカンダタ的な側面を垣間見たに過ぎないという解釈で問題ないと思います。あのシーンのせいで権三の行動全てが覇気のないものになるかと言われれば、全くなりません。最後まで悪漢を貫き通せと言う意見もあるかもしれませんが、権三は、口では主人公を悪く言っても、さすがに何十年の付き合いですから、ほんの少しの情があったのだと思います。その情があのシーンでたまたま発露してしまっただけで、結局悪漢であることに変わりはありません。いい意味で魔が差したなんて考えるといいかもしれません。
とにかく、少なくとも、あのシーンによって、権三の株が地に落ちるようなことも、シナリオに深刻な影響を与えることも起き得ません。
最後に、終盤しか面白くないと言う意見についてです。これは、かなりメタクチャな論理に基づいている気がします。序盤あるいは中盤しか面白くない作品も、同様にダメなのかという話になって来ます。結局、それは盛り上げる部分をどこに持って来ているのか、という差異しかなく、面白くしようとライターが心血注いだ部分を、「そこしか面白くない」とバッサリと切り捨てるのはかなり短絡的です。むしろ、面白い部分を最後に持ってくるあたり、ライターの構成力が素晴らしいという意見もまた出てしかるべきかと思います。特に、ラストの面会シーンは、それぞれのヒロインとのエピソードがあったからこそ映えるシーンであり、序盤や中盤を否定するとなると、このシーンを間接的に否定していることになってしまいます。
また、序盤、中盤のシナリオ自体もつまらないわけではなく、月並みに言えば、普通に面白いです。こればっかりは、合わないだけだったと形容する方がしっくり来ます。
派生して、他ヒロインのルートとメインヒロインのルートとの整合性をやり玉に挙げている人も見られましたが、ここは許容しないと先に進めません。ギャルゲーはそういうものでしょう。そこまで求めるのは酷な話です。
一応、意見として気になったのは上の3つくらいです。他にも、いろいろありましたが、特に、シナリオの粗と魔王のミスリードについての言及は多かったです。ただ、自分はあまり気にならなかったので、そこは人それぞれと言わざるを得ません。前者は、フィクションと割り切れば、許容できるし、後者も確かにミステリーのお約束を破っているかもしれませんが、そのお粗末なトリックがシナリオ自体をダメにするようなもの、まして作品の中核に据えられているものでもないので、個人的には後半のビックリ要素として受け入れられました(車輪のような驚きはありませんでしたが)。
本作は、作品自体の奥行き(考察性的な部分)が少ないので、単一的解釈を提供してくれますが、同時にそこに面白さを見出せなければ、凡作あるいは凡作にも満たない何か程度の評価で終わってしまいます。つまり、シナリオ自体にしか評価をつける絶対的観点がないため、展開が雑だとか、キャラの行動が意味不明だとか、ご都合主義だとか言われてしまえば、それがすぐさま本作の評価点数に直結するというわけです。
ただ、裏を返せば、そのシナリオオンリーの採点でここまでの高評価を残したのは、言うまでもなく、本作のエンタメ性が傑出していたからに他なりません。シナリオのマイナス的観点すべてをひっくるめてもなお、エンタメ性が勝るわけです。
本作の一番優れた点は、直球的なシナリオを思いっきり投げ切った点にあります。もしも整合性を気にしていれば、成し得なかったような熱さや勢いがそこにはあります。勢いでごまかしているなんてバカにする人もいるかもしれませんが、熱中させたもの勝ちです。ホワルバ2のような現実的恋愛を描く路線や、すば日々のような哲学をシナリオに絡めた路線もいいですが、本作のようなシナリオの面白さをひたすら追求した作品もまた、深みは及ばなくとも直情的な面白さでは全く引けを取りません。その面白さが伝わらないと、一巻の終わりというのが難点ですが。
本作ほどエンタメ性が時に整合性を上回るということを、体を張って表した作品はないでしょう。変にひねったカラクリを用意せずに、王道なストーリー展開をしたからこそできるある種の離れ業です。
今やSNSが発達して、すぐに誰それの批評なり批判なりが目につく時代故に、設定の破綻や展開の意味不明さがバッシングされることは少なくありません。ただ、このような意見に左右されずに作り手の熱意を存分に出すこと、これが一番なのだと本作は教えてくれている気がします。まあ、遊戯王AVみたいな例もあるので一概に作り手至上主義を唱えるのも難しい話ですが、熱意を最大限出せれば、整合性の一つや二つはどうとでもなるということは断言できます。
少なくとも、本作は、その熱意がとても伝わってきました。時に、勢いに流されるのも一興というものでしょう。名作に間違いありません。