リファインとしつこさ
作品の内容云々の前に一つ言いたいのは、作り手の人たちの丁寧さと良心がこのHDバージョンから大きく伝わる点です。個人的にこの部分に感動します。
リメイクやら復刻やら移植やら別バージョンとして生まれ変わる際に、何かしらのバージョンアップが要求されます。CGが増えたり、新しい話があったり、新規のOPがあったり、演出が増えたり、フルボイスになったり、追加要素が含まれることが普通です。しかし、みだりに要素を増やせば果たしてバージョンアップになるかと言えば、かなり微妙です。一つ思い出深いのが、スイッチ版のクロスチャンネルの移殖作品で、食堂のおばちゃんの立ち絵が追加されていたことがあります(他にもいくつかのキャラクターに立ち絵が増えているようでした)。あって困るものではないにしても、オリジナルの限られたキャラクターのみの閉鎖的な関係性と世界観のためにも、同時にどうしても必要であったかは疑問が残ります。PSP版になると、文章的演出で、文字が機械的に羅列されるのではなくて時折重要な箇所だとその強調したい文章が場面中央にばんと出る、というようなものがあった覚えがあります。また、PCコンプリート版では、追加シナリオとトレードオフなのか不明ですが、オリジナルにあった、ボイスを次のボイス再生まで再生し続ける機能がなぜか廃止されるという采配もありました。確かこの機能は、スイッチ版にもなかったはずです。代わりにと言ってよいかはわかりませんが、スイッチ版だとコンフィグボタンやセーブボタンをクリックするとクロスチャンネルでなじみ深い効果音が鳴る仕様になっています。細やかな気遣いではあるものの、こういう配慮はあって、ボイス周りの機能は消失するというちぐはぐ具合で、結局細やかなのかそうでないのかわけがわからなくなります。プレイしたことはないので、的外れな指摘になるかもしれませんが、例えばever17のxbox版では、なぜか立ち絵をポリゴン化(3D化)するというバージョンアップもありました。次元的な意味では間違いなくバージョンアップですが、立ち絵が二次元からそこまで質の高くない三次元になって、一体誰が喜ばしく思うのかという問題があります。
総じて、サービス精神はありがたく頂戴するとして、本当にそれらの措置が必要だったかは不明なことが少なくないです。実のところ安易に要素を追加しただけで深い思慮はないのではないかと、こんな邪推もされてきます。
その意味で、本作の手入れは行き届いていると思います。本作の売り文句通り、リファインという感じが伝わります。言い換えれば、いらないことをしないことに徹底している感じがあります。公式サイトを見る限り、画面をフルHD化したことと、BGMにHDバージョンが追加されたこと、の二つくらいが主なバージョンアップの内容のようです。他に細かいところを見ると、例えばセーブの上限が800個になっています。さすがに全てを使い切るわけはないですが、これは作り手の良心であって、セーブは心置きなくしてくれという心配りと捉えるとよさそうです。当然の対応とは思いますが、プレイ中にBGMについて、オリジナルバージョンとHDバージョンの切り替えが容易にできるようになっています。うざいロードもないため非常に快適です。演出についても、通常、高速、なしの3つに分かれており、うんざりしたら演出を切ることも可能です。この機能を使えば、スキップも快適になると思います(自分は気づかなかったので使いませんでした。そもそものスキップも十分早いです)。オールクリアすると、バストショット機能が追加され、お好みの立ち絵をお好みの背景で鑑賞できます。作り手から、Thank you for playing!とでも言われているような気分になるボーナス的追加機能で、改めて本作がよくよく作りこまれていることが実感されます。特に、背景はどれも綺麗です(時間帯や季節による調整も可能です)。また、立ち絵の差分のあまりの多さにも驚かされます。これをいちいちプログラミングするプログラマーの姿を想像して気が遠くなったりしました。ただ、欲を言えば、立ち絵のための背景ではない、例えば夜空の星空の光景や満月のCGなどが鑑賞モードではどれも見られないというのは少し残念な気持ちもしました。もう一つだけ難点を言うと、ウィンドウモードにすると、もともとの固定画面がでかすぎてウィンドウがとてもパソコンの画面枠内に収まらず、また画面サイズを縮小することもできないのは不便でした。せっかくの綺麗なCGのスクリーンショットを保存するのも甚だしく面倒で諦めました。些末な話ですが、一応書き残しておきます。
色々と挙げましたが、やはり目玉のフルHD化とBGMのHDバージョンの追加について少し触れたいです。
フルHD化について端的に言うと、画面を大きくするだけで、作品の印象は大きく変わるということがわかります。序盤少し進めると、星空の下で明日歩が手を広げるCGを見ることができます。オリジナル版でも十分印象的なCGでしたが、本作ではその効果が2倍にも3倍にも感じられ、とにかく綺麗で圧倒されます。後述しますが、この場面のBGMも相まって、ここだけで十分HD化の役目を果たしたと言えそうです。ここでプレイを止めたとしても、少なくとも半分くらいは元を取ったと言えそうです。それくらい綺麗です。他にも挙げられますが、蛇足のためここまでにします。
音楽については、BGM愛好家としては、この上のない追加要素のためその決断だけでも頭が下がる思いです。どれも大きな異同はありませんが、ガラッと印象の変わるものも中にはあります。とりわけて言うと、「ふたりの未来」はHDバージョンが断然いいです。正直、オリジナルバージョンでのこの曲の印象は0に近く、全然聞いた記憶もなかったです。本編だと、先述した明日歩が星空の下で手を広げるあの場面で使用されたりしています。曲自体のメロディは全然変わってないですが、曲が転調する節目辺りの音がより強くクリアになっている感じがあります。全体としても音がやや強くなっている感じがあります。場面を盛り上げるためには、オリジナルよりは格段に効果的だと思います。衣鈴ルートでは、プラネタリウムを二人で眺める場面で使われたりしています。また、確かこさめルートの終盤で、万夜花さんらが核心的な会話しているところでも使われていました。あんまり頻度は多くないです。この曲のためだけでも、本作に手を出す価値はあるように思います。他には、「同じ星に生まれて」だと、これは個人的にはオリジナル版の方がいいです。ただ、そもそもプレイし直すと、あんまりこの曲が使われてないことがわかってちょっと残念でした。こももが展望台に立ち入ってこさめを文字通り力ずくで止める場面が使用例だとわかりやすいと思いますが、それくらいな印象です。最後に、「葉漏れ日」。この曲は、共通ルートだと頻度は少なめですが、個別に入るとどのルートでも多用されています。HDバージョンはオルゴールっぽくなっていて、これはこれでいいと思います。この曲が本作で一番好きですが、ここまで多用されていたとは覚えていませんでした。(余談ですが、ゲーム本編だとループがサントラ収録のそれと比べてほとんど間髪入れないので、終わってすぐにまた初めに戻る仕様になっています。オリジナルバージョンの「葉漏れ日」とこの仕様は非常に相性が良くて、本編をそっちのけで時々、この間髪入れないループを聞くのを待ったりしていました)
長くなりましたが、とにかく的確に要素を増やして、遊びづらいところを極力減らした作りになっており、これが冒頭で言ったように何より本作の精神たる、丁寧さと良心を象徴しています。なんでもかんでも増やせばいいわけではなく、必要なものだけを必要な分だけ補って、後は細かいところを修正するというやり方は、多分、音楽の追加という点でだいぶエコひいき的な私的偏見が入っていますが、作品の性質をよく理解した素晴らしいリメイク、もといリファインという感じがします。こういうやり方で、素晴らしき日々とか、ましろ色シンフォニーとか、実現してないですが、はつゆきさくらとかナツユメナギサが、リメイクされたらなと、ないものねだりなことを考えたりしました。特に、ましろ色シンフォニーは、一部のHシーンをアニメーション化するという話で、そこを頑張るなら、ぜひとも「野牡丹の紫」、「フリージアの花」、「衝羽根朝顔」、「瑠璃虎の尾」等々のアレンジが聞きたかったです。こうしてみると、曲のアレンジに対しての熱が自分が強いだけなのかもしれません。
本編について。まず、自分の過去の印象に寸分たがわずに、千波はうざかったです。色々と言いたいことはありますが、出るたびに疲れました。作中の言葉を借りるとまさに、「毎度のことながら話がちっとも進まない」という感じです。ただ台詞が長いだけなのも疲労を加速させます。冒頭の引っ越し直後の千波の鬱陶しさに本作を挫折した人も少なくない気がします。本作のしつこさを代表しています。自分だけかもしれませんが、声優さんが明らかに無理してる感じがして気の毒に聞いていました。申し訳ないもののボイスオフがおすすめです。相当快適になります。
大人パートは、あまり深いこと語られないので、かえって深みが出るようなところがあって面白く思いました。ほとんど記憶になかったですが、意外に作り込まれていました。多分、シナリオの完成度は結構高いと思います。ただ、シナリオがとにかく長いので、そこに目が行く前に精神がやつれている人がほとんどなんだろうなという気もしました。自分もそんな感じです。個人的には明日歩ルートが好きで、マスターの
「ああ、本当に」
「僕は、そそっかしい」
「そそかしかったんだなあ」
という最後の一連のセリフが良かったです。ただ、改めてやり直すと、衣鈴ルートの出来に良い意味でびっくりします。特に、プラネタリウムの場面は感動しました。正直、このエモーションに匹敵するくらいの場面が、この後、別ルートも含めても見つかりませんでした。それくらいよくできていたと思います。
夢ルートはそこまで刺さりませんでした。難病ものとの相性が悪いようです。
最後に、メアが生まれた理由について。全然覚えていなかったですが、流れ星に対して、夢にもう一度会いたいと願った洋と洋に自分を忘れてほしいと願った夢。そんな二人の願いの折衷として生まれたらしいです。洋の願いは容姿を夢に似せることで実現し、夢の願いはその鎌で洋の記憶を刈り取って実現させています。そして、よくわかりませんが、彼女が消えれば夢の病は治るらしく、彼女は還り夢の病は治ります。ここのあたりがよくわかりませんでしたが、そのヒントを探す余力は残っていませんでした。
まとめると、作り手の丁寧さと良心、この二つに勝手に感動した作品でした。割と終わらせるためにプレイして、かなり雑に読み飛ばしたりもしましたが、後学のために言及すればそれであまり問題はなかったようです。この作品はメリハリで言うと、メリの部分が長々なので、そのメリをプレイヤー側が意図的に割愛してやる割り切りの精神があるいは本作に対しては必要かもしれません。ハリの部分だけ見れば、結構面白いところも多いです。この心得さえあれば、以前挫折したいろとりどりのセカイも終わらせることができそうです。ただ、わざわざそんな思いまでして読み進めるべきかと言われると、返答に困る感じもします。この時代に逆行する優雅なまったりゲームという感じでしょうか。ともかく、良い意味で見直した点が多い作品でした。もともと部分を見れば150点くらいのところもあって、別のところを見ると50点もつけたくないというような、天使と悪魔みたいな感じの作品でしたが、今回は良い点がしっかり悪いところを補って余りある作品になっていると思います。
余談として、本作の文章のしつこさについて、冒頭の千波との会話とこももがお姫様抱っこをされる場面を例に紹介しようと考えていましたが、面倒だったのでやめました。やはり頭の中で考える以上のしつこさが、本作の文章を目前にするとあることがわかりました。なげーよ、と笑いながらできる時間的な余裕と精神性がある人が一番楽しめそうです。それに当てはまらない人は、ある程度流していくことがおすすめされそうです。