不満だった点や良かった点など+総括
面白かったです。本作をやり終えた後、突貫で殻と虚をプレイしました。かなり忘れているところが多かったなあという印象で、六識がステラのお姉さんの恋人だったとかステラの説明だけは流暢設定は殻からあったのかとか一応真崎が画廊で働いていたという伏線があったりとかああこんなキャラクターおったなあというのも多数で、記憶の薄れというのは怖いなと思いました。
本作に関して、やり終えて、細かいところでの不満点が色々とあったのでここに列挙します。
①推理パートで直近のバッグログが確認できない点
これは地味にかなり困るところでした。適当に話を見ていると、何やら証拠なり人物を選ばないといけなくなっており、ああ何の話だったかなとバックログを開いて確認すると、直近の台詞の一つ前からバッグログが開始するため、場合によっては何を選ぶべきなのかいまいち判然としない状況が度々訪れました。例えば、『彼の無実を証明するための証拠は』的な台詞が推理シーンで確認できず、その一つ前の文章からしか閲覧できないのです。ただ、殻、虚ともにそのような仕様だったので、話をしっかり聞いていなさいというお達しであるという可能性は否定し切れません。まあ、普段は攻略サイトに入り浸ったぬるま湯の攻略をしていたので、その辺りが気になることもなかったのですが、発売日によーいどんで始めるとなると、こちらも手探りにならざるを得ず、そうなると、その仕様は不便である場面がやけに目につきました。発売日にゲームをする上での特権的な経験と捉えられなくもないですが、不便であるという事実は変わりませんでした。公式を確認すると、2021 01/07時点で、その辺りに関する修正パッチが配布されているようでしたが、その前に既に配布済みのパッチを当てる必要があり、なおかつそのパッチを導入するとそれまでのセーブデータは使用不可になるという話だったので、自分のようなそのパッチを入れることについて認知していなかった人間にとっては最早悲しいくらい無関係だったという感じです。
②セーブできる数がやや少ない
本作のセーブスペースは100個あります。これも攻略が確定していないという事態の中で若干の頼り甲斐のなさを覚えました。このゲームの場合、どの辺りに大切な選択肢が眠っているのかあまり明瞭ではないので、とりあえず片っ端からセーブしていたのですが、途中でこの調子だとどう考えても逼迫することは目に見えていることに気が付き、最後の方はセーブする箇所は絞らざるを得ませんでした。結局、セーブスペースに10個ほどの空きを持って完結を迎えられたのですが、特別にセーブスペースを増やすことに支障がないのであれば、150〜200個くらいの数は確保して欲しかったというのが、プレイ中の切なる思いでした。
③『瑠璃の鳥』を流してくれるなら、『殻ノ少女』も流して欲しかった
これはほとんど願望です。瑠璃の鳥をトゥルーエンドで流してくれるのはかなりファンサービス感があって嬉しかったです。ただ、ならば、殻ノ少女が流せなかったのかと、少し思ってしまいます。未だに、殻の少女を起動した際の、あの物悲しい曲のインパクトは色濃いものです。あの曲に、冬子の残滓が見え隠れすると言っても、そう過剰な言い回しではないとさえ自分は考えています。まあ、あまり本編に関係ないし、わざわざ出すまでもなかったと言われればそれまでなんですが、せっかく絵画の殻ノ少女がまつわってくる展開だったので、一瞬でも流してくれたらな、というような、プレイヤー側が言うのは完全におかしいんですが、心残りはあったりします。
④かえで先生
何かしらの思わせぶりな発言を連発していたにも関わらず、善良な一般市民(音量設定のサンプルボイスでそんなことを言っています。明確に確認はしていませんが、シナリオの進行の度合いによって、サンプルボイスの内容も変化しているようです)で終わってしまったのは、何かこう、言い表せないモヤモヤが残ります。何より、キャラクターデザインや居様などが良かったので、単に準モブのような扱いで終わるのは勿体無いと思っただけかもしれませんが。だから、これは不満というよりかは、嘆きに近いです。お前はこんなところで終わるやつじゃないだろ云々的なことを熱く詰め寄るキャラクターの心情と、だいたいは同じ気持ちです。
⑤事件自体はこじんまりとした感は否めない(少なくとも前二作に比べれば衝撃は劣る)
殻では四肢切断して、殻ノ少女像を作ろうという猟奇であり、二作目では近親相姦を代々行うというような常軌を逸した振る舞いを見せられましたが、本作ではそれに準ずるほどの、背筋が凍るような凶行はなかったと思います。前園静の犯行は確かに猟奇的ではありますが、彼女自身のかなり穏やかな面が本作だとより強く押し出されているし、鳴子家でのことは、なんというか、狂気とは程遠いもので拍子抜けしました。ただし、杉菜氏が、本作はキャラクターのことを第一に考えて製作した云々と語っていたことを踏まえれば、今回は前作、前々作ほどの路線では行かないと決意したのだろうということで、一応の納得はできます。とはいえ、猟奇的な要素にどこか心惹かれて前二作をプレイした部分があったことも個人的には否定できないので、その意味だと少し残念ではありました。偽の殻ノ少女像を作って六識をおびき出したりする展開は好きでした。
⑥推理パートの曲が記憶に残りづらい
これは主観です。ただ、殻、虚のreasoningと比べると、本作はどんな曲だったかいまいち思い出すことが難しいです。だから悪いというわけでもないのですが。待たされた分だけ、よくわからないところにまで期待していたのかもしれません。
⑦CG鑑賞時に好きな音楽を流したい
タイトル画面の曲固定なので、このあたりの融通はして欲しかったという感じです。良い曲がたくさんあるので、勿体無いと思いました。思い出の曲を聞きながらCG鑑賞というのは、より感慨が湧くものです。凡作であればこのようなことにケチはつけないんですが、三部作の完結編である本作だからこそ、より深い感慨が湧くもので、このような細かい点にも若干の不満を覚えざるを得ないと、言えなくもないです。
⑧Back 麗男
六識命を演じた声優さんの名前です。あれだけエンディング近くで完璧な演技をこなしたにも関わらず、このようなクレジットを流すのは、感動に水を差すどころか、最早大罪に近いです。せめて名字を、場津久とか馬九とかにすべきでしょう。簡単に判読させてはいけません。些細かもしれませんが、当時はかなり何とも言えないもどかしさに駆られました。圧倒的才知に長けていたはずの六識が、急激にしょぼく、陳腐にさえ見えました。本来十二年前にしておくべき指摘かもしれませんが、名前で遊ぶのはモブ役に留めてくれというようなことは今回切実に思わざるを得ませんでした。
以上です。大体は、作品が面白かったからこそ、逆に気になるようなところが多かったです。面白くなかったら、不満云々以前に投げ出しているので、不満を挙げる必要がありません。
反対に、良かった点は次の通りです。
①比較的攻略が容易
CG回収が面倒であることはあんまり変わっていませんが(まさか三週目まであるとは思いもしませんでした)、攻略難易度自体は作を追うごとに下がっている印象です。殻の難易度が常軌を逸していた感もありますが、虚はそれでも、トゥルーとパラノイアエンドを除いた全エンディングを回収していないと、真エンドまでにはたどり着けないようになっていたりして、無駄な労力を要することは否めませんでした。本作の場合、その点も解消されて、他のエンディングを回収せずとも、しっかりと正しい選択肢を選んでいれば、真エンドへと到達できる仕組みになっています。ノベルゲームに試行錯誤的な要素はほとんど面倒かつ邪魔にしかならないので、このような形式にしたのは英断と言わざるを得ません。当然、あっさりと真エンドに到達できて良いのかという葛藤はなくもないですが、ではセコセコ他のエンディングの回収をした上で真エンド、という形式に回帰したいのかと問われれば、そんな思いは全然ないので、やはり今回の形式の導入は素晴らしかったのだと思います。
②曲もCGも依然として素晴らしい
この辺りは特段言及する必要もないでしょうが、一点だけ言うと、遺体発見現場で流れがちの『禁忌』という曲はかなりおぞましくて良かったです。
③大胆な設定
天罰が偽筆、それどころか間宮心像の絵画全てが入れ替えられていたという展開は良かったです。フィクションならではな感があってワクワクさせられました。前園静があまりにもチート過ぎるようなところもありましたが、下手なリアリティを出すよりは、これくらいの思考実験的な展開の方が余程面白みが出るような気はしなくもなかったです。
④待望の次の選択肢までのスキップ機能
この機能が追加されていることに、最後まで気がつきませんでした。最後まで遅くも速くもない通常のスキップを使用していました。他の人が指摘しているのを発見して、ようやく認知した程度です。というのも、存在がかなりわかりにくい上に、アイコンしか表示されないため、外観だと単純なスキップ機能と同等の役割しかないのだろうとしか論断できない点が、発見を遅らせた最大の要因になっています。本作をプレイする際には、この機能を知っているか知っていないかは大きく作業の効率に影響を与えるので、もっと大々的に存在を誇示しても良かったし、むしろそうして然るべきだったような気はします。どうやら新装版の殻、虚も同様の仕様に変わっているようなんですが、そちらも再プレイ時に一切気がつきませんでした。どうせそのような便利機能は追加されていないのだろうと高を括ったこちらにも責任はありますが、もう少しわかりやすくしてくれていたらなという一抹の怨嗟は今になって思われなくもないです。
⑤『羽』
一周目が終わってまた初めからプレイすると、自殺した前園空の述懐を見ることができるようになっています。空を小窓から眺める、奇病を患った少女のCGとともに、『羽』というBGMが流れています。この場面こそ、個人的には、本作の白眉だと考えています。殻で言えば、『殻ノ少女』という曲は恐らく冬子をモチーフにしたもので、虚で言えば、『棘』という曲は恐らく雪子をモチーフにしたものでした。どちらもうまい具合に諸々を表現していたと思います。本作には『羽』という曲があります。この曲は恐らく、前園空をモチーフに作曲されています。曲調がどうとか専門的なことは全くわかりませんが、空という女性を等身大に再現した仕上がりであることは間違いありません。ノベルゲームをやっていると、曲から逆流的に作品自体への感傷が蘇って来ることが少なくないです。『殻ノ少女』、『棘』の場合は、作品だけでなく、表現されたヒロインの物悲しさや儚さ、脆さといった観点も含まれます。作品背景自体を考慮せずとも『殻ノ少女』や『棘』は良曲であることは疑いないですが、冬子や雪子がどのようであったかを踏まえれば、より感慨が深まったりします。本作の場合、『羽』がそのような曲に当たります。単体でも良曲ですが、天使病の少女が小窓から見える小さな空を一途に眺め、翼を持って天使になることを夢見る姿や、懸命に素足を操って『天罰』の絵を描こうとする姿等々を想起しながら聞けば、また異なる心地が訪れるでしょう。三部作通して、曲と人物をリンクさせる技巧には卓越していました。案外このような感慨を抱くことは別作品では少ない気がします。だからと言って、この一部分の素晴らしさが本作全体の素晴らしさに転化するとか、そういった突飛な言説を披露しようとかは思ってはいませんが、賞賛してもし過ぎるというようなことはないと思います。サントラの発売が楽しみです。
最後に、本作全体について。猟奇成分が足りない云々と言いましたが、殻をやり直すと、否応無く、顔と左手を無くして磔にされ捨てられた、時坂さんの婚約者たる由記子を見ざるを得ず、そんな凄絶なCGと直面させられれば、猟奇を見たいがためにより時坂さんを不幸に追いやるような展開は正直求めたくもなくなりました(六年後ステラの立ち絵がやけに悲壮感に満ち溢れていたので、きっと死ぬのだろうと予想していましたが、それどころか主要人物の大方が生き残ったのはかなり予想外でした)。全体を通して主要キャラが皆躍動していたので、文句はありません。色羽と時坂さんの邂逅は、若干の白々しさが感じられたりしなくもないのですが、完結の仕方としてはやはり似つかわしかったと思います。
本作の完結までに十二年という長い年月を必要としました。ですから、ずっと待っていた人にとっては、正確な批評などは到底見込めないほどの思い入れがあるのも事実です。本作がその期待に応えられたか否かは自分は知りようがありません。が、本作の着地点については、作中の会話の中に参考になるところがあります。時坂さんとステラが童話の『青い鳥』について話している場面です。
玲人「青い鳥だったら、すぐ近くにいるんじゃないのか?」
幸せの青い鳥は、気付かない程身近に居るーそんな話だ。
ステラ「あのお話は、探しに行く事こそが重要だから」
十二年かけて(作中での時の流れとは別ですが)、時坂さんが青い鳥を探してほうぼうを彷徨っていた、そしたら最後には家の庭で見つけていた……。この場合、何が青い鳥であったかを規定するような堅苦しさは持ち出さない方が穏当でしょう。前二作品であれだけの猟奇を見せられた上でのこのような優しげな着地は、ちょっと笑ってしまうようなところもあるかもしれません。しかし、ステラの言葉通りな気がします。それまでの数知れない気苦労があったからこそ、ようやくパラノイアから解放され、平穏を獲得した。そう考えれば、もう何も付け加えるべきことは見つかりません。続編がこの先見られないのは悲しい限りですが、同系統の作品が産み落とされることを引き続き期待しておくことにします。また結構な時間がかかるやもしれませんが。