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gorira431さんの恋×シンアイ彼女の長文感想

ユーザー
gorira431
ゲーム
恋×シンアイ彼女
ブランド
Us:track
得点
83
参照数
1331

一言コメント

星奏はいい奴です。他作品のネタバレ少々あります

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 本作は主人公視点でしか描かれないので、プレイヤー側が主人公の方にどうしても心情が偏ってしまい、必要以上に星奏が叩かれている印象を受けました。もしも主人公ではなく、星奏側から話が描かれていたとすれば、全く違った評価が下されていたのではないかと思います。

 一つ本作をプレイし終えて思い出したのが、G線上の魔王でした。ヒロインをかばうために、主人公がありもしない罪をでっち上げるシーンがあります(細かいことは省略)。今までやってきたエロゲの中でトップクラスに好きなシーンで、あの自己犠牲の精神には泣かされました。ただ、ケチをつけるわけじゃないですが、本作をやってみるとどうとも言えない気になります。このシーンは主人公視点でしか描かれていません。この視点から見れば、主人公が確固たる信念を持って、ヒロインを守ろうとしている胸熱シーンであることは間違いありません。しかし、ヒロインから見てみるとどうなんでしょうか。自分のせいで大好きな相手が独房に何年間も閉じ込められ、一方の自分は罪を犯したにもかかわらず、処罰されることもなく、自由に生活できるわけです。普通耐えられないと思います。自己犠牲はいいですが、相手からしてみればいい迷惑。守られたという感情よりも迷惑をかけた、大事なものを失ったというような感情が先にくるんじゃないでしょうか。身を挺して相手を守るのはいいですが、相手がその行為を望んでいなければ、行為自体はただの自己満足になってしまうのです。

 本作はまさにこの視点を逆から描いた作品だと思いました。つまり、自己犠牲を受けた側の話です。星奏は何も言わず何と三回も主人公の元を去っていきます。それも理由もろくに明かさないままです。音楽に寝取られたなんて言われてますが、私的にはその表現は的を射ていないように思います。これでは星奏がいやいや音楽の道へ進んだかのように捉えられてしまいます。少なくとも二回目、三回目の離別に関しては音楽の道を嫌々ながらとったわけではありません。星奏の視点に寄り添って考えてみれば、少しは星奏の行動についても納得できる余地が出てくるように思います。

 まず、一回目の離別について。この離別の理由は音楽活動が忙しくなったことです。手紙の返事をしなかったのは、周りの環境が目まぐるしすぎて、うまく言葉にできなかったから。は?と感じる人もいるかもしれないですが、まだ小学校高学年の話なので、この理由は妥当なところでしょう。そして、二回目の離別について。こちらははっきりとした理由は明かされていません。ただ、星奏側から考えてみると、見えてくるものがあります。

 この時、星奏は主人公に対し、少なからず罪悪感を抱いていたと思われます。理由は、一回目の離別で、何も言わず、ただ主人公のもとから逃げたからです。幼少の時とはいえ、主人公に裏切りとも言える行為を働いたわけですから、自責の念にかられるのは当然のことと思います。そこから、彼女は主人公と付き合いながら、主人公の足かせに自分がなってはいけないと考えていたのではないでしょうか。そうであれば、わざわざ戻ってくるなという話なんですが、生憎、星奏はスランプに陥っていました。その依り代が主人公だったわけです。星奏は主人公に迷惑をかけたくないという思いを持ちながら、主人公がいないと自分はやっていけない境遇に身を置いていたのです。だから、しぶしぶ主人公の元へと帰ってきた。そして、なんやかんやあって付き合うことになると。迷惑をかけたくなければ、付き合うなという話ですが、昔からずっと好きだった相手が自分のことをまだ好きでいてくれたわけです。了承以外の返事は皆無でしょう。そもそも帰ってくるという選択をした時点で、主人公になんらかの迷惑をかけることは決定的ですから、何か吹っ切れた部分があったのかもしれません。そして、これらが絡まった結果、二回目の離別へと繋がったのだと思います。

 なぜ主人公の元を去ったのか。これは主人公を思いやったからの結果だと自分は考えます。彼女は一回目の離別の繰り返しをする方が、主人公に対し迷惑をかけないと考えたのではないでしょうか。星奏はバンドの中心メンバーのため、多忙な日々を送ることになります。一方、主人公はしがない高校生です。さらに、バンドの拠点は北海道のため、毎回会いに行くには少なくない時間を費やします。彼女はそこまでして自分に時間を使ってほしくないと考えたのではないのでしょうか。1度捨てられた相手に固執してほしくない、そういう願いが彼女の中にはあったのではないでしょうか。つまり、星奏は自分の気持ちよりも主人公のことを優先して行動したということです。まさに自己犠牲ですが、同時にこの決断は自己満足でもあったわけです。本作をプレイした方のほとんどが主人公に相談しろやとか思ったことでしょう。しかし、彼女は語りませんでした。理由は語るまでもなかったからだと思います。単純に考えて、バンドの方を取れば、主人公にこれ以上災難はふりかからなくなります。逆に、主人公をとれば、バンド関係のことと折り合いが悪くなるだろうし、当然主人公にも幾らかの面倒がふりかかります。星奏はとにかく主人公に迷惑をかけたくないわけですから、じゃあどっちを選ぶとなったら、何も語らず主人公の元を去るという選択を取るでしょう。手っ取り早く、主人公に迷惑をかけず、離れられますから。悲しいのが誰もこのような行為を望んでいないこと、そしてこの行為自体が主人公への一番の災難だということです。相手のことを思いやって行動するあまり、余計に話があらぬ方向へと向かってしまうという何ともアレな話です。星奏がもし自分勝手であれば、そもそもこの話はハッピーエンドで終わっていました。自分勝手であれば、自分の欲求にそのまま従うだけなので、主人公と難なく結ばれてはい終わりです。しかし、無駄に生真面目だったせいで、無駄に過去を引きずってるせいで、ハッピーエンドを取り逃がしてしまったのです。もう少しこの辺を語ってくれれば、星奏にも同情の声があったかと思うんですが、仕方がありません。

 3度目の離別は言わずもがな。2度も主人公を裏切ったのに、今更、主人公を頼りに借金を返していこう!なんて考えるバカがどこにいるでしょう。これ以上主人公の首を絞めるのが嫌になったと考えるのが筋です。星奏は主人公のことを愛してはいるが、過去のいくつもの負い目があるために、強く出られず、再度、離別へと繋がったのです。

 星奏が叩かれる理由はこの語られなさだと思います。つまり、自分で勝手に納得してるだけということです。相手を思うばかりに、相手のことを考えない行動をしているのです。現に、主人公は星奏に全く離別して欲しいと思ってないことは火を見るよりも明らかです。ただ、本作は主人公視点でしか描かれないために、星奏が自分勝手に動いているように見えてしまうわけです。別に、星奏は主人公を音楽の次に位置づけてるわけではなく、常に1番に位置づけていました。だからこそ、三回も離別するわけになったのです。そして、何度も主人公の元へと帰ってきたのもこのためです。主人公のことを純粋に愛していたからこそ、主人公の元を訪れ、そして、主人公のことを愛していたからこそ、去って行ったのです。本作は回りくどい純愛を描いた作品だと思います。両思いだからくっついてはいエンドとはいかず、両思いだからこそ、いろいろな思案に暮れてしまい、結果的に、離別へと繋がってしまうという滑稽なようで、実に愛に満ち溢れた話だと思います。どちらかが、はっきりと言葉にしていれば、物語は変わっていたのかもしれませんけど、こういう純愛の形もありかなと自分は思いました。当人たちはたまったもんじゃないでしょうけど、そこはご愛嬌ということで。

 歌やBGM、それにCGは言うことなしに素晴らしかったです。何気に嬉しかったのが、BGM一曲一曲に作曲者さんのコメントが付随していたこと。あーいう裏方事情とかすごい知りたいので、もっとこんな感じのおまけは増えて欲しいですね。声優さんコメントとか聞きたいんですけど、めんどくさいんでしょうか。

 もともと、オチは知っていて、なおかつボロクソに叩かれていたのも知っていた作品だったんですが、蓋を開けてみればかなりの良作でした。もっとちゃんとマーケティングしていれば、きっと違う評価を受けていたことと思います。その面ですごく惜しい作品だと思いますが、間違いなく面白かったです。