緩い佳作
面白かったです。相当車輪の続編という文句が足かせになっているようです。当時の期待値の高さとその落差に原因があるのかもしれません。少なくとも名作とは言わないまでも、良作の範疇に十分入る出来に思いました。
全編通して、気の抜けたギャグが冴えわたっています。特に、レイカとリコの背負うところが大きいです。あまり見たことのない類のキャラクターでした。二人とも憎めない間抜けさや空気の読めなさや不可解さがよく表現されています。
リコ「はるかさん、キリンは昔、首が今みたいに長くなかったのをご存知でしたか?」
はるか「え?そうなの?」
リコ「はい。キリンは高いところにある、リンゴをとるために、無理に首を伸ばした結果、進化したといわれています」
はるか「進化論だっけ?」
リコ「それは知りません。だけど、はっきりいえることがあります」
はるか「え?なに?」
リコ「キリンは進化するまえは、馬とたいして変らないということです」
はるか「たしかに、区別がつかなかったかもしれないわよね」
リコ「ところで、リコの首はのびると思いますか?」
はるか「それはどうかな?人間はもうじゅうぶん進化したからなあ」
リコ「そうですか」
はるか「うん」
リコ「こんにちは」
レイカ「こんにちは。ってあなた誰?」
リコ「佐田リコです。動物は好きですか?」
レイカ「別に。お金の方が好きだわ」
リコ「コガネムシは好きですか?」
レイカ「そんなムシ聞いたこともないわ」
リコ「そうですか」
リコ「(中略)あ、このキノコ、食べれますか?」
宗介「それは毒キノコだ。食べるなよ」
リコ「はい」
リコはキノコを取ろうとする。
宗介「取るなって!」
リコ「ウサギさんにあげます」
宗介「お前、ウサギを殺す気か?」
宗介「レイカって普段、どんなもの食ってるんだろうな」
リコ「高級なものです。安いものは口にしません。でも、ドックフードを出したら、これは美味しいといって食べてました」
宗介「え?ドックフードだしたのか?」
リコ「もう、それしかなかったので……つい」
リコ「出場者は神山さんとウンコさんの二人ですか?」
右近「……あなた今、なんておっしゃいました?」
リコ「ウンコさん」
右近「右近よ!!」
リコ「ウンコさん!!」
右近「なんなのよ、あなた!」
レイカ「(中略)ちょっと佐田さん?何やってるの?」
リコは空に手を挙げている。
宗介「どうした?」
リコ「暇だったので、鳥さんたちを集めようとしていました」
宗介「なんで?」
リコ「特に意味はないです。ただの動物遊びです」
宗介「その遊び、止めてもらっていいか?」
リコ「でも、それはリコの生きがいです」
宗介「……」
レイカ「あなたたち、暗い顔してどうしたのよ。たかだか一勝でしょ?最初は驚いたけど、なんとかなるんじゃない?」
アキナ「でも、その一勝が果てしなく厳しいものだと思うんです」
レイカ「何言ってるのよ。4対1なのよ。楽勝じゃない。周りをみんなで取り囲めばいいのよ」
どうやらレイカは剣術のルールを良く分かっていないようだ。
リコ「それにしても、空気がおいしいです。パクパク」
レイカ「佐田さん?あなた頭大丈夫?空気がおいしいなんてそんなはずないじゃない……お、おいしい!」
(中略)
レイカ「ここの空気を持って帰るわよ!お屋敷の人間へのお土産よ!」
レイカはビニール袋を取り出し、空気を詰め始めた。
この二人にも、4章で見せ場が用意されています。不意打ちで結構胸が打たれました。ここまでふざけた言動をした人間が見せる懸命な気持ちというのが、短い言葉と場面に集約されています。思うに、短いからこそ胸を打つところがあるのかもしれません。特に、リコの台詞は本作屈指です。この場面について、食料を隠した場所へ主人公とリコが向かうも、敵に見つかる危険があるため容易に近づけません。リコくらい小柄ならやっと通れる小道を発見し、主人公はリコに全てを託して送り出します。なかなか帰らずに絶望しかけた折に、帽子にたくさん缶詰を詰め込んだリコが帰ってきます。その時の台詞です。
リコ「あの大会で星雲学園と試合したときも、誰かがこう思ったかもしれません」
リコ「リコは弱いから、誰かが代わりに戦えないかなって」
リコ「でも、試合は一人ずつやるんです。仲間は仲間を信じて見てるしかないんです」
リコ「それは、つらいことですが、仕方ないんです」
(中略)
リコ「帰りましょう……みんなお腹をすかしてます」
ここのCGのリコの目もいい感じです。決然としています。リコの間の抜けたバカみたいな声としゃべり方がここではまた別に聞こえて不思議にも思いました。
リコとレイカのギャップは、CROSS CHANNELの桜庭に近いです。「けど一番ショックなことは、おまえが追いつめられているのに、何もできないことだ」という送還前の台詞に符合するものがあります。ともかく、評判に反して4章の完成度自体は高いと思いました。緊迫感もあってなお良かったです。
車輪に対してキャラクターの描写や事件の描き方が軽めな点については、個人的にそこまで気になりませんでした。結局、長かろうが短かろうがあんまり関係ない気がします。納得できるかが問題で、確かに軽めなところはあるものの、かと言って長尺を求めているわけでもないので、このくらいあっさりでも十分でした。あっさりだからこその良さもあると思います。全体で間延びもあまり感じさせられませんでした。メインヒロインのなかでも最主要に見えるヒカルルートの個別の適当さは少し見る価値があるかもしれません。ただ、これくらい気の抜けていた方がかえって気楽に見ることができるところもあって、あんまり嫌いにはなれないです。ヒカルが剣術に復帰する場面や、星雲学園戦は普通に燃えました。よくできていると思います。
車輪と同じ土俵で比べず、続編ともみなさなければ、十分楽しめると思います。緊迫感がそれほどない分、肩の力を抜いて楽しめるところが多いです。例えば、映画のユーガットメールを愛好するような人はまず楽しめそうです。
本作で一番痛感されたのは、BGMは自分で発見するしかないという事実でした。本作、BGMについて具体的に言及する人はあまりおらず、大した曲がなさそうに見えます。実際、名曲なるものはないかもしれませんが、良曲に恵まれていた印象です。地味ながらループに耐える良曲の発見こそエロゲをプレイする動機の一つで、その意味で大いに収穫がありました。売れなかったのかBGMを収録したサントラが未発売なのは悲しい限りです。OPとEDのピアノverだけでなく、「安息の日」や「ストリートdays Ⅰ」などが良かったです。特に「ストリートdays Ⅰ」は良い意味で単調なところに惹かれます。こういう地味な曲たちは無数に埋もれているんだろうなと思わされました。
名作群と比べると、明らかにその高みを目指さずに通俗的な娯楽に徹したような作品です。そのため、必然的に評価は下がるのかもしれません。ただ、疲れている人にはこれくらいがちょうどいい可能性もあります。アキナルートなんかでは唐突にタイムスリップする展開があり、相当に緩いです。とはいえこの緩さが感動につながっているところもあり、個人的には嫌いになれないところでもあります。色々と点数評価では推し量りがたい魅力を持った作品でした。善し悪しは別問題として、最果てのイマよりは無邪気に楽しめたところが多かったのは間違いないです。