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girlさんの穢翼のユースティア ~新装版~の長文感想

ユーザー
girl
ゲーム
穢翼のユースティア ~新装版~
ブランド
AUGUST
得点
94
参照数
2509

一言コメント

人間の実存は本質に先立つ。では、天使と悪魔の実存は?――ギリシア神話と不条理について

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「自分の人生を決めるのは自分だ」



とっっっってもおもしろかった。
これだけ長い物語であるにもかかわらず、生まれてきた意味(レゾンデートル)というテーマを最後まで貫き通したのは素晴らしい。
0~4章の完成度や、音楽の素晴らしさなどは今さら私が語るまでもないので、主に作品世界とティアルートについての感想です。



!(以下『穢翼のユースティア』に関する重大なネタバレを含みます)!










以下、基本的に、キャラクター名を表す際は「カタカナ表記」、神や悪魔名を表す際は「英字表記」とします。
(最初全部カタカナで書いていたら、パルスのファルシのルシがパージでコクーンみたいな文章になって、わけがわからなくなったので)


目次
■1 ギリシア・ローマ神話との共通点
■2 アイムとカイム
■3 ティアルートの解釈



■1 ギリシア・ローマ神話との共通点
『穢翼のユースティア』はギリシア・ローマ神話が下地となっており、多くの共通点が見受けられます。


・ティアの元ネタ
まず、もっとも重要なティアの元ネタについて。
ティアの元ネタであるJustitia(ユースティティア)はローマ神話に登場する女神です。
ジャスティスの語源であり、よく裁判所とかの前で天秤を持たされて目隠しプレイをさせられているあの人です。
このJustitiaは、ギリシア神話の正義の女神Dike(ディケー)と同一視されます。
そしてDikeは、乙女座のAstraea(アストライアー, アストレア)とも同一視されます。
つまり、ややこしいですが
・ユースティティア(ローマ神話)≒ディケー(ギリシア神話)≒アストライアー(乙女座)
という図式になります。
これらの神々を総称してLady Justice(正義の女神)と呼びます。
つまり一言でいうと、ティアのモチーフは「正義の女神」であるといえるでしょう。


・神話の元ネタ
次に、これまた重要なノーヴァス・アイテル神話について。
神話のモデルとなったのは、星座の「乙女座」です。
乙女座は、麦穂を持った白翼の女性であるとされています。
EDの麦穂を持ったティアのCGは、これを表したものでしょう。
乙女座の神話には、2つの説があります。
・豊穣の女神Demeter(デーメーテール)、もしくはその娘Persephone(ペルセポネー)であるという説
・正義の女神Astraea(アストライアー, アストレア)であるという説
『穢翼のユースティア』においては、正義の女神Astraea説を基本的に採用していると考えて良いでしょう。
ノーヴァス・アイテルの神話は、このAstraeaの乙女座神話が骨格となっており、多くの共通点を持ちます。
というかほぼ同じです。
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オウィディウスによると、人間は4つの時代・種族に分けられる。

「黄金の時代」
最初に生じた時代。
懲罰者もいず、法律もなしに、おのずから信実と正義が守られていた。
黄金の種族はみな敬虔であり、安全無事に、おだやかで気楽な日々を送っていた。
神々と人間は、下界で一緒に暮らしていた。

「銀の時代」
四季が誕生した。
銀の種族は神を敬わず、より貪欲になった。
人とともに暮らしていた神々は、徐々に地上を去りはじめた。

「銅の時代」
ゼウスの時代。
銅の種族は、気質がいっそう荒々しく、ためらいもなく残忍な武器を手にとった。
しかし、罪深いというほどではなかった。

「鉄の時代」
現代。
いっそう劣ったこの時代では、欺瞞、奸計、暴力が蔓延った。
鉄と金を手だてとする戦争も発生し、血まみれの手が、鳴りひびく武器を振り回した。
略奪が生活の手段となり、家族はお互いの死を画策した。
最後まで残った神である処女神Astraeaも、殺戮の血に濡れたこの地上を去った。
彼女は天に輝く星となり「星乙女」と呼ばれるようになった。
Astraeaの所持する善悪をはかる天秤は、天秤座となった。
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以上が乙女座のAstraea神話です。
見てのとおり、ノーヴァス・アイテル神話とほとんど同じです。
両者の違いは、神と人間の仲介役として「天使」が存在する点、大地が混沌で覆い尽くされてしまっている点、そしてAstraeaが天に帰ってしまってからの顛末です。
ギリシア神話のAstraeaはそのまま帰ってしまいますが、ノーヴァス・アイテル神話では初代イレーヌを「YOU、天使になっちゃいなよ」とスカウトします。
初代イレーヌは、人々が罪を悔い心を改めてくれれば大地の混沌を浄化するという停止条件のもと、神に力を与えられましたが、
人々に裏切られ拘束され、都市を浮かせる力として利用されてしまいました。悲しいなぁ。
ちなみに『穢翼のユースティア』においては、やたら尊属や兄を殺害したり、遺体を空葬したりとギリシア神話における禁忌を犯しまくっていますが
これは鉄の時代の人間がいかに愚かであるかを表しているといえるでしょう。


・その他登場人物の元ネタ
他の登場人物名にもモチーフが存在します。
そして、単に元ネタとして持ってきているだけではなく、主要人物にいたってはその行動にも大きな影響を与えていることが多いです。

例えばエリス。
Erisはギリシア神話における不和と争いの女神です。
その名のとおり、彼女はカイム以外とは不和であり、いつも軋轢が生じます。
エリスルートでは、彼女の存在が不蝕金鎖と風錆の争いを泥沼化させていくことになりました。
争いの火種を振りまくErisはギリシア神話一の嫌われ者ですが、その性質を受け継いだエリスもプレイヤーに嫌われる損な役回りであり、ちょっと不憫ですね。

他にはイレーヌ。
イレーヌは、よくある個人名なので元ネタ特定が難しいですが……
本名のコレットから察するに、フランスの著名な女性作家「イレーヌ・ネミロフスキー」と「シドニー=ガブリエル・コレット」であると推測します。
イレーヌは1930年代のパリで名を馳せ、コレットの再来と呼ばれました。
しかし、ユダヤ人であった彼女はナチスに捕えられ、1942年にアウシュビッツで獄中死しました。
その境遇は聖女イレーヌと重なるところがあります。
ちなみにDike(≒ティア)は、イレーヌの語源となった平和の女神Eirene(エイレーネ)と姉妹です。
これは、ティアとイレーヌが血縁者であることの伏線といえるでしょう。

このように、他の登場人物の元ネタも探してみると面白いかもしれません。


・ノーヴァス・アイテルについて
ノーヴァス・アイテルについての詳しい解説は作中にありませんが、そのネーミングからある程度推察できます。
Novus(ノーヴァス)はラテン語で「新しい」を意味します。
Aether(アイテル)はギリシア神話において「上天の光り輝く大気」を意味します。
ギリシア神話においては大気を2つの層に分け、上層をアイテル、下層をアエルと区別しています。
ノーヴァス・アイテルは本来アイテルに浮かんでいたのですが、物語後半では大地が目視できたので、天使の力が弱まりアエルにまで高度が落ちてきてしまったのでしょう。
触れると火傷?する黒い粘液や霧の正体は混沌(カオス)です。
なぜか、この世界の大地(ガイア)は混沌で覆い尽くされてしまっています。
もしかしたら、現代より遠い未来のお話なのかもしれません。



■2 アイムとカイム
この二人は『レメゲトン』に登場するソロモン72柱の悪魔、AimとCaimが元ネタとなっていると思われます。
誇り高き天使であったアストレア家の兄弟が、大崩落によって悪魔に憑かれてしまったともいえるでしょう。


・Aim(アイム)
Aimは堕天使で、強力な公爵です。
彼は3つの頭を持つ美男子であり、炎を上げる燃え木で都市や城、広場に火を放ちます。
能力は人を賢明にすることです。また「個人的な問題」に関する問いに真実の答えを与えます。

聡明なアイムは都市の隠された真実を知ることになりました。
「知ることで、見える世界は変わる……良くも悪くもな」
という言葉通り、知ることで見える世界が変わったアイム。
彼の行動により、ノーヴァス・アイテルを戦火の渦にのまれていきます。


・Caim(カイム)
Caimは堕天使で、元は天使の階層に入っていました。
ツグミorするどい剣を持った人間の姿をしているとされます。
窃盗と悪行を司る悪魔であり、争い事を収めるのを得意とします。
彼は優れた弁論家であり、詭弁の達人であるとされています。
能力は未来について正しい答えを与えることです。

Caimに取り憑かれたカイムは、ソフィスト(詭弁家)としては非常に優秀でした。
1~4章では、その優れた弁論術でヒロインに説教もとい入れ知恵を行ない、正しい道へと導きます。
フィオネは、父親や兄に囚われず自分の道を見つけ、
エリスは、意思を失った、ただの人形から脱し、
コレットは、見たくないものから目を背けるのを止め、
リシアは、ギルバルトの操り人形から脱しすべての国民の父となりました。
ヒロイン達は、カイムの説教で各々の生まれてきた意味を見出しますが、一方でカイム自身の抱える問題は解決されないまま5章を迎えることになります。


・カイムについて
カイムという人間をもっともよく表していたのは、ルキウスの言葉でしょう。
「時には理想、時には理屈、時には感情、時には実利」
「コロコロと主張を変え、それなりの正論を吐きながら、生きていく」
「お前には、中身がないのだよ」
『穢翼のユースティア』の面白い点は、主人公が成長するのではなく、むしろその逆で、カイムが主体性皆無であることが徐々に露呈する物語であるところです。
1章ではCaimのレトリックによって包み隠されているのですが、徐々にその主体性の無さが露わになります。
2章では、お前は自由に生きてくれと壊れかけのRadioみたいに繰り返すカイム。
エリスを自分の身代わりとしてしか見てなかったことを自覚します。
3章では、事あるごとに牢獄では~牢獄では~と口にするカイム。
牢獄にこだわり、自分の生き方から目を背けつづけていたことが発覚します。

どうしてカイムは、このような人間になってしまったのでしょうか。
牢獄に落とされてからのカイムは、本当の最悪を避けるために最悪より少しだけましな選択を余儀されなくなる日々を送ってきました。
そこに選択の余地はなく、主体性を失ってしまったのでしょう。
ルキウスとして生きる道を選んだアイムと違って、カイムはCaimの呪縛から逃れられずにいました。
この、厳しい環境のなかでも必死に自分の道を探してきたアイムと、考えることを諦めてしまったカイムという対比が5章の軸になります。

以上を踏まえ、この『穢翼のユースティア』という物語を一言で表すと
「正義の天使であるティアと、詭弁の悪魔であるカイムが、生まれてきた意味を探す物語」
であるといえるでしょう。



■3 ティアルートの解釈
ティアルートをどのように評価するか。
シナリオライターの方いわく、ラストの展開は
「ご都合主義のハッピーエンドでもなく、ただの悲劇でもなく、その間にあるものを目指しました」
とのことです。
ティアルートについては多様な捉え方がありそうですが、私の個人的な解釈について。


・不条理について
アルベール・カミュは不条理を以下のように定義しました。
「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態」
カミュは、不条理に対峙し拒絶した者の反応として「自殺」「飛躍」「反抗」の3つを挙げました。
『穢翼のユースティア』においては、崩落に対する人々の行動に表れています。

<自殺>
肉体的に自らの命を断つことを指します。
カイムは、メルトがヴィノレタとともに落下した事実を受け止めきれず、無意識的にこの行動をとりました。
カミュは自殺を、不条理への同意を前提とする自己放棄であり認識の不足であると退けています。

<飛躍>
最たるものは宗教です。
例えば「これは神が与えた試練だ」などと、超越的な事柄に逃避することを指します。
作中では、聖女を盲信し、吊るすことで現実から目を逸らすノーヴァス・アイテルのモブ住人たちがこれに当たるでしょう。
カミュは飛躍を、まだ飛び越えられたことのない障害をまえにしてそれを否定してしまう哲学上の自殺であると非難しました。
ところで、カイムの自殺を止めたのはエリスとクローディアら娼婦三人娘ですが、
カイムはかつて、救いのない現実を前にした娼婦の反応として大体3つあると言いました。
・諦める(アイリス)
・現実から目を逸らす(リサ)
・身請けされるのを狙う(クローディア)
それぞれ「自殺」「飛躍」「反抗」に対応しているとも考えられるでしょう。
自殺と飛躍、カミュはどちらも否定し「反抗」することを推奨しました。

<反抗>
反抗とは、不条理から目をそらさずに見つめ続ける姿勢のことを指します。
都市の運命か、ティアの命か、選択を迫られたカイム。
実は、カイムは以前にも主体的なリスクを負う決断を迫られたことがありました。ティアの身請けです。
0章で主体的な決断を迫られたカイムは、アストレアの天秤で測るかのごとく比較衡量をしていました。双皿に乗っていたのは「自らの生活の平穏」と「ティアの命」です。
彼は、光る理由をまだ知ってないという屁理屈を無理やりひねり出し、結論ありきでティアを選びました。
しかし、今回は「都市の運命」という非常に重い比較対象であったため、いくら逡巡してもティアを優先する屁理屈が出てきませんでした。
カイムは連帯することを拒み1人で悩み続けたため、一向に答えが出てきません。
そんな彼を変えるきっかけを与えたのは、かつて何を選択したらいいのか、どう生きたらいいのかわからず、まさに自由の刑に処されていたエリスでした。
患者を押っ放り出して、国王軍に殺される危険を犯してまで会いに来た理由は「後悔なんてしたくないから」
自由と熱情に生きている、もはや対等な人間となったエリスにカイムは感化されます。
彼は「ティアを犠牲にしてまで生きたくない」と、この不条理な世界への反抗を決意しました。


・ティアの生まれてきた意味
初代イレーヌにN・T・R!N・T・R!と煽られたティアは、嫉妬でカイムを殺そうとしてしまいます。
カイムの呼びかけでティアは正気を取り戻しますが時すでに遅し、ノーヴァス・アイテルの崩壊が始まってしまいました。
ここで、散々夢のなかで言われ続けてきた、ティアの生まれてきた意味が判明します。
ティアの生まれてきた意味は、腐敗した人間どもを滅ぼして、天空(ウラノス)へ白翼を羽ばたかせて帰ることでした。
天使の力が人の手が触れた瞬間に黒く濁ってしまうのは、それが間違った用途だからでしょう。
しかし、ティアは天使の力を本来の用途として使いませんでした。
あろうことか1人の人間を愛し、その男を救うために翼を使ったのです。
だからこそ、この物語のタイトルは「穢翼」のユースティアなのでしょう。

ティアはカイムを救う道を選びます。
人間を滅ぼすという存在価値(本質)から、カイムを守るという存在理由(実存)へ。
まさに「実存は本質に先立つ」ことを証明しました。
カイムを救い、その結果として正義の女神ユースティアは、上層・下層・牢獄という3つの身分からなるアンシャン・レジームを終わらせたのでした。


・カイムの生まれてきた意味
ティアは生まれてきた意味を見つけ、主体性を取り戻しました。ではカイムは?
「ティアを犠牲にしてまで生きたくない」と願った彼は、ティアを犠牲にして生きながらえるという究極の不条理に見舞われます。
ようやく見つけ出した存在根拠を奪われたカイムは、一体どのようにして生きるための主体性を獲得したのでしょうか。

カイムの出した答えは
「大地(=ティア)への愛によって形而上的反抗を持続する」
というものでした。
ティアの消滅という、はじめは死への誘いであったものを生への準則に変えることがカイムのたどり着いた結論でした。

しかし、このようにティアを消えない希望としてしまうのは、カミュが言うところの飛躍であり哲学上の自殺に当たるのではという疑問が湧きます。
このカイムの姿勢が、狭義の反抗的人間に当てはまるかどうかは不明ですが、
少なくとも、単に現実逃避して幕引きとならないところが、私がこの物語を評価する点です。
物語本編はここで終わりですが、Appendix Storyの「楽園幻想」において、ティアを幸せにできなかったことへの後悔が垣間見えます。
つまり、カイムは星座となったティアを盲信し、現実から目を背けているわけではない、
ティアの消滅という不条理を見つめ続けており、世界への同意と否定という両姿勢を維持していることが見受けられます。
カイムは、ティアと大地の融合という充足的な説明原理で盲信へと逃避するのではなく、
一方ではティアの死を否定し他方では賞揚するという、2つの作業を同時に行なう不条理な創造者となりました。
「ティアが笑顔を絶やさずに済む世界を、この手で作るのだ」
とはそういうことなのでしょう。

・・・・・・

ラストについてはさまざまな意見がありそうですが、
あくまで人間の地平に留まりつつ生の意味を見出した帰結に、十分満足しました。
この作品には、ブランド戦略の関係上、陵辱描写や過激なCGなどが一切登場しません。
そういったシビアに徹しきれないオーガストの「甘さ」が読者に希望を抱かせ、よりいっそうラストの展開を際立たせています。
これは狙ってできるものではなく偶発的であり、まさに「八月の奇跡」といえるのではないでしょうか。