美しくない、御伽噺ではない。これまでのシリーズらしい箇所がほとんど見られない
桜井光氏によるスチームパンクシリーズは、すべてに共通して「御伽噺」という言葉があり、詩的でどことなく退廃的な印象が強い物語でした。
その印象がとくに顕著なのはインガノック、シャルノス、ソナーニルであり、その中で代表作とも言えるのはインガノックでしょう。
しかし、今作はその傾向がまるでなく、どことなく生臭い。これまでのシリーズでは「表の世界」での政治劇などはせいぜい背景設定程度であり、話の軸になることはありませんでした。ですが今作では舞台が幕末の日本であり、歴史上の著名人も数々登場してるので、そうした史実要素もこれまでのシリーズに比べて格段に濃いものになっています。
しかし、その歴史模様は「お粗末」の一言。五稜郭を富裕要塞にするトンデモ展開ありなら、政治劇など茶番ですし、怪人たちの異能バトルにするなら、政治模様は邪魔です。その上、4章程度しかない話に20人以上キャラを盛り込んだことで、話の軸がなく、群像劇にするには各キャラの振り下げが甘く、何を語るにも「中途半端」という感想で終わります。
スチームパンクシリーズは、各章ごとに軸となるサブキャラがいて、その人物に纏わる物語を詩的に織り成していたのが特徴でしたが、今回はそうしたことはなく、話の構成でもシリーズらしさが失われています。
桜井氏はもともと、この話は「短編の同人誌」として発表していたのですが、それを会社側が無理に肉付けし、資金を得るためにボリューム不足にも関わらずフルプライスで出したように邪推してしまうほどの完成度が低い出来です。
せっかくの素材を調理することなく、適当に鍋に入れて煮込んだようなものです。
さらに、これまでのシリーズでは出なかった「チンケな悪党」も出ています。こうしたキャラは、これまでのシリーズでは即退場するか、結局何もできずに倒されるかなどの扱いでしたが、なぜか今作では大した信念も動機もない「小悪党」がのさばり、場を引っ掻き回します。これが作品の茶番感を促進させます。「こんな程度のキャラに翻弄される」質の低い話に堕ちるのです。
私にはどうも、ライターの一人である禾刀郷氏の単独作品である「時計塔のジャンヌ」に話の構成が似通ってるように思えて仕方ありません。「時計塔のジャンヌ」も、誠実な主人公と無垢なヒロインが出会い、小悪党の陰謀やなんやらからヒロインを守る話で、グダグダと話が進んだ挙句、最後はヒロインの不思議な力でめでたしめでたし、という話でした。大筋が酷似してます。主人公があまり活躍しない点も酷似してます。
原作の「瞬旭のティルヒア」に「時計塔のジャンヌ」をくっつけて、体裁を整えただけのハリボテ作品。スチームパンクシリーズに名を連ねる価値のない作品です。