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gggrrrさんのシルヴァリオ ヴェンデッタ -Verse of Orpheus-の長文感想

ユーザー
gggrrr
ゲーム
シルヴァリオ ヴェンデッタ -Verse of Orpheus-
ブランド
light
得点
90
参照数
1243

一言コメント

ヴァルゼライドとヴェンデッタの2人によって織り成される光と闇の物語

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


 このゲームは2人の人物を軸に動いています。それがクリストファー・ヴァルゼライドとヴェンデッタの2人です。

 私がこのゲームを買うきっかけとなったのがこのヴァルゼライドで、体験版で見た彼の勇姿に心底惚れ込み購入を決意しました。

 そしてこの物語を回転させる存在であり、発端となっているのもヴァルゼライドです。彼が居ないとそもそも話が始まりません。この世界に彼が生まれているのと生まれていないのとでは、全く異なる歴史となっていると言って過言にならないほど、彼は不世出の傑物です。

 その姿はまさしく「鋼の英雄」。光り輝く断罪の剣を掲げ、暴威をかざす怪物に立ち向かう姿はまさしく英雄。作中では裏があるような雰囲気を多少なりとも匂わせますが、彼の本質は体験版のプロローグですでに余すことなく語られていると言っても良いほど裏表がない人物です。公正無私であり、決して折れない精神力を有し、民衆のために粉骨砕身する為政者。こんな存在をどうやって嫌えばいいと言うのでしょう。

 その胸に燃えるは「悪」への怒り。弱者を虐げ、努力を怠り、利益だけを得ようと浅ましく蠢くモノたちへの赫怒の念です。彼は幼少の頃から、この「悪」への怒りを胸に生きてきました。そしてそれを隠そうとしていたこともありません。彼はずっと彼のまま、彼の目指す在り方である「悪の敵」という姿を貫いてきたのです。

 そうして若い時代の労苦と武勇伝の果てにカグツチの目に留まり、アマテラスを下ろす計画を進めるに至ります。この計画を行うにあっても、彼は己の欲望など一切持たず、やはりそこにあるのは「悪」への怒りです。

 しかし、そんな彼を主人公であるゼファーや彼の側に付くものたちは「お前は迷惑だ」と断じます。私にはどうやってもこれが許容できません。

 なぜなら、アドラーに住むものであれば、ヴァルゼライドが総統に成って以降の「黄金時代」において、大なり小なり利益をあやかっている存在だからです。魔星となったルシードですら、本来ならばスパイの罪で処刑されているところを復活しているのであり、その死に関してはヴァルゼライドになんら落ち度はありません。特に脱走兵であるゼファーなどは、その恩恵を最も受けた存在であると言えるでしょう。だというのに、都合が悪くなった途端に彼らは手のひらを返してヴァルゼライドを弾劾する。受けた恩を忘れて大声で詰るのです。

 まあ民衆というのはそういうものと言えばそうであり、このシルヴァリオ・ヴェンデッタの主人公ゼファーは、そうしたどうしようもない「大衆」の代表のような精神性を持っています。にも関わらず戦う才能だけをもってしまった、才能と性格が全く一致してない例ですね。小人珠を抱いて罪、という奴です。

 確かに、ヴァルゼライドの計画が成就すれば、多くの被害が生まれるでしょう。ヴェンデッタ発売時点では「帝都半壊」であった被害の規模が、続編のトリニティになると「創世神話」になるという、何をどう変遷させればそうなるか分からない改変がありましたが、例えそうであってもそれは悪いことでしょうか。

 その続編のトリニティでより詳細に描かれましたが、この新西暦という世界は、言うなれば「アマテラスの箱庭世界」であり、この1000年というもの、人々はこのアマテラスの都合のよいものであるように監視されてきました。

 いい例であるのがアマツの一族です。アマテラスというのは西暦2500に起きた「大崩壊」時の日本人たちであり、そうであるがゆえに日系の人間が優れた才能を持つように世界に干渉しています。同時に、その「アマツ」の人間たちは自分たちの好みに沿うよう、人格を制限されてます。そうした勝手をしながらも、大崩壊以後苦しみ喘ぐ人々に手を差し伸べたことはありません。ただ自分たちが高次元にいるために発生する副産物の「アストラル」を地表に降らせてるだけです。

 このアストラルは航空機を飛べなくさせているので、人類はこの半壊して世界から宇宙に飛び出すことも出来なくなりました。

 つまるところアマテラスとは、自分たちの居心地良い桃源郷を守るため、過酷な地表の人間に対して一切力を貸さず、やっていることといえば自分たちの子孫のえこ贔屓と、そのアマツ人間を人形のように見立てて遊んでるということだけ。 

 特にアマツの名を冠するキャラクターには、すでに「愛が重い」という「設定」がアマテラスによって嵌め込まれ、また彼女たちが動く場合は裏でアマテラスが干渉してるのか、なにやら彼女たちの都合が良いことが起こるようになっています。

 チトセの場合は「なぜライブラ隊員はヴァルゼライド総統閣下に対する反逆行為に疑問を持たず従ったのか」というのがあります。過去の腐敗したアドラーにおいてライブラという部隊は、言うなればアマツの私兵のようなものでした、腐敗した政権の憲兵部隊なんてそんなものですよね。しかし本編中のライブラ、5年前に半壊してるため隊員が大きく変わり、そしてそのまま「ヴァルゼライド体制」の5年を生きてきたのです。そこへかつて同胞を皆殺しにした元副隊長と共に総統閣下に歯向かうことに、なぜ一人の離反者も出なかったのでしょうか?

 チトセはいいでしょう、ゼファーが好きなんだから。サヤもいいです、彼女も傍流ながらアマツでありチトセに盲目ですから。しかしアマツの血を引かない一般隊員してみれば、総統と隊長どちらが信じられる相手でしょうか? 全員が疑いなく謀反人になることなどありえるでしょうか? 私はここにアマテラスの干渉が働いていると思います。

 これがアマテラスの正体と理解したのであれば、「悪の敵」であることを己の存在意義とするヴェルゼライドが「アマテラス降ろし」を計画するのも当然です。ヴェンデッタ本編では語られませんでしたが、彼の動いた動機は間違いなく「悪への怒り」であったのでしょう。

 人類史というのは、その転機のほとんどが一人の偉人によって成されてきました。アレクサンダー大王、ユリウス・カエサル、曹操、コンスタンティヌス大帝、チンギス・ハーン、メフメト2世などがそうであり、彼らが動いたその理由は自身の野心や野望ゆえです。

 そうでありながら、多くの場合は彼らの登場によって人類は繁栄の方向に向かうのです。それは彼らの行動が「私益」を求めるものであると同時に「公益」をもたらすものであるのです。

 ヴァルゼライドの行為も正にそうです。彼が動くのは「悪が許せない」という己の「私益」ゆえですが、同時にその行為は「力を持たぬ無辜のものを守る」という「公益」にも繋がっています。彼の行動は否定されるべきことではないのです。

 それが例え既存世界の崩壊になったといえど、そのアマテラスという碌でもないものに干渉され続ける箱庭世界の中で、果て無き星への旅も遮られたまま地べたを這いつくばり続ける世界が続くよりは、アマテラスを崩壊させたあとの新たな世界を創造したほうが遥かにましです。




 ですが、そんなヴァルゼライドを唯一阻んでいい存在がいます。それがこの作品の中心であり、メインヒロインであるヴェンデッタなのです。

 彼女だけが、公然とヴァルゼライドを弾劾していい存在。彼女だけが、ヴァルゼライドの行動を止めることが許されている存在であるのです。

 ヴェンデッタという存在の素になっているのが、マイナ・コールレインという主人公ゼファーの姉です。ヴァルゼライドとカグツチは、アマテラス降ろしのために必要な「アルテミス」を作るために素体となる人間を探し、それがマイナでした。

 しかしマイナをアルテミスにするということは、即ち彼女を殺すということ。ヴァルゼライドの信念として、悪を成さず、力も持たない存在を害することは、あってはならないことです。それ自体が「悪」となるのですから。

 ヴァルゼライドは公明正大な男です。彼は「立ちはだかる者は、例え女子供でも斬る」と公言してはいますが、そもそも彼の前に力のない存在が立ちはだかることがそも有り得ないのです。おそらくその唯一の例外がミリアルテ・ブランシュであり、そして彼は彼女を斬ることはありませんでした。「斬る」と警告はしましたが私は彼が彼女を「殺す」とは思えません。

 次回作のヒロインであるナギサへの処遇などからもそれは伺えます。彼女の家は国家機密を他国へ漏らした罪で一族郎党粛清の判決が下りました。これは国家を治めるために絶対にしなくてはならない行いです。ですが彼はナギサを見逃した。彼女の死体は見つからなかったのでから徹底して指名手配されてよいのに、そうした動きはありません。ヴェルゼライドは当時子供であるナギサは「悪」を成していないことが分かっていたからでしょう。

 そんなヴァルゼライドが、唯一、計画のために犠牲の火にくべたのがマイナです。その殺害自体は決断しかねていたヴァルゼライドを見たギルベルトの独断でしたが、ギルベルトの性格を知りながら手を打たなかった彼の落ち度であることは間違いありません。

 であるが故、ヴァルゼライドはマイナにだけは罪悪感を抱いている。彼がこれまで見てきた「助けられなかった」犠牲者ではなく、「自ら手を下した」犠牲者であるマイナに対しては、並々ならぬ拘りを見せていました。なんと10年もの間、マイナ以外の素体の実験を認めなかったでのす。それ以後の魔星の誕生は全て「ヴェンデッタを目覚めさせるための」データ集めなのですから。


 そしてマイナだけは、作中で「ヴァルゼライド体制」になる前の死者であるので、ヴァルゼライドからなんら恩恵も利益も得られていません。彼女だけは本当にヴァルゼライドの都合で一方的に殺された被害者なのです。

 ならばこそ「逆襲劇」である「シルヴァリオ・ヴェンデッタ」は彼女、死せる花嫁エウリュディケであるヴェンデッタが居なければ物語として成立しません。ゼファーだけが行う場合は、どうしてもただの逆恨みや八つ当たり、またはアマテラスの干渉のような印象を受けます。


 ですから、私はこの作品のグランドエンドは好きです。吟遊詩人は黄泉下りを完遂し冥王となり、地上に降りた日輪を道ずれにする「逆襲」は成り立っていると思います。

 そうであるがため、死せる花嫁たるヴェンデッタは、地上に返ってきてはその終わりの余韻を台無しにするものであると思うのです。私としてはトリニティはは色々とヴェンデっタを台無しにする要素があった作品でした、いい要素もたくさんあったのですけどね。


 ですが、ヴェンデッタが地上へ来るのであれば、その反対であるヴァルゼライドも帰ってこないと、著しく公平を欠き、せっかく見事に終わった物語を「ご都合守主義」にしてしまうような印象があります。ゼファーはともかく、ヴェンデッタは冥界で見守る存在のままであったほうがよかった。


 最後の方は愚痴っぽくなりましたが、ヴァルゼライドとヴェンデッタ、この光と闇がもたらす物語は大変見事なものでした。