AUGUSTの傑作。一切ぶれないダークファンタジーの世界観と、そこで懸命に生きる人々が織り成す物語。「麦穂を抱えて微笑むユースティア」の一枚絵は記憶からなくなることはないでしょう。
キャラクターによる学園萌えゲーのメーカーだと思っていたAUGUSTですが、前作の FORTUNE ARTERIAL からシナリオの良さが目立つようになり(私はマンガ版しか読んでませんが)、そこからさらに正統進化し、この傑作を生み出すまでになりました。
大地は不浄の泥に侵され、生き物が唯一生きられる場所が浮遊都市「ノーヴァス・アイテル」。規模としては東京都の一区ぐらいの規模だそうですが、それがこの世界で人類が生きられる範囲とであり、そこですら終わりが見えてきているというダークな世界観。
都市は王族と貴族など権威階級が住まう上層、一般市民が住まう下層、そして「大崩壊」で都市から見捨てられた牢獄。
この無法地帯となった牢獄に、暴力によるものであれど秩序を打ち立てたのが、主人公カイムを拾い暗殺者として育てたボルツ・グラード。牢獄は彼によって築かれた秩序こそが法となり、それを受け継いだのがカイムの兄貴分ジーク。
牢獄はちょうど権力者に見捨てられたシチリアがマフィアによる独自の統治機構を確立した様子に似ています。だから「不蝕金鎖」という組織はマフィアであり、ボルツは「ゴッド・ファーザー」ということですね。
そしてそうした組織に納められるは故に、地上げ、人身売買なども当たり前に行われます。しかし、牢獄ではこうしたマフィアこそが「安全保障」してくれる存在ですから、人々が彼らを支持しない理由はありません。国王も貴族も当てにならない牢獄民からすれば、唯一守ってくれるのがジークたちなのですから。
という実にバイオレンスかつハードボイルドな雰囲気漂う世界観。特に牢獄が舞台の1・2章はそれが顕著。その後下層、上層という具合の物語の場所が移っていき、この「ノーヴァス・アイテル」全体の雰囲気もあまさず味わせてくれます。
音楽も全体的にクラシックな曲ばかり、世界観に実にマッチしていて世界観に引き込むいいアシストとして機能します。私はサントラ買いました。
それと、主人公のカイムは基本的にリアリストで、冷静に行動してそれによって各ヒロインたちの力になりますが、そうならずに迷ったり足踏みをすることもあります。
そういうときに共通してるのが、彼の根幹にある「実兄アイム」の存在。アイムは「大崩壊」の時にカイムを庇って崖から落ちていきました。その際に兄に言われた「立派な人間になれ」という言葉に、カイムの心は縛られているのです。エリスに行った行為も、言うなればその代償行為であり、とても「立派な人間」とは言えない暗殺者である自分が、兄の遺言である「立派な人間」として出来そうな行為が「娼婦の身受けと開放」であったので、行ったのです。しかし当のエリスはそれを望んでいなかったので、カイムは混乱し、自分は思った以上に兄の言葉に縛られていたことを自覚し、自分の行為は兄に顔向けできるものではなかったのか?と思い悩んだのです。
それと同様であるのが、最終章での彼の逡巡です。これまでは冷静に物事を選択してきたカイムが、まるで人が変わったように何も行動が出来なくなってます。
しかし、これはヒロインのティアを思うがゆえというのではなく(無論それもありますが)、やはりこれも彼の人生の根幹に関わる事柄であるがゆえにと思います。
最終章前で、ルキウスこそが実は生きていた兄アイムであることが明かされますが、リシアルートに行かずに最終章になると執政ギルバルトが暴走し、都市のエネルギーの大部分を無駄遣いしてしまい、都市の維持が困難となり牢獄との対決となります。
牢獄には兄貴分のジークがいます。今まで一蓮托生でやってきた不蝕金鎖の皆がいます。彼の人生の後半生がそこにあります。アイムとともにティアを守るスタンスを取る限り、彼らと対決することに、即ち自分の後半生と決別することになります。
しかし、ティアとともにジークのもとに行っても事態が好転するわけでもないし、なにより今ともにいるのは死んだと思っていた兄アイムなのです。アイムを裏切ることは、自身の前半生を否定することになりますし、2度も兄を見殺しにすることに強い忌避感をカイムは覚えます。
アイムとジーク、実兄と兄貴分、どちらも自分の人生の相棒、自身の前半生と後半生、どちらかと決別しなければならないという決断に、カイムは立たされたのです。それが「ティア」という少女という形で決断を迫られた。
悩みに悩んだ末、ティアに対する思いを自身に認識させることにより、彼は前半生、即ち実兄アイムと対決することを選びました。自身の前半生と別れを告げたのです。この決断をするために悩んだ時間は、決して短くないと思います。
また、これまでの AUGUSTでは考えられない「女性キャラの死」を明確に描くことも、この終末感漂う世界観構築に役立ってます。ガウはともかく、メルトやシスティナの最後はプレイ前から予想できた人はあまりいないのではないでしょうか。
グラフィック、シナリオ、音楽、キャラクター、すべてが高水準で融合した傑作です。プレイ時間は長いですが、それだからこその重厚な世界を描ききっています。
余談ですが、派生するティア以外の個別ルートは、そのうちに崩壊が待っているので素直に喜べないと言われていますが、自分はあのギルバルトの暴走がない場合だと、研究を継ぐのはアイムとリシアなのだから、最終章のような切羽詰まった状況でないかぎり、割と都市を持ち直させる方向に出来るのではと思ってます。ようは分割した天使の力を元の天使に戻すようにする方向になるのでは、と。
ヒロインの中で特に気に入ってるのはエリスですが、ED後の「麦穂を抱えて微笑むユースティア」を見た瞬間、ティアというヒロインが私の中で忘れられない存在となりました。なので私はあのラストは賛成派です。とてつもない寂寥感を味わいましたが、だからこそ記憶に残る作品となりました。