個人的に名作や秀作になるゲームとは思うに、登場キャラの半数以上が魅力的あり活きていること。製作側が情熱を持ちこだわりがあること。シナリオ、テキストが一定水準以上であること。作品としてきちんと作りこまれていること。作中で書きたいテーマやコンセプトを書き切ること。だと考えている。ならばこの月陽炎はこれらの条件を満たした名作、秀作であると言えるのではないだろうか?ただしこれは推測だが月陽炎の製作段階で最初のコンセプトである運命を主軸にした物語をやりたかったのであって、特に伝奇物を主軸にした物語がやりたかったわけではないということを前提に話している。
鮮烈なデビュー作で我らユーザーにマイナス方向の知名度を上げ、バグの凄さのため各地で散々叩かれた伝説のバグゲー。「いただきじゃんがりあん」通称「痛じゃん」を製作したすたじおみりすのプレッシャーはすさまじいものであったろう。
メーカーにしてもライターにしてもデビュー作というのはユーザーの器を大きくしてくれることがある。言ってしまえば今回はデビュー作だったから特別に許してやる。次に期待してやる。と思ってくれる人が少なからずいると言う事だ。しかし逆を言えば次は無いぞしっかり作れよ。という意味の裏返しでもあるわけだが。(まあ事前策として「いただきじゃんがりあん~ちょこっとあどべんちゃー~」を痛じゃん登録ユーザーにお詫びとして送るということもやっていたわけだが。この辺のメーカーの姿勢も少なからずユ-ザー離れを防いだ要因になったのではないかと思っている。)
そしてみりすはそのことをよく理解していた。自分達にはこれを外せば本当に次が無いということに。
その結果できたのが月陽炎というわけだ。どんな感じかと言うとプレイした人は分かると思うが恐ろしく丁寧に作ってある。ここまで丁寧に作ってあるゲームも結構珍しいのではないだろうか?
手の込んだOP。EDを向かえるごとに変わるプロローグ。各ED後ごとに入れられたヒントも兼ねたヒロインのメッセージ。ルートクリアの度に変化していく見ごたえのあるタイトル画面。細か過ぎるくらいに作りこまれたSEと演出。普段見えないものを見えるものにしたフラグアイテム。見易いテキスト配置と配色。血縁関係を見せるため柚鈴や鈴香、美月や葉桐の顔をあえて似せて描き文章でも表記する演出。などと言う具合にみりすはとにかく丁寧さに情熱を向けこだわった作りにしたのだ。
これにより前作で失墜したユーザーの信頼を回復するには十分な働きをしたと思っている。
そして個人的に名作、秀作になる条件と考えている、メーカーが情熱を持ちこだわりがあること。と作品としてきちんと作りこまれていること。にも繋がった。
そして残りの条件である、登場キャラの半数以上に魅力的であり活きていること。シナリオ、テキストが一定水準以上であること。作中で書きたいテーマやコンセプトを書ききれていること。
についてだが、キャラの魅力についてはもはや言うことは無いと思う。少なくとも5人中3人は多くの人が魅力を感じたのではないだろうか?自分は五人全員に魅力を感じることが出来た。一哉や真、チョイ役のバスガールや農家のおっさんにさえも(笑)
次に文章面だが一部描写で違和感があると思うが(悠志郎の情景描写で例として ~風流ですねぇ。月が綺麗だった。 という感じになっている辺り)それ以外はキャラが魅力的に書かれている以上は十分に水準を越えているだろう。
そして残ったシナリオ面とテーマ・コンセプトの完遂だがこれは月陽炎においてはどうやっても切れない関係にあると思っている。
まず月陽炎でやりたかったテーマやコンセプトはHP上の紹介文にある、
拭えぬ運命に戒められ……大切な何かを失ったとしても……それでも、ほんのひと欠片の幸せを追い求めた、少女と青年の物語。
が書きたかったのではないかとすごく思えた。このテーマのためにこういうシナリオになったという感じだ。
そのためにはまずこの悲しい運命をより強調し自然に見せるための人物、生まれることが罪であり存在そのものが人間にとっての悪となる立場である美月や葉桐のような人間では無い人物を作ると人間に害をなす者を狩る柚鈴や真のような相反する人物達が最終的に必要になってくる。
そうすることによりどんなにお互いが大切でも陰と陽の対極であるが故に決して何らかの犠牲無しでは問題解決できないという悲しい運命の図式が出来上がる。特に重要なのが人間にとって存在が悪である美月の存在。悲しい運命に説得力を持たせるには人間ではどうしても物足りない。仮に美月を人間にして転生物やその他の方法で悲しい運命を表現してもやはり月陽炎ほどの威力は出なかっただろう。何故なら存在そのものが悪という設定を上回る悲劇は無い。その対象が魅力的で良い子であればあるほどその重さ痛さつらさは倍加していくからだ。
この設定段階で既に業と罪を背負っている美月が、不義の子として生まれ小さな世界に閉じ篭っていた油鈴が、最終的に悠志郎と共に大切なものを失ってもそれでもなお、ほんの小さな幸せを求めて未来に向かって歩んだ青年と少女の物語。がこの月陽炎の全てであると言えると思う。柚鈴もそうだが美月は特にこのテーマ・コンセプトを象徴する様な仕上がりとなっているはずだ。
そしてこの設定で物語を紡ぐには伝奇物というジャンルが一番都合が良かったと言う訳だ。というよりこういう設定の物語にするなら伝奇物で行くしかなかった。という方が正しいかも知れない。製作過程がジャンルを決めて設定作って製作ではなく、設定やテーマを決めたらこのジャンルになった。という流れだろう。
そう考えた理由なのだがまず一つが主人公の悠志郎の存在だ。本当に伝奇物を作りたかったのであれば主人公に秘密を持たせている以上これをきちんと説明しなければならない。柚鈴や真との詳しい関係、明確な正体や詳しい出生などだ。しかし本作では軽く解説するだけで突っ込んだ説明は無かった。
次に伝奇物で行くなら主軸になるのは当然猟奇殺人事件だ。これも作中では一番最初のHシーンみたいなプロローグと葉桐のそういうことが起こっているという注意だけで終わり、猟奇殺人事件の動きは一切無い。事件の渦中に飛び込むこともしていない。というより出来ない。悠志郎の暗い所が怖いと言う設定は事件不干渉を自然に見せるための設定ではないだろうか。
そしての双葉シナリオでの設定変更でこの考えが固まった。
双葉のシナリオは明らかに今までの伝奇的な話で行くよりは素直に悠志郎を探偵にした方が作り易いんじゃないかと言う製作側の考えが見え隠れしている。その上月陽炎でやりたかった悲しい運命の物語を避ける様な設定変更をしていることもポイントだ。
美月たちの堕ち神や柚鈴たちの神威設定が無くなり、真の立ち位置や柚鈴の誕生の背景が変更になっている。こうすることで本来テーマのためにやらざる得なかった伝奇物路線で行く必要がなくなってくる。しかし柚鈴と一哉の関係の説明はあるなど伝奇部分に関わらない設定は補完のためちゃんと持ち越しているようだ。悠志郎の暗いところが駄目という設定も双葉ルートでは必要性が無いため弱くなっている。(夜の道を一人で歩いたり幽霊と対峙したり伝奇色の強い他のルートでは有り得なかった行動をとっている。)
神隠しの犯人があれなのは製作側のあまりに哀れな彼女の救済処置とも取れなくも無い。(探偵物にするなら犯人は真の方が何かと都合が良いだろうし。怪しいビジュアルに法術でなんでもありなところも。)それか親子の触れ合いで感動を呼ぶつもりだったのか。
あるいは完全に番外シナリオのつもりで作った可能性も無くは無いが、わざわざこれまで作り上げてきた雰囲気や統一感を捻じ曲げてまであえて設定変更するだろうか?プレイヤーは明らかに双葉シナリオはこれまでのルートと違い浮いていると感じたはずだろうし。
だから本当に伝奇物をやりたいのならこの双葉ルートでの設定変更や本筋での肝心な部分の説明不足や猟奇事件の不干渉は有り得ないはずだ。双葉にしろ各ルートの悠志郎にしろ猟奇殺人事件に巻き込んだ方が伝奇物としての話が面白くなるのは目に見えている。
それを簡単に変更したり書かなかったりしたことが自分にこの作品は伝奇物が特にやりたかったわけではないんじゃないかと思わせることに繋がったのだ。
だが伝記物してはおざなりな感じになっているが、どのルートやEDでもテーマ・コンセプトはきちんと書き切っていると言う点もこの考えを後押ししてくれた。
陰と陽で表された美月と柚鈴のテーマやコンセプトはくどい様だが悲しい運命に翻弄されて大切なものを失ってそれでも小さな幸せを求めて悠志郎と共に未来に進む。というものだ。
陰である美月は設定段階から既に完璧な幸せにはなれない様になっている。人を殺していた事を許せない美月はこの先もその業や罪を背負って生きて行かねばならないからだ。
そして美月にとって大切なものは柚鈴や家族そして悠志郎だろう。しかしその尽くを彼女は各EDで失い場合によっては不幸にしかならない。正に陰の立場のシナリオというわけだ。
1、豹変した悠志郎に殺されるバッドED
2、柚鈴を犠牲になり堕ち神の呪いが消えた手紙ED。
3、柚鈴が残ったが代わりに悠志郎が消えたED。
4、悠志郎を残すため柚鈴が消えた歌が流れるトゥルーED。
まず1と3だがこれらは完全に不幸にしかならないだろう。理由としてだが悠志郎がいないことが原因だ。
柚鈴と美月の幸せの前提条件は小さな幸せを求めて共に未来へ歩んでくれる悠志郎が必ず必要になってくる。特に美月の場合は悲劇の運命に囚われている象徴である以上共に未来に進んでくれる悠志郎無しでは幸せの欠片も求められない。実際3のED後でも最終的には美月の体質が幸せの邪魔をするだろう。
悠志郎がいない為テーマ・コンセプトの完遂が出来ない以上はこのように苦い終わりになるということではないだろうか。
次に2と3だがこれは完璧にテーマ・コンセプトを完遂したものになっている。どちらでも美月は大切な柚鈴や両親を失ったがそれでも、ほんの一欠片の幸せを悠志郎と共に追い求めた。正にあの文章の通りになっている。
2では美月は柚鈴を犠牲にして人間になることが出来た。この結果人を殺して柚鈴までを犠牲にした美月に100%の幸せは望めないだろう。しかし50%の小さい幸せでも30%の幸せの欠片でも、犯した罪や業を背負いならそれでも悠志郎と共に追い求めることは出来る。手紙に書かれた柚鈴の願いのためにも求めるだろう。4でも柚鈴を失い柚鈴が言っていた完璧な女の幸せが得られないとしても悠志郎と共に小さな幸せを追い求める結果に終わることが出来た。
話し変わって次は陽である柚鈴だが彼女は陰の立場の美月に比べ前向きな姿勢の終わりになっている。
理由としては美月の陰の立場と違い陽の立場である事とテーマに成長が込められている事からだろう。
1、初Hで悠志郎を吸収してしまったED。
2、悠志郎に付いて帝都に行くED。
3、両親死んだが小さい美月が残ったED。
4、美月が消え柚鈴と悠志郎が各地を旅するトゥルーED。
1~4のEDの全てにおいて柚鈴も大切なものを失っている。1では悠志郎。2では環境。3では両親。4では美月。
柚鈴も大切なものを失い完璧な幸せで終わることは少ないがそれでも陽の立場らしく強く前向きに生きられる様に成長して終わりテーマ・コンセプトを完遂していることが多い。
あとの3人だが扱いを見れば分かる通り完全にサブだ。物語やキャラの補完的な意味合いしかないだろう。
この3人の中で唯一テーマ・コンセプトに沿っていそうな鈴香ルートはかなり強烈な結果に終わっている。これは彼女の置かれた立場や環境が原因だろうと考えられる。
軽蔑している父親に、実母から父を取った義母に、父から守るべき対象で、愛情を注ぐ事により自己の確立図っている妹の柚鈴に、同じく姉として愛情を注ぎ守るべき対象の妹の美月に、現在の神社の状況に、堕ち神設定。
これらの複雑な環境、状況にいる以上鈴香は一人の女として羽を休める事が出来ない。
神社運営のことがあるので最愛の妹達を食べさせていくためには悠志郎を婿入りさせるしかない。しかし神社に残れば父から柚鈴を守り、美月の姉となり、葉桐とはぎこちなく、父を軽蔑し続けるわけだ。
仮に一哉と葉桐だけが死んでも姉としての立場が残っている以上幸せではあるが唯の一人の女になることは出来ない。
そうならないための方法として取った手段が鈴香から全部取り上げたあの結果なわけだ。
そのおかげで、大切なものを失ってもなお、小さな幸せの欠片を悠志郎と追い求める。と言う月陽炎の根底を一応完遂はしている。
鈴香は大切な妹達や憎む相手、住む場所すらも失った結果なにもかもから解放されEDタイトルである悠志郎という「翼休める場所」を手に入れたわけだが、しかし言ってしまえば完璧に悲劇の運命に翻弄された結果小さな幸せを求めるしか無かったとも考えられるシナリオでもある。
正直多くのプレイヤーがこの結果をあんまりだと思ったはずだ。
葉桐ルートでは運命の相反する立場同士であるのを活かしたキルエンドがあるのが特徴だ。猟奇殺人事件の犯人は葉桐なのだが彼女のシナリオではそれに全く触れる事は無かった。おまけに月陽炎の根底も完遂したのか微妙ではある。一哉を失い残りの時間が少なくても悠志郎と幸せを求めた。ってところだろうがやはり補完程度の意味合いしかないだろう。
双葉に至っては上で書いてある通り伝奇物であることを否定した作りになっているが全ルート中もっとも犠牲が無く変わらぬ幸せな生活を送れる終わりになっている。根底になる設定自体が違うのでテーマ・コンセプトには触れていない。
これらのことが自分に月陽炎は伝奇物が書きたかったわけではなく、このテーマ・コンセプトで書きたかったために伝記物をジャンルとして選んだんだと思わせた理由の全てだ。
もしこの推測が正しいのであればプレイヤーが設定を後付けくさいと感じるのは間違っていないと思う。本当にテーマ・コンセプトを書き切るためだけに継ぎ足した後付の設定でしかないからだ。
それから時代背景が大正時代なのは柚鈴のテーマが絡んでくるからだろう。外の情報が入り難い閉じた世界から飛び出して見たこと無い全く知らない世界に飛び込み大きく成長するが柚鈴のテーマだ。
これをやるにはテレビや雑誌などの情報媒体が溢れている現代ではまず出来ない。双葉という友達想いの友人がいる以上、時代背景が現代では彼女が外の情報を持ってくるだろうからだ。現に彼女はメニューを聞いてきたり学校や街の事を柚鈴に話したりしている。
「全く見た事も無い」世界に飛び込むのと「見た事はある」世界に飛び込むでは意味合いも価値も大きく違ってくる。
そのためだけに時代背景に大正を選んだのではないかなと思っている。
あとはまだ触れていない欠点についてだが、この月陽炎の最大の欠点はゲームの作りと仕方がないとは言えやはり伝奇物として評価されてしまう点だろう。
とにかく痕と作りが似ている。と多くの人が思うはずだ。選択肢がED後に増えたり伝奇的な設定といい。だからどうしても痕のような伝奇物として作られた伝奇物作品と比べてしまう。これが伝奇物としての物足りなさに繋がって評価が下がってしまうことが仕方なかったとはいえ残念だなと感じた。
しかし、月陽炎の根底の部分。
拭えぬ運命に戒められて、大切な何かを失ったとしても、それでも、ほんのひと欠片の幸せを追い求めた少女と青年の物語。
が書きたいがためにジャンルを伝奇物にしたと考えれば十分に名作、秀作と呼べる作品ではないかと私は思っている。
最後に、こんな長々とした文章に最後までお付き合いいただきありがとうございました。