ライターが途中で作品のテーマを見失った作品
本作は,「恋と選挙とチョコレート」に次ぐspriteの第2作目です。
本作は,FC(=Flying Circus)という架空のスカイスポーツを題材とした学園モノの作品です。
青春スポーツバトル&恋愛を描いた作品ですが,√によってはかなり人間の暗い感情まで踏み込ん
で描写されています。
本作のストーリーは,ジュニア時代に名を馳せた主人公(昌也)が挫折を経験し,FCの世界から逃避
していた折に,転校生である明日香に出会って再びFCの世界に引き戻され,コーチという立場でFCと
向き合うというものです。
他の方が言うように,挫折した主人公が競技者を支える立場で競技にかかわる点や架空のスポーツを
題材にしている点で「ワルキューレロマンツェ」を想起させる部分もありますが,本作はよりスポ根
色が強く,また他校との交流もあるので,まさに学生時代の部活動といった感じでしょうか。
個人的には,「フェイクアズール・アーコロジー」が思い出されましたが……。
このブランドは,前作が美しいCGくらいしか見所がないという残念な作品でしたのであまり期待は
していませんでしたが,良い意味で期待を裏切ってくれた作品だったと思います。
ただ,主人公がヒロインと共に成長するわけではなく,主人公がヒロインの成長を見守る(見届ける)
シナリオですので,そこだけが非常に残念でした。
以下,ざっと√ごとの感想を。
ちなみに私は,莉佳→真白→みさき→明日香の順でプレイしました。
●共通√(6章まで)
昌也達がFC部に入部し,高藤との合同合宿を経て,夏の大会に臨むまでが共通√のお話です。
仕方ないことかもしれませんが,夏の大会までは公式戦がなく,真剣勝負の緊迫した試合を期待した
ユーザーは,起伏の少ない展開に退屈させられることと思いますが,そこまでは我慢してプレイする
しかないでしょうね(笑)
個人的には,真藤や部長といった男キャラがいい味を出していたので,個別√に入るとめっきり出番
が減ってしまったのが残念でした(みさき√除く)。
せっかく男女で差が出ない(むしろ女性有利とさえ言われている)スポーツという設定なのだから,
ヒロイン達と同年代の男のライバルキャラがいても良かったと思います。
●莉佳√
彼女の√は,莉佳の所属する高藤学園に「黒渕」というラフプレイヤーが殴り込んできて,部員が
怪我をさせられたので,怒りに燃える莉佳がフェアープレイで黒渕との因縁にケリをつけ,改心さ
せるというお話です。
莉佳は,何というか素直で優等生なキャラで,どうしても他のヒロインと比べると個性が弱いので,
シナリオとしてもあっさりな感じでした。まあ,この√では昌也のトラウマの一端が垣間見える程度
でその辺りは未解決で終わりますし,結局黒渕の抱える「闇」を晴らすのがメインなので,致し方な
いでしょうかね。
また,共通√でも度々感じていましたが,どうも本作の主人公は,周りからの評価が高い割には,
思慮に欠ける采配や行動が目につき,あまり好きになれませんでした。
莉佳√とはいえ,「明日香なら大丈夫」と高を括って再戦を受け,自分の指導する選手に怪我を負
わせたあげく,「悪いのは相手の選手だから」ってあんた無責任過ぎやしませんか?
●真白√
彼女の√は,夏の大会で真白との「試合で1勝させる」という約束を果たせなかった昌也が,真白と
二人三脚で練習に励み,約束を果たすというお話です。
真白は,小動物的な可愛さが魅力的で,デレた後の乙女チックな言動やテンパっている姿が印象的
ですね。また,真白√では,FC部を辞めたみさきの苦悩やみさきと真白の馴れ初めが判明しますが,
飄々とした姿の裏に垣間見えるみさきの弱さや真白への優しさに少しうるっとさせられました。
この√では,トラウマに向き合った昌也が再びスカイウォーカーを目指すということで,莉佳√より
は主人公のトラウマが掘り下げられていたのは良かったですが,相変わらず試合中の指示は無能で,
「ヒロインより主人公の成長が必要では?」と何度思ったことでしょう。
兎にも角にも,キャラゲーとして見れば十分及第点な√だったと思います。
ちなみに,この√だけ少し文体が違うように感じられたのは自分だけでしょうかね?
●みさき√
個人的には本作で一番好きなヒロインです。
彼女の√は,夏の大会で自分の限界を感じたみさきがFCから逃避したため,同じくFCから逃げた昌也
がみさきを支え,明日香を倒すべく,秋の大会へと邁進するというお話です。
この√では,スポーツをしたことがある人なら誰でも感じる「才能の壁」や「努力が報われない時の
無力感」などの負の部分を丁寧に描写していたので,共感しやすいシナリオだったと思います。
ただ,この√でもやっぱり昌也の言動や成長といった部分で消化不良に感じる部分が結構ありました。
まず,この√ではようやく昌也のトラウマの原因が判明するのですが,「昌也さん,あんたメンタル
弱すぎじゃない?」っというのが率直な感想です。確かに,葵をして「天才」と言わしめた昌也が天
狗になっていたところで,FC初心者のみさきに才能を見せつけられて挫折する気持ちも分からなくは
ないですが,それがトラウマで飛べなくなるって(笑)
せめてトラウマを克服しようと努力したけど,克服できなかったというような具体的なエピソードが
あればもう少し共感できたのでしょうが……。
また,シナリオ上仕方ないかもしれないですが,昌也がみさきをコーチすることで,みさきは少しずつ
成長するのですが,肝心の昌也が「共に」成長するわけではないんですよね。昌也がしたことは,あく
までみさきが成長するのを助けただけで,その後にようやく昌也自身もFCに復帰する程度ですし。
そして,一番不満だったのが,昌也がみさきの優勝後に真藤に対して,自分の想いを告げに行くシーン
です。そこは「真藤」じゃなくて「葵」に対して言わなきゃダメでしょう(苦笑)
しかも,話の内容が「俺,もう一度FCやってみたいけど恐いんです」って,あんたそんなこと自分で
決めて,実際に飛んでみてからにしろよ。
こんな感じで主人公絡みでかなり不満は残りましたが,それさえなければとても良いシナリオだったと
思います。
●明日香√
彼女の√は,夏の大会でFCの常識を覆す戦術を用いた「乾沙希」を打倒すべく,皆が一丸となって明日
香の成長に協力するというお話です。
明日香は,正直あまりに現実離れしていて,私の価値観から程遠いタイプのヒロインでしたので,全く
共感できませんでした。作中内でも「バケモノ」と評される明日香さんですが,その存在には恐怖すら
感じられました(苦笑)。
さて,問題のシナリオについてですが,結論から言えば,この√は「新しいFCとは?」という作中で何
度も投げかけられた問いに対する解答を提示するために,作品で積み上げてきたテーマを全て台無しに
してしまった,超展開なシナリオだったと思います。
本作で終始描かれてきたのは,壁にぶち当たったヒロインが主人公と協力し,成長する物語でした。
そして,この√でも沙希に対抗するべく,主人公がFC部の仲間や高藤の面々,さらに葵の力まで借りて
明日香の成長を手助けし,ようやく明日香が沙希に追い付く辺りまでは王道のスポ根としてよく出来て
いたと思います。
しかし,沙希が規定のルールに準拠した新グラシュで以て,既存のFCの概念を打ち壊し,新たなFCの可能
性を提示する辺りで展開に着いていけなくなりました。葵の言葉を借りるならば,「選手以外の部分」が
勝敗を180度左右してしまう展開の始まりです(笑)。
私がゲーム途中に感じたのは,「これって,競泳用水着のレーザー・レーサーと同じでは?」ということ
でした。確かに,現実のスポーツの世界では新素材や新規格によって既存の概念が根底から覆されることは
よくあります。しかし,それは選手であるヒロインの「成長」をテーマに据えてきた本作において,それま
で0.1秒を削るために必死に積み重ねた努力や才能を一瞬にして覆してしまう正に「禁じ手」だったと思い
ます。すなわち,ここにきて作品のテーマが突然ミクロ(個人の成長)からマクロ(FCの変革)へとシフトし
てしまうのです。そして,ラスボスである沙希に呼応して,明日香も同様にバランサーを切るという禁断の
手法に手を出してしまいます。
多分,私のように,ここまでの地に足のついた人間臭い展開を楽しんでいたのに,一瞬で梯子を外されたよ
うに感じられたユーザーは多かったと思います。
●昌也のトラウマと克服
最後に,本作の最大の欠点(と私なりに考える)である,「昌也のトラウマ」について考えてみたい。
まず,昌也のトラウマの原因となったエピソードは,みさき√で最も明確に描写されていますが,ジュ
ニア時代にFC初心者であるみさきに自分が長年の努力でようやく習得した飛行技術を即座に模倣された
ことにあります。
そのエピソードから昌也が感じたのは,確かに,総じて「才能の壁」と言えなくはありません。
しかし,√ごとに昌也が感じた想いのニュアンスは微妙に異なっています。
以下,引用してみると,
「でも,俺には今の莉佳が感じていたような,行き詰まった心境が理解できていた。それまで上手く行
っていたことが,急にできなくなって,壁を感じるようになったこと。やさしい問題ばかり解いてい
ればよかったのに,急に無理難題に挑まねばならなくなったこと。そういう,理解が追いつく間もなく
追い詰められたことが,俺にだってあったから。」
(莉佳√で莉佳のコーチ就任理由を葵に問われた際の返答シーンより)
「空を飛ぶ天才は,それを超える才能に叩き落される。……頑張って頑張って,報われないのがこわい
じゃないか。お前の才能はここまでだった言われるのがこわいじゃないか。だから頑張ることをやめた
のに。」
(真白√で真白からオールブルーを見せられる前の夢シーンより)
「俺より上手に飛べる奴がいるなら,俺が飛ぶ必要なんてないって,そう思ったのだ。」
(みさき√でみさきに自分の挫折エピソードを語ったシーンより)
「天才なんて…どこがだよ…俺みたいなのが。何もかもすべて奪われた。ずっといられる場所だと思ったの
に。ずっと空を見ていられると思ったのに。ずっと自分が先にいると思っていたのに。全部,ボロボロに
なって崩れてしまった。……あいつみたいなのが,空にいるべきなんだ。……忘れよう。空のことも,世
界のことも,FCのことも。俺はもう,葵さんと同じ場所にはいられないんだ。空にいることすら,許せな
いんだ。」
(明日香√で明日香に対して過去の想いを吐露するシーンより)
こうして並べてみるだけでも,そのニュアンスの違いが感じられるのではないでしょうか。
これらの感情を「才能の壁」と一言で纏められなくはないですが,そうすることで昌也の感じた想いの一部
が抜け落ちてしまうので,あとは各ユーザーの感性にお任せするとして,こうしたニュアンスの違いが各√
における昌也のトラウマの程度や何を以て「トラウマの克服」として物語を纏めるかの終着点の違いを生んで
いるのだと思います。
ちなみに,本作には4人のヒロイン攻略後にFINALエピソードとして,昌也と葵が再び空で邂逅する話があります。
おそらく会話から推察すると,昌也がどのヒロインとも恋仲にならずに,自力で選手復帰した後のお話だと思い
ますが,わざわざラストにこのエピソードを挿入した制作側の意図としては,
「トラウマの克服」 = 自分が空にいることを赦すこと
というメッセージを伝えたかったのではないでしょうか。