SF小説。前半はとても気に入りましたが、後半はメッセージこそいいものの、料理は巧くなかったなと。惜しい作品でした。
核戦争後の世界、廃墟で一人(本当は一体かもしれませんが、一人と書きます)、来ない客を待ち続けてたたずむ、プラネタリウム案内のロボット、“ゆめみ”。
そこに、一人の人間が現れるところから物語が始まります。
物語前半は、壊れたプラネタリウムの機械を直すことになった、主人公とゆめみのやりとりが描かれます。
僕は本来、人の話を聞かないキャラは好きじゃないのですが、ゆめみは不思議と気に入りました。
二人のやりとりは面白いし、涼元氏らしいしっかりした文章も読みやすかったです。
いつもKeyのゲームに感じる中だるみは、今回全く感じませんでした(AirやCLANNADは好きですが、麻枝さんの文章自体はあまりうまくないと思っています)。
中盤のクライマックスはプラネタリウムの上映シーン。
ここは本当に気に入りました。僕は元々星空が大好きで、プラネタリウムも好きなんです。
プラネタリウムにおいて感じるドキドキを、見事に再現してくれたなと。
ここまでは文句なしだったんです。ここまでは。(85点くらい)
問題は後半。
とうとう主人公が、『聖域』から離れる日が来ます。
その主人公についてくる、ゆめみ。
しばらく行った先に、兵器ロボット(ダサい表現だけど、敢えてロボットと書きたかったので)の姿が。
絶体絶命の主人公を、護って壊れるゆめみ。主人公はロボットを倒し、ゆめみを看取ります。
A「人間を守ることこそ、ロボットの使命」
B「きっと、あの(兵器)ロボットも壊れていたんだ」
C「メモリースティックを渡します。これがあれば、私は別の筐体でも再起動できます」
この三点を言い残し、ゆめみは目を閉じました。END。
はぁ、そうですか。
涼元さんは恐らくBが書きたくて、こういう展開にしたんだと思うんです。
「きっと、ロボットが壊れていたんだ」。
作中では言葉にされてはいませんが、これはNoですね。
「人間が、壊れてしまったんです」。
便利なはずのロボット、人を幸せにするロボット。
健全な人間が作ったロボットの象徴が、“ゆめみ”です。
対して、仲間であるはずの人間を、破壊するためのロボット。
人間を悲しませるために、作られたロボット。
壊れてしまった人間が作ったロボットの象徴が、“兵器”なんですね。
僕はこのメッセージ自体には、とても共感できます。
ただ、このBを描くために、いろいろと他のものを犠牲にしてしまった気がしますし、
Bの描き方自体あまり巧いとは言えません。
たとえばA。これはアイザック・アシモフの「ロボット三原則」が下敷きになっていますが、
それを知らない人は、置いてきぼりになる恐れがあります。
「ゆめみっていい奴だな」くらいで流されてしまうと、Bを理解する上で支障が出るのではないでしょうか。
たとえばC。これこそBの弊害ともいえる悪手です。
Bを効果的に描くために、善なるゆめみは、病める兵器に壊されなければならなかった。
その結果が、安易なCです。
だいたいメモリースティックがあるのなら、何もお涙頂戴にする必要はないんです。
再起動してあげればいいじゃないですか。それこそエピローグでもつけて。
僕はこの手の話はエロゲだけで2回も見てるので食傷気味ですが。
僕なら、プラネタリウムを去る主人公に、ゆめみは同行させません。
お別れを描くと思います。
つまり、この希望のない世界で、ゆめみはまた一人お客様を待ち続けるという話にします。
主人公は、この世界のどこかで、星空の素晴らしさについて語りながら旅をし、
その話を聞いて、星空に興味をもった人たちが、ぽつぽつとゆめみの元にやってくる。
そして、記念すべき250万人(でしたよね?数字違うかも)めに主人公が再びゆめみの元へ~
という流れのお涙頂戴ハッピーエンドはどうでしょうか。
あるいは、主人公の拡めたうわさ話を聞いた人が
“兵器”を差し向け、ゆめみもろとも聖域を破壊するという展開もありですね。
上のハッピーエンド案と違い、救われないエンドですが、これならBのテーマは描けます。
そんなわけで、Bというメッセージ自体は良いですが、それを描くためのお涙頂戴なゆめみの死はいかにも安易。
ということで、前半部は85点、後半は70点。総合で78点をつけました。