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feeさんのはるのあしおとの長文感想

ユーザー
fee
ゲーム
はるのあしおと
ブランド
minori
得点
93
参照数
578

一言コメント

成長物語として珠玉の出来。ただし、プレイヤーを選ぶかもしれない。将来に不安を抱えている方にお勧め。↓は完全にプレイ済の人向けの、悠シナリオ&最終シナリオの感想。長文です。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

『桜乃悠シナリオについて』

 恋人同士になった途端に、崩壊していく悠。精神的に自立していない甘えん坊が、恋人を作るとこうなってしまうという典型例にも思えます。また、シナリオでは明確に触れられていませんが、彼女はゆづきと同様自分に自信が無いように思えるのです。
初めは、単なる焼きもち焼きレベルに見えた悠の独占欲ですが次第にエスカレートし、樹に対して『自分だけを見てくれる、自分だけのおにーちゃん』を要求します。これはとりもなおさず、自分に自信が無いからではないでしょうか。確かに、恋人の視界に魅力的な異性がちらつくのはあまり好ましいものではないですが、悠に関してはそんなレベルではありません。樹の世界から他者を排除することを願う発言もありますし、樹が東京へ行くことを決めたとき悠ははっきりと「教師にならないでほしい」と言います。彼女は樹の意思になど興味はありません。ただ、樹が自分だけを見てくれる『現在』が続くことだけを願うのみです。保母になるという夢への努力を先延ばしにするのも、それが樹との現在を阻害する要素だからです。加えて、もしも自分が堕落しても樹が何とかしてくれるという楽観がそこに含まれています。


保母になるのはまだ先でいい。二人はずっと一緒なのだから、焦ることは無いという台詞の裏には、自分が保母になって給料を稼ぐまでは樹に食べさせてもらおうという甘えが存在するのです。
悠は、樹との将来を信じることが出来ません。故に、現在が続くことを願い、現在を破壊する未来の影に脅え、二人の世界に固執するのです。
ここには一つの矛盾が隠されています。つまり、『樹との将来を信じることが出来ない』にも関わらず、『樹が自分を食べさせてくれる』、より丁寧に書くならば『樹が恋人(夫婦?)である自分を食べさせてくれる』という図式が成り立つのです。これはどういうことでしょうか。
……と振っておいてなんですが、大したことではありません。『現在』と『未来』の概念の問題。言葉遊びみたいなものです。


悠は別れを怖がっています。別れとは、つまり状況の変化ということです。状況が何も変化しなければ、二人の関係も変化しません。イコール、別れもまたありえません。『現在』が続くということです。この『現在』は時間的なものを指しません。状況が変わらなければ20年後も30年後も現在なわけです。20年も30年も状況が変わらないなんてことは99%ありえませんがね。


一方、状況が変化すれば二人の関係にも変化が生ずる可能性があります。これが悠にとっての『未来』です。この『未来』もまた、時間的なものを指しません。1秒後でも状況が変われば『未来』だし、5年後でも状況が変わらなければ『現在』ということです。
これを踏まえれば悠の望みははっきりとします。つまり、『現在』を可能な限り引き伸ばすことです。『現在』悠は樹と恋人になっており、幸せな状況です。悠は可能な限り、その『現在』を引き伸ばそうと考えています。悠は自分を信じることが出来ません。状況が変わったら、樹が自分を捨ててしまうという不安があります。二人の『未来』を信じることが出来ないのです。だから、このままではいけないと知りつつ『現在』を引き伸ばすことしか考えられないのです。


目をそらし気づかない振りをしていますが、彼女は当然、時間の経過による“状況の変化”には気づいています。このまま『現在』を引き伸ばし続けても、いつか限界が来ることに気づいています。そして、そんな引き伸ばされた『現在』の先に待つ『未来』が暗いものであることにも気づいているのです。だから、悠は幸せな状態でありながら、幸せを感じることが出来ません。
彼女は、精神的に不幸なのです。


彼女は未来を自分と樹から遠ざけるために、樹の行動にも制約を求めます。そして、そんな風に自分に依存し、自分をコントロールしようとする悠を樹は負担に感じるようになります。こうして、樹は悠から離れ東京へと向かいます。それは、自分のためである以上に悠の将来のため。そして、悠のためである以上に自分の将来のためでもありました。
樹と別れた後、悠は保母になります。猛勉強の末、資格をとった悠。子供たちに慕われ、愛される悠。それらは紛れもなく自分の力によるもの。自分に自信を持った悠は、もう極度に恋人に依存することもないでしょう。


悠が樹に依存することなく付き合えるまでに成長した時、樹は戻ってきます。悠を迎えに、芽吹野へ。


……単に、いやなことを先延ばしにする『ニート理論』、又は『夏休みの宿題8月31日理論』を上で延々書いているだけだったりします。


「智夏シナリオの位置づけについて」

このシナリオは、他ヒロインをクリアしてからでないと攻略できない、いわゆる最終シナリオの位置づけとなっています。それを踏まえて、智夏シナリオを物語の結論。総集編だとするのが本来自然なのでありますが、そうするとこのゲームの価値を大きく変動させかねません。リアル仮想の世界からギャルゲー世界への回帰などと考えると、「はるおと」の成長物語としての趣が薄まりかねません。また、樹の教師としての成長を描いているという意見も見ましたが、これもまた賛同しかねます。というのも、このシナリオでの樹は順風満帆すぎて、成長も何もないからです。むしろ他3シナリオの、生徒になめられながらも悪戦苦闘する樹の方が、成長物語としては適切です。


3シナリオの未来……つまり、「自立した大人としての恋人関係を描いたシナリオ」というのも不適切。んなわきゃありません。悪戦苦闘する描写をカットし、生徒に慕われていく描写が多い当シナリオ、ギャルゲー的都合の良さであっさりと桜鈴での教師生活続行が決まり経済的に自立した樹と、全てを赦す存在である智夏の物語をそんな風に見ることは不可能です。


このシナリオは、“おまけ”と割り切るべきです。過酷な本編3シナリオのお口直しと考えれば、この智夏シナリオもなかなか捨てたものではありません。ギャルゲー的居心地の良さ、桜鈴のぬるま湯を存分に味わうことが出来、プレイ後はほのぼのとした気分になれます。
厳しい現実を次々と突きつけられ、それに向かって努力する物語である「はるおと」は、とてもメッセージ性の強い物語であると共に、プレイヤーを選ぶ物語でもあります。あまりにも痛すぎるが故に、そっぽを向かれてしまうかもしれません。


そんな傷みに耐えたプレイヤーに対するギャルゲー的ご褒美がこの智夏シナリオであり、このシナリオをプレイすることによってギャルゲーをプレイする幸せをプレイヤーは感じることが出来ます。このぬるま湯を嫌って、他シナリオの樹が東京に向かったということも、忘れてはならないポイントです。


『最後に』

本当は、一番好きなのはゆづき嬢です。シナリオも一番読後感が良いと思いますし(白波瀬とのつながりも続いているし、和とかとも繋がってそう)、何より激しく萌えたので。まきいづみボイスも大好きですし。
悠シナリオで書いたことの補足として、ゆづきと悠との比較の話をします。
ゆづきは、悠と同じで自分に自信がありません。ですが父親に甘やかされてきた悠と、両親から十分な愛情を与えられなかったゆづきという、環境の違いが両者の違いを生んでいます。
悠が元気そうに、時に馬鹿っぽく振舞うのは、そうすれば周囲がかわいがってくれるだろうという計算があるからだと思います。一方、ゆづきは他者を全く信用していません。裏返せば、甘えもしません。だから樹に依存することはないのだと思います。


今回は、久しぶりに名作に当たったのでハッスルしすぎてしまい、文がえらく長くなってしまいました。
こんな長文、乱文を読んで下さった方、本当にありがとうございます。