プレイ時間は約12時間。BLミステリノベルゲーム界隈の怪作。ノベルゲームとしての構造が丁寧で、非常に練られています。√分岐も綺麗で、分岐毎にシナリオの変化を楽しむことが出来る作品です。初見では、とある√固定に思われるかもしれませんが、ご安心を。二周目以降、特定の場所で新しい選択肢が出現し、ノベルゲームらしく分岐していきます。サウンド、キャラクターの配置に至るまで手を抜いていないので、安心して物語に没頭出来ます。BLやホラー、ミステリに抵抗がなければ、是非、手に取っていただきたい。そんな作品でした。
☆作品紹介
本作は、ADELTA様の同人作品でして、2024年10月にリリースされました。ADELTA様について私は何も知らない状態でプレイ開始。プレイしたのも、実はXのとあるフォロワー様方が「面白い!」と仰っているのが理由でした。通常、私は積みゲーになるのを避けるために購入には慎重になるのですが、今回は2025年冬にリリース予定の『後編』を他プレイヤー様と一緒に待つために、一刻も早くプレイ。
本作の内容としては、アガサ・クリスティーの傑作『そして誰もいなくなった』をオマージュした、所謂クローズド・サークルものでした。昭和30年が舞台なので、電話が発達しているはずなのですが、とある理由で連絡がつかなくなる。島には理由あって集った男性達。医師やお坊様が揃った現場では何も起きないはずもなく。
さあ、早速、ネタバレなしではありますが、本作の良さを紐解いていきましょう。
〈この先、ネタバレは一切ありません。どなたでも安心して閲覧いただけます。〉
☆シナリオ(45/50)
ノベルゲームらしさが詰まった、高水準のミステリシナリオ。
〇作品としての総合力が凄まじい
まず賞賛したいのは、作品としての総合力です。本作は「ノベル」、「ゲーム」として一級品であると宣言します。なぜなら、本作は豊富な語彙力の下、綿密に構築された地の文で、小説感を出しながら、小説独特の説明的、叙述的な雰囲気を醸し出すことに成功しています。かつ、ゲーム要素としては、下記の項目で記す通り、明確にノベルゲームとしての強みである「選択肢による分岐」を丁寧に描写しています。以上が、まずノベルゲームとしての完成度の高さなのです。
次に作品全体の雰囲気ですが、これがまた素晴らしい。本当に丁寧な文章によって紡がれた、巧みな描写。これにより、情景がありありと想像できるのです。そこにはクローズド・サークル独特の閉塞感が存在しております。特に主人公の大崎は概ね信頼できる好人物として描かれているので、猶更、周囲の異常性が際立つのです。
以上の要素を踏まえると、作品としての総合力=全体の雰囲気と構造がいかに優れているのかというのがお分かりいただけたでしょうか?ちなみに、本作は細かい情報が次々に出てきますが、その情報の整理にはこれまた丁寧に、解説画面が付属します。ゆえに、読者も最低限、分かりやすい状態で物語に導入できる。そこがまたユーザーフレンドリーで好みでしたね。
〇ノベルゲームでしか出来ない分岐
次に分岐です。みなさんには最後まで本作のシナリオを楽しみ尽くして欲しいです。というのも、本作は一度特定のシナリオをクリアしてかなり綺麗に終わります。しかし、そこが終点ではありません。その後、選択肢が出現し、シナリオが分岐されて、いくつか(詳細はネタバレに触れるので伏せます)のシナリオに分岐していきます。この点こそが、ノベルゲームでしか出来ない所業です。
私はノベルゲームとは、選択肢であると捉えております。話は若干、逸れますが、私が近年の作品に高評価を点けづらい最大の理由は選択肢の必然性に乏しく、ノベルゲームとしての体裁を保っていながらも、実は、小説媒体でも実現可能。よって、ノベルゲームである意味がない、という現象に陥っているからですね。「選択肢の簡易化」問題です。しかし、その点『大穢』は完璧でしたね。いやあ、まさか事件の内容から一気に変わってくるとは!ノベルゲームにおいての分岐の大切さが分かっている方が制作なさっている。そう確信しました。いや、だってシナリオ分岐の重要性が理解出来ていないと作れないでしょう!こんな緻密な分岐は。最大級のシナリオの裏には必ず、分岐による必然性がある。そう考えています。その点で言えば、本作は完全な作品でしたね。
未プレイの読者の方々には、必ず、クリア後に再プレイして、選択肢を総当たりしていただきたい。そう思います。
〇少しずつ本性が暴かれていく王道のクローズド・サークル
突然ですが、クローズド・サークルものとホラーは相性がかなり良いです。その意味で、本作は良い例となってくれました。何せ、外部との連絡手段が断たれた状況では、人は醜き本性を露わにするのですから。
本作、『大穢 -前編-』では人間の裏の側、つまり抑止されているはずの野生が、理性を押して、少しずつ解けていく過程というのが、非常に丁寧に描かれているのです。私は『ひぐらしのなく頃に』や『うみねこのなく頃に』の原作が大好きです。本作はあれらの偉大なる作品群に近いものを感じます。疑心暗鬼に駆られる登場人物達が取り乱す様はまさに人間の穢い部分。読み物として純粋に面白かったですし、今後の『後編』ではどういった展開になるのか非常に楽しみです。
〇展開は予想できないが、インパクトは不足か
本作のシナリオに欠点らしき欠点は正直、ありませんでした。しかし、超有名な90点台の作品と肩を並べるほどではないと考えてもいます。というのもですね、全体的に丁寧過ぎて、読み手としては非常に嬉しいのですが、ホラー、ミステリとして見ても、若干、インパクト不足には陥っていたのかなというのが、私の率直な感想です。詳細はネタバレになるので語る事はしません。ただ、「ここでこうなるのか」という描写が丁寧過ぎるゆえに、作品としての衝撃は薄れてしまっていたのかなと思います。超有名作品は、そこの塩梅が異常に上手い作品ばかりです。しかし、本作の展開は悪く言えば、地味で、平坦ではあるのです。物語である以上、緩急はつけて欲しい。「静」ばかりが展開されて、「動」が少ない。そうお見受けします。
もっとも、そこが本作の良い点でもあるわけで、直して欲しいと言っているわけではありません。事実、本作の展開は少なくとも予想出来る類のものではありません。きちんと選択肢の下、事件の真相に至る過程を踏んでいます。しかし、BGM、演出、その他で展開を畳み掛け、全体の緩急をつけて欲しかった。そうは考えております。
総合的に見て、シナリオは45点です。前述した「シナリオの緩急問題」が理由で、満点から5点引いています。これは、もはや好みの問題です。実際、私は本作にシナリオで満点を点ける方がいらっしゃっても全く違和感はありません。ノベルゲームとして出来ることは、ミステリとしてもの要素含めて、完全に出来ています。その意味で、本作は素晴らしい功績を上げた作品です。しかるべき評価が与えられるべきでしょう。よって、シナリオは45点。高得点です。
☆キャラ(34/40)
キャラクター部門ですが、これまたしっかりしている、隙がない作品です。本作は主人公大崎と、有明、そして各攻略可能キャラクター達の約10名程度で物語の本筋が展開されていきます。しかし、サブキャラクターである新木場や台場静馬等の立ち絵もきちんと用意されており、本当に同人作品なのか!?というクオリティです。まずはここが感動した点です。
次に好きなキャラクターですが、私は大崎、青海、市場前の順に好きですね。攻略対象も少年から初老のおじ様まで幅広く取り揃えているという、なかなか攻めた内容です。
大崎はですね。正直、この物語に触れて彼を苦手になる方はいないであろうというくらい好人物に描かれています。確かに、公式のキャラ紹介では不愛想・無愛嬌と記されておりますが、意外とユーモアに反応出来たり、決してものを分からない人物ではありません。そこがまた可愛げがあるということで。BLゲームの主人公としては良い意味でテンプレートなのでしょうかね?嫌味がない、好青年という印象です。続いて、青海。彼は物語の中で周囲が狂気に歪む中、理性的な鋭利さと、それゆえの本性を有していました。私が好きなキャラクターですし、人気キャラクターでもあることでしょう。最後に、市場前ですが、おじ様最高!年配の好感が持てる男性大好きな私には突き刺さりました。壮年の医師らしく、落ち着いた雰囲気にはたまらないものを感じますし、作中での活躍も…ああ、大崎、青海含めこれは言えませんね。是非、本編を購入の上、楽しんでいただければと思います。
他の人物、有明、新橋、日出、汐留、竹芝、豊洲、船野。そして、島の外部ではありますが、台場静馬、新木場、品川に至るまで男性キャラクターばかり。いやあ、驚きました。正直、女性が出てこない作品は、勉強不足につき、経験がないです。しかし、大分好きになりました。今後、BLものでも躊躇なく手を出していける程度にはハマりましたね。勿論、これは本作のキャラクターの立ち方が非常に丁寧だったからという条件の下ではあるとも考えていますが。
ただ、唯一、気になったのはやはり女性キャラクターが不在のため、華やかさがどうしてもないと考えたためです。というのもですね、本作に女性キャラクターが出てこないのは明らかに意図したものであることは分かるのです。これは、BL作品として見てもそれなりに珍しいのではないでしょうか。しかし、物語の深みを深掘する上で、男性ばかりでは、どうしても華がない。キャラクターがどうしても短調には感じました。無論、これが小説やドラマ等別媒体ならそれが許されるのですが、本作はあくまでノベルゲームです。然るべき、安息が必要でしょう。娯楽である以上、男性プレイヤーに向けた気遣いも必要だと思います。もっとも、これは完全な私の好みの問題ですがね。シナリオ同様、キャラクターで満点を点ける方がいらっしゃっても私は納得します。
以上の点、女性がいない点をどう考えるかですね。私は否寄りでした。しかし、大崎、青海、市場前、他魅力的なキャラクターはまさに一騎当千のキャラクターばかりです。キャラクター項目は34点に相応しいでしょうね。
☆その他(8/10)
サウンド、演出、雰囲気、システムです。これまた高レベルでまとまっています。
まず、サウンド。私が最も驚いたのは、様々な局面で適切なものが用意されているSEです。雨音、恐怖、狂気、その他。そのSEがいちいち素晴らしい。SEはミステリのみならず、ノベルゲームにおいて必要不可欠なものであると考えているので、満足の出来でした。ボーカル曲やBGMも極上の出来です。これは相応に評価されるべきでしょう。特に1つ目のEDの際に使用されたとあるボーカル曲。あれは歌詞も含めて雰囲気出ていましたね。感銘を受けました。
演出のユーザーフレンドリーさも本作の特徴でしょうか。ボイスの流れるタイミングまで計算されていました。また、演出とは違うかもしれませんが、上述した通り、本作では状況説明の際に図で説明を逐一入れてくれるのです。また、途中の謎解きパートでも大崎が綺麗に選択肢で正解にまで導いてくれる。おかげで複雑極まる状況も理解しやすい。制作者様視点から見れば、ユーザーに理解させるための努力を怠っていません。そこが並のミステリ作品と比べて配慮が出来ている点だと言えます。これも加算点です。
雰囲気。これもまた素晴らしい。シナリオの項目で触れたので、ここでは簡易化しますが、クローズド・サークルの閉塞感をよく引き出している、素晴らしい雰囲気でしたよ。文句なしです。
最後にシステム。流石に、ここは若干の物足りなさはあります。バックログからのシーンジャンプ機能(ボイス再生機能はあります)がなく、全体システムも総合して簡易です。しかも、どこに何があるのか一見して分かりにくい。そこに本作の弱点があるとは思っています。もっとも、回想リスト、書簡リスト、事件簿、登場人物の情報等微細な部分まで拘っておられて、大変好感が持てます。
その他が8点である理由は、上記システムの他に、上位作品の中では、印象な楽曲が一歩不足している。雰囲気は完成されているが、女性が存在しないことから、どこか味気ない部分もある。これらの総合的な点で、最大級の作品と比べて二歩譲るべき部分がある。そう考えて、この点数を点けています。ここまでくると、個人の好みです。私は、こう感じた、程度の参考でお願いします。
☆総括(87/100)
総合的には名作(A)認定です。同人作品ならではの攻めた姿勢。行き渡った諸要素等、本作で褒められる点はいくらでもあります。
一方、本作はあくまで『前編』です。『後編』の出来がどうなるのかで、大分この先の評価が変わると思います。その際には必ず記事化します。正直、インパクトという点では、王道のミステリの枠を出ていない作品です。ゆえに、不足している点も少なからず見られます。しかし、私はこの「王道の昭和・クローズド・サークル」を描き切ってくれた点は美点だと認識しております。また、本作はBL初心者にも優しい作品です。BLに多少、抵抗がある方にも自信を持って勧める事が出来る。その要素がシナリオとキャラクター、サウンド面に凝縮されていました。
総合してみると、欠点らしき欠点がほとんどない『前編』でした。『後編』の頒布が今から大変楽しみであるとともに、期待しています。ADELTA様にはこの場を借りて、お礼申し上げます。素敵な作品を手掛けて下さり心から感謝を。そして、何より、ここまでネタバレなし感想を閲覧いただいた読者の皆様にもお礼申し上げます。ありがとうございました。