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eringi7854さんの彼方の人魚姫の長文感想

ユーザー
eringi7854
ゲーム
彼方の人魚姫
ブランド
Wonder Fool
得点
58
参照数
360

一言コメント

私は葵→日輪→藍魚でプレイ。藍魚は最後にするのが最も読後感が良いと考えます。 本作はひと夏の青春劇、『人魚姫』らしいシナリオ。表面だけ見ると高級感がある作品でした。 ただ特に共通√を中心に細かい荒がかなり目立っており、総合的に見ると決して手放しに褒められる作品ではないと思ってしまいます。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


☆作品紹介
 10年前、大切な友人を亡くした少年少女には未だに心の傷があった。そんな中、主人公、波島伊月は海でおぼれかけていた子供を助けようとして、自らも危険にさらされる。そんな中、伊月は一人の「人魚」を見た。それはひと夏の物語の幕開けとなるのだった。…あらすじとしてはこんなところでしょう。
 私にとってWonder Fool初作品です。『アオナツライン』、『ユキイロサイン』の評価がかなり良く、私なりに興味がありました。主題歌、雰囲気、も良く、大して悩みもせず、購入に至りました。何より出演声優さんが良かったですね。今の業界の中心部に位置する声優さんをきっちり三人配置しています。さて、肝心の中身はどうだったのか。見ていきましょう。

☆シナリオ(26/50)
 結果としては良い声優ゲーだという印象が強く、シナリオについては残念ながらかなり不満があります。勿論、良かった点もありますので分けてお話します。
 まずは良かった点。それは高〇生の夏独特のあの青春的な雰囲気をかなり再現していた点ですね。シナリオライターの冬野どんぶく先生の作品は初めてでしたが、冬野どんぶく先生は恐らく青春の描写がかなり得意なのだと思います。ゆえに『アオナツライン』、『ユキイロサイン』も良い青春ゲームとして評価されているのでしょう。非常にノスタルジックな気分にもなりましたし、読んでいて安心しました。また、これは悪い点でもあるのですが、視点が頻繁に移動するので、読んでいて飽きません。青春群像劇風ということでヒロインにも十分にスポットが当たっており、掘り下げはしっかりしていました。
 一方、悪かった点。こちらは大きく分けて三点あります。1点目は主人公、伊月の存在感がかなり薄い点、第2に選択肢が簡素過ぎる点。第3に文章があまりに説明的、詩的過ぎる点です。
 第1の点ですが、特に共通√で伊月の存在感が薄過ぎると感じます。本作の共通√はヒロインの視点も多く、主人公である伊月の影が大変薄かったです。無論、ヒロイン視点が多いことがそのまま悪いわけでは断じてありません。伊月のビジュアル、あるいは一キャラクターとしての強い個性があればまだ青春群像劇としての体を保てたと考えます。しかし、本作ではそれら両方がない。ゆえに群像劇風の物語としても成立しづらいのです。思えば、伊月のキャラはかなり無味無臭です。このままでは、伊月のキャラも医学部を目指す努力家というだけで個性にはまるで欠けます。主人公がただの舞台装置に成り下がっているのですよ。本当にただの優秀な高〇生Aになっています。これでは群像劇、一キャラとして見るのは無理があります。そもそも視点が目まぐるしく変わるということ自体私は好感が持てませんね。典型的な凡作の特徴だと感じます。
 第2に、選択肢が極めて簡素な点です。これは本作に限った問題ではないのですが、ゲーム性がほとんどないのですよ。ノベルゲームを名乗っているのであれば、多様な選択肢かそれに準じる要素によるゲーム要素、または圧倒的なシナリオでその分岐がそこに至るまでの説得力を持たせてもらいたいところです。私は選択肢簡素系の作品はその話に至るまでにどういうロジックで、その物語が発生したのかを選択肢の代わりにプレイヤーに説明する義務があると思っています。しかし、本作にはその両方がない。例えば、葵√で葵が共通√を経てもなお、綾音の問題を引き摺っています。一方、他√では葵の悩みについて表に出ていないどころか、葵が『人魚姫』の絵本を購入している(藍魚との過去を早期に振り切っている)ことから、悩みを吹っ切っている様子さえあります。本作葵√では、葵の悩み自体くどいという問題もまたありますが、本作の大きな欠点はそこではない。各√ごとに分岐した後の要素に必然性がなさ過ぎて、物語に没入しきれないのです。ここは本当に大きな問題だと考えています。
 そして第3に、文章、キャラの台詞が不自然に詩的、説明的過ぎる点です。どのキャラクターも言っていることがどうにも詩的過ぎて、本当に高〇生かと疑ってしまいます。無論、『サクラノ』シリーズのようにキャラクター達に文学的知識の背景があるならばこういったキャラクターの言動も多少は納得がいくのですよ。しかし私には本作の台詞、地の文に至るまでどこか説明的な部分があり、もう少し自然に描写して欲しいなと思ってしまいました。
 それらを踏まえて、軽く個別√を確認していきましょう。

〇葵√
 葵の悩みについてピックアップした王道の青春的葛藤モノです。綾音が特に焦点となっていました。ただ、一プレイヤーの視点で見ると、どうしても葵の葛藤、悩みパートが長く感じます。藍魚、綾音の問題も共通√である程度解決したのではないのかと思ってしまいましたね。恋愛モノとして見ると、先輩後輩で良い恋愛をしているなと甘酸っぱさを感じる要素も多々ありましたが、そこに割かれた尺は少なかったです。要するに恋愛モノとしてはあまりにも描写不足。原因は葛藤パートに尺を取り過ぎているからということです。

〇日輪√
 人魚設定等を極力排したことで、むしろ恋愛モノとしての完成度は上がっていると認識しています。日輪が重い女になる背景もなるほど、かなり自然で、納得がいきます。日輪√の良い点は何と言っても告白シーンでしょう。自分は重い女であることを受け入れながら、日輪なりに伊月のことも考えている。解決法も幼馴染としてではなく、婚約者としての関係から始めようという伊月の男気が大変溢れる良い√だったと思います。

〇藍魚√
 事実上の物語のトリ。所謂本筋です。藍魚√では友情と愛情のバランスが良かったと感じました。アンデルセンの童話『人魚姫』らしさも健在です。物語の終わり方もかなり評価できると思います。終盤で別離が入り、そこで挿入歌という演出で畳みかける。そして感動のED後に、二人の子供と一緒にハッピーエンド。しかも藍魚自身は出てこず、プレイヤーの想像に任せる。とても王道かつ慎重な作りで、私は好きですね。正直、上記欠点がなければ、このシナリオと日輪√だけ見れば単体で佳作以上は期待できていたでしょう。

 またHシーンですが、こちらは正直良かったです。キャラの項目でも触れますが、声優さんによる名演の数々、描写の淫靡さ。幼さと青春からくる、良い意味でのむずかゆさ。素晴らしいと思います。一方、Hシーンを強引にシナリオにねじ込もうとしている点が明らかだった点は見過ごせません。特に藍魚√に言えますが、せっかくのHシーンの導入の遊びが全く効いていません。もう少しシャープにHシーンに突入して欲しいところです。
 ただ、肝心のH自体は大変良いものでしたので、シナリオ評価をプラスしてあります。Hの文章も淫語が多く、この手の雰囲気ゲーの中では上位のゲームだと考えています。
 総じて、シナリオは良い点、悪い点がかなりはっきりしています。ゆえに刺さる方には刺さるかもしれません。また一点言っておきたいのが、本作は冬野どんぶく先生の作品なので当然かもしれませんが、キャラクター間の友情を大切にしています。友情が愛情に変化していく流れも相応に描写されているため、友情を重視する方にも刺さるかと思いますね。

☆キャラ(24/40)
 キャラクターについてはかなり声優さんの演技に依存する部分があったことを加味してもそれなりに良かったのではないかと思います。夏和小さん、月野きいろさん、小波すずさん。どの声優さんも一流の声優さんです。私も購入理由の大きな要素に声優さんはありましたので、そこは良かったです。
 キャラクターについては最も好きなのは藍魚ですが、シナリオ上で好みだったのは日輪です。藍魚はその愛されキャラ感。お嬢様育ちながら、主に人間関係で努力を怠らない部分。底なしに明るいところが好きです。日輪も、私が好むところの「重い女」として十分に魅力を発揮していましたし、Hシーンは淫靡でした。葵も葛藤パートで弱い部分を見せたとはいえ、良いキャラ造形だなとは思っています。
 それではなぜ24点しかないのかというと、以下の3点が原因です。主人公の伊月があまりに物分かりが良すぎて、個性を感じなかった点(高〇生モノの割に主人公の精神性があまりに大人びている)。メインキャラクター含め、物語に流されて動いていると感じる箇所がった点。そして、肝心のサブキャラクターに魅力的なキャラクターが少ない、もしくはビジュアルがない点の3つです。特に最後の点は深刻でした。思うに本作はフルプライスの割にキャラクタービジュアルが少な過ぎると感じます。綾音は勿論、日輪父にもビジュアルはきちんと用意して欲しかったです。とりわけ日輪父なんてかなり良いキャラ(ギャグもこなせます。年長者としての振る舞いも、正直、沙織よりはできていました)だったと思うのですよ。
 要素要素はキャラクターに揃っているのにも関わらず、個別で見るとどこか物足りない。そんな印象でしたね。

☆その他(8/10)
 本作の売りは主題歌とその雰囲気でしょう。特に雰囲気(=世界観、設定)は「夏の青春劇」を表現する上で最大級に素材が引き立つように料理されていたと思います。挿入歌『藍唄-アイウタ-』もまた良いのですよ。特にヒロイン一人攻略後に、スタート画面で流れた『藍唄-アイウタ-』は非常にその読後感と合っていてしっくりきました。どのヒロインを攻略しても、この演出は刺さるのではないでしょうか。
 一方、世界観設定は良い反面、夏和小さんの挿入歌『藍唄-アイウタ-』をかなり安売りし過ぎるあまり、印象的なシーンで、感動が少なくなっている感も相当でした。とりわけ藍魚√の終盤でも『藍唄-アイウタ-』は流れます。『藍唄-アイウタ-』の歌詞を考えれば、藍魚√のこの場面で流すのが最も適切なはずなのですよね。しかし、『藍唄-アイウタ-』は様々な点(それこそスタート画面等)で流れ過ぎていて、残念ながら流し過ぎてもう聴いているよ…というある種捻くれた感想を抱いてしまいました。感動に浸りきれないのです。こういった素晴らしい、自信のある挿入歌は、ここぞという時に温存しておき、OP『真夏の輝き』等で演出を持たせる工夫が求められていたと私は感じます。
 ちなみに流石はWonder Foolさん。システム回りは文句が一切ないです。バックログからのジャンプ機能、お気に入りボイス機能をはじめ基礎的なシステムは存在しました。
 総じて、売りとなる要素は確かに強力ですが、最大級の評価をするにはあと一歩足りない、かつ使い方を間違えていると感じるため、8点を点けました。

☆総括(58/100)
 総合的には凡作(D)認定です。共通√の出来を見た時点では正直、駄作(E)も覚悟していました。しかしキャラクターや日輪、藍魚√の出来、伊月の存在感の上昇。これらを加味すると十分凡作ラインに乗るだろうと判断しています。
一方本作を佳作として見るには些か以上にシリアスが恋愛要素の邪魔をしていると考えます。私はシナリオ上のシリアスが悪いとは全く思いません。しかし本作の冬野どんぶく先生の描き方は、流石にシリアスが恋愛を邪魔していると明確に言えると思いますね。個人的に尺が短いとは感じません。ただ、尺の配分をかなり間違っているなとは思います。
 以上、総合的に判断すると凡作が妥当だろうと私は結論付けます。私は『アオナツライン』、『ユキイロサイン』をプレイしていません。本作をプレイして、プレイしてみようとは思います。理由は『彼方の人魚姫』では青春群像劇の部分に良い点が集約されていたからです。加えて、Wonder Fool、並びに冬野どんぶく先生の次回作があるとすれば恐らく購入するでしょう。その程度には期待できると思った作品でしたし、冬野どんぶく先生に興味も出てきました。
 以上です、本作に関わったスタッフの方々には深くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。次回作には本当に期待しています。