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eringi7854さんの妹と彼女 それぞれの選択の長文感想

ユーザー
eringi7854
ゲーム
妹と彼女 それぞれの選択
ブランド
Waffle
得点
64
参照数
620

一言コメント

プレイ時間は約35時間。シナリオは十分評価できますし、生活音をはじめとしたSE回りがとにかく上手で、没入感は一級品です。賞賛に値します。 一方、キャラクターの恋愛感情の抱き方には大きな疑問があり、シナリオ自体を「作られたもの」として見てしまう面もあります。総じて、合う方には合う、そして合う合わない問わず、大きな傷を残していく作品だと思います。今から購入するのでしたら、特典シナリオ目当てで公式通販から入手することをお勧めします。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

☆作品紹介

 2019年発売の『初めての彼女』でシナリオを務めていらっしゃった間崎俊介先生が「最高のやるせなさ」をテーマに送る本作。公式通販から購入しました。ネタバレなしでも記載しましたが、今から購入するのでしたら、公式通販から入手することをお勧めします。ただ、私は特典シナリオのDLCカードがなぜか入っていないため、サポートに問い合わせたのですが、なかなか返信が返ってこないです。結局クリアまで、特典シナリオ「昔日」「片翼」を読むことができていません。これらサービス面の諸々は点数には含めていませんが、正直印象は悪かったです。
 閑話休題、本作は「慧主観√」「陽香主観√」「満月同棲√」の3つのシナリオで構成されており、エンドとしては「陽香主観√」の心中エンド、そして「満月同棲√」の満月離別エンドの2つがあります。一応ハッピーエンドはなし、という扱いでしょう。そういった閉塞的な世界観の中、ファンタジー要素は勿論、ギャグ要素もほぼ捨て去り、本作はひたすら満月と陽香、慧の三人を主軸に一貫した物語が展開されていました。早速、その物語を紐解いていきます。


☆シナリオ(40/50)

 一言で言うと、面白かったけど、納得がいかない作品でした。

〇桁違いの没入感、重厚なストーリー

 本作の最大の長所はその綺麗な文章。そして、それらを彩るSEです。これらのおかげで感じる没入感は相当のものでした。間崎俊介先生の文章も見所です。私は本作の展開に関しては後述する通り、冗長さを感じていました。しかし凡百の作品と異なり、文章に冗長さは全く感じませんでしたね。美しい、読ませる文章でした。所謂、冗長さを感じる作品は大体の場合、残念ながら文章に癖がある作品、さらに言えば文章に飽きがくる作品が多い印象です。ですが、間崎先生の緻密な文章には人を引き込む力がありました。正直に言って、陽香主観√までは夢中になって画面に齧りつきました。ここまで「読ませる文章」だなと感じたのは、私の感想で申し訳ありませんが、『白昼夢の青写真』のCASE1以来でした。夢中になって読みましたとも。
 思うに、この「読ませる文章」の正体はSEと、サブキャラクターにあると思います。本作は生活音や雑音(演出)が、極めてレベルが高いのです。地に足の着いた生活感があって非常に良かったです。サブキャラも大地、真弓、富太郎、亥子と、それぞれが確固としたキャラで以て構成されています(キャラの項目で記述します)。ゆえに物語のリアリティーが段違い。ファンタジー要素がない作品の中でこの要素は極めて評価できる点であると私は考えます。また夏~冬の間の時間の経過が三人の関係の進展具合に説得力を持たせている点も見事だと思いました。こういった時間経過は物語の深みに影響するので、非常に重要な要素だと考えています。
 ストーリー面においても「重厚」という表現が似合う出来になっていましたね。登場人物が「それぞれの選択」に必死である様子が見て取れました。私は本作終了後、『ひぐらしのなく頃に解 目明し編』や『媚肉の香り ~ネトリネトラレヤリヤラレ~』、『euphoria』に近い感覚を覚えました。いずれもシナリオで私が高く評価している作品です。それらの作品との差別化として、本作は圧倒的な現実感(リアリティー)を持っている。十分、「兄妹愛」を表現できている重たい、しかしシナリオライターさんの愛に溢れたシナリオをしていると感じました。


〇見事過ぎるシナリオ構成
 
 もう一つ、素晴らしいと感じたのがシナリオの構成面です。本作は慧主観√から始まるのですが、本作を開始した時点でプレイヤーは他視点があるということが分かりません。これは映画等でよくあるテクニックなのですが(ネタバレになるので具体名は避けます)、視点変更を用いて物語に層を与えるという手法ですね。率直に言って、効果的に使われていたと思います。慧、陽香、満月、それぞれの視点を通して一つの物語を俯瞰するプレイヤーと言う構図を上手にノベルゲームとして落とし込んでいたと思います。この点を私は高く評価しています。設定に若干乱れがありますが(例えば、富太郎の役職が課長なのか係長なのかが分からない点等)、概ね矛盾なくシナリオ展開がなされているように私は感じました。これは地味ながら凄まじい技術がなければ出来ない業です。間崎先生の手腕には本当に驚きました。
 一方、満月同棲編からは少々退屈に感じる場面もあり、読む速度は明らかに落ちました。というのも、概ね一つのシナリオを別視点で展開している関係上、どうしてもシナリオ同一型の作品には、読んでいて飽きてくるという弱点があります。この飽きをどう回避するかがライターさんの腕の見せ所です。本作でも、微妙に展開を変えたり、銅座という新しい登場人物を加えることで物語のテンポを良くする等の工夫が随所に見られます。しかしヒロインが2人のみということの弊害で、プレイヤー次第ではありますが、どうしても後半(満月同棲編)が退屈に感じる面はあると思います。
 総じてシナリオの構成は、一つの出来事を俯瞰的に見るという面で独自性はなく、退屈に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、確かな手腕で細かい矛盾なく丁寧に描かれていたと考えています。


〇サブタイトル「それぞれの選択」について

 本作のサブタイトル「それぞれの選択」についても軽く触れます。私は、最初は、慧、陽香、満月、それぞれが違う思惑で行動し、違う視座を持っているからであろうと簡単に思っていました。単純に三人の選択が異なるから、心中エンドや離別エンドになるのであろうと思ったのです。
 しかしこの感想を執筆するにあたり、メモをまとめる段階でサブキャラも「選択」をしていたのでは、と解釈するようになりました。例えば大地。彼は飄々としていますが、聡明です。満月、陽香の入れ替わりにも気付きました。彼の選択は親友を見守ること。慧の行動を信じているから見守るという待ちの姿勢を取ったのですね(大地が慧を信頼しているのは陽香主観√の最後でよく分かります)。例えば亥子。彼女の取った選択は忠告。亥子は天才ゆえに、慧の未来を予測していました。つまり、心中を予測していたのですね。しかし慧はその優しさを完全に受容することが出来なかった。例えば真弓と富太郎。特に富太郎は恐らく、慧と陽香の関係に薄々気付いていたのでしょう。しかし大地同様、いや大地以上に慧を信頼して、親として、待っていたのでしょう。真弓も母親としての役割を全うしていました。
 こう見ると、各サブキャラも選択を経て、それぞれに行動していることが分かります。サブタイトルの「それぞれ」とは主要人物三人だけではない。サブキャラクター含めて、重要な「選択」をしていたのだと私は解釈しました。


〇予想できる展開

 さて、ここからは気になった点です。まず、展開が予想できる点です。これは仕方がない点でもあるのですが、一つの出来事を俯瞰して見るというシナリオの都合上、どうしてもシナリオに急展開がない。分かりやすく言えば予想できるというものです。これはフルプライスの割にヒロインが二人しかいないという問題を、ギミックで誤魔化しているゆえなのでしょう。しかし、実際問題、フルプライスの割に満足感がありませんでした。心中エンドも最初の時点では流石にそこまでしないだろうと思っていましたが、物語の進行に伴い、慧の内面が開示されていくにつれて、この主人公なら心中もしかねないなと予想できてしまいました。満月離別エンドに至ってはむしろ予想して下さいと言わんばかりの満月の態度でした。ゆえに、シナリオの丁寧さに反して驚きはほとんどありませんでした。衝撃がないため、感情が動かされずらいのです。


〇全体的に説得力が無い

 次に気になった点として、慧、陽香、満月の恋愛感情に説得力が無さ過ぎるという点です。キャラの項目でも語りますが、本作の上記三者は揃いも揃って舞台装置気味なのです。ゆえに恋愛感情に納得感がありませんでした。特に慧と陽香がお互いに抱いている恋愛感情はあまりにも重く表現されている割に、その恋愛感情を抱く過程を本編できちんと描かれておらず読んでいて納得感が全く無かったです。満月にしても陽香程ではないにしろ薄く感じましたね。陽香に関しては背中を自分で焼くという極めて覚悟がいる行為をしてまで兄と結ばれたいと思ったのです。しかし本作ではその恋愛感情を抱くに足るきっかけや思いが全くと言っていいほど描かれていません。これは私の読解力不足の問題かもしれません。しかし仮にそうだとしたら、今度はさらに分かりやすく描くべきだとツッコミを入れたくもなります。
 本作における、「兄妹愛」とは生半可なものではないのです。しかし本作では肝心の部分の描写(兄妹愛が育まれる過程)を怠り、テーマだけが先行している印象を抱きました。この点は本当に残念で、かつあまりにも重要だったので、声高に叫んでおきたいです。

〇Hシーン

 Hシーン全般ですが、概ね良かったです。素直に使用することが出来ます。抜きゲー要素も捨てていない強力な作品と言えるでしょう。特に序盤の筆おろしシーンや満月同棲編の満月との情事は本当に使えました。また3P、前戯なしも多く、そういったシチュが好きな方にはたまらないでしょう。
 ただ二点言いたいことがあります。一点目ですが、満月同棲編のHシーンが多すぎて、全体バランスが悪くなっている印象があります。これは本作にどれくらい抜き要素を求めるかと言うセンシティブな問題が絡んでいるので難しいのですが、やはり物語の完成度という点で見れば慧主観√、陽香主観√にもある程度Hシーンを配分した方が良かったと考えます。
 二点目ですが、主人公、ヒロインが妊娠や性病を警戒し無さ過ぎている点です。本作は現実感ある没入感が売りの作品であることは前述した通りです。しかし、ことHシーンになると、妊娠、性病に関して無警戒にこれでもかというほど、性行為を行います。無論、薬を使用しているとは本編でも言っていましたが、それにしても無警戒過ぎて失笑してしまいました。特に陽香は実妹ということで妊娠のリスクは少しでも避けたいはず。その危機管理ができていないのは、リアリティーがなく、その点だけ見れば没入感が削がれてしまいました。
 Hシーンについては以上です。特殊なプレイやNTRもどき等、様々なシチュが楽しめて、概ね満足です。

〇シナリオ総括

 色々触れましたが、シナリオについてはかなり評価しています。本作は鬱ゲーだという感想を拝見しましたが、私から見れば完全に純愛ゲーで、鬱ゲーではないと思います。プレイ後、謎の虚脱感に襲われましたが、そこに鬱的要素や不快感はなかったです。これは、物語の終わり方がかなりあっさりしているからでしょう。
 一方、私の感想を見ていただければ分かるかもしれませんが、少なくとも私に限っては「やるせなさ」を抱かせることに失敗しています。理由は、恋愛描写に説得力がなく、ずっと感情が置いてけぼり状態であったからです。
 思うに、本作の最大のピークは二点あると思います。一点目は慧主観√が終わり、陽香主観√に入った点。二点目は陽香が背中にアイロンを押し付ける点です。アイロンの激痛に耐える描写なんかは本当にリアルで手に汗握りました。この二点は本作の驚愕ポイントです。ここが本作の特徴です。つまり、終わり方、締め方に限らず物語全てが波のように襲い掛かってくる印象でしょう。読んでいて、本当に興味深い描き方だと思いました。


☆キャラ(15/40)

 前述しましたが、本作の致命的な点はキャラクターです。一言で言ってしまえば主要人物が舞台装置と化しているのです。
 慧は兄、陽香は妹、満月は妹に似た女。そこに個性を最低限飾り付けただけでキャラクターが完成してしまいます。これではキャラクターに深みが出ず、行動原理、恋愛感情の機微に説得力がまるでありません。特に前述した通り、本作は兄妹の恋愛感情がどう抱かれたのかが重要な作品です。しかし、本作ではその極めて重大な、重い感情の波がまるで伝わってきません。その正体はキャラが舞台装置であり、真に恋愛をしていないからです。例えば慧、陽香が単にお互いの顔が好み等のしょうもない理由でもあれば、それはそれで納得するのです(それはそれでしょうもないとツッコミを入れることになりますが)。ですが、本作では慧、陽香がお互いを好きになる説得力が皆無、満月にしても描写不足甚だしい。以上の要素で、私はキャラの項目に15点という最低に近い点数を点けました。抜きゲーがやりがちな失敗をそのまま引き継いでしまっている形です。逆に言えば、上記のような下手なしがらみがない分、サブキャラはキャラ立ちしていました。大地は非常に良い友人キャラでしたし、亥子は慧の道を示唆する良い師でした。特に大地のキャラ立ちは上手で、描写も丁寧に感じました。大地がヒロインであって欲しかったです。
 また、キャラクター問題で言えば、もう一点。ヒロインがフルプライスの割に少な過ぎるという問題が挙げられますね。フルプライスの割にヒロイン二人。しかもその二人はキャラクターが十分に成立しているとは言い難い。深掘がされている訳でもない。これでは満足感がありません。せめて、ヒロインをもう一人、上手に加えて通常のフルプライス作品同様にヒロイン三人態勢にした方が良かったのではと素人ながらに思ってしまいます。
 総じてキャラとしては、サブキャラは生きているけど、肝心のメインキャラが半分死んでいるように感じました。これは私の読解力不足なのかもしれません。しかしこういった感想を抱いたプレイヤーもいるということだけはお伝えしたいです。

☆その他(9/10)

 ボーカル曲がありませんが、音楽関係に違和感は全くありません。むしろこの哀愁漂う雰囲気を維持する上で重要だと考えています。
 世界観ですが、ファンタジー要素がなく、非常にリアリティーがある世界観です。生活が地に足着いていると言えば良いのでしょうか。慧の行動一つ取っても、卒論を終えた大学生が取りがちな行動を自然に行っており、非常に好感が持てました。そして、このリアリティーを構成する重要要素の一つにSEの存在があります。本作はとにかくSEが強いです。衣服の着脱音、シャワーや雨、ドライヤー、そして雪の音に至るまで手を抜いていないのですよ。演出が過剰に感じる部分はあり、そこは若干違和感がありましたが、そこは無視できるレベルです。
 システム面ですが、概ね必要な要素は取り揃えています。ただし、バックログからのシーンジャンプが2023年発売の作品であるのに実装されていないのは大きな減点要素でした。お気に入りボイス機能もメモ代わりに使用している身としては実装して欲しかったです。
 総合的に見て、演出の過剰さが雰囲気に沿わない点。そしてバックログの点をマイナス。以上から9点を点けました。
 

☆総括(64/100)

 総合的には佳作(C)認定です。お伝えしたいことが十分にあり、楽しめた作品であることは間違いありません。しかし「やるせなさ」が伝わっていたかというと十分ではないと考えています。ここがきちんと受容できている方にとっては傑作級の評価になりうる作品です。しかし、私の信念として、「恋愛感情にどれだけ説得力を持たせることができるか」という点において本作はかなり低評価でした。したがって、シナリオは良いけど、キャラの行動原理を紐解くと疑問符が付く。そのような作品でした。
 色々言ってしまいましたが、間崎先生の次回作が同じようなテーマであったら、恐らく購入してしまうだろうなという程度には私は本作を気に入っています。私は、本作は「やるせなさ」を表現する上で真ハッピーエンドがなくて良かったと考えています。しかし、間崎先生が書くハッピーエンドが見てみたいという興味は抱きました。次回作も期待しています。制作陣の方々、本当にお疲れ様でした。またここまで読んで下さった読者の方々にもお礼申し上げます。